第543話 ウイルバート・チュトラリーの復活

 コナーは五分も経たずレジーナ王妃の墓へと戻って来た。


 体調が悪い中転移を繰り返したからか、その顔は普段以上に人間らしさがないように見える。


 そしてコナーは右手にアグアニエベ国の王子を、左手には姫を抱えている。


 コナーが体中血まみれの状態なのは、ブランバードの子供である、アデルバード王子とレジオーラ姫を守る護衛たちを始末したからだろう。


 今頃王城内は大騒ぎになって……いや、それは絶対にないとブランバードは考えを改める。


 コナーの行いは城中にいるチェーニ一族の者たちによって粛清されるだろう。


 ブランバードや子供達は、アグアニエベ国の王族ではあるが所詮お飾りでしかない。


 本来は ”ウイルバート・チュトラリー・アグアニエベ” こそがこの国の真実の王だと、チェーニ一族も、そして今も尚レジーナ王妃を心酔してやまない国の重鎮達は皆そう思っている。


 凡庸だったブランバード二世の子であり、そして美しく優秀なレジーナ王妃の子であるウイルバート・チュトラリー。


 まっとうに生まれていたならば、今頃世界で一番冷酷な王だったと……歴史に残っていたかもしれない。


 そう、今現在王であるブランバード三世の曾祖母は、王の側室だった。


 本来ならばブランバードも、その父も、王位など継ぐはずはなかった。


 その上ブランバードは次男。


 第二王子だった。


 普通ならば王位が手に入る筈はなかった……だが、優秀な兄を差し置いてブランバードは王位を望んでしまった。


 その結果、自分で自分を苦しめる状態になってしまった。


(なぜあの時甘い誘いに乗ってしまったのか……)


 今更悔やんでも仕方がない事だが、ブランバードは王位についたことを悔いていた。


 そう、今のブランバードの王とは名ばかりの現状を思えば、悔やんでも仕方がないことなのだった。



「アダルギーソ……頼む……子供たちだけは……助けてくれ……」


 グッタリとし、意識の無い子供たちを見て、ブランバードは床に頭をこすりつけながらアダルギーソに懇願した。


 自分の命はとうに諦めているが、子供たちにはまだ未来がある。


 寝ているというよりも、死んでいるような様子の子共たちを見て、ブランバードは血の気が引いていた。


 そんな状態のブランバードと視線を合わせるかのように、アダルギーソは膝を着くと、ウイルバート・チュトラリーのミイラのような醜い姿をブランバードに見せつけながら、口角を上げた。


「アハハッ、ブランバード……王、貴方は何か勘違いをしているようですね……」

「えっ……?」


 ニヤリとしそう言ったアダルギーソの言葉に、ブランバードは(子供たちの命を取られるわけではないのか?) と少しホッとしかけた。


 だが、その希望は次の痛みで勘違いだと知る。


 アダルギーソは汚物でも触ってしまったかのような嫌悪する表情を浮かべながら、ブランバードの顔を思いっ切り蹴り上げた。


「グホッ……ガハッ、ガハッ……」


 余りの痛みにブランバードはクラりと倒れそうになる。


 口の中だけでは無く、顎にも頬にも痛みを感じる。


 血の味が口の中に広がっていき、歯も数本抜けた感触がある。


 手を突き、その猛烈な痛みに何とか耐えているブランバードに、アダルギーソは容赦のない言葉を続けた。


「ブランバード、勘違いをするな。そなた達は人ではない、王の形代でしかないのだ。ブランバード二世の血を引く罪深き王族の末裔がこれまで生かされてきたのは、全てウイルバート・チュトラリー様の成長の為、そなたたちには意志など必要はない。ウイルバート・チュトラリー様の為に命を捧げろ……と言われればそれに従うだけ……レジーナ様を追い込んだ貴様ら王族の罪は、一生消えないのだからな……」


