第561話 ユルデンブルク魔法学校の食堂料理人

「ほ、本日からご指導宜しくお願い致します!」


 スター商会の厨房内、元気な挨拶をして直角に頭を下げたのはユルデンブルク魔法学校の食堂の料理人達だ。


 校長先生の提案で、ユルデンブルク魔法学校では食堂改革を行う事となった為、学園の料理人達がスター商会へと指導を受けにやって来た。


 その期間は経ったの一週間。


 短いと言えなくもないが、彼らは元々料理が本職の人達なのだ、基本を教えれば後は自分達で研究し、学園の味を作り上げていくだろう。


 料理のプロである彼らにスター商会が教える事は、料理魔道具の使い方や、一般の家庭では使われていない香辛料の使い方などだろう。


 スター商会だから手に入れられる物がある。


 食材や香辛料は今後、ユルデンブルク魔法学校にも卸す予定なので、それを使った新しいメニューの指導もする。


 スター商会の王都店の料理長であるモシェを中心に、指導係として私やセオ、そしてドワーフ人形のゴーとロックも手伝いに来てくれている。


 初日である今日は、新メニューの料理ではなく、先ずは魔道具の使い方を覚えてもらう予定だ。


 基本的な料理は出来る彼らには、実際使った事のない魔道具の使い方を覚える方が大問題だろう。


 緊張をほぐすため、「スター商会で売っている魔道具なのですよ」と説明はしたのだが、それでも慣れていない魔道具を使うためなのか、料理人達は緊張でガチガチだ。


 実際魔道具は高価な物なので仕方がないだろう。


 スター商会の魔道具だってそれなりに良いお値段だ。


 流石に今の私はもう、「1ブレで」 などと言ってはいない。


 まあ、料理人たちも研修が始まれば、すぐに慣れることでしょう。


 緊張するのは最初だけ、だって皆職人だもの料理が始まればそれしか見えなくなることは確実だ。


 スター商会にもそういうメンバーは沢山いるからね。


 そう、とくにブリアナンナとかね!






 そして挨拶も終わり、早速魔道具を使っていく。


 私の担当は圧力鍋となった。


 ソースやスープを担当する料理人が、先ずは私の下へ三人ほどやって来た。


 最終的には学園の料理人全員に魔道具全ての使い方は覚えてもらう予定だが、やっぱり一番使うであろう人間ほど担当の魔道具に触る期間が長い方がいいだろう。


 これはモシェとも話し合った事だ。


 そして興味津々な様子で圧力鍋魔道具を見つめる料理人さん達に、私はまず基本の説明から始めた。


「では、今日はトマトだけのソースを作ります。まずはトマトを湯むきし、簡単にザクザクッと切った後、圧力鍋魔道具にぶち込み……ゴホンッ、入れます。今日はトマトだけでソースを作りますがニンニクや玉ねぎオリーブオイルなどを入れてトマトソースにするととても美味しいです。では、鍋に蓋をして、次に火を入れたら魔道具のスイッチをオン! はい、出来上がりです」

「「「はっ??」」」

「このトマトソースはオムレツに乗せても美味しいですし、オムライスに使ったり、パスタソースにしても大丈夫です。魔道具の調整をしてもっと濃い味のソースやスープに近い状態の物も作れます。そこは徐々に魔道具に慣れて行って自分達のお店の味を……いえ、この場合は学校の味ですかね? ユルデンブルク魔法学校の味はこれだ! という物を是非作り上げて下さいね」

「「「……」」」


 一通り説明を終えたため、小さめの圧力鍋魔道具を一人一人に渡し、とりあえず 「実践してみましょう」 と声を掛ける。


 メモを持ちながら何故か固まっていた料理人達は、圧力鍋魔道具を渡されるとハッとした。


 次にスター商会自慢のトマトも渡し、ではどうぞと作業を促す。


 料理人達は何だかぼんやりとした様子ながらも、「はあ……」と気の抜けた返事をしてどうにか動き出した。


 魔道具の性能に驚いているのか、高価な魔道具をいくつも持っている事に驚いているのか、それとも別の事に驚いているのかは分からないが、作業を始めた料理人達の表情は真剣そのものだ。


 皆、私と同じようにトマトを圧力鍋にぶち込むと、魔力をちょっと流しスイッチオン! 


