ガトーショコラの日 後編


 勇壮に、猛々しく。

 炎が巻きあがる。


 力強く。

 ともすれば暴力的な光景なのに。


 どうして、じっと見つめていると。

 心が落ち着いてくるんだろう。


 ヒトが手に入れた大いなる力。

 時に牙をむくが。

 文化に生活に。

 そして命を繋ぐために欠かせないもの。



 炎失くして。

 ヒトは生きてはいけない。



 …………なんて。

 誰もが同じことを感じるはずもねえんだが。


「おれ~。萌歌さんさえいれば生きていける~」


 シェフが手塩にかけて。

 折角繊細に調理した料理に。


 目の前で。

 焼き肉のたれをドバドバにかけて食われた気分。


 お前に炎を見つめる資格はねえ。


「あ~っ!? 売れ残りたこ焼き食うなよ~!」

「よく手に入れて来たなこんなもん」

「えへへ~。先輩綺麗ですね~って褒め倒したらくれた~」


 お前ってやつは。


「……でも、女装した男子だった……」


 お前ってやつはっ!!!



 ――初日と二日目と。

 まるで堪能できなかった文化祭。


 その分を取り戻そうと。

 うちのクラスの連中は。


 後夜祭に全員参加している模様。


 今も視界の端々で。

 昨日の舞台上よろしく。


 全力でバカ騒ぎしてるみんなの姿がちらほらと。



 でも、俺はどうにもそんな気になれずに。

 こうして一人で。

 炎を眺めてる。


「あ~! 滝のヤツ、女子と二人でいる~! 邪魔してやる~!」


 そう。

 一人で炎を眺めてる。


「滝~! おまえから借りてる水着アイドルDVD、いつ返せばいい~?」


 ……ひとりで。


「やった~! 分離成功~! ……あ。すげえ怒りながらこっち来た」


 ひとり…………。


「てめえパラガス! どういうつもりだ貴様!」

「ぬけがけは許さん~!」

「ふざけんな! 部の先輩とようやく二人っきりになれたのに……! 他人の邪魔とかしてねえで、お前もちょっとは頑張ってみたらどうなんだよ!」

「…………聞きたい~?」

「なにが」

「しまっちゅと夢ーみんとみいにゃんと鈴村とマネージャーの二人と王子くんのお姉ちゃんと立哉の妹に声かけた結果、聞きたい~?」

「……………………すまん」


 ああもう!


 うるせえっ!


「おお、いたいた。タツヤー王子、お前のファンになった連中連れて来たぞ?」

「なに~!? 立哉は今、滝を口説くのに忙しいから俺がお相手する~!」

「パラガスは邪魔なのよん! ってこら! 他人の話、聞け!」

「お前に言われたくない~! ねえねえみんな! 屋上からキャンプファイアー見ない~? ああ、ちょっと~! 逃げないでよ~!」


 くそう!

 どこかに俺の安住の地は無いのか!?


