第531話 ユルデンブルク魔法学校の一大事②

「きょ、教頭……これは……その……入学をお断りする訳には……」

「いかないでしょうね……」


 ユルデンブルク魔法学校の校長であるブルーノ・ラクーンは、自分の問いかけに間髪入れず答えた教頭のオスカル・フックスに心の中で「だよねー」と答える。


 ディープウッズ家の王子と姫がこの学園に通うとなれば、それは世界中にこの学園をアピールする良いチャンスだ。


 あのユルデンブルク騎士学校は、ディープウッズ家の子が通いだした途端、色んな武術、剣術大会で優勝し、その名を世界に知らしめた。


 ここ数年で騎士学校の中でも一番の人気を博しているらしく、ユルデンブルク騎士学校の校長が鼻高々で自校の自慢をするのを「羨ましいなぁ」とちょっとだけ思っていたものだ。


 だが、本当にこの学校にディープウッズ家の子が通うとなれば、そこは話が違ってくる。


 先ず教師陣はどうするのだ? という事から始まる。


 ディープウッズ家と言えば、知識の塊のような家だ。


 わが校の先生方で果たしてどこまでの教育が出来るのか……


 下手したら一年も経たずに教える事もなくなり、すぐさまガイム国にある、世界最高峰のグレイベアード魔法高等学校へと送り出さなければならなくなるだろう。


 まあ、でも、それは良い……一年でもこの学校に通ってくれたのならば、それだけで良い学校の宣伝になる。


 そう、それよりも何よりも問題なのは……


「……ディープウッズ家には……姫様もいらっしゃるのだな……」

「ええ、きっとエレノア様そっくりな、か弱く美しく可憐な姫様でしょう……」

「もし姫様が誘拐されでもしたら……」

「ええ、それに学園内でも言い寄る男子生徒が後を絶たなくなるでしょうね……」

「お子様たちを我々で守り切れるだろうか……?」

「そこはこの学園の威信にかけて……どうにかするしかございませんね……」


 オスカルの答えに、ブルーノは頷くとともに、大きな大きな大ーーーきなため息が出た。


 ディープウッズ家の子息ならばきっと ”武” にもたけているため、襲おうなどと思う愚かな者はいないだろう。


 だが、令嬢となれば話は別だ。


 ディープウッズ家と縁を作りたいと、無理矢理既成事実を作ろうとする愚か者が出ても可笑しくはない。


 そんな事になりでもしたら……


 ブルーノのクビが物理的に飛ぶだけでは済まされないだろう。


 下手したらこの学園自体が潰されてしまうかもしれない。


 あのディープウッズ家ならば、それが冗談でなく、本当に出来てしまうため、ブルーノは嬉しさよりも恐怖心しか沸かなかった。


 王子だけだったら……


 まだ良かったのに……


 と、そんな言葉が出かかってしまった。



 だが! これはチャンスだ!


 校長であるブルーノの名も、そしてこの学園の名も、世界に広めるチャンスを無駄にはしたくはない。


「教師陣の強化……それにこの学園の守りも強化しなければ……」


 そうブルーノが呟いた言葉に、オスカルが「お子様達には護衛も沢山付けましょうか?」と答えた。


 ブルーノはそれに頷き、入学試験も特別室で受けてもらい、他の生徒とは隔離した方がいいかもしれないとも付け加える。


 とにかくディープウッズ家のお子様には特別措置を!


 なんなら二人だけの新クラスを作っても良い!


 と、ユルデンブルク魔法学校の校長、教頭である二人がそんな事を話し合っていると、ふと届いたディープウッズ家の子の資料の中に、手紙が入っている事に気が付いた。


 ブルーノはオスカルと視線を合わせ、一つ頷くと、まるで爆弾にでも触るかのように恐る恐るそれを開いた。


 もし、無理難題が書かれていたらどうしよう


 学園を新しく建て替えろとでもかかれていたら……


 そんな恐怖を抱えその手紙を見ると、そこには……


『ディープウッズ家の子という事で特別扱いはしないでいただきたい。一般の生徒と同等の扱いを、特別室や、特別授業もいりません。今のままの学園で我々は構いません。入学試験受付を宜しくお願いいたします。ディープウッズ家家令、アダルヘルム・セレーネ』


 と書かれていた。


 ブルーノとオスカルは思わず息を止め、目を見開き、ついでに鼻も大きく開き、その手紙を見つめた。


 アダルヘルム・セレーネ様!


 伝説の騎士!


 もうこの手紙一つだけで、この学園の宝物となる。


 男なら誰もが一度は憧れるであろう伝説の騎士、アダルヘルム・セレーネ様。


 その方の直筆サイン! いや、直筆文章!


 もうこのまま額に入れて飾りたい……持って帰って家宝にしたい! と、ブルーノとオスカルは一瞬そんな欲深い気持ちになってしまったが、いやいやそれどころではないと現実を改めて確認する。


『特別扱いは不要』


 何度見ても手紙にはそう書いてある。


 つまり一般生徒と共に試験を受け、一般生徒と同じように合否を付けるという事だ。


 もし……いや、ディープウッズ家子に限ってそれはないとは思うが……


 だが、もし……億万が一、試験の点が思ったよりも悪かったとしたら……


 ディープウッズ家の子だからと、名前だけで合格させるのではなく、不合格にさせろという事だろう。


 そして一般生徒の中で、普通に入学試験を受けさせる。


 これは特に警護の厚い特別室の準備や、休憩中にお茶を出したりなどの気遣いは要らないという事だ。


 手紙を何度も読み返した後、ブルーノとオスカルはお互いの顔を見て驚いた。


 真っ青になっていたからだ。


 本当にこの内容を信じて良いのか?


 押すな押すなの前振りでは無いのか?


 遠慮しているようで、本当に手紙通りにしたら……クビが飛んだりしないだろうか?


 そんな考えが浮かんだ二人は、無言のまま暫く青い顔のままだった。



「と、取りあえず試験日にはお出迎えだけは致しましょう……」

「そうですね……その時の様子を見て判断致しましょう。それにどちらでも対応できるようには準備だけはしておきましょう」

「うむ……そうだな。何と言ってもディープウッズ家のお子様だ失礼があってはならないからな……」

「ええ、それに……」

「ああ……」


 あのアダルヘルム様に会えるかもしれない!


 そうその事実は、ブルーノとオスカルの不安を払拭するほど嬉しいことだった。


 憧れの人に会える!


 ディープウッズ家の子が受験をしにやってくるという緊張はあるが、それよりも何よりも、憧れのアダルヘルムに会えることが、とても嬉しいブルーノとオスカルなのだった。




☆☆☆



おはようございます。白猫なおです。

携帯のみの修正のため、後で修正し直すかも知れません。宜しくお願い致します。

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