第573話 ララの提案

 朝になり、私は身支度を整えたあと、意気揚々とアダルヘルムの執務室へ向かった。


 何故なら昨日のリッカルド王子の件で、魔王様に……アダルヘルムに話があったからだ。


 それも出来れば早い方が良い。


 アダルヘルムだけでなく、皆が皆お怒りだったので、レチェンテ国の王族の方々に何をするか分からない……という焦りがあったからだ。


 まあ流石に城を破壊したり、アー君を処分したりはしないだろう。


 だけどアダルヘルムのお怒りがとーーーっても怖い事を私はよく知っているので、アー君に同情し、気持ち足早になってしまう。


 そして私と一緒に、あのリッカルド王子の行いをしっかりと見ていたセオとクルトもアダルヘルムの下へと向かう。


 セオとクルトの二人が、リッカルド王子にお怒りだった事は私も良く分かっている。


 まあねー、この世界、12歳と言えば成人間近、大人に片足突っ込んでいる状態ですよ。


 その上王子様ともなれば、自分の発言に対する責任はとっても重いのだと思う。


 だけどね。


 前世で考えればリッカルド王子なんてまだ小学生か中学生ぐらいのお年頃ですよ。


 そう、反抗期真っ盛りの難しいお年頃なのですよ。


 それもあの言葉は、大好きなお兄様を取られちゃったって、可愛い焼きもちからの暴言。


 多分リッカルド王子にとって、レオナルド王子は彼の世界そのものなのだ。


 大好きで、大好きで仕方ない相手、それがレオナルド王子。


 なのにポッと出の私……つまりスター商会ばかりに、レオナルド王子が執着するようになってしまった。


 これは魔石バイク隊の隊長としての繋がりもあるので、レオナルド王子がスター商会に来るのは致し方ない事。


 それにレオナルド王子の友人であるセオとルイがスター商会にはいるんだもの、やって来るのを止めることは出来ない。


 ただしリッカルド王子はそれが尚更気に入らなかった。


 レオナルド王子が夢中になるスター商会。


 うんうん。気持ちは分かる。


 取られちゃったってそう思っちゃうよねー。




「アダルヘルム、おはようございます。朝早くに申し訳ありません。リッカルド王子の件でお話しがあって参りました。今宜しいですか?」

「ララ様、おはようございます。フフフ……ララ様が来るだろうとは予想しておりました。さあ、席へどうぞ、ゆっくりお話し致しましょう……」

「ひっ……は、はい、ありがとうございます」


 アダルヘルムの部屋には私を待ち構えていたかのように、マトヴィルとベアリン、それにメルキオールとルイまでが揃っていた。


 どうやら私の行動はすっかりアダルヘルムに読まれていたらしい。


 そう、アダルヘルム軍団は準備万端で私を待ち構えていたのだ。


 それがなんだかとっても恐ろしい。


 何だか私の話を聞く気が無いですよーのアピールみたいだ。


 だけど勇気を出し、私は姿勢を整え魔王様(アダルヘルム)と向かい合う。


 軽く呼吸を整え、そしてもう一度「リッカルド王子の件ですが――」とそこまで言いかけると、アダルヘルムが美しい笑顔で答えてくれた。


「ええ、愚かな行為をした愚か過ぎる噂の馬鹿王子の事ですね。ええ、しっかり話は聞いておりますので、ララ様安心して下さい……」


 まったく安心出来ない微笑みで、優雅にお茶を飲むアダルヘルム。


 マトヴィルやベアリン、メルキオール達も、自分達も馬鹿王子の事の事はちゃんと聴いてますよ、と頷いてみせる。


 皆顔はニコニコしているが、魔力がピリピリしているのが良く分かる。


 残念ながら一夜明けてもリッカルド王子に対する怒りは治まっていないらしい。


 怖い、怖いよーとしょっぱなから冷や汗ダラダラになっていると、アダルヘルムが穏やかに見える笑顔で言葉を続けた。


「昨夜レチェンテ王に手紙を送りました」

「えっ? も、もうですか?!」

「ええ、当然です。こういった事は早い方が良い。レチェンテ国の王族が我がディープウッズ家に無礼を働くのはこれで二度目。前回の時に ”次は無い” と伝えてありますので、あのどうしようもない王子は良くて廃嫡、悪くて処刑、まあ間をとって幽閉といったところでしょうか? 国王の返答を待っている所です……」

