第542話 王妃の墓

 アグアニエベ国の歴代王妃が眠る墓へと、ブランバード、アダルギーソ、そして抱かれたままのウイルバートと、まだ顔色の悪いコナーが、王族だけが知る秘密の抜け道を使いやってきた。


 アダルギーソは相変わらず自問自答するように何かを呟いている。


 ブランバードが聞き耳を立て拾った単語には……


 血の契約。


 癒し。


 そしてディープウッズ……とあった。


 どうやらウイルバートが弱り、赤子のような姿になってしまった原因もディープウッズの力のようだ。


 そしてウイルバートと結んでいる ”血の契約” に何かしらの変化が起きた事も、またディープウッズの所業のようだった。


「ブランバード王、レジーナ王妃の墓前へと進んでくれ……」


 アダルギーソから一応は「王」と呼ばれてはいるが、その声色からまったく敬われていない事が分かる。


 アダルギーソにとってしてみれば、ブランバードは所詮表面上の王。


 アダルギーソは本当のアグアニエベ国の王はウイルバート・チュトラリー・アグアニエベだと思っている。


 アダルギーソのブランバードに向ける全てが、それを物語っていた。




「こちらがレジーナ王妃が眠る墓でございます……」


 アダルギーソにせかされ、急いでやって来たレジーナ王妃の墓前。


 だが墓と言っても、今ブランバード達が居るのは地下の中。


 レジーナ王妃の墓標は地上にある。


 そう、ここはレジーナ王妃の死体が安置されている地下の扉の前。


 王であるブランバードはレジーナ王妃の墓の場所は知ってはいたが、扉を開けて入ったことは無い。


 それも当然で、いくら有名な王妃の墓であったとしても、ブランバードは王として墓を暴くような行為など出来はしない。


 それに何より、女性の墓だ。


 入るべきではない、ブランバードはそう思っていた。


「話に聞いていた通りだ……」


 アダルギーソはレジーナ王妃の遺体が眠る扉の前で、幼くなったウイルバートを抱いたままそう呟くと、当たり前のように胸元からペンダントを取りだし、それを扉にはめ込まれている魔石に当てた。


 すると、当然のようにレジーナ王妃の墓の扉が開く。


 まるでこの城の主はアダルギーソだと墓が言っているかのようだ。


 アダルギーソは驚き固まるブランバードに目もくれず、見知った部屋にでも入って行くようにレジーナ王妃の墓内へと進んで行った。


 それを見てブランバードもその後に続く。


 ブランバードはただレジーナ王妃が眠る部屋へと入るだけなのだが、何故か酷く恐怖を感じていた。




 部屋の中は真っ暗な状態だったが、アダルギーソが部屋内にある魔石へと迷いなくペンダントをかざせば、フワッと優しい灯りが灯る。


 この国の王であるブランバードでさえ知らぬ部屋の有様を、アダルギーソの頭の中にはしっかりと入っているようだ。


 そしてアダルギーソは当然顔で次の部屋へと向かう。


 ブランバードはただついて行くだけだ。


 するとその奥の部屋には……半透明な箱に入ったレジーナ王妃が眠っていた。


「レジーナ様……」


 レジーナ王妃の姿を見て、アダルギーソの顔に笑みが浮かぶ。


 ブランバードが目にしたレジーナ王妃のその姿は、とても若く、ただ寝ているだけに見えるた。


 エルフの血を引いているレジーナ王妃は、元より歳を取らぬ美しい王妃だった。


 だが、箱の中に眠るレジーナ王妃は、まるで少女のようで、とても母と呼ばれる様な歳にも見えない。


 ブランバードの背筋には冷たい汗が流れる。


 知ってはいけない秘密を知ってしまった。


 そんな気がしたからだ。


(もしや……これは……結界? いや封印の箱か……?)


