第499話 ジュンシーからのプレゼント

「ララ、今日はジュンシーが来るぞ、研究所には行かないでくれよな」


 ユルデンブルク魔法学校の長かった入学試験も終わり、やっと自由がやって来た私は、スター商会に顔を出し、その後研究所に行って、ボール飛び出し魔道具の修理、および改良を手伝おうと考えていた。残念ながらまだピアノ、いえ、鍵盤魔道具の方は連絡が無いため、改良はもう少し先になりそうだ。ワクワクしながら研究所へ向かおうと思ったところで、朝の挨拶に顔を出したリアムの執務室で、残念ながら待ったがかかった。そう闇ギルドのギルド長であるジュンシー・ドンクレハイツが今日スター商会にやって来るというのだ。別に来るのは構わないけれど? 何の用事だろうか? と私が首を傾げていると、リアムがニヤニヤと笑い出した。


「なんでもララにお土産がるそうだぞ、良かったなー」

「お土産? 何のお土産なの?」

「さあ、珍しいカエルとか言ってたかな」

「珍しいカエル?」


 もしかしてカエル魔獣かな? とジュンシーのお土産に滅茶苦茶興味が湧いた。ジュンシーは少し変態チックだけど、あれでも闇ギルドの立派なギルド長だ。きっと珍しいカエルが手に入って、私に見せてくれようと思ったのだろう。魔獣や研究が大好きな私の為のお土産、それにセオも大好きなカエルの魔獣。チラリとセオの方へと視線を送れば、やっぱり目が輝いていた。もう楽しみで仕方がないと、その顔には書いてある。動物&魔獣図鑑を読み込んでいるセオでも、見たことも聞いたことも無い珍しい魔獣かも知れない。そう思うとジュンシーが来るのが初めて待ち遠しいと感じた私だった。



 そして暫くすると、ジュンシーが来る時間となった。

 私とセオは手を繋ぎ、嬉しくってスキップしながら玄関口へと降りていく。するとジュンシーはいつものごとく時間ピッタリにスター商会の門をくぐってやって来た。今日もやっぱり目立たない一般的な馬車で来ている。勿論それは敵から狙われないようにするためだ。闇ギルドのギルド長はとても狙われるのだと言っていた。ジュンシーは昔襲われて大きな傷が出来たとも言っていた。私の癒しでその傷は消えたらしいけれど、闇ギルド長とは危険と隣り合わせの仕事のようだ。カエルのお土産の代わりに頑丈な馬車を作って上げようかな。オクタヴィアンやヨナタンと協力して魔法攻撃が出来る馬車を作るのも面白いかもしれない。狭いところを走れたり、水の中も走れる馬車。そんな空想を描いていると、テゾーロとビジューを抱っこしたジュンシーが馬車から降りて来た。


「ララ様、お久しぶりでございます。入学試験では大活躍だったそうで、ご苦労様でございました」

「アハハハハ、ジュンシーさん……お久しぶりです。試験で大活躍はないと思いますよ」

「フフフ……ララ様、御謙遜なさらなくっても、貴方の恋人候補であるこのジュンシー・ドンクレハイツ、しっかりと情報は掴んでおりますのでご安心ください」

「……えーと……有難うございます?」


 情報を掴んでいると言われたけれど、ジュンシーは私の試験を見張っていたのだろうか? それとも試験を真剣にやり過ぎたための弊害が、どこからかジュンシーの耳に入ったのだろうか? チラリとリアムを見れば (俺じゃない) と首を振る。という事は……学校内にジュンシーのスパイでもいたのだろうか? まあ、闇ギルド長だものね。それぐらいの情報網は持っていて当然だよね。


 珍しいことにジュンシー付きの護衛兼補佐のメルケとトレブが馬車から降りてこない。チラリと見ると、馬車の中にはいるのが分かった。どうしたのだろう? と思っていると、ジュンシーが私の疑問に気が付いたようだった。


「メルケとトレブ、挨拶は終わりました。お土産を持って降りて来てください」

「「はい」」


 メルケとトレブが持って降りてきたお土産とはなんと人だった。体をロープで縛られ、それをメルケとトレブの二人が持っている。縛られている男性は薬でも飲まされているのか、ポワーンと幸せそうな顔をしている。その顔はどこかで見た事がある、見覚えのある顔だった。

 そう、お土産と言われた人物は、ブルージェ領の裏ギルドのギルド長だった、ガマガエルさんにソックリだったのだ! 驚いた私はジュンシーに問いかける。


「えっ? ガマガエルさん? でも、別人ですよね?」

「フフフ、流石ララ様、この男をご存知でしたか、ええ、この男はクロイド・ロッグ、王都の裏ギルドのギルド長です。ブルージェ領の裏ギルド長だったケレイブ・ロッグの兄にあたりますよ……」

「お兄さん?!」


 ジュンシーは私の言葉に笑顔で頷く。クロイド・ロッグと呼ばれた男性は、ブルージェ領の裏ギルド長のお兄さん、というよりは双子の様にソックリだった。まさかこの特徴的な顔がこの世に二つもあるだなんて……

 確かにカエルにソックリだけど……貰っても全然嬉しくない。どちらかと言うと迷惑なぐらいだ。魔獣を楽しみにしていたセオに視線を送れば、明らかにガッカリしていた。うん、気持ちはよくわかるよ。だって私も同じだからね。どんな魔獣かと期待したら、まさかの中年のおじさんだとは……期待していた分だけ、ガックリと肩を落とした私達だった。




