第532話 ユルデンブルク魔法学校の一大事③
「校長……やはりお出迎えは特別扱いになってしまうのでは無いでしょうか? ここは普通の生徒同様、我々は何もしないのが得策かと……」
ディープウッズのお子様が試験を受ける前日、教頭であるオスカルが散々話し合ったはずの ”ディープウッズ家ご子息ご令嬢お出迎え” の話を校長のブルーノに振ってきた。
そう、あの伝説の騎士アダルヘルム様から届いた手紙には『特別扱いは無用』と書かれていたが、本当にそうなのかとブルーノもオスカルも不安だったのだ。
なのでせめて 「朝のお出迎えだけでも!」 と納得し合ったはずなのに、オスカルはまた不安げな表情で同じ事を言ってきたのだ。
校長、教頭のお出迎え。
それは王族に対しては当然の行いだ。
勿論今年入学予定の王子殿下のお二人は、城で試験を受けたため、学園には来ていない。
だが、入学式の時にはブルーノとオスカルは確実にお出迎えをする予定だ。
それに城で受けた試験の際も、試験官担当の教師と共にブルーノもオスカルも足を運び、二人の王子殿下にご挨拶をした。
そう、お出迎えは特別な事ではない、高位の貴族にとってはごく当たり前の事なのだ。
だからこそブルーノは不安にかられた。
だが、オスカルにしてみれば 『普通の生徒として扱って欲しい』 と言うアダルヘルム様の言葉が気になって仕方なかったようだ。
そう、普通の生徒を、校長、教師が出迎えるなど有り得ないからだ。
だが何処まで話し合いを重ねても 不敬になるのでは? 怒りをかうのでは? という不安がブルーノにもオスカルにも溢れてきた。
「教頭……確かに出迎えは普通の生徒にはしない。だが、ディープウッズ家は普通ではない。やはり私と教頭の出迎えは必要だと思うのだが……」
「……ですが校長、ディープウッズ家の姫様と王子様は目立ちたくは無いようですし、我々が出迎えれば確実に目立ちますし……それはあちら様には不本意になってしまうのでは無いでしょうか?」
「不本意……?」
「ええ、出迎える事でかえって不敬になる可能性もあります。やっぱり我々はそっと見守るべきかと……」
「見守る……?」
一人が迎えにと言えば、もう一人がやめた方が……と言い出す。
ブルーノとオスカルの話し合いはずーっと平行線だ。
それにただ見守るなど、そんな事が出来るだろうか?
ディープウッズ家のお子様。
もしかしたらアダルヘルム様がこの学園へ送っていらっしゃるかもしれない。
どう考えてもそれだけで目立つ事は確実だ。
その時人だかりが出来たら?
か弱い姫君に手を出そうとする者がいたら?
そんなもしもの事があったとしたら、責められるのはこの学園。
そう、校長であるブルーノと教頭のオスカルだろう。
か弱い姫様をお守りする為には、やはり出迎えは必須。
オスカルに再度そうブルーノが伝えようとした所で、オスカルが先に口を開いた。
「校長……アダルヘルム様が姫様と王子様をお守りしている場に我々が行けば、かえってお邪魔になるのでは無いでしょうか……?」
確かに……
確かにオスカルの言う通りだ。
アダルヘルム様に比べたら、鼻くそ目くそ程度しかない自分達が姫様を守る?
おこがましい!
どう考えても無理だ。
お守りするどころか、我々が逃げる時の邪魔になる事は確実だ。
ブルーノがそう考えを改め直した所で、オスカルが追撃した。
「私の情報ではディープウッズ家の姫様は、どうやらあのスター商会の会頭らしいのです。なのできっと沢山の防衛魔道具をお持ちでしょう」
「あのスター商会の?!」
「ええ、そうなのです。これは騎士学校から仕入れた情報ですので確実ですよ」
「それは凄いではないか! で、では、姫様にお願いすれば、我が校のあの不味い食堂をスター商会にどうにかして頂けるだろうか?」
「フフッ、ええ、試験日にでも姫様にお願いしてみましょう。大仕事です。きっと良いお返事を頂けるはずです」
「うむ! そうだな! そうだな! そうしようではないか!」
きっと仕事の話を振れば、会頭である姫様も喜んで下さるだろう!
