Quanji-03:不穏デスネー(あるいは、牛歩上等/いま正に/世界は舞い降りてる)


「え? 死……え? え、殺……ええ?」


 あまりの衝撃に、言葉にならない音の葉のようなものだけが、僕の震え極まるかさついた唇からは滑り落ちるばかりなのだけれど。


「……」


 両腕を使用しないブリッジのような姿勢で、机に右足、そして椅子と机の隙間に頭、というわずか二点で己が体を支えるようにして倒れ伏した眼鏡坊主氏の煮崩れたような御尊顔は、至近距離での直視に耐えうるものでは既に無かったものの、僕は呼吸を止めて一秒、真剣な目つきにてその生死を見極めようとする。と、


「ごっ……ごがはぇあッァッ!!」


 唐突にその赤紫走った血色の悪そうな唇から飛び出てきたのは、睡眠時における無呼吸から復帰した時のような性急ながらも確かに生の営みを感じさせるものであったのはまあ寝覚めが悪くなるよりは良かったと思ったものの、同時に僕の左の眼輪筋の辺りに生温かいしぶきが付着してきてその瞬間から悪寒のようにその周辺の体温を奪うかのような気色悪さを醸してくることに、思わずのけぞりつつ怖気をふるってしまうのだけれど。


 いやそれよりも心臓を撃ち抜かれていたようだったけど……大丈夫かな。乗りかかった泥船、という表現がいやにしっくりくる事態であったけれど、かといって能動的にそれを避けるといったことも出来ない性分の僕は、しょうがないのでその未だアーチを描くひょろ長い身体を何とか助け起こしてあげようと四苦八苦するものの、意外に重かったりしてうまくいかない。と、


「オー、びくりしましたネー、こんなこと、お、こんなあるんでしゅネー」


 坊主殿の体躯を挟んで向こう側、僕を手伝ってくれるように、これまたひょろ長いうなじに手を当ててくれたのは、妙にぴっちりとその黒髪を一九分けにした、ひとりの柔和な顔つきの御仁だったのだけれど。白ワイシャツを首元のボタンまできちんと留め、黒い学生ズボンはぴっちりと折り目が新しい。外国の方っぽい……褐色の丸顔に黒目勝った垂れ目に常に困っているかのような八の字眉。ひと目いい人そう。そしてすみやかに人助けの行動を起こしてくれたことから、どうやら見た目通りのいい人っぽいぞ、と、僕は地獄に仏以上の安堵感を不思議と覚えている。


 あ、ありがとござます……と僕の方もちょっとその片言に引きずられたかのような御礼を放ってしまうものの、いよいしょぉですネーとの掛け声めいた言葉を発して、そのヒトは坊主を上手に上部へと持ち上げた。


「お、おおお、かたじけないでござる……」


 その途上で、坊主氏は意識がはっきりしてきたのか、それにしてはキャラ付けが定まらなくなったそんな享保っぽい口調でそうのたまってきたのだけれど。でも良かった。死んでなくて。それだけは切に思った。が、


「今後わたしの進行を妨げた者は……今よりも神経に直に響くこの鮮烈なる『全能★ストレイトまっつぐやね視線はきっとレィザァビィム』を各所に点在する痛点だけを狙って拡散発射するので慎むように……」


 地の底から響いてくるかのようなそんな掠れ声が、前方の玉座から全・鳥肌を浮かび上がらせてくるほどの勢いで流れ出でてくる……ッ!! うん、この猫顔はヤバい……自分の思い通りにならないことがあると脊髄反射で癇癪を起こす、娑婆にはとどまりづらいタイプの人材であることはよく分かった。であれば。


「……」


 僕の想いに呼応するかの如く、場に居合わせた四十人がとこの背中が、これ以上ないくらいのいい角度にて伸びそそり立つ。とにかく逆らってはダメということだけは、己が学習野に鋭利な切っ先のモノで刻んでおく必要があるよね……


「ニャン♪ よろしいですわん♪ それでは選ばれし者たちっ、あなたがたはこれからこの女神より授けられる『能力』を駆使して、この世界を牛耳ろうとする邪悪なる輩……『七曜しちよう』のハッゲ共をブチなめし○○尽くすのですわニャン♪」


 その、自らを「女神」と称した、どう見ても昭和AV感を身に絡みつくように纏いつかせた三十路越えオバサーが犬なのか猫なのか掴みづらい語尾感で言った言葉が、


 のちに真実であると知らしめられるまで、さほどの時間は残されていないのだった……


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