「幽閉?! いやいやそれはひど過ぎませんか? アダルヘルム、子供のやった事ですよ?」

「フフフ、ララ様、子供と言ってもアレはララ様と同い年、その上一応は ”王子” と名のつく立場におります。それにもう一人の王子はディープウッズ家が何かを理解出来ていた……そう考えるとアレはわかっていて行動したのでしょう。救いようのない愚か者。こうなっては手の施しようがありません、処罰するしかないと思われますね」


 アダルヘルムの話を聞き、周りの皆はうんうんと納得顔で頷いている。


 確かにリッカルド王子は ”王子様” って立場だけど、流石にあれだけで幽閉なんて可哀想すぎる。


 中二病的なものは誰でも患う物。


 昨日の事はいつかリッカルド王子の黒歴史となるだろう。


 それで処罰は十分な気がする。


 そう思っている私はゴホンッとわざとらしく咳き込むと、アダルヘルムにある提案をした。



「アダルヘルム、人間は誰でも失敗をする物だと思います。レチェンテ国の王子は愚か者だと言いますが、レオナルド王子はその事があったからこそ今はあれ程成長して立派になっています。ね、セオ、ルイ?」


 セオとルイへと目力強く視線を送る。


 友人であるレオナルドの名が出たからか、セオもルイも「まあ、そうかなー」と斜めに頷く。


 その横でマトヴィルは段々とニヤニヤを始め。


 ベアリンとメルキオールは師であるアダルヘルムの様子をジッと見ている。


 そんな大注目なアダルヘルムは、少しだけ眉を上げて考え出した。


 どうやらちょっとだけ、ちょっとだけだけど、皆の師匠(教育者)としての優しさを取り戻しつつあるようだ。


 今がチャンス! とばかりに私はまたゴホンッと咳き込むと、アダルヘルムに向けて話を続けた。


「つまりですね、アダルヘルム。あのリッカルド王子の成長はこれからなんですよ……あの子は中身がまだ幼くて、年齢よりも少し子供なだけ、それだけなんです。ですから、今回の件でリッカルド王子はきっときーっと素晴らしい王子に変わる筈なんです。なのでリッカルド王子をスター商会でお預かりして成長を促してみませんか? 世間を知る。今のあの子にはそれが大切だと思うんです」


 口を挟む間を設けないように、一気にそこまで言い切った。


 アダルヘルムは基本、人を育てる事が好きな人だ。


 なのでアダルヘルムは眉根に皺を寄せ何かを考える。


 自分ならあの馬鹿王子をどう成長させるか? とでも考えているのだろう……


 その様子を(頼む、頼む、許して上げて)と願いながらジッと見つめるが、目の端でマトヴィルだけはニヤニヤ顔だ。


 きっとマトヴィルだけはアダルヘルムの悩み顔が楽しくって仕方ないのだろう。


 だけど空気を読んで笑うのはやめて欲しい。


 魔王が別の意味でお怒りになりそうだからね……


 皆が無言でいる時間が流れていると、それを消すかのように「はい」とメルキオールが小さく手を上げた。


 なので「どうぞ」と学校の先生のように発言を許すと、メルキオールはアダルヘルムと私を交互に見ながら口を開いた。


「あー、ララ様、スター商会であの馬鹿王子を預かるって事はー、つまり……王子にリタ達養い子のように店の仕事を覚えさせるって事ですか?」

「はい、そうですね。あの子達と同じように学校に通いながらお店を手伝ったり、剣の稽古や武術の稽古などもしてもらいたいと思います。そうすればレオナルド王子が何故休みの度にスター商会へ来たがっていたのか、あの子もきっと分かると思うのです」

「うん、確かに、今のままあの馬鹿王子が幽閉されたらララ様の事を尚更恨みそうですからねー。だったらここに連れてきて徹底的に指導する。うん、それは中々面白そうだ……」

「えっ……? 徹底的?」

「ふむ……なる程、なる程。馬鹿王子が心底反省するまで我々の元で育て続ける……クックック……それはそれは王子が来るのが私も楽しみになりますねー……」

「えっ……?」


 クックック、ハッハッハッ、フッフッフッと、皆が悪代官様の様な顔で笑い出した。


 リッカルド王子をどうにか助けようと思ったけれど、皆の真っ黒い笑顔を見ていると、もしかして幽閉の方が良かったかしら? と、そんな恐ろしい気持ちになってしまった。


 だけど、取り敢えず、アダルヘルムは了承してくれた。


 後はリッカルド王子の気持ち次第だろう。


 皆が皆「自分が指導する」と張り切る中、出来るだけリッカルド王子の傍にいて、皆から守ろうと決めた私だった。

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