同窓会の日 後編
振り上げる聖剣の示す先。
想いは届けど、切っ先が触れるはずもない。
誰もが目にすることのできる異世界。
その名は。
月。
「くそう! まさか魔力を使えない場所につれてくるとは……っ! 地球へ帰すのよん! カグヤ姫!」
「それはできません。私とて、この月では魔力が使えませんから……」
「姫----!」
「姫----!」
遠く伸ばした手の平に。
すっぽり包むことはできるのに。
ああ、身を焦がすほどに愛しいあの方を。
輝く月からこの地へと。
取り戻すことなどかなわない。
「王子様。……皆様とはここでお別れになりますが、この月を見る度、どうかカグヤを思い出してくださいませ……」
「くそう、そうはさせん!」
「僕だって、姫様を諦めたくない!」
「そうか! 三人が聖剣をかざし、その名を呼べば……!」
「それだ!」
「ようし! では、僕たちの思いを聖剣に込めて!」
「「「カーグーヤー!!!」」」
一瞬の静寂。
そして教室にいる誰もが。
視線をお互いに交換して探り合う。
「……どう?」
「……いいんじゃないか?」
「いや、これおもしれえだろ!」
「やった! 完成だっ!」
文化祭初日が終了するや否や。
すぐに始めた通し稽古。
結果、途中はアドリブ任せ。
行き当たりばったりな個所は山ほどあるけど。
でもなんとか。
完成に持ち込んだ。
「さんざん悩んでたラストシーンもいい感じにまとまったんじゃねえか?」
「うん! 監督のアイデア、いい感じよ!」
どうにか絞り出した。
俺のアイデアが採用されたんだが。
一応。
物語としては完成しているんじゃなかろうか。
「やったな、監督!」
「さすがだぜ監督!」
「この終わり方、良いわよ監督!」
「うんうん、王道よね! さすが監督!」
……おお。
これは……。
「どうしたんだ、黙っちまって」
「ああ、いや……。俺さ、ずっと昔から憧れてたんだよ」
「監督に?」
「ちげえって。
文化祭という空気。
芝居の延長。
そして睡眠不足。
思わず吐露した心情に。
みんなは少し恥ずかしそうに笑いかけてくれて……。
からの爆笑とか。
「うはははは! なんだそりゃ!?」
「きもっ!」
「てか立哉! お前、また保坂病やってたぞ?」
「うそっ!? ……あ。
「それどんな意味だよ!」
「やれやれ! こんなのほっといて、焼肉定食食いに行こうぜ?」
「あはははは! こいつも感染してる!」
しまった、気を付けてるのに俺のバカ。
せめて、今日が何の日ネタだけは言わねえようにしよう。
でも、まあ。
この弾けた雰囲気は悪くねえ。
しかも、その笑いの中心が。
俺ってことも気持ちいい。
「……やっぱ今の俺。中心人物。リーダー」
「バカ言い出した!」
「そうよ。保坂くんがみんなを引っ張るリーダーって……」
「俺たちがてめえを引っ張ってんじゃねえかいつもいつも!」
「ひでえ! この一ヶ月の苦労、誰も認めてくれねえの!?」
ちょっとは肯定してくれるかと思ってたら。
そんな扱いあるか!?
でも、慌てて声を荒げる俺の肩に。
優しく置かれた細い指。
振り返った先で、秋乃が。
優しい笑顔で首を振る。
……ああ。
そうか。
「みんな、照れ隠しか。そうだよな、俺はリーダーとしてみんなをけん引して頑張ってたよな?」
「ううん? 保坂君は、いじられキャラとしてみんなを痙攣するほど笑わせてた」
「うはははははははははははは!!!」
俺なんかと違う。
本当のクラスの中心人物が。
学校中を揺るがすほどの笑いを生むと。
「はい、じゃあここまで! 明日は頑張りましょう! 舞台がはねたら、全員で笑って祝杯あげられるように!」
「「「おお!」」」
今度は本当のクラスのけん引役。
委員長が場を締める。
まあ、いじられキャラってのも悪くはねえが。
少しぐらい労いの言葉があってもいいんじゃねえのか?
