第580話 読書先輩

「何それっ!! 図書室を使用するのにお金が掛かるなんて有り得ないでしょーーーっ! この学園どうなってんのよーーーーーっ!!」


 そんな私の叫び声を聞いて、読書先輩と派手目な先輩達が真っ青な顔になる。


 私的には普通に先輩達の後ろに立っているつもりだったのだが、あり得ない言葉を聞いた衝撃で、隠蔽魔法を切るのをうっかり忘れていた。


 そしてセオならば自分の姿を完璧に消すことが出来るため、突然背後で大声を出しても先輩たちは顔色を悪くする事はなかったかもしれない……


 だけど私はセオレベルの隠蔽魔法は使えない。


 薄っすらと存在を消す程度だ。


 つまり先輩達からすると……自分達の背後にこの学園の制服を着た少女が突然現れ、大声で叫び。


 その上その姿がぼんやりとしか見えないわけで……


 真昼間といえど、それはそれは怖かった事だろう。


 だけど「図書室利用料の件」で怒り狂っている私は、もっとしっかり「図書室利用料の件」の話が聞きたいと、派手目な先輩たちのリーダーだと思われる先輩の前に転移し、掴み掛かった! (いや、正確には逃がさないように手を握って詳しい話を聞かせて貰おうと思っただけだ)


 その途端、さっきまで高圧的な態度をとっていたはずの派手目な先輩グループの女の子達は、皆一斉にドテッと転ぶように尻餅をつき、その場にしゃがみ込んでしまった。


 彼女たちからしたらお化けに見えるであろう私が、一瞬で自分達の目の前にやってきて、その上掴みかかって来たのだ(本当は手を握っただけなんだけどね)


 恐怖で腰が抜けてしまったのだろう……今更だがごめんね、と謝っておこう。


 だけど、すぐさま「図書室利用料の件」の話を聞きたい私は、そんな派手目の先輩たちへの攻撃を止めるはずもなく(話を聞きたいだけなんだけどね)、自分も座り込み派手目な先輩達と視線を合わせると、今一番気になる「図書室利用料の件」のことを質問した。


「あのっ! 図書室を使用するのにお金がかかるって本当ですかっ?!」


 その途端「ギャーーーーッ!!」と派手目な先輩達は大きな大きな悲鳴を上げた。


 そしてある先輩は地面を這って逃げようとし、そしてある先輩はゴロゴロと転がりながら逃げようとし、そしてある先輩はドレスをこれでもかっとたくし上げると、友人たちを心配するそぶりも見せることなく、こちらを振り向かずに令嬢とは思えない速さで走り去って行った。


 凄い!


 私に手を握られていたリーダーらしき派手目な先輩も、「ウンギャーーーーーッ!!」と耳がキーンとなる程の大声を発し、私の手を振りほどくと、一目散に校舎に向かって走って行ってしまった。


 うん、良かった……皆、意外と元気なようだ……


 でもドレスは泥まみれだね……派手めな先輩たち、ごめんなさいね。


 それにしても令嬢でありながら、あれだけの速さで走れるならば、あの先輩たちは皆運動系の部活にでも入っているのかもしれない……


 だけど残念ながら、一番大事な「図書室利用料の件」についての質問に答えてくれた先輩はいなかった。


 皆、薄っすら少女の私の姿をもう一度見たくはなかった……と言えるだろう。


 先輩達が逃げた事で、私は自分が隠蔽魔法を使っている事実を思い出した。


 うっかりうっかりと、逃げられたことに肩を落としながら隠蔽魔法を解くと、校舎の壁際に隠れていただろう読書先輩がひょっこりと顔を出した。


「あの……貴女様はもしかして……ディープウッズ家の姫様ですか?」


 読者先輩は呼んでいた本を胸に抱え、恐る恐るといった様子で私に近づいてくる。


 ちょっとだけ震えている姿が、また可憐さを引き出し、魅力的に見える。


 『まさか私の事を知っているだなんてっ!』 と内心驚きながらも、お化け騒ぎを起こしてしまっただろう私は、友人になりたいと思っている読書先輩に良い印象を与えていない事に気が付く。


 ここはしっかりと挨拶して好印象を与えなければっ! 


 そんな気合を入れ、アリナとオルガに鍛え上げられた淑女スマイルを浮かべた私は、読者先輩に向けキッチリとご挨拶をした。


「初めまして、ララ・ディープウッズと申します。読書先輩、いえ、この学園の先輩ですよね? 宜しければ少し私とお話し致しませんか?」


 その問いかけに読者先輩はホッとした笑みを浮かべ頷いてくれた。


 読書先輩、本当に可愛い!


 フッフッフッ、これで先ずは女の子の友達一人ゲットだぜー。


 読者先輩、私、もう貴女のことを離しませんですわよー! オーホッホッホッホッ!






