第570話 お怒りです
「
フフフッと可愛らしく笑う笑顔に全く似合わないドスの効いた声でエリー先生が呟く。怖い!
「ハハハ、ララになんて事を言うのかなー、俺がレオにお願いして
セオが顔は笑っていないのにハハハと乾いた笑い声を出し、「躾」という怖い言葉を吐く。落ち着いて!
躾が拷問と聞こえたのはきっと私だけでは無いだろう……相手はまだまだ子供な王子様だ。やめて欲しい。
「俺の目の前で大切な主を侮辱するとは良い度胸ですね……ハハッ、先がとっても楽しみな王子……様、だ……」
まったくもって楽しみだとは思っていない様子でクルトがそう呟く。
クルトさん止めて下さい、貴方は子供好きキャラでしょう?
その笑顔怖いから!
アダルヘルムに感染してるから!
いつもに戻ってーーー!
でも、でもね、皆のお怒りは多少ーは分かる。
リッカルド王子は一応教師である私の研究室に押し掛け、生徒としては問題ある行動と、問題ある言葉を吐いてしまった。
ヤキモチからの言葉だとしても、言った場所が悪かったし、言ってはいけない人達の前で言ってしまった。
セオとクルトは私の大切な家族なので、娘同然、妹同然の私が馬鹿にされたら怒るのは当然だ。
そしてエリー先生は、アダルヘルムとマトヴィルに憧れている騎士であり、この学園の先生。
そんなエリー先生の憧れであるアダルヘルムとマトヴィルの、娘とも弟子とも言える私が馬鹿にされたのだ、先生としてだけではなく、一ファンとしてお怒りになるのも仕方ないことなのかもしれない。
そう、リッカルド王子は私が一人のときに怒りをぶつければよかったのだ。
そうすればきっともう少しましな結果になっていただろう……
ブルブルブル……ああ、この後が恐ろし過ぎる。
取りあえず、皆の怒りを鎮めなきゃね!
「あ、あの、みんな、リッカルド王子はまだ子供だからね、それに王子様で、世間知らずだし仕方が――」
「アハハ、ララ、確かにリッカルド王子は子供だよねー。でもララと同い年だし、エドアルド王子とも、同い年だ……それであれではちょっと恥ずかしいよねー」
「セオ……確かにそうだけど……でも――」
「ハハハッ、つまりララ様は王家の教育が不十分だと仰りたいのですね? 確かにその通りでしょう……こちらからそう申し上げませんといけませんね……」
「いや、クルト、そうじゃなくてっ――」
「ララちゃーん、ンフフフー、大丈夫よー。言いたいことはちゃーんと分かっているわー」
「エリー先生!」
「ふざけんじゃねー! そんな態度でこの国の王子を名乗るなっ! って言いたいんでしょうー? その気持ち十分に理解してるわー」
「えっ? いやいやいやエリー先生」
「ンフフー、任せてー、学校からもしーっかりと注意しておきますからね。そうじゃないとあの子の為にもならないでしょう? だってこのままじゃ、馬鹿王子の出来上がりだわー。あ、やだ、もうすでに馬鹿王子だったわねー。ごめんなさーい、ンフフー」
エリー先生、可愛い口調だけど超怖いっす!
てか、三人ともマジ怒りだよねー。
多分「凌辱」とか「悪徳商人」とか意味も分からず私にぶつけたリッカルド王子の言葉が悪かったんだよねー。
それにそもそも私だから……ではなく、貴族の令嬢に対してもぶつけてはいけない言葉と態度だったものねー。
多分これは……確実にアダルヘルムからアー君にも連絡が行く事だろう。
想像するだけで恐ろしいし、リッカルド王子が可哀想になる。
私からは「大丈夫、気にしていないよ」とアー君に手紙を書こうか?