 叫びたい気持ちで炎を見つめると。

 まるで俺の心を映し出したように。


 ごおっとうなりをあげて。

 火の粉を大量に吐き出した。



 ――昼間。

 結局、王子くんを捕まえることが出来なかった俺には。


 その後どうなったのか。

 まったく知る術もなく。



 明日から、月面に一人。

 膝を抱えて。


 地球上で楽しそうにする二人を眺めている可能性もあるわけで。



 浮いたり沈んだり。

 翻弄されてばかりの文化祭。


 それが最後に来て。

 今、底辺まで叩き落されている。



 もちろん俺は。

 秋乃ばかりか。

 王子くんも信頼している。


 でも、信頼しているからこそ。

 二人が仲良くなることは容易に想像できて。


 二人が仲良くなると。

 当然、放り出されるるのは。


「はああああぁぁぁぁぁぁ…………」


 ネガティブな考え方をする。

 俺っていうことになるだろう。



「お? あれ、昨日の王子じゃない?」

「どの王子?」

「最後に姫と月に行った王子」

「なんだ~。さらさらショートヘアーの子だったら話してみたかったのに……」


 思い起こせば。

 夏休み明けてすぐの始業式。


 秋乃の嘆願のせいで。

 主役の内一人を押しつけられて。


「いたいた! 監督! なあに一人で膝抱えてんだよ!」

「そうよ保坂。一人で暗いオーラ出さないでくれる?」


 委員長に監督役を押しつけられて。

 クラスの全員と何度も交渉して。


「あれ? こんなに金使ってたっけ?」

「お前、ムキになって華道部のダーツ屋台で散財してたじゃねえか」


 百万円もの借金を。

 労働力という形で背負い込んで。


「あれ? もうあと二十分で終わりじゃないの?」

「生徒会が終わりの時刻延ばしてくれたんだよ。まだ二時間は遊べる」


 会場の予約してなかったせいで。

 とんでもない上演時間になって。


「夢野くん! この後、俺とフォークダンスを踊ってくれないでしょうか!」

「違う! 何度言ったら分かるんだ細井! 片膝を突いて、左手を胸に!」

「……もう本人に聞こえてるぞ?」

「重ーい。パスな感じー?」


 結局本番はアドリブばかり。

 寿命が縮んだ二時間を経て……。


「はっ!? 気づけばクラスの連中に包囲されている!?」

「なに言ってんだ立哉。気付いてなかったのか?」

「保坂、しょっちゅうぼーっと考え事してるよね?」

「もうテストの心配してんじゃね?」

「今日くらい羽目外しなさいよ!」


 ……ああ、そうか。

 俺はこの辺を勘違いしてるから。


 きもいとかぼっちとか。

 そう言われるのかもしれないな。


 だって。

 我ながら矛盾してる。



 ひとりでいたくないと。

 一人で考えこんでいるなんて。



「…………ようし。俺も、羽目外すか!」

「お? 不器用保坂がリミッター解除する気になったらしいぞ?」

「まじか、どんな空回り見せてくれるんだ?」

「急に友達募集とか言い出すんじゃねえだろうな!」

「…………封印すんな」


 いきなり禁じ手にされたよ。

 そしてお前ら笑い過ぎ。


「あははははは! じゃあ封印しねえから! お前、あれやってこい!」

「いいわね! 誰の名前呼ぶか楽しみ!」

「あれってなんだ?」


 みんなが指差す先。

 真っ暗でほとんど何も見えねえんだけど。


 そっちは確か。

 西野姉がきゅるんきゅるん歌ってた屋外ステージだよな。


「……ん? 誰かステージにいる?」


 そして耳を澄ましていると。

 火の爆ぜる音の隙間から届いた声は。


「…………君! ずっと好きでした! 付き合ってください!」

「告白ステージじゃねえか!?」


 文化祭って言ったら、名物なんだろうけどさ!

 実際目の当たりにするとびっくりなんだけど!?


「おまえ、まさかここに座ってて今まで気づかなかったのかよ?」

「……ちょっと考え事してたから。それよりマジでこんなのやるんだ!」

「告白って言ってもな? さっきから軽いの多くて……」

「そうね。借りてたシャーペン無くしたとか、そんなの言われてもねえ?」

「でも今回はガチ告白! さあどうなる!?」

「…………おお! あそこ! 校舎に人影が!」

「手で丸ってやってる!」

「きゃーーーーーーーーー!!!」


 うわ。

 なんか。


 俺、井戸の中で悶々としてた心地。


 外の世界が。

 大変なことになってる!


「さあ、行けよ保坂!」

「いやだよふざけんな! あんなとこ連れてかれるぐらいなら一人で月に行った方がましだ!」

「羽目外すって言ってたじゃない!」

「た、確かにそうだが……」

「あれ?」

「もしかして、あれ……」

「小野じゃねえか!」


 よく見えるなみんな。

 でも興味があっちに行ったようで。

 助かったぜ。


 今度バサロには一つ親切にしておこう。

 なーんて呑気な事考えてるうちに。


 バサロの、ちょっと高めの声が。

 校庭中に響き渡った。



「小野省吾しょうごです! ……同じクラスのー! 夢野ゆめの未来みくさん! このあとー! 体育館でやってるフォークダンスを一緒に踊って下さい!」

「おお、言った!」


 まじか!

 バサロすげえ!


 ……って。


「お前らどうしたんだ?」


 クラスの連中。

 ステージに向けて。


 一斉に。


 両手でバツ印。


「だめだ小野っち!」

「今さっき、細井とフォークダンスに行ったとこ!」

「熱心過ぎて根負けした感じーって! しぶしぶ!」

「ちきしょう先越された―っ!」


 ああ、遠目にも分かる。

 バサロは頭抱えてうずくまったかと思うと。

 慌てて体育館へ走り出す。


 そんな姿を校庭中。

 校舎中からの笑い声と声援が後押しするが。


「……体育館、修羅場になるんじゃねえか?」

「確かに!」

「でも夢ーみんなら小野っちを細井君に押し付けて戻ってきそう」

「ありそう!」

「ちょ……、お前ら! そんなこと言ってる場合じゃねえぞ!?」

「え? 誰かステージに上がった?」

「あれは……っ!」



「「「「「パラガス!!!」」」」」

 


 腰を下ろしてたみんなが一斉に立ち上がると。

 そばにいた、違うクラスの皆が一斉に俺たちを見た。


 でも、そんな驚きじゃ済まねえ衝撃を。

 あの野郎は学校中にばらまいた。


「えっと~。しまっちゅと夢ーみんとみいにゃんと鈴村と~。バスケ部のマネージャーの二人と王子くんのお姉ちゃんと~。おんなじバンドのベースの人と立哉の妹と小野のお姉ちゃんと~。日向のお姉ちゃんと優太のおかあさんと、あと芸能人の……」

