Quanji-27:応変デスネー(あるいは、世界ひとつ貫いて/咲けよ紅く大輪)


 ここどこ? じめじめしてる……のに埃っぽい……暗い……また閉じ込められた? 静か。だけど耳の奥ではひぃぃぃぃん、みたいな音がずっと鳴り続けている。


なんでわたしをみんなして嫌うの? わたしなにもしてないよ? 出してよぅ……のどかわいてるけど、おしっこも出そうなの……ねぇだれか。


 声が出ない。夢の中なんだろうっていう感覚は何となくある。自分を、遥か高みから俯瞰している自分を自覚してる。意識は……真っ暗闇の中で冴えているといった、そんな感じ……耳を澄ませているはずだけど何も聴こえない。体は手先足先は痺れて冷たいんだかあったかいんだか判別つかない。


 墨汁で満たされたプールに、息を吐き切った状態で静かに沈んでいくそんな感覚。経験は無いけど。それにいつまで経っても膝が底につかないままで。息苦しさと、それと相反するような自分の身体が周りの水みたいなものに溶けだしていくかのような、何と言うかの開放感、快感? ……みたいなのをうすぼんやりした頭で感じながらも。


 何となく、断ち切れてしまうかのような、そんな気分に、自然になっていた。ならされていた。何があったんだっけ、何が起こったんだっけ。また体育館の用具入れとかに無理やり押し込まれて、出られなくされたんだっけ。一晩中。


 小さい時の、不安で泣きたいけど、泣いたらよけい怖くなるから我慢する、みたいな、かわいそ過ぎて抱きしめてあげたくなっちゃうほどの、幼い自分を自分の中で感じてしまって。


 それでようやく私の「今」が判断できるようになってきていて。


 分かったからっていって、どうとも出来るわけじゃないのに。首を、斬られた。鋭い刃物みたいな「角」で。血が見たこと無いくらいに迸った。


 死? 思ってたより簡単に訪れるんだ。死のうと思って死ねなかった中学生の自分が、暗い目で今の私を見下ろしているかのようにつむじ辺りで感じている。昔の色々なことをぐるぐると思い出しているのはこれが走馬燈? ベタだね……


 閉じていく。まさに意識の両側から静かにスライド式の扉が閉まっていくかのように。す、とあまり苦痛も恐怖も無く、それだけに抗いづらい何かがひっそりと、でも厳然と訪れようとしていた。


 まあ、ね。まあそもそも、この「異世界」ぜんぶが「死後の世界」だったっていうオチなのかもね……浮世離れが文字通りに展開していたわけだ。そして順当に進んで順当に終わりと。そりゃ初っ端から初恋の人に似た人も出て来るわ。それでもって私を気遣ってくれるとかなんて、都合のいいコトやって来てくれるわ。全部私の妄想。すがった希望が見せた、束の間の幻。そうだったんだ……


 諦めたのか納得したのかは分からなかったけど、そのどちらでも意味も問題も無かった。終わる。ただ終わるだけ。そこにはもう、何の感情も無かったわけで。閉じるままに任せ、私は定期テストが終わった週末、みたいな、何のストレスも無くただただ眠りに落ちる、みたいなある種の心地よさにくるまれるかのようにして、すっと。するりと。


 落ちて、


 閉じて、


「……!!」


 ……いかなかったわけで。


 黒く塗りつぶされるかのように閉じていこうとした大脳の右っかわ辺りでぽこんと間抜けな音が刹那、鳴っていた。瞬間、溶けだして流れ出していきそうだった私の肉体は精神は、一気に「私」を形成し直す。


 ちんまい君の返信メッセージだった。たった三文字の。何だよこっちは頭絞って十七文字に集約して送ってやったのに、お前は姫のひとことには三つの言葉で返事するってことを習わなかったのか?


