ソリューション

とあるパーティ会場でのこと。

上寺は退屈な立食パーティの会場にいた。政権与党議員の資金集めパーティだし、この議員にはよくしてはもらっているので、お呼ばれしたからには顔を出す義理というものは上寺にはやはりある。


突如、背後から声をかける者がいる。

「上寺さんですね?御高名はかねがね。」

その男が差し出す名刺には「黒奈くろな 真喜男まきお」とある。その下に小さく「社会学者・医学博士」とも書かれている。顔がのっぺら~とした感じで、アジア人なのかどうかもわからない。そして、そのタレ目と口唇の薄さと口角の妙に切れ上がった印象と、顔全体の丸みと同じ曲率で目鼻の曲線が走っていて、そののっぺら感とニタっとした感じが、どうにも人間ぽく思えない。上寺は、時々プレゼン資料に使う「システムのユーザ」を表す3D風の図形オブジェクトを思い出した。


「あなたのお悩みを一挙に解決できるご提案を持っております。少しお話を・・・」

肩を抱かれるように会場の隅の、二人の会話が誰の耳にも届きそうにない場所まで連れて行かれる。

「一挙に解決?私の悩みをご存じなのでしょうか?」

「普段あなたが主張なさっていることは私も同意しながら傾聴しております。例えば、食糧の自給率や医療体制なども国防に含まれるというご意見も尤もなことだと私も思います。」

「私は課題をあげつらっているにすぎません。解決策が見出せないのが、もどかしい限りです。もちろん、一つ一つの課題にそれぞれ地道に対策を打っていくことはできるでしょう」

「お悩みなのは、何かこう・・・すべての課題を一気に解決できる、最小限の労力で最大限の効果を発揮できるトリガーのようなものをお探しなのでしょう?

1羽の蝶の羽ばたきのようなものを。」

「果たしてそんなものがあるのだろうかと思っていますよ。」

「荒療治に近いのですが。。。ある感染症を広く拡散するのです。致死率はほぼゼロの毒性の低いものです。但し、感染力は強いのですが。」

「穏やかでないですね。バイオ・テロを起こすとおっしゃる?冗談として受け取っておきましょう。」

「それはご想像にお任せしますが、産業構造やサプライチェーン、この国の立ち位置に至るまで、上寺さんの思う方に解決が向かう一手ではございますよ。

防疫の上で一番効果的な対応は、やはり人々が接触を断つことです。感染の拡大を避けるために、世界の人々は一旦委縮し往来を控えることになるでしょう。」

「先ほど致死率はゼロとおっしゃったが、ただの風邪程度の流行なら人々が交流を控えるほどにはならないのでは?」

「ほぼゼロとは申しましたが、高齢者には重篤化の可能性もあり、成人病を持病として患っている方々も多少は危険です。ある程度の犠牲は必要でしょう。そうしなきゃ、この国の目を覚ますことはできないのだから。そして、あなたもそう思っている人の一人ですよね?

もっと言わせてもらえれば、私は医療の現場も一度壊滅的状況に陥ればいいと思っています。」

「どういうことだ?」

自然に声のトーンがきつくなる。

「地域保健法とやらを大義名分に保健所の数を減らし続けていることは上寺さんも憂えているでしょう?一度、医療現場が維持できないくらいのショックを味あわないと人間は骨身にしみて反省することもないですよ。感染の圧倒的な広がりを以て、医療崩壊を起こすのです。」

上寺は絶句するしかなかった。この、ちょっと頭のおかしいと思える人物に付き合い続けてよいものか、そちらにも神経を割かれ、会話の相槌を打つのもままならない。

黒奈は続ける。

「・・・この間に人々の意識に変化をもたらし、上寺さんの理想とする方向に社会の形が向かうと考えています。

あなたはこれまで通り、あなたご自身が主張してきたことをおっしゃリ続ければよいだけです。人々は言うでしょう。『やはり上寺が正しかった』

そのことは、総理官邸に入り浸っているあなたのライバル、政務官がいますよね?彼を追い落とす機会にもつながると思うのですが」

「見返りは何でしょう?」

「いえ、私は純粋に社会学者としての見地、医学的見地から、この感染症が社会にどのような変化をもたらすのかを見たいというだけです。」

「しかし、都市封鎖されている間に感染症の拡散は抑制されてしまうのでは?」

「そこです。この感染症は、致死率は先ほどゼロと申し上げましたが、症状が全く現れない感染者も多いのです。移動の制限を加えたり、都市封鎖体制を敷くまでの政治や行政やあらゆることが手間取っている間に、無症状感染者がこのウィルスを拡散させることに寄与するのです。

尚、この解決案の実施場所については、こちらにお任せいただきたい。本日はこれにて失礼いたしますよ。」


実施場所?何の事だろう?細菌かウィルスをばら撒く場所のことを言っているのだろうが、この狭い国土の中でそれを最も効果的に行うとすれば首都圏のど真ん中しかないだろう。

上寺もさすがに相手の突拍子もない「提案」に足元が急にぐらぐらするように感じたが、気が付くと黒奈の姿は会場から消えていた。

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