ガトーショコラの日 前編


~ 九月二十一日(月祝) ガトーショコラの日 ~


 ※英姿颯爽えいしさっそう

  男らしくて凛々しくて爽やか




「ただいまをもちまして、文化祭は終了となります。ご来場の皆様はお忘れ物の無いよう、また、車でご来場のお客様は……」



 屋台組から上がる大きな拍手。

 昨日、俺たちも味わった達成感。


 高い高い秋空のてっぺんまで響き渡る。

 咆哮にも似た歓声が。


 


 …………これから始まる狂乱の宴の前座に過ぎないなんて。




「どうなっちまうんだろ」


 三日目、文化祭最終日の今日。

 終了時刻は、世間一般のそれよりはるかに早い。


 まだ昼下がりと言っても過言じゃない時刻に。

 校門を目指して歩くお客様は。


 自分達と入れ替わりに。

 校内に入ってくる人たちの。


 異様な風貌を見て絶句する。



 この学校。

 田んぼのど真ん中に建ってるとは言っても。

 それなり民家やお店が周りに建ってるわけで。


「絶対問題になる……」


 生徒会が一軒一軒説明に行ったと聞いたけれども。

 日中の時間帯を選んだようだけれども。


「さっき売上貰っちまった俺が文句を言えるはずはないけれども!」

「あっは! 保坂は臆病だね!」

「みなさんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 学校の品位を下げるような人たち呼んでごめんなさい。

 その件に雛罌粟さんばかりか生徒会巻き込んでごめんなさい。

 せっかくの文化祭がこんなことになってごめんなさい。

 事と場合によっては来年から廃止になるかもごめんなさい。


 そしてご近所の皆さん。

 不快な絶叫が聞こえるかもしれませんが通報しないでください。


「ああもう、まさかそっち系だったとは……」


 昼飯前、俺は西野姉のいる楽屋へ差し入れを持って行った。


 当人も、バンドのメンバーも。

 この前お会いした時にはロック系の服装で。

 ちょっとは予感があったけど。


 楽屋に入るなり。

 そんな予想の遥か上を行くどぎついメイクに。


 俺は絶句したね。


「まさかのパンクファッション……。お姉さん、髪が全部上に伸びてた……」

「だから、パンクじゃないってば」

「でも、過激だって言ったじゃねえか! ひょっとしてデス系!?」

「違う違う! 歌詞とお客が過激なだけで、曲は可愛いもんなんだってば!」

「客が過激って!? 火ぃ噴いたりとか!? ステージ壊したりとか!?」

「無い無い! 始まってみたら分かるけど、全然そんなんじゃないよ!」

「お姉さんの首輪から棘が突き出してたんだけど!?」

「平気だって!」

「バンド名、デスデモニッキスなんだけど!?」

「信じてくれってば!」


 王子くん、お姉さんのライブにちょくちょく足運ぶって言ってたから慣れちゃったんだよきっと。


 世の中にはクラシックしか聞かない人もそれなりいるんだよ?


「ああ、入場始まっちった……」

「僕のこと、ほんと信用してくれないんだね?」

「それを上回るお姉さんがたの真っ青な唇と紫のアイライン!」

「だから平気だって言ってるのに」

「差し入れで持ってったガトーショコラの方が明るい色してた真っ黒な舌!」

「もう……。それよりどうする? 学生はアリーナの外側だけど、タダで見れるんだよね」


 なんというか。

 この惨劇を見届ける義務くらいあるんだろう、俺には。


 でも会場なんかにいたら。

 いつぞやのパラガスみたいに磔にされかねん。


「……屋上で見ようかな。王子くんはそばで見たいだろ?」

「ううん? 僕も御一緒するよ」


 そして重たい足取りで校舎へ向かう俺の横を。

 王子くんが寄り添ってついて来る。


 いつもと違うお隣りに。

 ざわついた心が、さらに波打つのが分かる。


「そういえば、舞浜ちゃんは? こういうの好きそうなのに」

「……うちの妹、あいつのファンでさ」

「妹ちゃん? ファン?」

「昼時に一人で学校来て。秋乃捕まえて散々校内連れまわした挙句外に出て……、今はピザ屋だってさ」

「それ、ファン?」


 すまん、王子くん。

 説明するのめんどくさい。


 俺だってその状況を目で見たわけじゃないんだが。

 一部始終が手に取るようにわかる実況中継メッセージ。


「舞浜ちゃんとこと、家族ぐるみの付き合いなんだってね?」

「ん? 秋乃から聞いたのか?」

「うん。朝からずっと一緒にいたんだ、二人で」


 それで秋乃と一度も会ってないのか、今日は。


 それにしても、二人で一緒にいた?



