第十六章 ユルデンブルク魔法学校

第530話 ユルデンブルク魔法学校の一大事

 ここはユルデンブルク魔法学校の校長室。


 時間は少し遡り、ララが入学試験を受験するちょっと前の頃となる。


 それは温かな日差しが降り注ぐ穏やかな昼下がり、狸顔で有名なユルデンブルク魔法学校の校長のブルーノ・ラクーンは、普段通り校長としての書類仕事に精を出していた。


 今は少し恰幅の良い体型のブルーノだが、こう見えても若い頃はそれなりに有名な魔法戦士だった。


 だが、癒しでも治らない傷を負い魔法戦士としての仕事を仕方なく辞めた後は、自分の出身校でもあった、ユルデンブルク魔法学校の教師となった。


 元々魔法騎士として前線で戦う事より、自分のパーティーメンバーをまとめる事が得意だったブルーノ。


 個性豊かな魔法学校の教師陣の中で、その頭角をすぐに現し、順調に校長職まで登り詰めていった。


 そう、魔法学校の教師は自分の学科こそ世界一の科目だと思うものばかり。


 他者の声をキチンと聞くものは少ない。


 勿論生徒の声は別だ。


 自分の学科を生徒に一番気に入って……いや、好きになって貰おうと、そこはどの教師も躍起になる程頑張っている。


 そう、自分の学科を教える教師としては皆優秀だ。


 ただし、協調性に欠けるものが多いことが頭の痛いところだった。


 だからこそリーダーシップがあるブルーノは、この学園で校長を任されることになってしまったのだ。


 前校長からは「とにかく頑張ってくれ……」と激励の言葉と、何故か胃薬を渡された。


 繊細な前校長はストレスのあまり、やせ細り、胃を痛めて勇退していった。


 前校長は今もたまに学園に顔を見せにやって来るが、学校長を辞めた今の方が元気で生き生きとしている。


 それを見てブルーノは羨ましいと少しだけ思ったが、この学園の校長の仕事はブルーノには向いていた。


 先生たちも話をすれば多少は分かってくれる。


 それに確かにどの教科も、この学園では大切な一教科。


 皆素晴らしいのだと言えば、ブルーノの気持ちを少しだけは分かってくれた。


 だが、一つだけ問題があった。


 それは前校長がストレスで痩せたのに対し、ブルーノはストレスでブクブクと太ってしまった事だ。


 元々食べる事が大好きだったブルーノ。


 王都にスター商会が出来てからは、そのお菓子が美味し過ぎて、三時のおやつが一時間おきにやって来る。


 そして今も、書類仕事の傍ら、スター商会で購入したお茶と焼き菓子が、デスク横のサイドテーブルにてんこ盛りに……ゴホンッ、用意されている。


 それを食べながら、その美味しさに上機嫌となり、鼻歌を歌い仕事を進めるブルーノの下へ、狐顔の教頭オスカル・フックスが青い顔をして飛び込んできた。


「えっ? 教頭先生……? あの、ど、どうかしましたか?」


 いつものオスカルならばお菓子を食べながら仕事をしているブルーノを見つければ、チクチクと嫌味攻撃でもしてきそうなものだが、今日は違った。


 食べても食べても沢山あるお菓子にも、そしてだいぶ片付いた書類もまったく目に入らない様子で、ずずっずいっとブルーノのデスクの前まで無言でやって来た。


 普段浮かべる目を細めた笑顔も今はない。


 表情筋が死滅したかのようだ。


 そんな余裕が全く見えないオスカルは、これまた無言のまま、ブルーノに新入生の受験申込書が入った封筒らしきものを差し出してきた。


 その封筒に別に変わった様子は無い。


 学校指定の申込封筒だ。


 だが一つだけ可笑しいと言えば、それは封が開いていない事だった。


 普通なら郵便物が届けば、まず事務員が即座に処理をするはずだ。


 だがその封筒にはそんな様子はまったく無く、未開封のままオスカルが自分(ブルーノ)の所に持ってきたようだった。


 つまり……事務員が、そしてオスカルが驚くほど位の高い家の子の封筒……だと言う事だろう。