 冷めきった目でブランバードを見るアダルギーソは恐ろしかった。


 傍にいるコナーもアダルギーソと同じ気持ちなのだろう、普段の感情の無い表情とは違い、ブランバードを射殺さんばかりに睨んでいた。


 ブランバードの祖先であるブランバード二世。


 美しく優秀で素晴らしい女性と言われたレジーナ王妃よりも、ディープウッズ家の子息であるアラスターと婚約していたエレノアを妻にと望んだ愚か者。


 国民が愛したレジーナ王妃を蔑み、罵倒し、蔑ろにした愚鈍な王。


 そんな王の名を貰ったブランバードが、レジーナ王妃を心酔しているアダルギーソ達から嫌われているのは当然のことだった。


「コナー……アデルバード王子をここへ、レジオーラ姫は反対側へ置いてくれ」


 アダルギーソの言葉に、コナーは無言で頷き指示を全うする。


 ブランバードの子であるアデルバード王子とレジオーラ姫は、レジーナ王妃の棺を挟むように置かれた。


 そしてアダルギーソはウィルバートを大事そうにしながら、そっとレジーナ王妃の棺の上へと置く。


 それを見てブランバードの頬を熱いものが伝う。


 それが涙だと気がついたが、息子と娘を救う手だてがブランバードには思いつかない。


 悔しさから手を握りしめ、そちらからも血が滲む。


 だが、無力な王に力を貸すものなど、この部屋には居なかった。


 そしてアダルギーソが何かの呪文を呟いていく。


 聞いた事も見た事もない、禍々しい魔法。


 アダルギーソのペンダントまで光り輝き、まるでアダルギーソの魔法に共鳴しているようだった。


 そしてアデルバードから……レジオーラからも、魔力が抜けていく。


 ただでさえ人形のような様子だった二人からは、血の気が失せ、死人のような顔色へと変わってしまった。


 棺の中で寝ているレジーナ王妃からも魔力が奪われたのだろう。


 若々しかったその姿は、ウイルバートの代わりに老婆へと成り果てた。


 そして長い呪文を唱えきると、アダルギーソはガクリとその場に倒れ込んだ。


 アダルギーソの額からは汗が流れ、顔色も悪くなっている。


 その姿はまるで今日始めて会った時のコナーのようだった。


 そして、ウイルバートの体には3人から抜け出した魔力が流れ込んでいく。


 干からびた体には水が染み込むかのように魔力が流れ、徐々に徐々に人間らしさを取り戻していく。


 赤子のサイズしか無かった体躯も、ゆっくりと成長を始め、暫くすると十二歳のアデルバードと変わらぬ大きさに変わった。


「……アダル……ギーソ……」


 ブランバードの耳に聞きなれたウイルバートの子供らしい声が聞こえてきた。


 目覚めて最初に自分の名を呼ばれたアダルギーソは、疲れきった様子ながらも嬉しさを滲ませる。


 ウイルバートにとって一番の家臣、そう認められたと感じているようだった。



「アダルギーソ、お前のお陰で助かった、礼を言う……」

「ウイルバート様、私は家臣として当然の事をしたまで、勿体ないお言葉でございます!」

 

 頭を垂れるアダルギーソに満足気な笑みを向けると、ウイルバートはコナーに向き合った。


「コナー……お前の罪は不問とする。良く守りきった……」

「ハッ」


 コナーもその場で膝をつき、ウイルバートに頭を下げた。


 そしてウイルバートはブランバードや子供達には目もくれず、今度は母親であるレジーナ王妃の棺へと視線を落とした。


「ディープウッズ……許さん! もう間もなく母上を生き返られるところだったのに……ララ・ディープウッズめ……あいつだけは絶対に許しはしない!」


 レジーナ王妃によく似たその顔に怒りをにじませるウイルバートは、美しくもあり、恐ろしくもあった。


「アダルギーソ、コナー、これから今後の策を練り直す! 行くぞっ!」

「「ハッ」」


 ウイルバートは二人にそう声を掛けると、もう必要ないとでも言うかのように、ブランバードたち王族を残し、どこかへ消えて行った。


 ブランバードは三人が見えなくなると、ハッとし魔力が根活したであろう子供達の遺体に駆け寄った。


 子供たちの体に縋り付き、泣きながら二人の名を必死で呼ぶ。


 当たり前だが、返事などありはしない。

 

 冷たい体、力が抜けた手足、死人そのものの様な酷い顔色。


 死んでしまった。


 大切な我が子を守れなかった。


 悔しさから涙が止まらない。


 だが……


 子供たちの頬に触れた時、ふと熱を感じた。


「……生きている……?」


 その後は無我夢中だった。


 ブランバードは口移しで自分の魔力を必死に二人に流し込んだ。


 危険だと分かっていても、自分が死んだとしても、子供達だけはどうしても助けたかった。




 この日、この出来事で、ブランバードは自分の敵が誰であるかをハッキリと学んだ。


 そして、アデルバードとレジオーラが命を落とさなかった事で、ある可能性にも気がついた。


 希望の光、ディープウッズ。


 子供たちの、そしてアグアニエベ国の未来のために、絶対にディープウッズの姫の力を乞うとブランバードはそう決めたのだった。




☆☆☆





こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)

ウイルバートの大きさがコロコロ変わってしまって分かりづらくて申し訳ないです。復活した現在ララと同じ十二歳ぐらいの少年サイズです。また魔力で成長する予定です。よろしくお願いいたします。m(__)m

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