 …………何の話してたんだろ。



 屋上への階段は、出し物が終わったクラスから持ち出されたベニヤと模造紙がぶちまけられて。


 通れやしねえ。


 もう、ゴミだから。

 踏んづけても構わないんだろうけど。


「あっは! 保坂らしい!」

「俺らしいってなんだよ。うちの教室からほっぽり出された聖剣とか、誰かに踏まれたらちょっと気分悪いだろ?」

「確かに。……あの! ここ通りたいんだけど、これ避けてもいいですか?」

「ああ悪い! 適当に寄せちゃってくれ!」


 必死に作った展示品。

 舞台の小道具、大道具。


 それらはすべて。

 今夜のキャンプファイアーで空へ帰る。


 煙のうちは、まだ形として目にはっきりと映るのに。


 広い広い空にとけて消えると。

 ぼんやりと、曖昧な。


 思い出という品に姿を変えちまうんだ。


「…………俺、聖剣持って帰ろうかな」

「ああ、最初のうちはね、そう思うんだ」

「なるほど。王子くんもそうだったんだ」

「あっは! キリが無いし邪魔になるし、全部捨てちゃったけどね!」


 慣れ、か。


 それを理解はできるけど。

 寂しく感じるのは。


 俺がまだ子供だからなんだろうか。



 ……そう。

 子供。



 秋乃と王子くん。

 二人が話したことは。


 ひょっとして。

 まだ、子供な俺が慣れていない。



 別れについてのことなんじゃないだろうか。



 自覚できるほど重たい足取り。

 こんなにも大きな問題を抱えているってのに。


 屋上に出た瞬間、飛び込んで来たステージからの声で。


 もやもやが。

 一瞬で。




 全部消し飛んだ。




 …………悪い方の意味で。




『みんな~♪ げんきにしてたかな~♪』

『いぇあああああああああああ!!!!』

『今夜は、初めての屋外ライブで~、ちょっとどきがむねむねっ♪』

『いぇあああああああああああ!!!!』

『だから、み~んなのぱわー、萌歌モカにギュンギュン注入してね~♪』

『いぇあああああああああああ!!!!』

『じゃあ、最初の曲、いっくよ~! もかとあなたのふぁーすと💛でいとぉ』

『ふぉおおおおおおああああああ!!!!』




「保坂。……あご」


 いや、こんな顔なるだろしゃくれるだろそりゃあたりまえだろ。


 なんだこの萌えバンド。

 電波なメロディーがきゃるんゃるん。


 ミラーボールから出たピンクのハートマークが。

 ぐりんぐりんステージで回ってる。


「あっは! びっくりした? お姉ちゃん、地下ドルってやつなんだよ?」

「なんじゃそりゃあああああ!?」


 そして耳に届いた歌詞に。

 俺のあごはさらにしゃくれることになった。



『初めての~♪ デイトなんだぞ~♪

 メイクにセットに八時間~♪』


「長い! 重いっ!」

「いきなり突っ込むのかい? さすがツッコミ王子!」


『ネイルフレグランス歯磨きに~♪

 あ!? シャワー忘れちゃった~♪

 ま、いっか~♪』


「優・先・順! 入れ風呂っ!」

「あっは! そのペースで突っ込んでると歌詞全部に突っ込むことになるよ?」

「さすがにそりゃねえだろ」


『でもね~♪ 待ってまあって~♪

 待ち合わせはまだ早すぎる~♪』


「それにしても、歌ってるときの声は可愛いんだな」


『だからあなたが家を出るのを~♪

 あとからこっそり追いかけるの~♪』


「かわいくねえっ! 怖えよバカやろう!」

「ほらね?」


『ラブリ~♪ ハッピ~♪

 ファーストデイ~ト~♪


 今から始まる~♪ ふ・た・り・の

 時間によろよろ~♪』


「騙されんな彼氏! 朝一から始まってるぞお前らの時間!」

「あっはははは! ほんとに全部突っ込んだね!」


 あ、頭いてえ……。

 しかしこんな歌詞に、あれ、何て言ったっけ?


