同窓会の日 前編


 人生と芝居との境界は。

 一体、どこにあるのだろう。


 自分という監督が決めた舞台に立って。

 自分らしさという演出家の手で芝居をする。


 そして自分の見聞きしてきた言葉によって書かれた脚本を口にして。


 夜の帳と共に一日の幕を下ろす。



 冒険、変化が認められている学生の頃に。

 自分で決めた、自分の役。


 それに従って。

 誰もが人生という長い舞台を演じ切る。


 でも。


 ある日突然、役を変えると。

 周りの役者が困惑するから。


 そうしないだけで。


 役者はいつだって。

 どんな役も演じることができるんだ。



 ……俺だって本当は。

 たくさんの友達を引っ張って歩くような役者を目指していたんだが。


 今は、まだ。

 自分という監督が。


 『俺』という役を俺に課したまま。


 無理はするなと。


 そう言っている気がするんだ。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第5.5笑

 = 恋の花散る夢芝居 =



~ 九月十九日(土) 同窓会の日 ~


 ※戮力協心りくりょくきょうしん

  みんなの心をひとつに。 団結して劇の成功を目指して突き進む。




「学園祭とは、恋のビッグイベント……。キャッキャうふふとお調子にのった女子にアタックすれば、成功率はなんと驚きの百二十パーセント……。こんなチャンスを棒に振るなんてありえないでおじゃるぅぅぅ……」


 賑やかな客寄せは。

 ラップ調の歌詞。


 校内に流れるポップな音楽に乗って。

 秋空を埋め尽くす大合唱。


 そんな屋外屋台の外れ。

 万国旗が随分低い位置で交差したベンチで。


 王子くんのことをどうしたらいいのか悩んでたら。

 どうやら寝ちまっていたようだ。


 そして、まるで神託のような。

 女神さまの声に目を覚ました俺は。



 ひとまず。

 やたらと伸びる女神さまの両のほっぺを引っ張った。



「りーりーかぁぁぁぁぁぁぁ!」

「にゃははははは! 洗脳できた?」

「されるか!」


 ホットパンツにカットソー。

 こいつにしてはそれなりおしゃれな格好の凜々花と。


 シックなスーツ姿で。

 呆れ顔のお袋。


 そして保護者の春姫ちゃんが。

 いつものゴシックドレスで。

 俺を見下ろしていた。


「……立哉さん。さすがに不用心」

「ああ、おはよう、春姫ちゃん。まさか寝ちまうとは……」

「まったくあんたは。そんな状態で明日の劇は大丈夫なの? なにこれ二時間って」


 パンフレットを手の甲でパンパン叩きながら。

 お袋が詰め寄って来るんだが。

 

「それがな? まだ大丈夫なのかどうなのか、よく分からねえ」

「はあ!? いつも言ってるでしょ! カットオーバーの期日から逆算して工数見積もりなさいって! まったくこんな事なら私がマネジメントしてれば……」

「お前は高校野球の監督か」


 学生が自分の力でやってなんぼだろうが。

 大人が口挟むんじゃねえ。


「サボってる場合じゃないでしょ? ほら、とっとと準備に戻りなさいな」

「いや、この時間はほとんどの連中が部活の方に出てるからなにもできねえんだ」

「おにい、今夜も凜々花の舞浜ちゃんとお泊りさん?」

「今夜はさすがに帰る。ってか誤解を生む発言はやめろ」

「ん? 凜々花、まずった?」

「あいつ校内じゃ人気あるんだから。ほら、今もこっちにらんでる連中が、俺の机に毎朝タクアン詰め込んでやるって顔してるだろ?」

「…………ほんとだ」


 そんな二人組に手を振るんじゃねえ。

 お前、兄のひいき目なしでこの世で一番かわいいんだから。


 ほら、あいつら俺を見て舌打ちして。

 タクアンじゃなくてブルーチーズにしようって顔になっちまったじゃねえか。


 俺が苦手なの知ってるだろ、高級チーズ。


「ねえ、おにい。一緒にまわりてえんだけど……、無理っぽいか」

「……凜々花。お姉様や立哉さんとご一緒するのは、芝居の後にしよう」

「そだねー。んじゃ、がんばったんさい!」


 俺を一緒に連れまわしたかったらしい三人も。

 ぐったりした様子を前面に出してみたら諦めてくれたようだ。


 明日を楽しみにしてるとそれぞれ口にしながら。

 屋台の人混みに消えて行ったんだが。


 ……ほんとは。

 そこまでくたびれてるわけじゃない。



 舞台の事と、それ以上に。

 王子くんのことが気になって。

 今は一人でいたい気分。


 それを、芝居して追い払うなんて。


「俺もまた、人生って舞台を演じる一人の役者ってことか……、な」

「うわ。お客様、痛い」

「だれよ今の聞いてたの!? お願いですから記憶から消してくださいっ!」


 まさか他にも人がいたなんて!