 ブランバードが目にしたレジーナ王妃が眠る半透明の箱は魔道具そのもので、まるで何かからエネルギーを奪い取っているかのようだった。


「やはりまだ早かったか……」


 アダルギーソがレジーナ王妃の眠る箱にそっと触りそう呟く。


 ブランバードが知らない国の秘密を、アダルギーソは全て知っている。


 お飾りの王。


 それをこの場で実感したブランバードだった。



「アダルギーソ……どういう事だ? 何故レジーナ王妃はこんなにも……」


 若々しく、美しい……


 そう言葉を続けようと思ったか、アダルギーソの毒々しい笑みを見て、ブランバードはその言葉を飲み込んだ。


「ブランバード……王……貴方は何も知らないようですので私がお教え致しましょう……この箱は憎きディープウッズの封印による結界です……」

「封印……」


 アダルギーソはブランバードを見てニタリと笑う。


 その笑顔はまるで口が裂け、蛇か笑っているかのように見え、ブランバードの体中から汗が流れるのが分かった。


 レジーナ王妃の封印の事は知っていた。


 だが、これはまるで宝物を守るかのような結界に見える。


 王である自分の知らない歴史がここにはある。


 史実は間違っているのかもしれない。


 ブランバードはレジーナ王妃を守る結界を見て、そう感じていた。


「レジーナ様は素晴らしかった……その美しさ、強さ、そして魔力の多さ……だが、愚かな王族にはその素晴らしさが分からなかったのです……アグアニエベ国の愚かな王族には……」


 レジーナ王妃とブランバード二世の仲が悪かった事は、ブランバードも知っていた。


 ブランバード二世が妻にと欲した女性は、ディープウッズ家に嫁いだエレノアだった。


 取り違え。


 連絡不足。


 そう聞いてはいたが、果たして国家間でそんな事があるだろうか……


 最初からアグアニエベ国の重鎮達は、レジーナを王妃にと望んでいたのではないだろうか。


 そしてそれを勝手に進めていった。


 何故ならそれだけ王族が軽視されているからだ。


 自分の今の立場を思えば、そう考える方がどう考えても自然だった。



「本当はレジーナ様の息子であるウイルバート様に、レジーナ様を生まれ変わらせて頂く予定だったのですが……」


 そう言ってアダルギーソは自分が抱えているウイルバートに視線を落とす。


 ウイルバートが成長した暁には、ディープウッズが張ったレジーナ王妃の封印を解くつもりだったのだろう。


 アダルギーソはとても残念そうな顔をしている。


「こればかりは仕方がないでしょう……ウイルバート様がいなければ我々の野望の全てが終わってしまう……それだけは避けなくてはならない……」


 狂っている。


 アダルギーソの憎しみが篭った様な瞳を見て、ブランバードはそう感じていた。


 死者であるレジーナ王妃を使い、ウイルバートを生かす。


 いや、レジーナ王妃の今の状態は、もしかしたら仮死状態なのかもしれない。


 とにかく自分勝手な行動で死者を冒涜するようなアダルギーソの行動は、ブランバードには理解出来なかった。


「ブランバード……王……ここにそなたの子供を呼んで欲しい……」

「えっ? 私の子を……?」

「そうだ。ウイルバート様にもレジーナ様にも魔力が必要だ。すぐさまここへお前の子供を連れてこい!」

「お、お待ち下さい! でしたら私の! 私の魔力をお使い下さい!」


 アダルギーソの足元に縋り付いてきたブランバードを、アダルギーソは冷めた目で見つめる。


 愛情など持つ王などこの国には不要。


 アダルギーソその瞳は、ブランバードを……いや、アグアニエベ国の王族全てを益々軽蔑しているようだった。


「コナー、お前が王子と姫を連れてこい。今すぐにだ!」


 顔色の悪いコナーはアダルギーソの言葉を聞くと無言で頷き、一瞬でその場から消えた。


 やっと呪いの連鎖から逃れられる希望が見えたのに……


 ブランバードは己の王としての無気力さを、今痛烈に感じていたのだった。





☆☆☆





おはようございます。白猫なおです。(=^・^=)

ブランバード本当に敬われていません。どちらかというと馬鹿にされています。アダルギーソ達レジーナ&ウイルバート推しのメンバーにとってアグアニエベ国の王族は全員愚か者です。

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