第517話 占い師との面会①(メルキオール)

「クロイド・ロッグ様……お迎えに上がりました……」


 アダルヘルム様からの指示を受け、俺が裏ギルド長のクロイド・ロッグの護衛としてつき、ララ様を襲った連中の一味と会う事になった。


 その責任は重大だ。


 何と言っても相手は今後もララ様を襲う可能性のある連中だ。


 そしてまだ子供だったとはいえ、あの途轍もなく強いセオ様に怪我を負う攻撃を仕掛けられるほどの相手だ。


 何も強みを持たない俺では、そいつらの相手にもならないだろう……


 だが、隠れては悪だくみを行う奴らの尻尾を、何としても掴みたい。


 この役が決まった時、アダルヘルム様から「危険な仕事で申し訳ない」と頭を下げられた。


 本当ならばアダムヘルム様やマトヴィル様が乗り込みたいところなのだろう。


 だがあの二人の姿を敵が見たとしたら、その瞬間雲隠れされてしまう事は確かだ。


 それでは意味が無い。


 だが、これは俺も望んだ仕事だ。


 ララ様を守るためならば、いくらでも死地に乗り込むことが俺には出来る。


 それにララ様が作ったポーションや、お守りや、防衛の魔道具やらで、俺の防御は完璧だ。


 これならばセオ様を襲った相手だとしても、簡単にやられる気がしない。


 それに側にはあれだけ強いアダムヘルム様とマトヴィル様が待機しているのだ、冒険者時代の魔獣に会う時よりも、危険が全く無い気がする。


 ただ問題なのは……護衛するクロイドの興奮具合だろうか……


 ララ様に血の契約を上書きされた形となり、可愛い主に仕事を依頼されたと有って、クロイドの興奮はすさまじいものだった。


 カエルのような顔で鼻息荒く、まるで繁殖行動をする前のようで頭が痛くなった。


 これを抑えながら守る……


 それはかなり無理がある気がした。


 興奮のあまり勝手な行動をされそうで怖い。


 護衛するには護衛される側も気を配って貰わなければ、守り切れるものではない。


 そんなクロイドの様子に闇ギルド長のジュンシー殿が「邪魔だったらこれは捨ててきてもいいですよ」と、まるで俺がこれからゴミ捨て場にでも行くかのように気軽に言ってきた。


 だが……ララ様は、例え裏ギルド長であったクロイドでさえ、命を落とすことを嫌がるだろう。


 ジュンシー殿には苦笑いで頷きながらも、何とかクロイドの事を守ろうと決めていた。


 まあ、どうしても言う事を聞かなかったら、失神させて運べばいいだろう……




 それと、後はこの俺の服装だな……


 上質なものだとは分かるが……なんと言っても趣味が悪い。


 護衛が目立ってどうするんだ! と突っ込みたくなる色合いだ。


 俺を見た時のララ様の引きつった笑顔……


 マトヴィル様とセオ様は俺から顔を背け、吹き出しそうになるのを我慢している様だった。


 そしてクルトに至っては……同情するような目で俺を見ていた……


 あの目には、出発前に心をへこまされた。


 もう二度とこんな服装はしたくはない。


 ララ様の「似合います」という気を使ってくれた言葉が、グサリと深く胸に刺さった。




 そしてクロイドを迎えに来た若者……


 こいつはニールやマーティンと、さほど歳が変わらないぐらいの青年だ。


 髪色がルタと似ている事から、セオ様たちと同じチェーニ一族の者だろう。


 青年の感情が一切ない表情。


 人形の様だと言えばぴったりだろうか……


 言われたことをやるだけの生き物。


 この青年からはそんなものを感じた。


(こいつもそのウイルバート・チュトラリーとかっていう奴に血の契約を結ばれてるんだろう……だが……それだけではない様な雰囲気だな……同じ契約を結んでいたクロイドとはえらい違いだ……)


 スター商会の護衛リーダーとして、キランやセリカからチェーニ一族の事を詳しく聞いていた俺は、自分の部下と年の近いこの青年が不憫で仕方がなかった。


 普通に笑う事も許されない、生まれてからずっとそんな生活だったはず。


 ララ様が「いつかチェーニ一族をぶっ潰す」と言っているのだとキラン達から聞いて、俺も同意する気持ちになった。


 それぐらいこの青年の動きは、悲しげに俺の目には映った。




「クロイド様……彼はいつもの護衛では無いのですか……?」


 馬車の中、その青年が急に呟いた。


 俺を冷たい目でジロリと睨んでくるが、アダルヘルム様のあの笑みに比べたら、そんな睨みなど可愛い物だ。


 クロイドはその質問を待ってましたと言わんばかりに笑顔で頷くと、自慢げに俺を紹介した。


「ええ、前の護衛は弱いので辞めさせました! これが私の新しい護衛です! とーっても強いのですよー」


 クロイドはまるでララ様の口真似をしているのか? と言いたくなるような言い回しで、青年に俺を自慢した。


 全く、頭が痛い……


 相談が合ってリードの下へ行く事になっているのに、クロイド、お前そんなご機嫌で良いのか?


 今日はピクニックじゃないんだぞ。


 俺はクロイドを注意したい言葉をどうにか飲み込み、会釈の為青年に向かって頭を下げた。


 新しい護衛だと確認出来た青年は、急に俺から興味を失ったのだろう。


 その後はまた無言となり、窓の外へ視線を戻した。


 リアム様達やベアリン達、それにララ様達が俺たちの後を付けて来ている。


 だからだろう、敵の前へ向かうはずなのに、俺にはまったく怖さは無かった。


 それより本気の戦いで、アダムヘルム様に鍛えていただいた自分の力を試せるかもしれない。


 それが楽しみでもあった。



「間もなく到着です……」


 青年がまたぽつりと呟いた。


 見えて来た屋敷には不思議な結界が張ってある様で、黒い霧のような物が辺りを覆っていた。


 クロイドは窓の外を見て「わあー、カッコイイー」と喜んでいる。


 やっぱりララ様の言い回しを真似ているのか? と思う程、クロイドの行動は奇妙だった。


「クロイド様、占い師様に会えるのが嬉しいのは分かりますが、落ち着いて下さいね……」


 館に入る前に、どうにかクロイドを落ち着かせようと思い注意をしたが、クロイドから帰ってきた言葉は「はーい」と呑気なものだった。


 全く……こいつが一番危険人物かもしれないな……


 そんな気軽な様子のクロイドに呆れながらも、俺は遂に敵の屋敷(陣地)へと足を踏み入れたのだった。

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