 とか、悪態でもついていなくちゃあ、


「……」


 また泣いてしまいそうだったから。私は白目状態だった自分の黒目をしっかり下ろして焦点を合わせる。目の前すぐにうねる深緑の芝。そこに撒き散らされた幾分黒ずんで来た紅い飛沫。うん、さっきから変わってない状況。でも。


 ……こっちにはなぁ、頼れる奴がいるんだよ一人じゃあねぇんだもう独りじゃあねぇ。


 青臭い空気を構わず鼻から勢いよく肺底まで鋭く吸い込む。動く。右腕。それさえ動けば。


「……なっ? 確かに仕留めた手ごたえ……あったでシカよ?」


 つむじ辺りにまた投げかけられてくる言葉は素の焦りを内包しているかのようで。泡食ってやがんな鹿女がぁ……よく見晒せやぁぁぁ……<やまいだれ>はなあ……相手に病的な何かバッドステータスを与えるとか、そんだけの単純なものじゃあねえんだよ……


 まだ震えてままならない右の掌を、ぱっくりいってるだろう自分の首元に何とかあてがう。刹那、黒い光が溢れるように漏れ放射されるのを視界の隅で感じ取りつつ、次の瞬間。私はなんてことない的な、多分に威嚇と外連味を伴った仕草にて、芝生の上にすっと立ち上がって見せてやる。極めて自然当然なる所作にて。


 <治”癒”>、<治”療”>、両方叩き込んでやった……傷は塞がったというか、元からそんなものありませんでしたよ風情で「治った」。そう、「治る」と思えば治るがこの世界の流儀ことわりなんだろ? 生き死にが……聞いて笑かすけどよぉ。


「なッ……なッ……馬”鹿”な……ッでシカ……」


 狼狽見せまくりの鹿の奴は、それでも一瞬後には平静を無理やりに取り戻したようで、ビスクドールようなと言うよりは能面のような顔つきで、こちらを見やって来る。青い瞳が何かを上書いた強い光を宿す。


「……ならば、回復する暇も与えず瞬殺するまででシカっ!! 斬首ッ!! この伸縮自在の『角』と、瞬速華麗なる足さばきがあれば、アナタに何をさせる暇も与えないのでシカからねッ!!」


 言いつつ突っ込んできやがった。うんうんテンプレやっぱり安定しているねぇ、そしてさっきよりも速い。多分に向かって左側に意識を向けさせようとしているのは、その反対、私の右をまた狙ってきているってことでしょうよぉ。さっきはしてやったもんね。でも。でもさぁ……状況はもう全然違うんだわ。


 口の中でねちゃついてた血の塊を、もにょもにょやってから、ベッと綺麗な芝生の上に吐き出してやる。そして、


「……てめえがどんだけ速かろうと、もう関係ねえ。関係ねえんだぞ……?」


 ふらりと力無く、私は一歩を踏み出している。


 刹那、だった……


 交錯する、ふたつの影、そして私は、


「ガッ……なん、この速さ……はやさ何でシカ……ッ!?」


 鹿女の両手に持った角はくるり身体の流れだけで放った打点高い右後ろ回し蹴りにて弾き飛ばしており、遠心力そのままについでにその頭に生えた二本も力任せに両手で握った瞬間にはヘシ折り終えていて、さらにこれでもかの拳撃パンチ蹴撃キックとついでに頭突きパチキの雨あられをその華奢な体に百八はくだらないだろう数にて、様々な角度からくまなく打ち込んでいたわけで。何かシカにまつわる断末魔でも上げて果てるのかと思いきや、あぶぶあぶぶ、みたいな白目を剥いたまま放った何とも締まらない呟きにて終局となったようで。それに被せるように、


「……<”疾”風迅雷>。”疾”はやさで負けるなんてことは……最早無いってこと。それも私がそう決めた」


 私の会心のキメ台詞、聞いてくれたかな……? 遥か上空へと吹っ飛ばされていく鹿女の姿を目で追いながら私はそんな事を考えて、


 ばっ、べ、別に丹生人アンタに聞かせたいとかそんなんじゃないんだからねッ!!


 とか、わざとらしいにも程がある属性テンプレを照れ隠しに頭に思い浮かべながらも、どうにも止まらなくなっている笑いを押し殺すのに、結構顔力ガンりきを使わされてしまっている。

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