第497話 選択科目試験⑩
裁縫の試験の後、ノアに先生からの呼び出しの事情を話し、試験官の先生と一緒に職員室へと向かった。
ノアは馬車で待っていると言ってくれたけど、どうなるか分からないので先に帰ってくれて大丈夫だと伝えた。
だって下手したらアダルヘルムがこの場に乗り込んでくるかもしれないものね。だったら私も帰って貰った方が落ち着いて話が出来る。帰りは転移でも良い訳だし、先生との話が終わったらちゃんと通信魔道具で連絡するとノアに伝えれば、渋々ながら馬車乗り場へと向かって行った。
そして職員室に入ると、あのキツそうな顔をした先生が待っていた。私の顔を見るとすぐに立ち上がり、小さめの応接室の様な部屋へと連行された。
残念ながらエリー先生やモルドン先生は職員室には居なかった。いたら私が不正を働く様な子では無いと弁護してくれたかもしれないのに……いてほしく無い時は居て、居て欲しい時には居ない、残念なモルドン先生……
きっと今頃昇降口に向かい、アダルヘルムやマトヴィルの顔を見てウットリしているんだろうなーと想像がついた。
ノアがこの呼び出しをどう説明するか分からないけれど、アダルヘルムが怒りを爆破させない事を祈るばかりだ。
アダルヘルム、私は何も壊していませんよー!
カンニングもしていませんよー!
試験を真面目に受けただけですからねー!
そんな心の叫び声を上げていると、二人きりになった部屋でキツメ顔の先生が話出した。
「えーと……貴女お名前は?」
先生は私がディープウッズの子だと知らないのだろう、先ずは名前から聞いて来た。校長先生と教頭先生は無事私の存在を隠してくれている様だ。
まあ入学が決まってしまえば隠しようはないと思うのだけど、折角の校長先生と教頭先生の頑張りを私が壊す必要はないだろう。私はオルガとアリナに鍛え上げられた淑女スマイルを浮かべると、「ララです」とだけ答えた。
ディープウッズの名を出したら先に進まない可能性もあるものねー。
「先生、それでお話し? と言うのは?」
「あ、え、ええ……」
私は勇気を出して問いかける。
もしかしたら入学前に退学? いや入学拒否? になる可能性がある。ただ夢中になってドレスを仕上げただけだったのだけど、受験中の教室内が騒がしくなるきっかけを私が与えてしまった。きっと先生は呆れていたのだろう。だから私を呼び出した。
そして他の生徒に聞かれない様に、その上他の先生にも聞かれない様に、気を使って宣告をする。そう、試験中に騒ぎを誘導した生徒を学園には入学させられない、と言ったところだろうか?
「こんな事……言い出し辛いのだけど……」
先生のその言葉と俯く姿でやっぱりと私は理解した。
入学拒否。こんな事はディープウッズ家でも前代未聞だろう。お父様、お母様、親不孝な娘で申し訳ありませんと懺悔していると、先生が続きを話しだした。
「貴女……裁縫学の教師をする気はないかしら?」
「へっ? きょ? 教師?」
先生は私の言葉にこくんと頷くが、待て待て待て、いやいやいやと、私の中の私からツッコミが入る。まだ入学前の私が何故教師? いやいや、それ以前に今日が試験日でまだ採点も終わってない状態ですよね? どういうこと? と、私がポカンとしていると、先生が理由を話出した。
「実はね、裁縫学科は今教師が足りていないのよ、人事を担当している教頭先生も探して下さっているし、商業ギルドにも依頼はしてあるのだけど……なんでもブルージェ領に新しく出来た学校に先生になれる人材が流れて行ってしまっているみたいなの……それで貴女の試験のドレスを見て、この子なら! と誘ってみたの、どうかしら? 教師になれるぐらいの才能が貴女にはあるわ。この学園で教鞭をとってみない?」
わあ〜おぅ!