空気も読まずにふてくされていると。
すぐお隣りから。
俺以上に場違いなことを言うやつが現れた。
「あ、明日が本番……、よね?」
「いまさらかよ秋乃」
「だ、だって……。明日が終わっちゃったら、なんだかぽっかり穴が開きそう……、ね?」
そう言いながら、胸に手を当てた秋乃の言葉に。
一瞬、誰もが息を飲む。
そうだ。
無我夢中で走りぬいたのは。
明日のため。
たった二時間のため。
でも。
その舞台が終わったら……。
「なに言ってんだ舞浜。穴どころか、思い出が胸に詰め込まれるってのに」
「そうよん! こんな派手な思い出、そうそうないじゃない!」
「思い出……」
さすが、我がクラスの清涼剤。
甲斐ときけ子の言葉に。
ようやく秋乃が笑顔を取り戻すと。
途端にみんなが。
明日に。
そしてその先に思いをはせる。
「ああ、そうだぜ! いい思い出にしよう!」
「何年後か、同窓会の時に思い出したりするんだろな~」
「もうすでに忘れられねえぜこんなの! なんだよ学校で一泊とか!」
「大変だったけど、ぶっちゃけ俺も明日が来てほしくねえ……」
「あはは! あたしも、抜け殻みたいになりそう!」
口々に語られる素直な気持ち。
それが秋乃を安心させてくれたのまでは良かったんだが。
素直になりすぎなんだよ。
余計な仮面まで外すんじゃねえ。
「そうだな! 同窓会の時に語ろうぜ、保坂監督の芝居凄かったなって!」
「ああ、保坂のために、最高の舞台にしようぜ!」
「ここまでこれたのも全部監督のおかげだからね!」
「ようし、監督! 解散前に締めの一言を!」
一斉にこっちを向いたみんなの笑顔が。
あっという間に怪訝顔。
…………まあ。
しょうがねえよな。
「監督?」
「おい、お前…………」
なんだよお前ら。
今の流れはずるいって。
「な、なに泣いてんのよ!」
「大丈夫、保坂……?」
あれだけ落とされて最後に持ち上げられたら。
誰だってこうなるっての。
女子はこういう時優しいな。
何人かが寄ってきてくれて。
もらい泣きしちゃった子までいるけど。
でも、お前らが来たところで。
何て言ったらいいのか分からない。
こういう時は。
こいつらの方が助かるぜ。
「バカだなこいつ! 泣くこたねえだろ!」
「ああ、分かる! お前、友達付き合いとかほんと下手だもんなー!」
「がははは! 急にみんなに優しくされてパニック起こしたのか!? だせえ!」
「……そうだぜ。俺はワレモノなんだから取り扱いには注意しろっての」
俺のせいで湿っぽくなっちまったけど。
それでも、みんなは燃えただの萌えただの言って笑ってくれる。
バカみてえな連中ばっかり集めたこのクラスだと思ってたけど。
今なら胸を張って言えるぜ。
あったかさじゃ、世界中のどのクラスにも負けやしねえ。
――俺がなりたかった役。
みんなを引っ張っていくようなリーダー。
それとは、ちょっと違うかもしれねえけど。
でも。
俺は、この一ヶ月の経験で。
昨日とは違う。
『俺』という役になれたんじゃないだろうか。
まだ、舞台はどうなるか分からない。
王子くんの件も胸に残る。
先行きは、不安ばかりだけど。
でも、俺の中で。
確実に一歩。
自分が行きたい未来に向けて。
進んだような気がしたんだ。
~´∀`~´∀`~´∀`~
――いよいよ明日。
考えれば考えるほど。
実感がわかない。
こんな事なら、今日上手く終わらねえで。
本番直前までドタバタ準備してた方が。
「ひょっとしたらその方が、気がまぎれたかもしれねえな……」
今夜は絶対眠れねえだろうな。
秋乃は……、どうなんだろう。
駅からの帰り道。
隣の様子をうかがえば。
「あれ?」
気づけば、随分後ろに立ち尽くして。
月を見上げるかぐや姫。
「どうした、秋乃?」
俺が声をかけても一顧だにせず。
手を胸に組んで。
力なくため息を吐くばかり。
「……帰る気か? あそこに」
「魔王を封印しに……、ね?」
そしてようやく微笑を向けてはくれたんだが。
どうにも分かっちまうぜ、その仮面。
やっぱり緊張してるんだろうな。
どんな話ならリラックスできるだろう。
「月から帰って来れるのかよ。お前ならロケットくらい作れそうだけど」
「燃料が無いからムリ……」
「じゃあ、呼び戻す練習でもしとくか」
そう言いながら。
右手に掴んだシャーペンを月にかざすと。
ようやく静かな笑い声が耳に届いた。
「聖剣……、コンビニで買ったやつ……、ね?」
「そう。テスト中だってのに筆箱忘れた時の、奇跡の剣だ」
「コンビニ袋に穴開けて、お店から出てこなかったつわもの、だっけ?」
「こいつのおかげでレシートの大切さを初めて知ることになった」
他愛のない思い出話も。
ずっと一緒にいた秋乃とだからできるもの。
「やたら芯が折れるんだっけ?」
「おかげでテスト中ぽきぽき鬱陶しかった。……お前、文化祭の準備にかまけてまた勉強してねえだろ。前みてえに教えてやんねえぞ?」
「前みたいに……」
「ん?」
「そ、そう……、だよね……」
そして再び月を見上げた秋乃。
こいつの事だから。
ちゃんと勉強するかわりにご褒美寄こせとか言い出すかと思っていたんだが。
……いや。
そうか。
もしも、俺が王子くんと一緒になったら。
そういう訳にはいかなくなるってことか。
知っているのは、西野姉を除けば。
俺とお前だけっていうこの大問題。
そんなのを胸に抱えたまま舞台に上がって。
一体、どうなるんだろう。
「……私、ね?」
「ん?」
「ずっと…………、あそこにいた気がするの」
淡く輝く月の光に照らされた。
秋乃の頬が冷たく輝く。
「あそこには、もう……。戻りたくない、かな?」
同じ境遇だった二人だ。
言いたい事はよく分かる。
だが、相手はひょっとして。
俺じゃなくても構わないんじゃないか?
