第575話 修行(地獄)の始まり?
「アダルヘルム、アー君からの返事が来ました!」
私が手紙を出してからすぐ。
本当にすぐ!
アー君からの返事が返ってきた。
アー君ってば、しっかり考えたのかしら? と不安になるほどの早い返信に、アー君のアダルヘルムに対する恐怖心を凄く感じた。
そんなアー君からの手紙を持ってスライム親衛隊と仕事中だったアダルヘルムの下へと再び訪れると、アダルヘルムは目が潰れそうなほどのキラキラ笑顔で私を出迎えてくれた。
ううううっ、眩しいっ!
そんな誰もが見惚れそうな、アダルヘルムのその笑顔が私は怖い。
怯える私をアダルヘルムは朝と同じようにソファへと促すと、「セオ」と声を掛ける。
セオは名前を呼ばれただけでアダルヘルムの言いたい事を理解したのだろう、一瞬で姿を消してしまった。そう、転移だ。
そして鍋と布巾を持ったマトヴィル。
魔石バイクごとのベアリン。
お客様に向ける笑顔を貼り付けたメルキオール。
剣を持ち汗を掛いているルイ。
そして最後に、ランスに隠れてオヤツを口にしようとしていただろう、ちょっと前屈み気味で口を大きく開けた状態のリアムを連れて戻って来た。
リアムの今日の内緒のオヤツはマドレーヌだったらしい。
急な転移に驚きながらもぱくりとマドレーヌを口に入れる。
もうすぐお昼なのに……きっとリアムは後でランスに怒られるだろう。
「さあララ様皆が集まりました。その手紙を読みましょう」
集まった、というか強制集合な気がするが、輝く笑顔のアダルヘルムにそんなツッコミが出来る程私は心臓が強くはない。
アリナやオルガに鍛えられた淑女スマイルを浮かべ、どうにか余裕顔で頷いて見せる。
そしてアー君の手紙を開き、皆に分かるように声を出して読み上げた。
「コホンッ、え〜……『ララ様、リッカルドに対し寛容なご判断をして頂き、誠に、誠に有難うございます』あ、いつものララちゃん呼びじゃなくてララ様になってますねー。アー君てばどうしちゃったのかしら?」
「ララ様……」
「あ、はい! すみません! 続きですね!」
ララちゃんでは無く、ララ様と久しぶりに書かれたその手紙に、何だか違和感を覚え余計な事を口走ると、アダルヘルムがキラキラなままで私の名前を呼んだ。
他の皆も魔王の配下の様な笑みを浮かべ、私を見ていたので思わず謝ってしまう。
気を取り直し、アー君からの手紙に意識を向ける。
そう言えばアー君の文字がいつもより歪んで見える気がするのは恐怖からだろうか。
国王であるアー君にだいぶ同情しながらも、声を出して手紙を読んでいく。
結論としてはリッカルド王子はスター商会へと来るようだ。
アー君の手紙には本人にはよく言い聞かせ、反省も促したと書かれていた。
そしてどうぞ宜しくお願い致しますと、力強くも書かれてもいた。
リッカルド王子本人がスター商会へ来る事を決意してくれたのならば一安心だ。
スター商会へ無理矢理連れてこられてから幽閉の方が幸せだった、なーんて思われても困るものね。
それに市井に追放された、と、勘違いされても困る。
あくまでもこれは社会勉強の一貫。
世間を知る為だ。
リッカルド王子がその事を理解しているのならば、修行もすぐに終わる事だろう。
良かった、良かったと、ホッと胸をなでおろしていると、メルキオールがメルキオールらしくない事を言い出した。
「アダルヘルム様、馬鹿王子にはどこまで手加減致しましょうか? 最初はステラを相手にしているぐらいに思った方が宜しいですか?」
ステラはアーロとミアの娘でピートの妹でもある。
まだ3歳になるかどうかの年齢で、その上女の子だ。
そんな可愛いステラと同等の扱い……メルキオールがリッカルド王子をどう見ているのかが良く分かる。
「確かに最初からララ様の同い年だからと飛ばして鍛えると死ぬ可能性もあるしなー、それは流石に面倒だろーしなー」
と、メルキオールの言葉にベアリンが同意する。
いやいやいや、死ぬ可能性って! 貴方達この国の王子様に何をするつもりなのですかっ?!
「馬鹿に気遣いはいらないよ……フフッ、死んだら死んだ時でしょう?」
と、セオが当然顔で毒を吐く。
貴方誰ですか? 本当にセオなの?!
どうやらセオは相変わらずの情緒不安定気味の様だ。
それにそんなセオの言葉に釣られるように、ルイまでもが「当然だろ、馬鹿につける薬はないからなー」と過激な事を言いだした。
あてにならないだろうマトヴィルに一応視線を向けてみると、やっぱりニヤニヤっとして楽しんでいるようで、皆を止める気はないようだった。
マトヴィル……布巾でスライム親衛隊を拭かなくても良いから皆を止めて欲しい。
そして最後の頼み綱リアムはというと……残念ながらお茶受けに出されたお菓子に夢中で、話し合いはどうでもいいようだ……
やっぱりここは私が頑張るしかない!
そう決意を固めと、魔王様(アダルヘルム)が遂に口を開いた。
「馬鹿に手加減はいりません。徹底的に指導致しましょう。もし馬鹿王子が廃嫡されたとしても、市井で生きていけるレベルにして差し上げなくては我々が預かる意味が有りませんからねー……」
フフフッ、ハハハッ、その通りだ、と笑う皆の笑顔はやっぱり魔王の配下の様だった。
リッカルド王子……ごめんね、私は余計な事を言ったみたいだ。
だけど今更逃げてとも言えないし、ここは受け入れてもらうしかないだろ。
皆の様子にため息を吐きながらアー君からの手紙を捲ってみると、まだ手紙には続きがあった。
「アダルヘルム、エドアルド王子もスター商会へ来たいみたいです……本人が強く熱望しているらしいのです……どうしましょう? 受け入れてますか?」
自ら魔王の住処に乗り込みたいとは……エドアルド王子……大人しそうに見えてM体質をお持ちの様だ……凄い!
アダルヘルムは「ほう……」と感心した様な、少し驚いた表情を浮かべると、「宜しいでしょう」といつも通りの笑顔で頷いた。
「勇気ある王子か……レチェンテ国は安泰だなっ」と、まだお茶受けを食べ続けているリアムの空気を読まない言葉に、話を聞いていたなら止めて下さいよ! とちょっと呆れた私だった。
そして、その夜。
魔王城(スター商会)に二人の王子はやって来た。
お忍びの馬車から降りたリッカルド王子は青い顔で俯き、エドアルド王子は期待顔で頬を染めていた。
スター商会の会頭として出迎えた私の後ろには、勿論危険思考の魔王一家がいる。
私から提案した事だけど、気合いをいれて魔王たちから守らねばと、改めてそう決意した夜となった。
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