第2話:ミシュランガイド・自殺版
ファミレスでチョコレートタワーパフェをパクついている少年は、自らを死神と名乗った。表情こそ皆無だが、ノンストップでスプーンを口に運ぶ姿は一見普通の中学生だ。
間近で見てみると、まつ毛がすごく長い。瞳はきれいなアーモンド形で、鼻筋もすっとしている。薄い唇の周りにはチョコレートが点在していて、陶器のような白い肌とのコントラストを演出していた。女装でもさせたらコアなファンがつきそうだ。
というか、この子の性別は男でいいんだよね? 身長は私より低いし、手も小っちゃくて、まるでお人形みたいだ。服装とメイク次第で美少年にも美少女にもなれそうだ。ちなみに胸は、少なくとも私よりはない。
そもそも、死神に性別なんてあるのだろうか。
私はぶんぶんと首を振る。
死神なんているわけがない。目の前で死のうとしている私を助けるために、ホラをふいたのだ。屋上から地面に一瞬で移動したのだって、どうせ鏡とかを使って光の錯覚で私の目をごまかしたに違いない。探偵漫画でもそんなトリックあったし。
ただ、屋上に行く時は誰にも見られていないはずだし、そこに通じる階段には使われていない机やロッカーが無造作に置かれていて、ふらっと近寄る場所でもない。そもそも、当然だが自殺のことは誰にも話していない。あらかじめ私が屋上から飛び降りることを知っていなければ、出会うはずがないのだ。
「……どうなのよ、そこんとこ」
パフェに乗っていたマカロンを頬張る美少年(?)に私は強い口調で尋ねた。
「僕の質問には答えなかったくせに、自分勝手なやつだな」
私はぐ、と返答に詰まる。
「言っただろ、僕は死神なんだよ。人間の常識なんて当てはまらない」
声変わりのしていない、中性的な声色だ。女性声優が演じる少年役みたいな。
「嘘。あなたが死神だって言うのなら、どうしてまだ生きている私に接触するのよ」
魂を狩るために現れたのなら、わざわざこちらを驚かせて動揺を誘うような真似をするはずがない。事実、私は自殺を止め……失敗したわけだし。
自称死神はハッ、と馬鹿にするように嘲る。
「まさか死神が全員、黒いローブを纏って、髑髏の顔をして、巨大な鎌を持っているとでも思っているんじゃないだろうな。ダイバーが二十四時間ウエットスーツを着ているか? スナイパーが四六時中狙撃銃のスコープを覗いているか? 女子高生が制服を脱いだら女子高生ではなくなるのか?」
この死神、基本的に口が悪い。あと態度も。パフェ用のロングスプーンを咥えたまま、先端をぴこぴこさせながら喋るんじゃない。
毒舌少年はシャツの胸ポケットから一枚のカードを取り出し、私の前に置いた。
「霊魂管理部:広報二課……」
それは名刺だった。部署の下には大きく「ベス」と書かれている。ベスって確か、古代エジプト神話に出てくる神様の名前だっけ。
しかも主任かよ、こいつ。
「っていうか、何よ。広報課って」
「お前たちがイメージしている死神っていうのは、基本的に営業部を指すんだ。あいつらはシステム課で割り出した、『
なんだか中小企業の工場みたいだな、なんて思ってしまった。
「ちょっと待ってよ。管理部主任のあなたがわざわざ地上に降りて、生きている人間に声をかけるなんてやっぱりおかしいじゃない」
しかもファミレスでチョコレートパフェなんて食べてるし。
「最後まで聞けよ。魂の管理は管理部の中でも管理課の業務だ。管理部の中には複数の課がある。管理課の他に、死神の労働状況を把握する労務課、鎌や衣装の保管・貸し出しを行っている総務課などがある」
別に死後の世界に夢見ているわけじゃないけれど、なんだか幻滅した。っていうかあの格好ってレンタル品なんだ。
「僕が所属している広報課の主な仕事は、
「じさ……ミシュ……え?」
唐突に耳なじみのあるフレーズが飛び込んできて、一瞬思考が停止してしまう。
「現世に存在する自殺人気スポットを紹介する書籍だよ。自殺の成功率、人間界での注目度、コストパフォーマンス、一定数の自殺挑戦者、周囲の景観など様々な要素で評価される」
自慢げにそう言って、長方形の本をテーブルに放り投げる。黒い表紙は光沢を放っており、表紙に刻まれた言語は日本語や英語ではなかった。
恐る恐る手に取り、適当にページをめくってみる。中の文章も解読できるものではなかったが、テレビで自殺の名所として観たことがある滝や樹海、駅などが連なっていた。星の代わりに髑髏マークで評価が下されており、正直読んで気持ちの良いものではない。だが、たちの悪い冗談、というわけでもなさそうだった。
なぜなら、各スポットのページには文字がびっしりと刻まれており、確かな熱量が感じられたからだ。言葉の意味こそわからないが、書き手が真剣に取材をしているのが伝わってきた。遺体は映っていなくても、その場所が自殺の名所として持っている寂しさや後ろ暗さが胸を打つ。同時に、森や海といった本来の自然が持っている美しさも表現されているのだ。
私はベスのことなど忘れ、夢中になってページをめくった。そして最後まで読み終えた後、彼があの場にいた目的を悟った。
「あなたは……自殺ミシュランガイドの調査員なの?」
ホットコーヒーをすすりながら、ベスは得意げにうなずいた。
「あの屋上は、次号の掲載スポットとしてノミネートされている。その現地調査として僕が派遣されたってわけだ。もっとも、先客がいるとは思わなかったが」
我が校の屋上は、ただの立ち入り禁止エリアではない。私が死に場所に選んだ理由も、あそこが施錠されている理由も、確かにある。
私たちが出会ったのは偶然だった。あの時の私はただ驚くだけだったが、ベスはいたって冷静で、まるでこちらを見定めるような、冷たく、熱い目をしていた。
ここでようやく、ベスが私に質問攻めをしてきた理由を理解する。
「……つまり、これから死のうとしていた私に対して、取材を申し込もうとしていたってことね」
「正解」
ベスが指をぱちん、と鳴らす。
「現場の声に耳を傾けるのも、調査員としての重要な任務だ」
「でも、こういうのって正体を明かさずに、覆面でするものじゃないの?」
あのミシュランをパク……モチーフにしているのならなおさらだ。
「それなら問題ない。だって……」
アシンメトリーで隠れた右の瞳が、ひときわ黒く濁った気がした。
「だって、どうせお前は死ぬのだろう?」
心臓を鷲づかみにされたように、息が詰まる。
「……ええ、そうね」
精一杯の強がりで、私は答えた。
でも、少なくとも今日はもう無理だ。
ベスという死神の存在に、私はすっかり萎縮してしまっていた。
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