 コールってやつか、すげえな。

 一糸乱れてないけど、練習でもしてるのかな?


「ああ、お客さんのあれ?」

「おお。感心してた」

「あんなに叫んで踊って。歌、聞こえてるのかな?」

「…………確かに」

「あ、二番始まるよ?」


『マキからおせーてもらった~♪

 水族館の禁句厳しい~♪

 おトイレ、飽きた、美味しそうはダメダメ~♪』


「しまった、ちょっとウケた」

「あっは!」


『あなたの~♪ みりょくいっぱいいっぱい

 み・つ・けた~い~♪』


『ふぅぉ! ふぅぉ! ふぅぉ! ふぅぉ!』


『仕込んどいた~♪

 暴漢から守って欲し~い~♪』


『きっと守るよらぶりーもかたん!』


「なにしたいんだよもかたんはっ!」

「でも、これは気持ち分かっちゃうんだよねー」

「こわっ」


『スィーティ~♪ キューティ~♪

 ファーストデイ~ト~♪


 お揃いの~♪ お・み・や・げ

 きくらげにょろにょろ~♪』


「水・族・館っ!!!」

「え? クラゲだよね? 良くない?」

「おまえもかっ!」


『あたしの気持ちに~♪

 気付いてくれ~た~♪


 あなた~♪ やっぱ大好き~♪

 ディナーはお寿司で~♪


 かんぱーい!!!』


『イェーーーーーーーーー!!!』


「彼氏も大概だろうが! お似合いだお前ら!」

「あっははははははは! お疲れ、保坂!」



 なんだこりゃ。

 ああもう。


 ほんとなんなんだよ。


 たった一曲で。

 ツッコミ疲れてぐったり。


 だというのに……。



 ……

 …………

 ………………



「き、気付けば一時間半突っ込みっぱなしだった…………」

「お、お腹痛い……! ほんと全部突っ込むんだもん!」

「究極は、おべんとハートマークって曲だったな」

「あれ、カバー曲だよ?」

「まじか」


 あのバカな歌がこいつら以外の人の曲とか。

 世の中広いなあ。


「それにしても……、いや、文句は山ほどあるんだが……」

「見直した?」

「どころか。すげえよ萌歌さん。……じゃなくて、お姉さん」

「モカでいいんじゃない? あたしもライブの時はモカさんって呼ぶし」

「そうなんだ」


 途中から、腕を振って声援送ってた王子くん。


 いつもの低めの声じゃなくて。

 少し高めの女子っぽい声だった。

 

「…………いつもは、さ。王子って役……、なんだよな。姫くんに言われて、普段からそうしてるだけで」

「まあ、そうなるかな?」

「中学の頃は?」

「ぜんぜん! 普通の女の子だったよ!」


 そして。ステージで別れの挨拶をする萌歌さんに。

 キャーキャー声援送ってるけど。


 そうか。

 王子の仮面を外せば。


 西野は。

 普通の女の子なんだな。



「あ、お姉ちゃん! あたしに気付いてくれた!」

「まじか。どれどれ……、うおっ!?」

「おお! お客さーーーん! ありがとねーーー! ほら保坂も手ぇふりなよ!」

「無理に決まってんだろ!」


 速攻でしゃがんだけど。

 見られたかな、俺の姿。


 崇拝するアーティストの妹さん。

 その隣で、もしも馬の骨がへらへら笑って手なんか振ってたら。


「俺だったら石投げる」

「あっは! 気にすること無いのに!」

「気にするわ。百パー彼氏と思われる」

「そうかな? そう見えるようにエチュードでもする?」

「もう芝居はこりごりだ!」


 俺が突っ込むと。

 途端に王子くんは静かになって。


 フェンスを背に。

 隣にしゃがみ込んだ。


 そして、屋上からステージを見ていたみんなが。

 校舎へ戻っていく姿を見つめながら。


 ぽつりとつぶやく。


「お姉ちゃんも……、演じてるんだ」

「え?」

「音楽する時のお姉ちゃん。個性のある店員を目指してくれって言われたバイト先でのお姉ちゃん。……ちょっと厳しいママの前にいる時のお姉ちゃん。そして、僕と一緒にいる時のお姉ちゃん。みんな、違う人」

