第576話 王子とアダルヘルム
「ララ姫様……この度は大変な失礼を働き申し訳ございませんでした……愚かな私への寛大な処置に対し、心から感謝御礼申し上げます……」
スター商会の応接室へと二人の王子を通すと、席へと着く前にリッカルド王子が謝罪の言葉と共に、私に向けて頭を下げてきた。
だけどその表情からは納得出来ていない様子が見て取れる。
それにセリフにも感情が全く籠っていない、言わされている感丸出しだ。
そう、まさに、渋々頭を下げている……そんな様子だ。
きっとリッカルド王子はお城で父親であるアー君にたっぷり叱られたのだろう。
だってアー君はアダルヘルムの恐ろしさをよーく知っている。
アダルヘルムやマトヴィル達のお怒りによって、お城が……いいえ、国が滅ぼされてしまってはたまらない。
その恐怖からリッカルド王子を徹底的に叱った。
レオナルド王子の時の事を思いだせば簡単に想像がつく。
アダルヘルムとマトヴィルは家族第一主義だものね。
だけれど、そのアー君のお怒りをリッカルド王子本人が納得しているかと言えば、そうでは無いのだろう。
アー君が商人である私の肩を持てば持つほど、リッカルド王子の中で尚更色んな疑惑が膨らんでしまった可能性もある。
一商人がレチェンテ国の王家を掌握しようとしている……
ディープウッズ家など、この国には関係ないのに……
王家に干渉しすぎている……
なーんてそんな事を考えている気がする。
だって、リッカルド王子の私を見るあの顔、あの瞳。
憎き相手。
まるでそう言っているようだ。
取りあえず親(国王)に言われたから頭を下げるが、自分は間違っていない! 騙されないぞっ! とリッカルド王子はそうも思っていそうだ。
難しいお年頃の男の子だもの、それも当然だ。
リッカルド王子が中二病を発症しているとしたら、自分がこの世界を守らなければ……なーんてそんな風に思っているかも知れない。
だけどそんな自分の気持ちを押し殺して、リッカルド王子は王子として謝罪が出来た。
そんな姿を目の当たりにし、リッカルド王子もちゃんと王子様何だなーと、母親目線で感心した私だった。
うん、良い子じゃないか!
「リッカルド王子、私はその謝罪を受けい――」
「私は王子二人をスター商会へと受け入れることは許容しましたが……そちらの二人は?」
と、リッカルド王子の心のあまり籠っていない謝罪を受け入れようとした私の言葉を遮るかのように、魔王(アダルヘルム)が口を挟んで来た。
席に着いたリッカルド王子とエドアルド王子はアダルヘルムの圧を近くで感じたからか、グッと押し黙り、何も言えない状態になってしまっている。
まあ、魔王様の周りにはその配下(セオ、クルト、ルイ、ベアリン、メルキオール……一応リアムも配下かな?)がいるからねー。
恐ろしくって息も出来ない。
アダルヘルムに免疫がない彼らがそんな状態になってしまうのは仕方がない事だ。
壁に寄りかかりやり取りを見つめ、ニヤニヤ笑っているマトヴィルだけがこの場で場違いな感じだ。
マトヴィル、楽しんでないで魔王様の怒りを納めて下さいよ……そんな私の願いは残念ながらマトヴィルには届かなかった様だ。
まあ、いつものことですよね。
そんなどう見ても面白がっているマトヴィルは、私と目が合うとパチンッとウインクして「面白いよな!」と合図してきた。
全く面白くない私は勿論ウインク返しを試みたが、こちらもマトヴィルには全く通じなかった様で、尚更笑われただけだった。
悔しー!
「ア、アダルヘルム様……我々は、殿下方の護衛でございます……グッ……」
「護衛……? ですか? そんな話はアレッサンドロ王からは聞いていませんが……もしや貴方達もスター商会に滞在する気でいると?」
「い、いえ、我々は近場に宿を借り、殿下方を見守らせて頂ければそれで構いません……これ以上ディープウッズ家にご迷惑をお掛けしないための……グッ……ゴホッ」
「ふむ……」
二人の王子について来た護衛二人は、アダルヘルムからの直接的な強力な圧を受け、今は立っているのがやっと、膝をつく寸前、といった様子で顔色も悪い。
エドアルド王子とリッカルド王子の二人はスター商会に暫く滞在し、ここから学校にも通う予定だ。
そうなれば登校時に王子にもスター商会から護衛を出さなくては行けなくなる。
そう思ってのアー君の配慮だったのだろう。
外から護衛に見守らせ、絶対にスター商会に迷惑を掛けさせない。
だけどその連絡が急な話の展開のせいで遅れてしまった。
アー君、その気遣い、アダルヘルムを尚更イラつかせている気がしますけど……
そう思ったけれど、賢い私は口には出さなかった。
うん、これ以上魔王様を怒らせるわけにはいかないからねー。うんうん。
「そなたたちの名前は?」
「は、はい、私はエドアルド様の護衛マシュー、こちらはリッカルド様の護衛サイラスです。殿下方が落ち着き次第こちらから出ていきますので、ご了承ください……」
「ふむ……リアム様、客室には空はございますか?」
「え、ええ、マスター、勿論です。スター商会は商会なのに、宿屋並みに客室が有りますからね、たっぷりと空いていますよ」
