物流・国防・医療・産業構造

この国の物流網の根幹はやはり高速道路網にある。他国に比べ、鉄道貨物による物流が極めて少ない。トラックによる輸送がやはり中心なのは、戦後のこの国の基幹産業として自動車産業を中心に据えることが国策としてあったからだ。自動車産業はその裾野まで含め、日本の経済を大きく支えるに至ったのだから、先達である官僚たちに対し、上寺も尊敬の念は禁じ得ない。だが、人口減少と地域間格差増大の状況下で、物流網を構成する輸送機関のバランスは変化してもよいだろう。

物流のラストワンマイルにおける劣悪な環境の改善もままならない。ネットショッピング、いわゆるECの普及により、人々は気軽に宅配を頼むようになった。これまでならば、店頭に赴き自らが家まで商品を抱えて持ち帰る行為を、物流業者に転嫁するようになったともいえる。また配達先に購入者が不在の場合の再配達も、宅配業者の労働環境を悪化させているし、採算性の面からも業者からの悲鳴は再三あがっている。ITによる改善は試みるものの決定的な解決とはならず、受取人が常に家にいてくれることの方が圧倒的に効果は大きいだろう。


上寺にとっての心配は、サプライチェーンにもある。この国の製造業の多くで、中国企業がサプライチェーンに強固に組み込まれている。かつて製造の現場、即ち工場だけを現地に移設していた時代よりも、中国品質が数段向上し、最終製品を構成する部品の供給者としても地位を確かなものとしただけでなく、中国の広大な市場を考えると、現地での調達にもメリットはある。

医療現場で使用するマスクなどの医療用品も、一般に市販されているものと同等のものを併用したりしているが、医療用品メーカの多くもその大部分を中国国内で生産している。日中関係の悪化など何らかの要因により、中国を強固に組み込んだサプライチェーンに支障をきたした場合、日用品をはじめとするこの国の普段の日常を回している小売店での商品の陳列棚はどこまで影響を受けるのだろうか。

オイルショック(上寺が物心つく前の話だ)の頃や東北大震災の直後、スーパーから一部の商品が消え、入手困難となった状況が再現しないとも限らない。

この状況にも警鐘を鳴らす者は必要なのではないだろうか、と思ったりもする。


この国の食料自給率もお寒いものだ。自国の第一次産業を保護する政策はとってはいるものの、その採算性に加え後継者問題もある。この状況で海外からの輸入が一時停止でもしない限り、国民が身に染みて自給率のことを考えるには至らないであろう。

これはもはや国防の問題でもある。

もう一つ、国防に関わるものとして、この国の医療体制にも不安は尽きない。

厚労省の差し金で、国庫の負担への配慮や財政再建の名の下に保健所を年々削減してきた。

元々、国庫の医療費負担を軽減する理想の下に始まった地域医療構想ではあったが、採算をとるのも覚束ない医療機関は他院への統合、廃業なども取り沙汰されている。

また前世紀から進められてきた地域保健法による保健所の削減も、住民主体の公衆衛生という理想的な取り組みから後退の一途をたどっており、この施策の構想に対する疑問は未だに残る。保健所職員の人員削減が容赦なく進められる反面、IT化などの業務効率化を図るための施策は一向に進められておらず、ちぐはぐである。このような状況下で数年前、新型インフルエンザの感染が広がった際の対応には心許なさが残ったものだ。

このように上寺は、食糧自給や医療体制こそが国防の重要な要素だと考えている。

また、遠大な視点から俯瞰すると、国防は教育にこそある。OECD各国との比較に於いて、この二、三十年の間に大学のランキングも落伍することになった。新学期の時期も海外と半年近くズレているのだから交換留学などもままならず有能な人材との交流もし難い。教育をおろそかにしていれば、何十年、何世代と経ていくごとに、人材が劣化していくのである。


人口1億人あまり、そして前述の通りこれから縮んでいく日本に於いて、主要な自動車メーカだけで5社も6社もある。また、家電メーカも人口比で考えればその数は多いのだるう。その一方で医療機器など特殊な分野での裾野の広がりの感じられないことも、産業構造のアンバランスを感じる。

食糧自給に大きく関連する第一次産業への従事者数、そして、第二次、第三次の他産業分野とのアンバランスも大きな不安である。今後の少子化に伴い、どの分野においても後継者不足が顕在化する。その時に、重点産業分野へのメリハリをつけた人材配分ができていなくてはならないのだ。

日本の立ち位置や産業構造についても悩みは尽きない。

有事の際に、この国は円滑な対応ができるのであろうか。


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