「そうなのか?」

「どれがほんとの自分なのか、自分でも分からなくなってるんじゃないかな……」


 きしっとフェンスを鳴らして空を見上げた王子くん。


 その横顔を眺めていたら。

 ふと、あの時の表情が頭をよぎった。


 学校に泊った夜。

 王子の仮面を脱いだあの表情。


 それは間違いなく。

 恋する乙女のものだった。


「…………王子くんも、分からなくなる?」

「本当の自分がどれかって?」

「ああ」

「あっは! ならないさ! …………だって」


 そして、王子くんは。

 俺の肩に自分の肩をくっ付けて。


 いつも颯爽と振りかざす手を二つ。

 もじもじといじりながら。


「あたしは、王子という役を演じているだけ。本当は、タダの女の子よ?」


 心なし高い声。

 いや、恐らく本当のトーンで。


 静かに。

 ゆっくりとつぶやいた。




「…………聞いたのか? 秋乃から」




 王子くんは。

 俺の言葉に何も答えてくれない。


 でも。

 その沈黙が肯定を表している。



 聞いたって。

 どこまでだろう。


 それは分からないけど。


 いつまでも。

 卑怯な俺でいる訳にはいかないよな。



「……俺は、違うんだ。……お前の王子じゃない」



 意を決して話し始める俺の言葉に。

 肩に乗った重みがぴくりと強張る。


「橋の上からお前に手を振ったのは、確かに俺だ。……でも、その時叫んでた言葉は……」

「気づいたよ。…………昨日の劇で」

「え?」


 ああ、そうか。

 俺が間違えて。

 秋乃の名前を呼んだ時。


 お前も秋乃と同時に振り返ってたもんな。


「だから、舞浜ちゃんに聞いたんだ。……今朝。…………全部」

「……そうか」


 そして王子くんは深くため息をついて立ち上がると。


 太陽に向けて手をかざして。

 指の間から零れる光に目を細めながら。


「やっぱり、保坂は私の王子様。でも、ただの王子さ。……恋の対象じゃない」


 そして真っすぐ。

 細い指先を伸ばすと。


「保坂と舞浜ちゃんの仲を壊そうなんて思ってないよ? ……安心して」


 太陽に向けた指が。

 光にとけて霞んで見えたから。


 俺は慌てて王子くんの腕をつかむ。


「ど、どこへ行く気だよ!」

「え? どこって?」

「ああ、すまん。その、月に行こうとしたカグヤの姿と被って……」

「……あっは! なんだいそれ!」


 くすくすと。

 楽しそうに笑った王子くんは。


 俺が掴んだ手に、一瞬だけ目を向けた後。


「ていっ!」


 その腕を。

 なかば強引に振りほどいて。


 英姿颯爽えいしさっそう

 男らしいポーズをびしっと決める。


「……僕にすがっていいのは、愛する姫君たちだけだよ?」

「そ、そうか。すまん」

「それで?」

「ん?」

「保坂は、舞浜ちゃんのことをこのまま放っておく気かい?」


 そうだよな。

 こんな流れで聞かれねえわけねえよな。



 ……さて。

 覚悟を決めるか。



「…………ぶっちゃけても?」

「ああ」

「笑わねえ?」

「……え? なんで?」


 やれやれ。

 女々しいな俺は。


 さて、どうやって説明したもんか。


「……あいつ、さ。友達いねえんだ」

「え?」

「そして、俺にも」

「え? ……いや、いっぱいいるじゃない」

「そう、思うんだろうな、普通の奴らは」

「違うの?」


 俺が真面目に頷くと。

 王子くんの首が四十五度ほど傾く。


「俺もあいつも、さ。ずーっと一人ぼっちだったから」

「……まさかそれで、どこからが友達なのか分からないってこと?」

「そう」


 他人の気持ちなんてまるで分からねえ俺たち二人。

 でも、これだけは自信を持って言える。


「少なくとも、お互いに友達は一人だけって思ってる」

「…………まじで?」