「私、三年のヒラリ・グリームと申します。一応男爵家の娘ですが、我が家は領地がある訳でもない貧しい家ですので、良く先程みたいな事があるので少し困っておりました。ですがララ様のお陰で助かりました。お礼を申し上げます」


 先程まで読者先輩が、いえ、ヒラリ先輩が座っていたベンチに二人で仲良く腰を下ろしお話しをする。


 ヒラリ先輩は学園での成績が良いため、それが気に入らない派手目な先輩達に良く絡まれるようで、ハッキリ言って迷惑しているらしい。


 だけどあちらは伯爵家らしく、男爵家のヒラリ先輩は何をされても文句を言えないらしい。


 なので「はい、はい」と取り敢えず返事をし、何とかかわしていたが、あの先輩たちはヒラリ先輩のそんな行動も気に入らなかったようだ。


 面倒事を避けるため、あの派手目な先輩たちから隠れるように裏庭で本を読んでいたのだが、どうやってか見つけたらしく、こんな人気のない裏庭まで派手目な先輩達はやって来たらしい。


 凄い根性だ……絶対に運動部だろう。


 それにちょっとストーカーみたいだよねとも思ったが、ヒラリ先輩の話に口を挟まず、取り敢えず聴き役にまわる。


 それにしても、この学園……


 糞不味かった食堂はどうにかしたけれど、図書室の件も、それに派手目な先輩たちの嫌がらせの件も含め、色々と改革が必要だと感じるのは私だけでは無いだろう。


 うん、やっぱり一度校長先生とお話が必要だよね。


 それに私の研究室の生徒の件もジックリと話し合いたいしね。


 そんな事を考えていると、ヒラリ先輩が可愛い笑顔を浮かべ、私の手にそっと触れた。


「でも……ララ様がお化けのフリをして彼女たちを脅かして下さったので、これでもう暫くは誰にも絡まれることはないと思います。ララ様、本当に有難うございました。聖女だという噂は聞いておりましたが、それは本当のことだったのですね。私、ララ様に助けて頂いたご恩一生忘れません。本当に有難うございました……」


 うん、お化けのフリをした気は全くなかったんだけどね。


 でもそう言うことにしておきましょう!


 だってヒラリ先輩、良い笑顔で笑っているものね。


 それに水を差すのは野暮だと言える。


 お化けな少女ララ・ディープウッズ。


 それも中々楽しいじゃなーい。


 それに何と言ってもヒラリ先輩ってば、めちゃくちゃ良い子だ!


 派手目な先輩達の事も決して悪くは言わず、本が読めず困っているとそんな程度の説明だった。


 多分私が聞かなければ、彼女達からの嫌がらせの事などヒラリ先輩は何も話さなかっただろう。


 男爵家の娘だから仕方ないと受け入れているヒラリ先輩。


 ここは私が何とかして助けて上げたい! 


 自然とそう思った私は、ヒラリ先輩への友情パワーで気合が入ったのだった。


「ヒラリ先輩、宜しければ私の生活魔法研究科に入りませんか?」

「生活魔法研究科……ですか?」

「はい。そうです。生活の中で使える様々な魔法を勉強する科ですけど、空いている時間はいつでも私の研究室に来て頂いて構いません。私の研究室には本もたっぷり有りますし、あの先輩達も来ませんのでゆっくり本が読めますよ。それに私の研究室には今年入学した王子殿下二人も通います。殿下方と交流があると分かればもう嫌がらせもされなくなると思いますよ」


 ヒラリ先輩は大きく目を開けて、パチパチと瞬きをする。


 可愛い子は驚き顔もとっても可愛い。


 性格も良くていい子だなんて、ヒラリ先輩はスター商会に欲しい人材だ。


 そんなヒラリ先輩は「でも……」と言って悩む。


 男爵家の自分が王子様と同じ研究室に行くと言う事が申し訳ないようだ。


 だけどせっかく出来た友人を、私は絶対に離す気は無い。


 ヒラリ先輩の手を優しく握り、淑女スマイルでまた微笑んだ。


「私がヒラリ先輩とお友達になりたいんです……私も本が大好きで、本の内容について語り合えるお友達がずっと欲しかったんです。ヒラリ先輩、良かったら私とお友達になって頂けませんか? 私まだこの学園内に女の子のお友達がいないのです。ヒラリ先輩、どうかお願いします。私と仲良くしてください」


 ヒラリ先輩は私の笑顔に惹かれたのか、それとも本について語り合うと言う欲に負けたからか、頬を少し染め「はい」と嬉しそうに頷いてくれた。


 やったー! 女の子友達ゲットしたよー! 


 と嬉しさに心の中で叫びながら、大切な友人の為に校長室へと乗り込む事を決意した私だった。


 学校で本を借りるのにお金が掛かるなんて有り得ない!


 それに学園内は家格は関係ないと言いながらのこの有様!


 校長先生を問い詰めてやる! とそんな決意に燃える私だった。

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