 慌てて振り返ってみれば、いやはや最悪。


「西野姉……、と、えっと、バンドの皆さん?」


 やたら目立つパンキッシュ。

 四人の美女が、揃って大笑い。


 ガールズバンドだったんだ。

 とんだ独り言聞かれちまったぜ。


「ステージ、明後日だよな?」

「そうですよ、お客様。今日は打ち合わせ」

「ああ、なるほど。文化祭実行委員会とか?」

「いや、生徒会。ヒナドリさん? と、会いたいんだけど」

「雛罌粟さんな。生徒会室行けば会えるかな……。よし、案内しよう。借金の利息代わりだ」


 妙にだるい腰を上げて尻をはたいて。

 皆さんを誘導すると、隣に並んで歩く西野姉が。


 妙なことを言い出した。


「借金の話だが。貰う訳にはいかなくなりましたね、お客様」

「は?」


 なに言ってるんだ?


 ……いや、騙されるわけねえけど。

 こいつ、一生無理難題吹っ掛けてくるつもりだろうし。


 ひとまず何を言われても対処できるように。

 烏龍茶でも飲んで落ち着いて会話しよう。


「何を企んでんだよ」

「いえいえ。だって、妹の王子様から代金を貰うだなんてそんなことできません」

「ぶふっ!?」


 予想外な返事に。

 思わずウーロン噴いちまった。


「ああもったいない。あたしは常々思っているんだけど、烏龍茶は飲み物であって、決して主人公キャラが驚いた様を表現するための小道具では……」

「ま、待て待て! なんで知ってる!?」

「そりゃあギャグマンガぐらい読むから」

「ウーロンの話じゃねえよ! 王子のことだ!」


 ああ、それならとか言いながら。

 経緯を話し始めた西野姉。


 いつもの無表情が語るには。


「お客様のクラスに、日向って子、いるでしょ?」


 アシュラか。


「いるが。お前の知り合い?」

「いえいえ。そのお姉さんと、先日の立花が元クラスメイトで」

「狭いな世間」

「そこから王子の話を聞いたのですよ」

「早いよ情報伝わるの。……いや、待て。それで俺が王子って特定できるわけねえだろ。カマかけたのか?」


 階段を上って、踊り場に差し掛かると。

 どこかのクラスがほったらかした、ペンキ塗りたての看板に阻まれる。


 それを窓際に寄せながら西野姉を見ると。

 肩をすくめた姿で否定された。


「……郡上踊りの夜、あれだけ我が家で騒いでいたじゃないですか、お客様方」

「なんて」

「橋を挟んで、大声で秋乃さんの名前呼んだーって」

「聞いてたの?」

「あおはるかよキモチワルイ今すぐ爆ぜろって心から願ったのはあなたで二人目です」

「悪かったな!」


 そして立花さんと同列にされてたわけだ、俺は。


「でもまさか、それを聞いて勘違いしてしまう乙女がいたとは。お客様でも気が付くまい」

「お釈迦様みてえに言うな。……だがなるほど、その両方を聞いたら推理可能って訳か」

「そして、いつも一緒にいるあのおっぱいちゃんとは付き合っていないと聞いたなら。妹想いの姉としては一刻も早く、挙式の準備を……」

「まさかお前、妹に話したのか!?」


 だとしたら最悪だ!

 どんな顔して会えばいいんだ俺は!?


 でも、それは杞憂だったようで。

 というか。


 こいつの性格の悪さを見くびっていたらしい。


「ナイショの方が面白いに決まっているじゃないですか」


 助かる反面、最低の気分だ。


「こんな高級素材、ちゃんと楽しまないと。そんなことも分からん弟君はあれですか? 最高級の牛肉を割り下で煮込んで食うタイプ?」

「その表現、分かるけども。俺も良い肉ですき焼きって納得いかねえタイプだけれども」


 下らん話で、はぐらかされそう。

 生徒会室前に着いちまったから。

 はっきりこれだけは言っておかねえと。


「それより弟くんって呼ぶな。……まだ、その、どうしたらいいか決めかねてる」


 後ろの三人には冷やかされたが。

 西野姉だけは、俺の心情を察してくれたんだろう。


 口の端を片っぽだけ上げてため息ついて。

 俺の肩を叩きながら。


「……なるほど、そうか。お前の気持ちを無視して済まなかった」

「いや」

「お前の気持ち、ちゃんと受け止めよう。あたしにとって初めての彼氏なんだ、ちゃんとかまってくれよ?」

「俺の気持ち、俺が初耳だよ! どうしてお前と付き合うことになった!?」

「わ、私とは遊びだったというのか……」

「お前が俺で遊んでるんだろうが! お前としゃべってるとどうにかなっちまいそうだよ!」

「そこまで好きか」

「熱烈に嫌いだバカ野郎!!!」

「……コホン。生徒会室前では静かにするように」


 うわ、雛罌粟さん。

 散々世話になったってのに。

 迷惑かけちまった。


 それもこれも。

 お前が滅茶苦茶言うせいだ!