 別に真似しなくても良いのだが、良い大人の料理人達は素直に「スイッチオン!」と声に出してボタンおしていて、中々に面白い。


 そして一瞬で出来上がった自分のトマトソースを口にして、料理人達はまた固まる。


 どうやら想像以上に美味しかったらしい。


 まあ、そこはスター商会のトマトですからね。


 それも当然ですわ! オホホホホ。



「あんな少しの魔力でこの魔道具はこれだけの仕事をこなすのですね……」


「トマトソースもとても美味しい……」


「簡単すぎるよな……」


 料理人達はポツリポツリと話し出す。


 驚くばかりで思考回路が上手く動かないのか、会話というよりも独り言のようだ。


 話し合いを活性化させるため、私は最初に手本で作ったトマトソースを料理人達に配り、自分の作品と味比べをしてもらう事にした。


 手本ソースと自分達のソースを比べて、料理人達はまた目を見張る。


 味がかなり違ったようだ。


 同じトマトを使っているのに、微妙な味の違いがある。


 まあ、そこは料理人だからこそ気がついた、というレベルのものなのだが、彼らは今度は自分達のソースの食べ比べを始めた。


 うん、うん、良い傾向だ。


 そして「美味しいが手本と何か違う」とか「トマトの刻み方か?」とか「湯むきの時間がかかり過ぎたのでは?」などなど、色んな意見が出てやっと三人の緊張も解けた様だ。


 話し合いが進んだ彼らは、最初のソースを小瓶にしまうと、次は魔力を流すタイミングをそれぞれ変えてみようと提案をした。


 自分達の味を、自分たちで作る。


 その目標があるからか、やっと魔道具での挑戦が楽しくなって来たみたいだ。


 もう高価な魔道具だから……なーんて事は忘れているだろう。


 やっぱりそこは仕事人だよね!


 そんなところはヨナタンともちょっと似てるよね! ウフフフ……



「では、皆さん、最後にスター商会料理長のトマトソースを試食してみて下さい」


 各自の作業が一段落したところで、モシェのトマトソースを皆に配り口に運んでもらう。


 すると、口に入れた瞬間、料理人達の目がまん丸になる。


 繊細な味がやはり皆にはわかる様で 「これ程の味を……」 とモシェの作ったソースをじっと見つめていた。


 気持ちは分かるよ、うんうん、モシェのソースは最高だよね!


 だってスター商会自慢の料理長ですからね! オホホホホ。



 料理人達は目標となる味を味見した事で、自分達の目指すところがハッキリと分かったようだった。


 その後も圧力鍋魔道具を使いこなすため、三人で相談しながら何度も何度もトマトソース作りに挑戦していた。


 きっと私が入学する時には、美味しいソースが出来上がっていることだろう。


 研修のお陰で学園入学が益々楽しみになった私だった。





「よう、ララ、指導は進んでるか?」

「リアム」


 忙しい中リアムが厨房へとひょっこり顔を出した。


 副会頭に挨拶をしようと、作業する手を止めようとした料理人達をリアムは手で制止、作業の続きを促す。


 そんなカッコつけなリアムは、キョロキョロっとして何かを探している。


 もしかしてセオを見に来たのかな? と思ったのだが……どうやら違ったようだ。


 リアムは厨房から漂う、良い匂いに釣られてやって来たようで、「デザートはどこだ?」 と小さく呟いていた。


 残念ながら今日は魔道具の使い方なので、デザート、とリアムが期待するほどの物はない。


 だけどそこは鼻が利くリアムだ。


 生クリーム作成用の魔道具や、蒸し器などの魔道具の方へと、リアムはフラフラっと近寄って行く。


 蒸し器で作った試作プリンや、試作生クリームだけが入ったボールを見つけると、ジッと見つめ食べたそうな顔をする。


 欠食児童か?!


 その姿があまりにも可愛らしいので、簡単にプリンアラモードを作って渡してあげた。


 するとリアムは満面の笑みを浮かべ口にする。


「んー! 美味い!」


 と喜ぶリアムは、見た目とは違い小さな少年のようだった。


 本当に可愛い人だよね、リアムって……



「もう、リアム、オヤツばっかり食べすぎないでねー。それでプリン三つ目でしょう? 虫歯になったり糖尿になったりしたらリアムが困るんだよー」

「だーい丈夫だって、俺は別に毎日プリン食べてる訳じゃないしさー、それに今日はほれ、様子見も兼ねてのことだからさー、試食試食」



 リアムはどう考えても毎日おやつを食べていると思うのだが、「大丈夫大丈夫」 とリアムは繰り返し、そして 「もう一つ味見した方が良いだろう」 と自分勝手な事を言い、四つ目のプリンに手を出そうとした。


 するとそのタイミングでランスが涼やかな笑顔を浮かべ厨房へとやって来た。


 ランスは一瞬でリアムが空けたお皿を見て、プリンを幾つ食べたのか数を確認する。


 そして笑顔で「リアム様、ここはおトイレではありませんよ」と言ったランスの表情は、何故かとても怖かった。


 アダルヘルムとは違う怖さを感じ、サッと目を逸らした私だった。


 これぞ必殺仕事人! くわばらくわばら。



 リアムはやっぱり、仕事中に執務室を抜け出して来た様だ。


 予想通りだよね!


 ランスに引っ張られて行く最中、「リアム様、今日から一週間はオヤツ抜きですからね!」 とそんな注意を受けていた。


 当然の報いなのだが、なんだかちょっとだけ可哀想になってしまった。


 リアムは仕事も頑張っているし、新しいお菓子を作って味見をさせて上げよう。


 それがリアムの仕事を増やすことになっても、おやつを食べられればうれしいだろう。


 リアムの悲鳴を聞きながら、そう思った私だった。




 こうしてユルデンブルク魔法学校の料理人達への指導は始まった。


 まだまだ手探りな状態だが、開店まではまだ時間がある、ゆっくりと自分たちの味を探して欲しい。


 そして新年度開店に向けて頑張って貰おう。


 お陰様でまたまた学園入学が楽しみになった私だった。


 早く入学式来ないかなー。ウフフフ……

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