いやいや、それだけでは収まらないかもしれない……
それに同じ事をもうやってはダメだよと、そして他の子に対しても暴言を吐いてはダメだよ、と、そこだけはアー君から注意してもらわないとならないだろう。
それに何より、お兄様大好きっ子ならば尚更だ。
あの態度では魔石バイク隊の隊長であるレオナルド王子の悪評まで流れてしまうものね。
気を付けさせないと……
☆☆☆
「ほう、この国の末王子がララ様にそんな態度を……」
ディープウッズ家のアダルヘルムの執務室。
夜も深まったこの時間、アダルヘルムの執務室には今マトヴィル、メルキオール、ベアリン、ルイ、そして末王子の愚行を目にしたセオとクルトが集まり、”馬鹿王子報告会”を開いていた。
ディープウッズ家の姫であるララが一生徒として学園に通うのではなく、教授として学園に勤務すると決まった事に、実は心底ホッとしたのは今日ここに集まったメンバーなのかもしれない。
平穏な時ならば良いのだが、あのウイルバート・チュトラリーという人物が今ララを狙っている。
もし一生徒のままだったならば、ララは学園内を一人で過ごさなければならず、守りに隙が出来ていた。
その上あのララの性格上、気になる事があったり、困っている人が近くにいた場合、後先考えず飛び出して行く事は「絶対だ」と言い切れる可能性があってしまうのだ。
数年前のウイルバート・チュトラリーとの最初の戦いの際、あんなボロボロの状態になってまでララは自分よりも周りを気にしていた。
そんなララに危険な時は自分だけを守れ、と言っても無理がある。
どう考えてもあのララならば周りを優先することだろう。
例え一人で行動していなくても、危険極まりなく、その上何をするか分からないあのララを、学園内で自由にさせてしまうのは、彼らにとっては心配でしかなかったのだ。
なので学園の教授となり、側付きのクルトや、護衛のセオが常に一緒に行動出来るようになった事は、ララを心配する彼らにとっても有難い事だった。
それに今回の件も……
子供の癇癪にしては度が過ぎる行いだ。
ディープウッズの姫だと分かっていながら、侮辱する言葉をあの末王子は投げかけた。
それも教師であるロバート・エリドット(エリー先生)がいる目の前での行動だ。愚かすぎる。
多分ララの事だ、もし一人であの末王子を相手にしていたならば「子供だし、仕方ないよねー」と、これほどの出来事であっても流して終わった事だろう。
だがこれはレチェンテ国の王子が、ディープウッズの姫に対して行った無礼。
家格は関係ない学園内とはいえ、目に余る行動だ。
アダルヘルムを始め、ララの家族達皆の怒りはもの凄いものだった。
絶対に許さないと、皆が皆胸の内で怒りを燃やしていた。
「どうせララ様はもうその末王子てやつを許しちまってんだろう? だがなー、これはディープウッズ家に対してそのバカが喧嘩をふっかけてきたって事だー。おい、アダルヘルム、どうする? 城をぶっ潰すか?」
普段のマトヴィルならば笑って許しそうな出来事なのだが、
ニヤリと笑いながら拳をポキポキと鳴らすマトヴィルのその姿は、戦闘狂と呼ばれる理由が分かるものだった。
きっとこの場にモルドン先生がいたならば、嬉しさのあまり失神していただろう。
そんなマトヴィルの言葉に、ベアリンが答えた。
「へへへっ、師匠、城の半分は俺に任せて下さい。立て直し出来ねーぐらいにこの俺がボロボロにしてやるぜー」
獣人族の血を引くベアリンの殺気も物凄いものだ。
きっとこの場に一般人がいたならば、すぐに逃げ出すレベルのものだろう。
ベアリンにとってララは命の恩人。
その上憧れのアラスターの大切な娘でもある。
そんなララが侮辱された。
ベアリンの怒りも物凄いものだった。
そんな中、この場でまだ少しだけ冷静なルイが手を上げる。
ただし、目つきは鋭いものだ。
普段のお調子者のルイを知る物ならば、ゾクリとするのは確かだろう。
そう、ルイにとってもララは命の恩人。
怒らないはずがないのだった。
「師匠、ベアリン、城には一般人もいる、流石にそいつらもまとめて壊しちゃうのは可哀想だ。悪いのはその馬鹿王子とそいつを育てた奴等だろう? だったらそいつらをこっちに差し出してもらうのが一番いいんじゃないかなー。んで、ララ様を見たら平伏したくなるように教育すれば良い。俺の命の恩人を馬鹿にされたんだ。当然の報いだろう?」
あああ……
残念ながらこの場には、既に冷静な者など一人も居なかった。
皆ルイの言葉に「そうだ、そうだ」と頷いている。
そして誰一人として、末王子が子供だから許してあげようと思う者は居ないようだ。
そう、あのリッカルド王子はララの下を訪れるタイミング的にも悪かったのだ。
何故なら今、このディープウッズ家の人々はウイルバート・チュトラリーという存在のせいで皆ピリピリしているのだから。
ララの敵は皆殺し。
今の現状それぐらい張り詰めている状態だ。
そしてリッカルド王子が流石に可哀想になる程に殺気だらけの雰囲気の中、遂に
「フフフ……では、レチェンテ国の王家の反省を我々に見させて頂きましょうか……」
アダルヘルムの魔王様的なその笑みに、ここに集まる配下の者たちはニヤリと笑い、頷いたのだった。
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