「ほら! お前も謝れ西野姉!」

「……では、はっきり決めて、はっきり伝えてやってくれ。勘違いした妹が全面的に悪いが、まあそこは、男の責任ってやつで……、な」

「急に変わるんじゃねえよ、調子狂う。……どっちが本当のお前なんだよ」


 雛罌粟さんに丁寧にお辞儀する西野姉。

 豹変したこいつとの別れしなに問いただすと。


「どちらが本当のあたし、か。それは分からないね。だって……」

「だって?」

「あたしもまた、人生って舞台を演じる一人の役者だからなぷっすー!」

「てめえ! それ忘れろ! 今すぐっ!!!」


 四人に、これでもかと爆笑されて。

 俺は廊下に放置されることになったわけだが。


 あの女。

 結局、何が本心なのか分からん。


 ……でも。


 男のけじめってやつは。

 やっぱり付けなきゃならないんだろう。


 王子くんは、俺を王子様と知ってどう思うのか。

 俺は、彼女の想いを受け止めていいのか。


 そもそも、俺は王子くんの事をどう思っているのか。

 …………そして。




 舞浜は。

 どう思うんだろう。




「ほ、保坂君……」

「まいはまあああああ!?」

「ひっ!? …………あ、秋乃……」


 心臓飛び出すかと思ったよ!

 いつからそこにいた!?


「ど、どこから見てた!」

「え? ほ、保坂君が鼻ほじってたとこから……」

「ピックアップポイントはもうちょい考えて!?」

「じゃあ、ファスナー開いてたのに気付いてさりげなく上げてたところ……」

「今来たとこなんだなそうなんだな!」

「う、うん」

「あとさっきのは記憶からすぐに消してくれ!」

「ど、どっちを?」

「記憶ひとつにつき屋台の食いもん一個で手を打ってはくれまいか……」


 まあ、そう都合いい話はねえけども。

 こいつの記憶を消すために。


 たこ焼き、チュロス、クルクルウインナー、そしてクレープを押し込みながら歩くと。


 他愛のない話。

 楽しそうな笑顔。


 まるで本当に。

 記憶が上書きされているように感じられた。



 心地いい喧騒。

 楽しい音楽。


 笑顔と笑顔の合間に。

 漂う甘い香り。


 だが、それを堪能するには。

 胸に詰まったふたつのわだかまりが邪魔をする。


 ひとつはもちろん、明日の舞台。

 そしてもう一つは……。


「……あ。あと、さっき……」

「もうおごらねえよ!?」

「大丈夫、いらない……、よ?」

「そうか、ならいいんだが」

「さっき、俺もまた、人生って舞台を演じる一人の役者って言ってたの、ちょっとカッコよかった」

「うはははははははははははは!!! それマストっ!」


 じゃあずっと見てたんじゃねえかっ!


「すいません、優先的にそれから忘れてください秋乃さま」

「うん」

「…………チョコバナナ、食う?」

「うん」


 よくはいるねお前の腹。

 文化祭の屋台らしい良心価格とは言え。


 結構なダメージなんだけど。



 最後に買ったチョコバナナ。

 屋上にあがって二人でかじると。


 やけに涼しい風が吹き抜けて。

 秋乃の髪をさらりと梳かしながら。


 高くなった空へ帰って行った。



 いつもとは違う学校で。

 いつも通りの二人の時間。



 ……思えば。

 入学してからずっと隣にいたこいつ。


 今になっては、別々の道を歩くなんて。

 ちょっと想像がつかない。



 でも。

 もしも俺が、王子くんと付き合うことになったとしたら。



 俺の隣は。

 こいつの隣は。


 どう書き換わるんだろう。



 ……変わる景色。

 変わる世界。


 それは、変化という名の門をくぐるんじゃなくて。


 ひょっとして。




 こいつとの。

 別れを意味するんじゃないだろうか。




「…………私は、何の役?」


 急な言葉に。

 俺は正しい返事を探しあぐねる。


 何の役。

 それは一体。

 どういう意味で聞いてきたんだろう。


「……西野さん、ね? あの晩、ぼろぼろ泣いてたんだって。……それが、悲しい涙から、一瞬で嬉しい涙に変わったんだって」


 そして急に王子くんの話?


 どうして、今話すのか。

 いや。


 俺だって考えていたじゃないか。

 話すのは当然か。



 変化について。

 別れについて。



 おそらく、俺と同じように考えていたはずの秋乃は。


 それきり何も言わずに。


 俺の袖を。

 きゅっと摘まんだ。



 王子くんを頼むと言いたいのか。

 離れたくないと言っているのか。


 まったく分からないまま、空を見上げる。



 校庭の熱気と、呑気な音楽に膨らまされた空気が押し上げちまったのか。


 やけに高いところまで浮かんだ雲が。

 俺の気持ちも知らねえで。


 ハートの形に。

 ぽっかり浮かんでいやがった。




「……あ。拭こうと思ってたわけじゃない……、よ?」

「そうな」




 いつもだったら爆笑したはずの。

 袖についたチョコレート。


 その甘い匂いが消えるまでは、間違いなく。


 俺は、秋乃の友達なんだろうな……。


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