「安心しろって。今や、お前を呼び戻したいやつは山ほどいる。三本どころか、クラスの皆が聖剣掲げてくれるっての」
「…………でも、戻って欲しくないって思う人が、いるかも」
そうか。
そんな心配してるのか。
もし、万が一。
王子くんが望まないとしたのなら。
そして、万が一。
俺も王子くんの肩を持つとしたら。
その時、秋乃は。
どう思うのだろうか。
――気付けば俺も月を見上げて。
近い未来に思いをはせる。
月の光が虚空に作る道。
冷たくて真っすぐな。
清い道。
俺が画く、未来へ続く道。
その行く先は。
どこにしたらいいんだろう。
「……まあ、明日だけはそのこと忘れて。楽しい劇にしようぜ?」
「うん……」
どの口が言うと。
我ながら思う。
でも、今は。
他にいい言葉が見つからない。
「同窓会で語りてえんだろ?」
「そ、そうだよね。頑張って素敵な舞台にしないと」
「そうそう」
「でも失敗なら失敗で、いいネタ」
「うはははははははははははは!!! ネガティブ!」
いつものように俺を笑わせた秋乃が。
ようやく自然に微笑むと。
「わかった。ひとまず、明日は考えないようにする。でも、一つ問題が……」
「なんだ?」
「た……。お、王子の名前」
そうだった。
夏休みが始まった頃からの難題ね。
こいつ、練習の間も。
俺のこと、一度もタツヤー王子って呼んでねえ。
でも、今まで散々そのことに気付いてねえフリしてきたから。
今更気にせず呼べとか言うのも微妙だな。
「……王子の名前がどうしたって? 練習と一緒じゃまずいのか?」
「あ、それなら助かる……、かも」
「そうなんだ。そりゃよかった」
「あの……、ね? なんだか機会が無いうちに、私の中でびっくりするほど大変なことになってて……」
名前で呼ぶことが?
そんな重要案件になっちまってるのか。
そりゃ、なんか悪いことしたな。
さんざん邪魔してきたから。
「で、でも……」
秋乃は、目を泳がせて。
俯くと。
そのまま俺に背を向けて。
そして首だけ横に。
月を見上げる。
「ひょっとしたら、もう、一度も……」
細い指先が。
月明りに向けてゆっくりと伸びる。
俺は、今にも秋乃がその光に飲み込まれそうな気がして。
慌てて腕を掴んだ。
……なにかを期待する目が俺をとらえて離さない。
でも、そんな視線とは裏腹に。
デクレッシェンド。
こいつの口から零れた言葉は。
光の中に儚く消える。
「西野さん……。素敵な……」
おそらく、秋乃もどうしたいのか分からないんだろう。
再び月の光に手を伸ばすと。
俺の目には。
指の輪郭が光にとけて消えてしまったように見えた。
……決めるのは。
俺だ。
秋乃は言った。
あそこには戻りたくないと。
秋乃は言った。
西野さんは喜びの涙を流していたと。
ちょうど雲が流れて。
空から月を消してしまうと。
秋乃は伸ばした手を胸に。
ぎゅっと握って押しつける。
はっきり決めねえと。
いけないな。
俺は。
未来をどうしたいのか。
俺は、次の一歩を。
どこへ踏み出すべきなのか。
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