ブルーノとオスカルはディープウッズのお子様に少しでも好印象を持ってもらおうと、仕事を依頼する事を勝手に決めた。
決して自分たちが長年悩み続けていた、学校の食堂が不味いという問題を早く解決したいとか……
スター・リュミエール・リストランテの味が学校で食べられたら……とそんな欲をかいた訳では無い。
そう、生徒の事を思っての行動だ。
ただし、ブルーノとオスカルには、この時だらしない笑みが浮かんでいたのだった。
そして遂にディープウッズ家の姫様と王子様が試験を受けにやって来た。
アダルヘルム様だけでなく、あの有名な拳士(武術家)であるマトヴィル様までもの登場に、学園内がザワつくのが分かった。
そんな中一番騒がしかったのは、勿論お二人を狂気的に愛してやまないモルトン先生だった。
そう、ディープウッズ家の子がやって来た。
という事よりも……
モルトン先生はアダルヘルム様とマトヴィル様に興味津々といった様子で、興奮して仕方がなかったのだ。
騒がないで欲しい。
普通にして欲しい。
アダルヘルム様にそう言われていただけに、こっそりと様子を伺っていたブルーノとオスカルの胆は、冷え冷えに冷えてしまった。
もし、ディープウッズ家のお子様の怒りを買ってしまったら……
あああああああ! モルトン先生やめてー!
と叫びたくなるほど、モルトン先生の興奮具合いは、それはそれは物凄いものだった。
(まったく、モルトン先生はディープウッズ狂で困る。これではアダルヘルム様やマトヴィル様に恥ずかしくて教員を紹介などできないだろう!)
だが……
ブルーノのそんな考えは、杞憂に終わった。
そう、アダルヘルム様のお怒りを買ったのは、大騒ぎしていたモルトン先生ではなく……
なんと校長、教頭である自分達だったからだ!
『本日の試験はこの学校に入学を希望する子供達にとって、とても大切な日……と言って宜しいでしょうか? そうですよね? 校長先生?』
ララ姫様とノア王子をお迎えにいらしたアダルヘルム様は、とてもとても素晴らしい笑顔をブルーノとオスカルに向け、そう仰った。
だが、その笑顔を見ると何故か寒気がした。
氷の上にでも裸で座らされている様な……
水にぬらされた体に雹風でも浴びせられているような……
雪の中に裸で埋められているかのような……
そんな寒さを感じてしまった。
(怒っている、怒っている。アダルヘルム様は絶対に怒っていらっしゃるーーー!)
『それも食堂の件を受験中に相談する……そんな愚かな行為をする教師など、この学校に存在するはずは無いですよね? 校長……いかがでしょうか?』
どうやらアダルヘルム様はどんな手段を使ってか、姫様に相談した「食堂の件」を既にご存じのようで、その相談を試験中にしたというブルーノとオスカルの行いに対し、お怒りだった様だ。
チラリとマトヴィル様に視線を送れば、マトヴィル様は何かを楽しんでいるかのようだった。
そして姫様はといえば、あの幼くありながらも美しいその顔に、申し訳なさを浮かべていた。
これはアダルヘルム様のお怒りを止められる者などこの場にはいない。
ブルーノとオスカルが自分達の死を覚悟した瞬間だった。
(とにかく謝るしかない! それしか自分達の命を守る手立てはない!)
(最悪自分達の死は免れなくても、この学園の校長として、せめて学校の平和だけは守らなければー!)
そうブルーノが覚悟を決め、オスカルと、そしてついでにモルトン先生と共に、誠心誠意頭を下げれば、アダルヘルム様はどうにかお許しくださった。
そしてその後、少し意味深な様子で……
『我が姫は行動力があり、困った人を放っておけない性格だ』
と少し頭を押さえながらそう仰った。
このアダルヘルム様の言葉を、ブルーノとオスカルは、この後の試験期間で十分に理解するようになるのだった。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
このお話消そうかどうしようかと悩みました……でもせっかく書いたので勿体ないから投稿いたします。m(__)m
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