「だれかあいつを止めて来い!」

「あの害悪め、私が息の音を……」

「やめろしまっちゅ! お前が行ったらOKしたみたくなる!」

「あたしが行って来るのよん!」

「おお! 我がクラスの突撃隊長!」

「行け! 夏木!」


 そしていつまでも続くお経を。

 きけ子がドロップキックで粉砕すると。


 呆れ果てていた学校中の誰もが。

 ほっと胸を撫でおろした。


「……あいつ、俺のお袋って」

「見境なしだな」

「それより保坂」

「ん?」

「お前は行かなくていいのか?」


 甲斐が真顔で確認してきたんだが。

 行くも何も。



 俺は誰に。

 どんな願いを言えばいい。



「臆病な俺に何を期待してやがる」

「……変化、とか?」

「あれは急すぎるっての」



 今回。

 王子くんとの一件で思い知った。


 俺はまだ。

 子供だから。


 急な変化に心が追い付かない。


 できれば緩慢な変化の中で。

 一つ一つ納得しながら成長したい。


「でも、さ」

「なんだよ」


 恋というものを。

 恋人というものを知っている。


 大人な男が食い下がる。


 俺よりも遠くを見つめる瞳を細めて。

 口の端を軽くゆがめながら。


「……誰かの方が、急な変化を望んだらどうするんだ?」

「は? 誰かって誰だよ」

「舞浜……、とか」

「ない。それは誓って言える」

「あれでもか?」



 ……甲斐の、大人な瞳が見つめるその先。


 暗がりのステージに。

 遠目にも分かる女子二人。


 ショートカットの、長身の女子に背を押されて。

 ストレートのロングヘアーが。

 わたわたと前に出る。




 どくん。




 ひとつ跳ねた鼓動が。

 俺の殻にひびを入れた感覚。


 自分が決めた勝手なルール。


 俺も秋乃も。

 大きな変化なんか。


 怖くて受け入れることができない。



 そんな世界が。



 もしも、今。



 崩壊するとしたら。



 ステージから一旦逃げようとして王子くんに腕を掴まれたあいつが。


 例えば俺の名を。

 あるいは他の誰かの名を。


 呼ぶとしたのなら。




 それは。




 急激な変化を受け入れることができる。

 大人の心を手に入れたということになる。




 だとしたら。

 それがどんな言葉だったとしても。


 子供な俺は。



 一人、月に取り残されることだろう。



「や……」



 やめてくれ。

 そんな言葉が喉から出かかる。


 容易に予測がつく未来予想図。

 それを破壊したかったから。



 変化を受け入れた、大人な秋乃と。

 誰かが並んで歩く姿。


 そんな二人の間に。

 変化を受け入れることができない。


 子供な俺の。




 居場所はない。




 ――真っ白に塗り替えられた視界の中で。


 飴色の髪の少女が。



 急激な『変化』を求めて。



 遠くを見つめる。



 願わくば。

 他の誰かの名を呼んで欲しい。


 だって、もし俺の名を呼んだとしたのなら。


 俺は。

 どんな変化も受け入れることができない俺は。



 拒否してしまうから。



 ……だが。

 この文化祭は。



 最後に一つ。

 俺にとって。



 最も残酷なシナリオを準備していた。





「たーーーつーーーやーーーくーーーーーーん!」





 真っ白な世界の真ん中で。

 栗色の瞳が、真っすぐ俺を見つめる。


 ……ああ。

 言ってしまったんだな。


 一体、お前はどれほどの変化を俺に強要するのか。

 お前はどれほどの変化を受け入れる覚悟を決めたのか。


 でも、俺は。

 今のままでしかいられない。

 お前の望む変化を。

 怖くて、受け入れることができない。



 仮面じゃない、柔らかな微笑が。

 こくりと、ひとつ頷く。



 そして覚悟を決めて。

 続く言葉を待ち構える俺に。



 ……秋乃は。



 背を向けて。


 満足そうに。


 ステージを下りた。





「…………はは…………。うははははははははははは!!!」





 あいつ……。


 あいつ!


 そうな!

 それすら何か月もかかったんだもんなお前!



「か、変われるわけねえ……。いや、大変化か! うははははははははは!!!」



「え? 今の何!?」

「こら立哉! 笑ってねえで教えろ!」

「保坂にどうして欲しいか言わないで下りちゃったよ!?」

「ちょっと保坂! なにあれ説明しなさいよ!」

「なんだお前ら付き合ってるのか!?」

「わけわかんねえけどそういうことなんだろ!」


 ないない。

 俺は呆れるほど脱力して。

 尻餅つきながら手で否定する。


 ステージ周りの皆もあわあわしてるけど。

 そいつのやりたかったことはそれで全部だよ!



 ああおもしれ。

 そうだ。

 あいつはいつだって。

 俺を笑わせてくれる。



 この文化祭。

 色々なことがあった。


 人生の階段を上ったのか。

 それとも、ただの回り道なのか。


 俺は俺なりに。

 成長を。

 変化したような気がしてたけど。



「……むりむり! あいつほど大きな変化なんかしてねえっての!」



 おそらく明日っから。

 大きな大きな変化。


 違う呼び方で呼ばれるようになると思う。


 でもそれは。

 俺が受け入れる事が出来る変化だ。



 やっぱり。

 同じもの同士。


 加減はお互い。

 よく分かってるってこったな。



 俺たちはこれからも。

 亀みてえにのんびり。



 友達の練習を。


 続けていくことになりそうだ。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第5.5笑

 = 恋の花散る夢芝居 =



 おしまい!

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