 リアムから「取り敢えず応接室で話をしよう」と声が掛かり、皆でリアムの部屋の応接室へと向かう事になった。

 リアムの部屋へ向かう廊下でもクロイドは「うふうふ」と楽しそうに笑っている。何が見えているのか分からないけれど、時折廊下の誰かと会話の様なものをしている。「うんうん、だよね、わっかるー」 なーんて、絶対元の性格じゃないよね? と言うぐらい、乙女チックな会話を一人でしていた。


(ジュンシーさん……一体何飲ませたの? 何となく分かるけど聞くのが怖い……)


 リアムの応接室に着き、クロイドは椅子に縛られながら座る。どう考えても逃げる様には思えないけれど、今の酔っ払いの様なクロイドには、勝手にどっかへ行ってしまいそうな怖さがある。その為縛られるのは仕方がないのだけど……楽しそうにへらへらと笑顔を浮かべているので、ちょっとだけ気持ちが悪かった。


「えーと……ジュンシーさん、どうしてこのガマガエル……じゃなくって、クロイドさんがお土産なんですか?」


 私の問いかけにジュンシーはニッコリと微笑む。手に持っていたティーカップをソーサーに戻すと、すっごく楽しそうに話出した。


「ララ様、王都で有名な占い師の話をご存知ですか?」


 ジュンシーの言葉を聞いて、私も勿論驚いたけれど、一番驚いたのはリアムだった。リアムは幼い頃、占い師から世界一の商人になると告げられたらしい。その占い師の下に行ったのはリアムのお母さんだ、いや、もしかしたらお父さんも一緒に行ったのかもしれない。そう、占い師の名はリード……ウイルバート・チュトラリーの仲間だと言われている人物。ウイルバート・チュトラリーもリードを探せるものなら探してみろと、私達を嘲笑うかの様な事を言っていた。それぐらい見つからないと自信があるのだろう。

 そしてブルージェ領の領主タルコットの叔父であるブライアンも、この占い師のリードと繋がっていた。そこでどんな事を占って貰ったのかは分からないが、ブライアンはウイルバート・チュトラリーと繋がり力を付け、ブルージェ領を自分の物にしようとした。

 そうその占い師リードこそ、ウイルバート・チュトラリーに繋がる重要人物であり、危険人物でもある。

 ジュンシーが何故その占い師の話を始めたのかは分からなかったが、私はジュンシーの問いかけに大きく頷いた。


「ジュンシーさん、占い師、知っています……いえ、探しています。何かご存知なんですか?」


 今部屋にいる皆がジュンシーに注目している。リアムなんて睨んでいる様な表情だ。きっとお母さんの事を考えているのだろう。気持ちは痛いほど分かる。

 ジュンシーはテゾーロとビジューを撫でながら、皆からの注目が嬉しそうな顔をして話出した。


「実はこのカエル男……いえ、クロイド・ロッグは、その占い師と連絡が取れる一人なのですよ」

「えっ?」

「本当かっ?!」


 リアムの問いかけにジュンシーは優雅に頷く。その顔は闇ギルドのギルド長納得の表情だ。そして「えへえへへ」と笑い続けているクロイド。今はただの気持ち悪い人だけど、王都の裏ギルドのギルド長ならば、確かに王都の人気占い師と繋がっていてもおかしくないだろう。ジュンシーはどうやってその情報を集めたのか、闇ギルドならではの情報網があったのだろうか?

 私の考えていた事が分かったのか、ジュンシーは笑顔のまま話続けた。


「裏ギルドがある日急に勢力を増した時期が有りました。ブルージェ領が酷い状態になり始めたのもその時期でしょう。そして我々の、闇ギルドの行動を読む様にもなった。私が襲われたのもその時期です。何かある、そう考えた私達は、ずっと裏ギルドを探っていました。そしてクロイドが占い師の事を自慢していた情報を手に入れた。彼の方がいれば裏ギルドの未来は明るいと言っていた様ですよ。フフフ、まあ今は明るい気持ちしか持てない状態になっていますがねー」


 情報を集めるのはそんなに大変では無かったそうだ。ただ、クロイドを捕まえる方が大変だったらしい。ブルージェ領の裏ギルドが潰れてしまってクロイドは外に出なくなったらしい。なので闇ギルドに忍び混んでいた裏ギルドの者を上手く騙し、ジュンシーは偽の情報を流した。弟のケレイブが居なくなってからずっと引きこもっていたクロイドを、やっと捕まえる事が出来たんだと、話をしているジュンシーはとても嬉しそうだった。


「フフフ、カエルの捕獲は手間取りましたが、お陰で王都の裏ギルドはほぼ壊滅です。全てララ様のお陰、テゾーロとビジューがいたからこそ、この汚らしいカエルを捕まえる事が出来たのですよ……」


 クロイドの事をジュンシーがカエルと言っても、この場には誰も突っ込むものはいなかった。私もカエルよりガマガエルだよね? と思っていたけれど、勿論突っ込む気にはなれなかった。リードに会える。ウイルバート・チュトラリーを捕まえる事が出来るかもしれない。そう思うと武者振るいが起きていた。

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