「そうですか、では、護衛二人の滞在も許可いたしましょう……」
「「えっ……?」」
「ただし条件がある」
「「は、はい!」」
「殿下方への教育には口も手も出さない……その約束が守れるのならば滞在を許可します。出来ぬようならば今すぐアレッサンドロ王の下へ戻りなさい」
王子二人の護衛であるマシューさんとサイラスさんは青い顔のまま、アダルヘルムの提案? 脅しではないよね? にすぐさま頷いていた。
危険がない限り、アダルヘルムの教育には口を出さない。
二人はその事をよく理解できたようだ。怖いからねー。
そしてアダルヘルムは、アダルヘルムの圧に押されあまり顔色が良くない王子二人に今度は視線を送る。
流し目ともとれる、笑顔付きの色気満載なアダルヘルムの視線なのだけど、今の王子二人には恐ろしさしか無かったのだろう。
リッカルド王子の方からは「ひっ……」と声が漏れ、エドアルド王子の方は息も出来ないような様子だ。
だけどアダルヘルムは、それを気にすることなく話を続ける。
「殿下方にはまず、こちらの生活で自分のことは自分で出来る様になって頂きます」
王子二人はどうにか頷く。
アダルヘルムも子供相手だ、もう少し圧を押さえてあげて欲しい。
きっと先程のリッカルド王子の謝罪がダメだったんだろうねー……
お怒りモード全開。
隠す気もない。
そんな魔王様を前にした王子二人は、震える子犬ちゃん。
そんな様子を見て、王子様たち二人のここでの修行が益々気の毒になった私だった。だって怖いものねー。
「そしてそれが出来るようになったら……店の手伝いや護衛たちの訓練に参加していただきましょう……フフッ、何も難しいことではありません、殿下方は優秀なのでしょう? でしたらここでの修行はすぐに終わってしまうかもしれませんね……それはそれは楽しみだ……」
フフフ……と楽し気に笑うアダルヘルムが怖い。
王子の修行がすぐに終わることは絶対にないと私には良く分かる。
その様子を見て楽しそうにニヤニヤしているマトヴィルに私がため息を吐いていると、エドアルド王子が勇気を出して手を上げた。
どうやらアダルヘルムに質問のようだ。
エドアルド王子、チャレンジャーだね! 素晴らしいよ!
「あ、あの、アダルヘルム様の仰ることは良く分かりました……これからどうぞよろしくお願いします。ただ……あの僕は、今まで自分で着替えたことも無くって……最初からどうして良いのか分かりません……えっと、もし出来たら、今夜だけでもどなたかに教えて頂けると嬉しいのですが……あの、無知で、す、すみません……」
ポッポッとエドアルド王子の頬が赤くなる。
第一王子という事で、着替えだって、何だって城ではメイド達がやってくれたのだろう。
リッカルド王子の方は、多少は自分で出来るのか、エドアルド王子の言葉に 「自分も」 とは言ってはこなかった。
そこは第一王子と末王子の違いなのかもしれない。
勇気あるエドアルド王子の言葉に感心した私は、勿論ここで元気よく手を上げた。
「はい! エドアルド王子、今夜は私と一緒に過ごしましょう。私が手取り足取り教えて差し上げます!」
「えっ……、ララ姫様、宜しいのですか?」
「はい、勿論です。今夜は私がずっとそばにいて色々と教えて差し上げますよ。着替えもお風呂も全て私にお任せください。それに明日のコーディネートも私がしますからね。心配ご無用ですよ。大船に乗った気でいて下さい!」
「わあー、安心しましたー。ではララ姫様、一緒にお風呂に入りましょう! 僕、誰かと一緒にお風呂に入るのも、一緒に寝るのも初めてなんです! フフフッ、今夜がとっても楽しみになりました!」
「ええ、夜はベッドの上で一緒に絵本でも読みましょうか? フフフ……【修学旅行】みたいで楽しみですねー。エドアルド王子、友人である私の事はララって気軽に呼んでくださいね」
「はい、有難うございます。では、ララ、僕の事はエドと、フフフッ、すっごく楽しみです」
可愛いエドアルド王子と手を繋ぎ、アハハ、ウフフと笑い合っていると、気が付けば周りの皆が……いや、マトヴィルとリッカルド王子以外の皆が頭を抱えていた。
マトヴィルはお腹を押さえ声を殺して笑っていて、リッカルド王子は友達になった私達が羨ましかったのか、少しすねた様子でそっぽを向いていた。
「はー……世間知らずが二人か……」
そう呟いたのはリアムだったのか、それともクルトだったのか?
残念ながらエドアルド王子のお世話は、アダルヘルムの指示でルイが担当することになってしまった。
そしてリッカルド王子のお世話は……情緒不安定気味のセオが担当することに……
歳が近く、そして同姓だという事で、アダルヘルムがこの二人を指名したからだ。
一緒に寝るのはじゃあまた今度ね、と約束した私とエドアルド王子の仲に、ため息を吐いたのは一体誰だったのか……
友人が増えたと喜ぶ私には、気にもならないことだった。
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