 そこでブルーノはピーンと来た。


 もしやこれは王子殿下の入試申込書が誤って届いてしまったのではないか? と……


 そう、今年は二人の王子がこのユルデンブルク魔法学校に入学が決まっている。


 1人は現国王陛下の末王子、リッカルド・レチェンテ殿下。


 そしてもう1人は王太子殿下のご長男、エドアルド・レチェンテ殿下だ。


 だが両殿下とも試験を受けなくとも、入学は許可される。


 王族はどの学校への入学も、試験無しで許可されるのだ。


 ただし、ある程度の学力があるかは事前に城でチェックをさせてもらうが、当然王子として育てられた殿下たちだ。


 お二人とも問題無く優秀だった。


 つまりもう合格は決定で、入学も許可されている。


 なので王子には試験の申込は必要ない。


 だがきっとなれない城の事務方が、気を回しすぎて間違えたのだろう。


 と、ブルーノはそんな風に脳内で完結し、気楽な様子で封筒の差出人に視線を送った。


 するとそこにはブルーノが一瞬で青ざめるほど驚く ”ディープウッズ” という有り得ない名が書かれていた。


 だが、そこは元魔法騎士、一旦状況を飲み込んだ。


 これは夢、これは幻……


 それか遂に自分にも老眼がやって来たのだろう、見間違えたのだと、封筒の名は自分の勘違いだとそうブルーノは思い至った。


 なので目を瞑り、眉間を軽く揉んでみる。


 そして気を取り直しもう一度名前を確認した。


 だが、何度目をこすっても、やはりそこには ”ディープウッズ” と書かれていたのだった。


「きょっ、きょっ、きょーと、きょーとー、ディッ、ディッ、ディッディッディッ、ディー?!」


 言葉にならないブルーノの声に、教頭のオスカルは真剣な顔で頷いた。


 そのオスカルの狐顔には「ディープウッズ家で間違いありません!」と書いてある。


 つまりブルーノの見間違いでもなんでもないらしい。


 そこでふとブルーノは、ユルデンブルク騎士学校にディープウッズ家の子が昨年まで通っていた事を思い出した。


 それは校長としては羨ましくもあったが、実際は自分の学校でなくてホッとしてもいた。


 ディープウッズ家の子が通うとなれば、王家以上に気をつけなければならない。


 なんて言ったって、ディープウッズ家と言えば世界一有名な一家だ。


 それにディープウッズ家の子は、皆素晴らしく優秀だと聞く。


 果たして今いる教師陣だけで、そんなディープウッズ家の子を教育出来るのか……?


 そんな事を思い、封を開ける前からブルーノは頭が痛くなっていた。


 夢であって欲しい……


 と、そんな願いを込め乍ら、息を止め、勇気を出し、遂にブルーノは封を開けた。


 するとそこには何と、あり得ないことに……二人の子の名が書かれていた。


 1人は ”ノア・ディープウッズ” 男の子だ。


 そしてもう1人は ”ララ・ディープウッズ” こちらは女の子だ。


 二人共ユルデンブルク魔法学校に入学希望で、その後推薦が取れれば、ガイム国にある世界最高峰のグレートベアー魔法学校へと進みたいらしい。


 申込書を読みながら、ブルーノは何も言葉が出なかった。


 ディープウッズ家の子がこの学校へとやって来る。


 それは歴史的瞬間だか、ブルーノには恐ろしさしかなかった。


 夢じゃなかった……


 申込書を何度も何度も何度も確認しながら、震える手がなかなか止まらないブルーノなのだった。





☆☆☆





皆様、おはようございます。白猫なおです。(=^・^=)

今日から新章です。よろしくお願い致します。m(__)m

暫くユルデンブルク魔法学校の校長たちのお話になります……こうやってまた余計な話を入れるから、物語が長くなるんですよねー。ええ、自分でも分かっています。申し訳ない。お付き合い宜しくお願い致します。

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