「ああ。……王子くん、あいつと話したって言ってたけどさ。そのせいで、何て言うか、恋を諦めた、的なことになったんだろ?」

「そ、そんなことないよ?」

「正直に言えよ。俺もぶっちゃけてるんだから」

「う、うん。そうなるか……。な?」


 ああかっこわりい。

 でもここまで来て隠したってしょうがねえ。


「そこで衝撃の事実。驚いたことに、俺は王子くんと付き合うも何も、恋とかまるで分かんねえ。ただ、唯一の友達がすげ替わるって感覚」

「小学生かよ!?」

「我ながらその表現じゃ小学生にすらわりいと思う。そして秋乃は、唯一の友達がいなくなるのを悲しんでるだけ」

「……ん、んん~? そ、それはやっぱり、恋なんじゃないのかな……?」

「いいや断言できる。それが証拠に、あいつ王子くんと俺、くっ付けようとしてたし」

「舞浜ちゃんらしい……」

「べそかきながら」

「ほ、ほんと舞浜ちゃんらしい……」


 両肩落とした王子くんが。

 呆れ顔で俺を見つめる。


 でもこれだけ打ち明けたんだ。

 分かってくれるだろ。


「ってことで。俺は王子くんどころか秋乃とも、他の奴とも当分付き合わん。今は友達の練習中。それで精いっぱい」

「…………じゃあ、えっと例えば三人で友達になる、とかは?」

「俺がそんな器用な男に見えるか!? 二人組になりなさいって言われた時はどうすりゃいいんだ! 無理に決まってんだろ!」

「めんどうなヤツだな!」

「悪かったな!」


 大声は。

 もちろんただの照れ隠し。


 不器用を改めて告白して。

 人付き合いの下手くそさを暴露して。

 耳まで赤くなってるのがよく分かる。


 そんな顔見て。

 大笑いし始めた王子くんは。


「あっは! 僕の王子様、まさかの人間不信!」

「それ言い過ぎ! ……いや、そうか。俺は人間不信なのか?」


 俺の肩をばんばん叩いた後。

 優しい笑顔を浮かべて。


「……じゃあ、友達も恋心も、僕が教えてあげないといけないね?」

「いや、だから俺にはまだ早いって……」

「誰が保坂にって言った?」

「え?」


 そして再び。

 颯爽とポーズを決めると。


「僕がこの手を差し伸べるのは。自分のことを顧みずに誰かに優しくできる、そんなお姫様に対してだけなのさ!」


 ありもしないマントを翻すような仕草で歩き出す。



 ……ああ、こいつ。

 いいやつだ。


 こいつとなら。

 俺は、友達になれるかも……。



 そう感じたせいだろう。

 俺は王子の男らしい後姿に。

 自然と声をかけていた。


「王子くんがあいつの友達になってくれたら、俺はすごくうれしい!」

「ああ! 全力で応えてみせよう! ……あたしの王子様のお願いだから、ね」



 …………そう。

 恋も友情も。


 俺にはまだまだよく分からん。


 だからこの先どうなるのか。

 見当すらつかねえ。



 でも。

 今は秋乃が大切だし。


 あいつに悲しい顔はさせたくない。


 それでいいじゃねえか。



 校舎へ消えた王子くんと同じように。

 俺も太陽へ手を伸ばす。


 そして指の端を赤く染める光に目を細めながら。


「だって、あそこには戻りたくねえからな」


 正直な気持ちを。

 バカみてえにぽっかり高い秋空の下でつぶやいた。








 …………ん?


 待てよ?




 王子くんが秋乃と友達になったら。




 ……俺は?




「ちょ……、ちょっと待とうか王子くん!」




 そして俺は。

 にわかに校庭から湧き起こった。

 サプライズアンコールの大歓声を耳にしながら。


 校舎の中へ駆け込んだ。



『じゃあ、アンコール一曲目ぇ~! およしになっておうじさま!』



「ほんとおよしになって~!!!」



 すげえや、西野姉。

 ファンの気持ちを。

 ばっちり理解してるっての。


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