第574話 助け?の手紙……の筈。

「リッカルド……残念だが私は父としてそなたを庇いきれぬ……この国は一度、ディープウッズ家に不敬を働いているのだ……国王として私はそなたを処さねばならない……リッカルド、力のない父で済まぬ……可哀想だがそなたは――」

「お爺様! お待ち下さい!」


 リッカルドの憧れであるレオナルドが涙し、他の兄弟達が青い顔で俯き、そしてアレッサンドラが国王として苦渋の表情を浮かべ、リッカルドの処遇を述べようとしたところで、孫であるエドアルドが自身の傍付き達を押し除け、そして護衛も退け、断罪が行われている部屋へと突入して来た。


 エドアルドの周りからの評価は ”大人しい王子” だ。


 なのでエドアルドが大声を出した事に、皆がまず驚いた。


 そして普段見せない決意ある表情を浮かべ、皆の前へと歩みでる。


 次期王太子として産まれたエドアルドは、残念ながら覇気がなく、皆が皆この国の未来は大丈夫か? と心配になるような王子だったのだが、今日は普段見せている気力の無い王子とは別人のようで、家族の皆が 「この子うちの子? あのエドアルド?」 と驚く様子を今のエドアルドは見せていた。


 そしてリッカルドの側まで行き、自身と同じぐらいの大きさのその手を握ると、祖父であり、国王であるアレッサンドロへと声を掛けた。


「お爺様、いえ、国王陛下、どうぞ、リッカルドの事をお許し下さい」


 ハッキリと自分の意見を言うエドアルドを見て、皆が感動する。


 こんな時なのに、エドアルドよく言った! と嬉し涙がちょちょぎれそうだった。


 だが、だからと言って、「はいそうですか」 とリッカルドを許すわけにはいかない。


 例え今回の件の相手がディープウッズ家のララ姫ではなく、普通の貴族令嬢を相手にしていたとしても、リッカルドの行いは何かしらの処罰を与えなければならない、それほどの大事なのだ。


 この国の王子が、貴族令嬢に対し、「おまえが凌辱した」 などと人前で叫ぶ。


 それは下手をしたら、その令嬢はショックの余り命を落としかねない行為なのだ。


 きっとあの可憐なララ姫だとて、昨夜は涙を流し心を酷く痛めていたはずだ。


 それ程の出来事を、あのアダルヘルム様やマトヴィル様が許す筈がない。


 アレッサンドロは国王として苦渋の選択をするしかないのだ。


 可愛い息子。


 目に入れても痛くない程に可愛い末息子。


 騎士学校時代のレオナルドの事件があったことから、それより下の子や孫の教育には力を入れ直していた。


 だがエドアルドは次期王太子、そしてリッカルドはその王太子と同い年の末王子。


 どうしでもエドアルドの方に教育が偏ってしまうのは仕方ない事。


 もっと自分の目でリッカルドの教育状態を確認するべきだったと、アレッサンドロが後悔しても今更なのだ。


 懇願する可愛い孫と末息子に、アレッサンドロは王として決断した。


「……出来ぬ……」

「お爺様!」

「国を守る王として、ディープウッズ家を敵に回す事は出来ないのだ、エドアルド……」

「そんな……そんな、だって、リッカルドは……」


 エドアルドにとって同い年の叔父は、兄であり弟のような存在だった。


 第一王子として周りから大きな期待をかけられ、その希望通りに行動していたため、大人しいと思われているエドアルドを、リッカルドだけは同等に扱い、そして手を引き、部屋から連れ出し、子供らしく過ごさせてくれたのだ。