つまりアレか、ブルージェ領の商業学校が出来たせいで、良い教師が見つからないと? そんで藁にもすがる思いで私に声を掛けて来たと……いやいやいや、それはどう考えても無理があるでしょう。まず入学生が教師って……先輩方が嫌がりそうだよね? それにブルージェ領の商業学校は私が作りたいと言ったのに、そちらで教師にならず、ユルデンブルク魔法学校で教師になるって、どう考えても可笑しいよね? 流石にこれは断るべきだと私にだって分かった。
それに私、スター商会の会頭だしね。仕事しろって感じですよねー。
私が断わろうと口を開き掛けたところで、とある人物がやってきた。
「やあやあやあ、ブレンダ先生、良い教師を見つけたんだって?」
やって来たのは狸顔の校長先生とキツネ顔の教頭先生だ。応接室に入るなり私の顔を見てピタリと止まる。ニコニコ笑顔だったのに急に引きつった顔になる。そして最後には真っ青になってしまった。
「なっ? ラ? や? うあ? ふぇぇー? 何故ー? ええー?」
はい、何を言っているのか分かりません。
ニコニコしていた筈の校長先生と教頭先生は、私を見て一気に顔色が悪くなった。まるで私が殺人兵器か何かの様だ。もうどうしていいのか分からない、二人はそんな顔をしている。
ブレンダ先生と呼ばれた、私を教師にとスカウトしてくれたキツメ顔の先生は、そんな様子に気付きもせず話を進めた。
「校長、教頭、こちらのララさんは素晴らしい裁縫の才能があるんですよ」
「え、あ、う、うん……それはそうだろうねー……」
「勿論これから入学する学生ですし、全ての授業で教鞭を取るのは難しいと思うのです」
「あ、う、あの、ブレンダ先生、おちつい……」
「ですが! 彼女にならば週に一度教壇にたって貰うだけでも価値があります!」
「いや、あの……」
「何とか別の教科と折り合いをつけて、彼女が教師になる時間を作って頂けませんか?」
「いや、あのね……」
「彼女ならば今後、このユルデンブルク魔法学校の裁縫学科を背負っていける! 私はそう思うのです!」
ブレンダ先生は校長先生の言葉を聞く気が無いのか、熱意ある言葉を話し続けた。
まあ、ブレンダ先生が私の事をそこまで認めてくれたのはとても嬉しい。だけどどう考えてもこの学校での教師は私には無理だ。校長先生は私の困りきった顔を見ると「ひぃぃ」と情け無い声を出し、慌ててブレンダ先生に話し掛けた。
校長先生……乙女の困り顔に怯えるって……酷すぎでしょうー。
「ブレンダ先生! 彼女は教師にはなれません! 第一受験生では無いですか! そんな事は許可出来ません!」
校長先生は頑張った。
多分ディープウッズの名も、スター商会の名も出さずに、この場をどうにか乗り切ろうと思ったのだろう。うん、そう、私は受験生だものね。校長先生の言う通りです。それで納得して下さい。と私も校長先生も教頭先生も思ったが、かえってブレンダ先生のヤル気に火を付けたみたいだった。
ブレンダ先生は私の試験教室に飛び込んで来た時ぐらいの怖い顔になり、それを狸顔の校長先生に鼻息が掛かるほど近づけた。
おう、怖いね。校長先生腰引けてるねー。頑張れー。
「校長先生! 受験生だとか、未成年だとか、男だとか、女だとか、才能にはそんな物は関係無いんです! 校長先生は彼女の作品を見ていないからそんな事が言えるのですわ!」
「いやいやいや、ブレンダ先生、そう言う事ではなくってね……」
「校長先生がしっかりして下さらないから、いつまで経っても後任の先生が入って下さらないのですわ! このままでは裁縫学科が潰れてしまいますわ!」
「いやいや、キチンと商業ギルドに募集は掛けているから安心して下さい。来年度まではまだ時間がありますでしょう」
「そんな呑気だからいつまで経っても新しい教師が見つからないのです! 校長先生、私達はですねー……」
うーん、この言い争いはいつまで続くのだろうか?
もうディープウッズの娘でーす。スター商会の会頭してるんでー、教師無理でーすっていっちゃおうか?
校長先生とブレンダ先生の言い合いをどうにか止めようとした瞬間、ノックの音が聞こえた。そして扉が開くと部屋が急激にヒンヤリと冷たくなる。
最初に部屋に入って来たのは笑顔のモルドン先生、そして次に入って来たのは笑顔のエリー先生、そしてその後ろからやって来たのは、冷たい笑顔のアダルヘルムだった。
校長先生、教頭先生は震え出す。だけどその横に立つブレンダ先生の顔は真っ赤だ。今さっきまで怒っていたから頭に血が上って赤いという訳ではなく、アダルヘルムの美しさに一緒で虜になった赤さだ。だってもう目が蕩けている。さっきまで校長先生に向けていた顔とは別人だ。大魔王の笑みは見る人によっては受け止め方が違う様だ。
うん、私はどちらかと言うと校長先生寄りだけどねー。怖い、怖い、怖いよねー?!
「校長先生、教頭先生……明日もまだ試験のある我が姫を、足止めしているのにはきちんとした理由があるのでしょうね?」
アダルヘルムの言葉とともに、冷たい空気が今度は重くなる。校長先生は悪くないんだけどね。やっぱりそこは学校の代表って事で校長先生に話が行くんだよね。アダルヘルムの誤解を解かなければど思っていると、ブレンダ先生が 「姫?」 と私を見て驚いていた。すみません、一応お姫様です。ディープウッズ家のね。
「ア、アダルヘルム、校長先生は悪くないですよ。それにあの、他の先生も悪く有りません」
「ほう……そうなのですか……では何故ここに我が姫が呼ばれたのか説明して頂きましょうか?」
こういう時、アダルヘルムのファンの方は役に立たない様だ。モルドン先生とエリー先生はアダルヘルムの氷の微笑にメロメロになっている。私をここに連れて来たブレンダ先生も、もう使い物にならないほど蕩け切っている。校長、教頭は震えて別の意味で使い物にならない。
仕方なく私が裁縫試験の事から説明をし、アダルヘルムに納得して貰った。ただし、こういった呼び出しは二度と無いようにと、アダルヘルムは優しく(しているつもり?)注意していた。自分を通さない呼び出しはしないで欲しいと、アダルヘルムは命令……いえ、お願いしていた。
うん、ウィルバート・チュトラリーの事があるから、アダルヘルムが心配するのは当然だよね。私も深く反省をしてやっとこの話し合いから解放される事になった。
アダルヘルムを見た後のブレンダ先生は、もう教師になる話などしてこなかった。次からはアダルヘルムの事を聞く為に呼び出されそうだ。ブレンダ先生のその表情だけで簡単に想像が出来た私なのだった。
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