第498話 選択科目試験⑪

 今日は遂に選択科目試験の最終日。

 最後に受ける試験は新しく出来た武器学科だ。どうやら今年出来たばかりの選択科目らしく、合格させる人数は、今の予定ではそれ程多くはないようだ。ユルデンブルク魔法学校の武器学科は魔法剣専門の学科らしい。鍛冶が大好きな私としては、興味があり過ぎる学科でもある。絶対に合格しよう! そう気合が入っていた。


「ララ様……今日こそはお淑やかに……普通の令嬢らしく過ごしてくださいねっっっ!」


 朝からクルトが私の傍をうろつき、ずっとそんな事を言ってくる。


 普通の令嬢。


 私はどう見ても普通の令嬢だし、そう振る舞おうと努力している。だけど何故かいつも問題が勝手に起きてしまうのだ。決して私が悪い訳ではなく、力一杯……ううん、精一杯試験を頑張った結果なので、そこは仕方がないと思うのだ。けれどクルトはそんな言葉では納得してくれない。そう、まるで私が喜んで問題を起こしていると、そう思っているかのようだった。


「クルト、大丈夫です。私は普通の令嬢です! 何も心配はいりませんよ」

「……はい……そうですね……ううん、先ずそこから無理がありましたよね……」

「えっ?」

「ララ様は何もしなくたって目立つんだ……もう、物を壊さないようにって、そこだけ意識して守ってくれればもうそれで良いですよ……」


 クルトはそう言うと、屋敷の窓の外を見つめ、遠くに見えるディープウッズの森を見ていた。きっと今頃はココやキキ、ベアリン達が見回りをしている頃だろう。哀愁漂うクルトは、まるで何かを悟ったかのようだった。

 試験の基準が物を壊さないって絶対可笑しいけれど、クルトはハードルをグッと下げ、自分の気持ちに整理を付けたようだった。その様子を見てセオがクスクスと笑っている。いやいやクルト、私だってそんないつも物を壊しているわけでは……無いはずだけどね。多分……


 そんな賑やかな朝を過ごし、アダルヘルムとマトヴィルも含めた四人の保護者に、今日も学校へと送って貰い。いつも通りモルドン先生の案内で試験会場へと向かう。武器学科は新しく出来た科という事で、受験生が新入生ばかりではなく、もう入学している一つ上の学年の生徒や、二つ上の学年の生徒もいる様だった。

 それも男の子達ばかり。皆制服姿で来ているので、先輩だと良く分かる。それに二歳上の子はやっぱり大人に見える子が多い。中には先生かな? と思える様な、髭を生やしている先輩までいた。普段年上でもルイやセオの様な可愛い男子を見ている私としては、髭の生徒というのはとても新鮮だった。まあ、ジッと見ていたら視線をそらされてしまったけれどね。それもその筈、この武器学科……女の子の受験生はなんと私だけだった様だ。ワーオゥ。


 やはりこの世界、武器の事を学ぶ女の子はまだまだ少ない様だ。セオの友人で鍛冶屋の息子のコロンブは鍛冶師になる修行をしているけれど、妹ちゃんはまったく鍛冶など勉強していないようだ。力仕事という事もあるし、鍛冶職人は男性がなるもの……という認識がこの世界にはある。そこは仕方がない事なのだろうと思う。ブティックに男性のニカノールがいて驚かれる事と同じだろう。なので皆が私をチラチラと見ては視線を逸らすのは仕方がない事だった。


「おう、集まっているな、各自作業台の前に着け―、作業台が足りない場合は数人で一緒に作業してくれ、時間で分けてはいるが思ったより受験生が多かったからな、悪いが狭いが我慢してくれよー」


 小柄だけど、がっちりとした体形の先生がやって来た。武器学科は筆記試験は無く、実技だけらしい。筆記に関係することは入学してから覚える様で、今日はどの程度魔力を魔鉱石に流せるかを試すだけのようだ。その為カンニングも何も関係ない。自分の受験番号が貼られた魔鉱石を受け取り、試験時間中好きなように魔力を流して良いそうだ。まあ一時間も魔力を流していたら普通の子なら倒れてしまうだろうけどね。でも私からすると有難い試験でもあった。なんてたって魔力は溢れんばかりにあるからね。


 そして今日の試験用に配られた魔鉱石は、ブラックアイアンだった。ナイフサイズの魔鉱石を渡され、皆真剣な顔でそれを見つめている。それ程緊張する試験ではない気がするが、それは私が色々な選択科目の試験を今日まで受けてきて、慣れているからかもしれない。

 だってこの試験が最初で最後の子もいるだろうし、今二学年の子は、今年合格しなければ武器学科を学ぶことなく卒業となってしまうだろう。気合が入り過ぎて、顔が真っ青になってしまうのも当然なのかもしれない。教室全体に癒しを掛けてあげたい……そんな気持ちになってしまった。


「よーし、皆自分の魔鉱石は受け取ったなー、試験を始めるぞー」


 チャイムが鳴ると、そんな気軽な感じで先生が声を掛けてきた。

 受験生たちは無言で頷き、早速魔力を魔鉱石に流し始める。皆真剣な顔で額に汗をかいている子もいる。良し、私も頑張るかっ! と気合を入れ、魔鉱石へと魔力を流す。ジックリ、たっぷり、元気よく? ブラックアイアンは私の魔力を浴びると、濁っていた色合いから、ツルツル、ピカピカの、宝石の様な色合いに変わった。これ以上私の魔力を流すと魔鉱石が割れてしまうかもしれない……そんな最大限に魔力を送り込み満足した私がふと視線を上げると、口を開いたままの先生とバッチリ目が合った。