 リッカルドは我が儘ではなく、素直なだけ。


 ディープウッズ家の姫に会いに行った時だって、本当はあんな事を言う予定ではなかったはず。


 スター商会の会頭と言われている少女が、想像以上に優しくて可憐で可愛らしかった為、リッカルドは思わずあんな態度を取ってしまったのだ。


 本当に憎たらしい人物だったならば、決してあんな言葉を吐いたり、あんな態度を取ったりはしなかった事だろう。


 もっと嫌な奴であったならば……


 リッカルドはけっして王子の仮面を脱ぐことは無かったはずなのだ。


 リッカルドのそんな性格をよく知っているだけに、エドアルドは許しを請う為に、この部屋へとやって来た。


 だが、祖父アレッサンドロの揺るがない決断に、エドアルドとリッカルドは絶望した表情となる。


 王子だからといって許されることでは無い。


 言った言葉は消すことは出来ないのだ……


 後悔先に立たず。


 その言葉を二人が深く悟った瞬間だった。




「リッカルド、そなたのこれからの身の振り方だが……」


 その言葉を聞きリッカルドは俯いたまま、ギュッと目を瞑る。


 エドアルドが強く手を繋いでくれているから、今この場で立っていられる、そんな気がした。


 だが、そんなリッカルドを嘲笑うかのように、父の容赦ない言葉がリッカルドを襲う。


「……ユルデンブルク魔法学校は退学……そして今後は北の塔に幽閉と……」

「「「あっ!!」」」

「「えっ??」」


 アレッサンドロの言葉を遮るように、レオナルドとシャーロット、そしてジュリエットの「あっ!!」と驚く声が揃う。


 震えていたリッカルドとエドアルドも思わず顔を上げ、レオナルド達の指差す方へと視線を送る。


 そこには空飛ぶ手紙と呼ばれる紙飛行機型の手紙が飛んでいて、驚くアレッサンドロの前にふわりと着地した。


 そして慌てた様子でアレッサンドロは送り主を確認する。


「ええっ? ララちゃん?!」


 と、アレッサンドロからスター商会の会頭の名を呼ぶ声がして、エドアルドとリッカルドは驚く。


 それもアレッサンドロはスター商会の会頭を「ララちゃん」なんて気軽に呼んでいる。


 やっぱりディープウッズの姫はレチェンテ国を寵略しているのか? と二人が心配になる中、アレッサンドロが慌てた様子で手紙を開いた。


『アー君、おっはようございまーす。朝早くにごめんなさいねー。驚いたでしょう? でもリッカルド王子の事でアダルヘルムから手紙が届いて昨日はもっと驚いたでしょう? 本当にごめんなさい。でも私はリッカルド王子に言われた事は特に気にしていません。お年頃の男の子ならあれぐらいの事はしでかしてもおかしくないって、そう思います。


「ララちゃん……」


 でもアダルヘルム達はリッカルド王子の発言をどうしても許せないようで、私もそんな家族の気持ちも良くわかるのです。アダルヘルム達は私を娘のように思って大切にしてくれている。なのでそれを無碍には出来ないのです。


「当然だ……」


 と、言う事で、ですね。リッカルド王子にはスター商会に修行に来てもらうことに決まりましたー。


「えっ?!」


 本人の希望も有りますのでこれは強制では有りません。でも指導予定のアダルヘルム達はとっても楽しみに待っていますので、出来ればリッカルド王子には来て貰えると助かります。ご家族で良く話し合って見て下さいねー。あ、追伸ー、リッカルド王子の事余り怒らないであげて下さいね。リッカルド王子は厨二病だと思うから。いつか治ることを祈っています、ララより』


 手紙を呼んで固まるアレッサンドロに、「父上?」と子供達から心配気な声が掛かる。


 どうやらアダルヘルム様自ら、愚息と判断されたリッカルドを鍛えて下さるらしい。


 スター商会での修行はアレッサンドロ達の判断に任せると書かれているが、これは決定事項と見て良いだろう。


 あれだけの出来事を 「気にしていない」 と慈悲深い心で許してくれたララに感謝すると共に、アダルヘルムの指導と聞いて、幽閉の方が良かったと、リッカルドがそう感じるほどの辛い修行になるのでは? と少し……いやだいぶ心配になったアレッサンドロだった。



「あー……手紙はララ様からだ……リッカルド、お前の行いをララ様は ”許す” と言って下さった。感謝するように……」


 リッカルドは驚き、涙目になりながらコクンと頷く。


 アレッサンドロが途中までリッカルドの今後の処遇を話していたのだ、それも当然だろう。


 だがまだ話しの続きがある事に、スター商会慣れしているレオナルド達は気づいているようだった。


 アダルヘルム様が愚かな王子を許すはずがない……


 何度もスター商会に通うレオナルド達にはその事が分かっていた。


 アレッサンドロはそんな様子の子供達に抑揚に頷いてみせ、そしてホッと体の力を抜いているリッカルドに話しかけた。


「リッカルド、そなたは暫くスター商会で修行をすることになった……」

「「えっ……?」」

「「「ええっ?」」」


 リッカルドとエドアルドは何で? と驚き、他の子達は羨ましい! と驚いている。


 そんな皆にまた一つ頷いて見せ、アレッサンドロは国王らしい落ち着きを装い、また口を開いた。


「これは決定事項だ。スター商会でしっかりと頑張ってくるように……それから絶対にご迷惑をお掛けしない事……リッカルド、分かったな?」

「……はい……」

「うむ、ではララ様に返事を――」

「お爺様、僕も行きます!」

「はっ?」

「僕もスター商会へ行きたいです!」

「いや、それは……」


 無理だと言いかけて、アレッサンドロは考える、あのアダルヘルム様の教育を受けられるのだ……確かにエドアルドもいた方が良いのかもしれない、とそう思った。


 そしてレオナルド達も同じように思ったのだろう、羨ましそうな表情を浮かべ、首を縦に振っていた。


「うむ……分かった、ララ様に聞いてみよう……」

「はい、有難うございます!」


 エドアルドにそう答えたアレッサンドロだったが、「本当に大丈夫だろうか……」と色んな意味で不安だけが残ったアレッサンドロなのだった。

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