第2話
自宅に戻ると居間へと入った。
長椅子に腰を掛けた父親と台所で動く母親の姿が見えた。
「ただいま」
僕の声に二人が振り向く。
「お帰り」
母親が僕に言う。
「夏生・・」
母親が心配そうに僕の名前を言う。
「頼子はどう、調子は良さそうだった?」
母が聞いた。
僕は頷く。
「うん。良一君にも会って二人で話をしたよ。大丈夫。心配ないさ」
僕は父の方に手を置いた。
父は二年前に脳梗塞で倒れ、今は右半身が不自由だ。それに少しだけ言葉に支障がある。だが話している言葉を全く理解できていないというわけではない。話の内容は分かるが言葉にするのが難しい、唯、それだけのことだ。
だから僕の母親への返事を理解して安心したように深く頷く。僕はその父の肩を軽く叩いた。
「父さん、頼子は大丈夫さ」
父は僕の言葉を聞いて再び頷いた。リビングの椅子に腰を掛けると母親に聞いた。
「ねぇ、母さん。僕の小学校の頃の日記ってまだある?」
母親が不思議そうな顔で近づいてくる。
「急にどうしたの。それが何?あるとは思うけど」
「あるけど、でも場所が分からない?」
「そうねぇ、今聞かれても、家の何処にあるかわからないけどね」
困ったように母親が僕を見る。
「そうか」
僕が腕を組んで天井を見て呟くと、父が何かを話し出そうとしているのが分かった。
「どうしたの、あなた?」
母親が父の側に行く。側に行くと父が母に何かを伝えている。
僕も椅子から立ち上がり父の側まで行く。
「ナツ、ほら、あそこ、あそこ」
父親が話しながら左手で押入れを指さす。
「父さん、あそこかい?」
僕も同じように指をさす。
父親がアル、アルヨ、ソコと言う。
僕は押入れまで行き、襖を開いた。開くとそこに小さな段ボール箱があって、その上にマジックで子供の日記と書かれていた。
僕はそれを押入れから出すと床に置いて開いた。開くと確かにそこには黄色くなったノートが沢山あって、その中に僕が探している日記があった。
僕は父親の方を振り返った。
「父さん、あったよ。記憶力、抜群だね」
父親が笑う。
「あなた、良く覚えていたわね。凄いじゃない」
母親が父親の頬を摩るのを見ながら僕は日記を取り出すと、それを部屋に持って行ってドアを閉めた。
閉めると、僕は書棚の方に目を遣った。
「確か…この奥にあるはず…」
僕は本を数冊どけると、その奥にできた小さな窪みに手を伸ばした。
手に何かが触れて、それを指で掻きだした。
「あった、あった」
肩がつりそうになりながら書棚の奥に仕舞ってあった物を取り出した。
それは小さなウイスキーのガラス瓶で蓋がしてあった。
「頼子が子供の頃のことを言い出すまですっかりこれを忘れていたよ」
瓶を振ると中で何か音がした。
瓶を机の上に置くと、僕は蓋を開けた。
口が下に向くようにして逆さまにすると、数回振った。瓶の口に引っ掛かりながらも中から小さく丁寧に折られた紙とその後から何か小さな塊が出て来た。
ゆっくりと慎重に紙を取り出して机の上に広げると後から出て来た小さな塊を丁寧にそっと置いた。
僕は広げた紙の上に静かに息を吹きかけて埃を払った。
するとゆっくりと子供の文字が浮かび上がってきた。
それは手紙だった。
所々が黄色くなっているがそれは白い便箋二枚に書かれた少女の文字だった。
宛先は書かれていない、この手紙の主である少女はこの手紙を拾ってくれる人であれば誰でも良かったのだった。
(そう、だれでも良かった。この手紙を拾ってくれる人であれば、日本でもなくてもアメリカでもヨーロッパでもアフリカでも)
僕は静かに少女に思いを寄せ、手紙を心の中で読んだ。
『この手紙を拾ってくれた人。誰でもいいので私のお友達になって下さい。
私は重い病気でずっと家に居て独りぼっちです。だから今まで一緒に笑える友達がいません。
今日私は思い切って家の側の小川から手紙を入れた瓶を流しました。この手紙をのせた瓶はきっと川を下って海へ行き、世界中の色んなところに行って病気の私の代わりに色んなところを旅して、きっと素敵な友達を探してくれると思ったからです。
瓶を拾って、手紙を読んでくれた方は是非私に会いに来て、友達になってください。
でも、でもね。
もし私が死んだ後にこの瓶を見つけたら、どう思うかな。
だから私考えました。
その友達が悲しむかもしれないので、向日葵の種を入れておきます。もし私が死んでいたらこの種を庭に蒔いてください。そうすれば夏になると向日葵が咲いてそれを私だと思えるから。
それでは ヒナコ 』
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