 先生は無言のまま、私の側まで歩いて来ると、そっとレッドアイアンを差し出してきた。もしかして次はこれに魔力を流せって事? とチラリと先生に視線を送ると、先生はまたまた無言のままで頷いた。

 まあ、いいでしょう。レッドアイアンは私の得意中の得意魔鉱石。何故ならレッドアイアンはどこまでも魔力を流す事が出来るから。先生から魔鉱石を受け取った私は、レッドアイアンにたっぷりと魔力を流していく。そして見るからに禍々しい? ううん、神々しい? いや、艶々プリプリのレッドアイアンの下地が出来上がると、先生がまたうんうん頷きながら私に近づいてきた。


 そして今度は珍しいと言われているブルーアイアンを私に差し出してきた。これもまた無言だ。まあそこは試験中なので仕方がない。皆額に汗かきブラックアイアンと格闘しているからね。私はこれもですか? と視線で先生に質問をする。すると先生はこれまた無言のまま頷き目をつぶった。

 実はブルーアイアンはとても難しい魔鉱石なのだ。そしてセオが得意とする魔鉱石でもある。ブルーアイアンには繊細さが必要で、魔力を流すときに気を付けなければ直ぐに壊れてしまう。


 フッフッフ……だけどね、私もいつまでもブルーアイアンが苦手な訳ではないんだなー。これでも修行はたっぷりとしてきたんだよ。身体強化を使いながら針仕事が出来るぐらいには、私も繊細さが身に付いている。まあ、セオのようにとは行かないけれど、それでも人様に見せられるぐらいの技術は身に付いているんだな。

 なので魔鉱石が壊れないようにと気をつけながら、ゆっくりと魔力を流していく。ブルーアイアンは落ち着いた輝きを醸し出し、私は満足した作品が出来たと思えた。


「よし、鍛冶部屋に行こう……」

「へっ?」


 ポンと肩に手を置かれ、先生にそう声を掛けられた。えっ? 今試験中ですよね? と思ったけれど、先生は大丈夫だと頷いて見せた。いつの間にか試験官の先生とは、会話をせずとも意思疎通が出来るようになっていた。

 そんな心の友となった試験官の先生は、隣の部屋に設置されていた鍛冶部屋へ私を連れて行くと、ブラックアイアン、レッドアイアン、ブルーアイアンと、私が魔力を流した魔鉱石を渡してきた。


「よし、ナイフを作れ、出来たら持ってこい」


 先生はそう言い残すと、私を鍛冶部屋に残し、隣の試験教室へと戻っていった。


「えーと……ナイフを作ればいいんだよね? でも、私の試験……どうなるんだろう……?」


 まあ、先生が作れと言ったんだからナイフを作るしかないでしょう! と私は開き直ることにした。魔力を流した各魔鉱石をかんてんかんてんかんてんと叩いてナイフの形にしていく。先ずは一般的なブラックアイアンのナイフが出来上がった。これならば果物もスイスイ剥ける事間違いないだろう。

 次に作り上げたのはレッドアイアンのナイフ、闇ギルドのジュンシーも喜ぶほどの魔力が詰まったナイフが出来上がった。きっとこれは危険過ぎて売りに出せないとランスに言われてしまうかも知れない。まあ、試験作品なので売る事など無いのだけどねー。

 そしてブルーアイアンだ。どうだろう、セオの作品にも負けてないんじゃないだろうか? かなり良い作品が自分でも出来た気がする。これなら合格できるよね? そう自信を持った私は、三つの自分の作品を持ち、先生がいる隣の教室へと向かった。


 そして他の生徒が試験中だと言う事もあり、無言で先生に三つのナイフを差し出した。先生は同じく無言で頷くと、たぶん「グッジョブ」と目配せをして来た。これは絶対に合格だ! と私は試験結果にそんな確信を持てたのだった。




「ララ様、お疲れ様でした。最後の試験いかがでしたか?」


 馬車の中、迎えに来てくれたアダルヘルムにそう問いかけられた。色々とあったけれど、全ての試験で実力を出し切れたと思う。アダルヘルムにそう伝えると、マトヴィルやクルト、セオまでも笑顔になった。

 私とノアの試験が終わった。それは家族をも安心させるものだった様だ。


「はー、後は結果が出るのを待つだけですね、暫くはのんびりしたいなー」

「フフフ……ええ、ララ様もノア様も頑張りましたからね。暫くゆっくりして下さい。ですがララ様はピアノ魔道具とボール飛び出し魔道具の改良に手を出すのですよね?」

「あ! そうでした! フフフ、アダルヘルムのお陰で思い出せました! よーし、明日から頑張るぞー!」


 そう気合いを入れた私だったけれど、クルトとセオにはほどほどにと止められてしまった……マトヴィルが今日はご馳走にしてくれると言ってくれた事で、そんな二人の言葉はすぐにどこかへ飛んでいった。

 やりたい事が沢山ある。この世界に来てから私の夢は広がるばかりだ。精一杯生きて行こう。人生いつ何時何があるかは分からない。悔いのない様に生きて行こう。

 試験が終わってホッとした私は、改めてそう思ったのだった。

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