第492話 選択科目試験⑤
今日は薬草学と音楽学の試験。
私は朝からウキウキが収まらなかった。何故かと言うと、まずユルデンブルク魔法学園で友人が出来た事が嬉しい。昨日の夜早速ディックに「試験お疲れ様」と手紙を書いた。紙飛行機の手紙では無く、ディックの事を考えて普通の手紙にしてみた。
私が普通の手紙を書くのが珍しかったのだろう、セオにジッと見つめられてしまったが、学校で出来た友人だと話せばニッコリと頷いて……はくれなかった。
まず性別を聞かれ、どんな子なのかと根掘り葉掘り聞かれ、たった一通の手紙を書くのに凄く時間が掛かってしまった。勿論セオが心配する気持ちはよく分かる。ウィルバー・チュトラリーの事を警戒しての事だろう。
私が敵に騙されていないか、そしてディックが危険人物ではないか、私の護衛をしてくれているセオが新しい友人を心配するのは当然のことだった。
「セオ、大丈夫よ。ディックは凄く良い子なの、それにね、試験中私に惚れたって言ってくれたの、凄く有難いよねー」
「はああ?! はああー?!」
そう、ディックは私の剣の腕前に惚れたのだと言ってくれた。それは私と私の剣の師匠であるアダルヘルムのことまで認められた様でとても嬉しかった。
だけどセオの眉間には何故か皺が寄った。まるでディックを敵とでもみなした様で凄く怖い。私何か変なこと言ったかな? と思ったら、セオがアダルヘルム並みの冷たい笑顔を浮かべた。
「そのディックってヤツ……俺も一度会ってみたいな……ハハハ、良い友達になれそうだ……」
とても友達になれそうに見えない笑顔でセオはそんな事を言った。表情とセリフが合っていない事が怖すぎてクルトに視線で助けを求めれば、何故か目を瞑り首を横へ振っていた。
それは私には無理です。自分で頑張って下さいね。と言われた様で、意味が分からず、私は困り顔を浮かべるしか出来なかった。一体ディックの何がそれ程セオの興味を引いたのか……とりあえずセオとディックを会わせる時は絶対に目を離さない様にしようと決意を固めた。
そして私は馬車に乗り試験へと向かう事になった。馬車の中で再度今日の予定を確認する。私は午前中が薬草学、そして午後が音楽学だ。今までこの学科を両方いっぺんに受けた受験生はいなかった様で、私は特別待遇で午前と午後の試験を調整して貰った。学校には特別扱いしないで欲しいとお願いをして居るが、試験が重なってしまった以上こればかりは仕方ないだろう。だってやっぱりどちらも受けたいものね。楽しそうだし、良い経験になりそうだ。
馬車は予定通り受験時間より早めに学校に着き、馬車降り場まで向かうと、やはり今日もモルドン先生が待っていた。モルドン先生はニコニコ顔で、その上体を揺らしてご機嫌な様子だ。憧れのアダルヘルムとマトヴィルに会えるのが楽しみでしょうがない様だ。まあ気持ちは分かるけどねー。
そしてそんなモルドン先生の横にはなんとエリー先生がいた。エリー先生もワクワクしているのか、ソワソワと落ち着きがない様子だった。憧れのアダルヘルムに会える。それはエリー先生の様なしっかりした先生まで有頂天にさせてしまう様だ。アダルヘルムって本当に凄いよねー……。ある意味スーパーアイドル? 怖いぐらいだ。
「モルドン先生、エリー先生、おはようございます」
私が馬車から降りて挨拶をすると、モルドン先生もエリー先生も「おはようございます」と挨拶はしてくれたけれど、視線はすぐにアダルヘルムとマトヴィルへと向かう。他のものに視線を送るなど時間の無駄みたいだ。まあこればかりは仕方がないよね。二人にとってはアダルヘルムもマトヴィルも神の様な存在なのだから。私への挨拶は前座だろう。
「アダルヘルム様、マトヴィル様、本日も姫様の事、大切に預からせて頂きます!」
「モルドン先生、お出迎えありがとうございます。本日もララ様の事をくれぐれも宜しくお願い致しますね」
「は、はい! お任せくださいませ!」
モルドン先生は頬を染め、自分の胸をドンッと叩いた。アダルヘルムに良いところを見せたい様だが、私一人でも試験会場まで行けるんだよねー。毎日欠かさずお迎えに来てくれるのはありがたいが、私も学校に慣れて来たし、もうお迎えは要らない気がする。だってモルドン先生が居ると目立ってしょうがないからねー。
「エリー先生」
「は、は、は、はい!」
突然アダルヘルムに話しかけられたエリー先生は、一瞬で真っ赤な顔になった。昨日も会話をしていたのだけど、やっぱりすぐにはなれない様だ。エリー先生はまた直立不動になり、アダルヘルムの頭の上あたりを見つめたままとなった。好きな人が近くにいすぎると人は視線を逸らすのだと良い勉強になった。
「ララ様から試験の話は聞きました。貴方は子供達を見る目があると……私もいまや多くの弟子を抱える身、ララ様の試験が終わったら一度お話しを聞かせて頂けませんか?」
「えっ……?」
「ララ様も望んでおりますし、我が家ご招待いたします。是非遊びにいらして下さい」
「へっ、あ……は、はい! 是非お願い致します!」
エリー先生は震え、もう泣き出しそうな様子だ。モルドン先生も誘われたかったのだろう。羨ましそうにエリー先生とアダルヘルムのやり取りを見つめていた。アダルヘルムもそれに気がついたのだろう。良かったらモルドン先生もと声を掛ければ、玄関前だというのに大喜びになった。そう言う所がね……人目を引くんですよ。モルドン先生のお迎えをどうにか断れないかと、やっぱり悩んでしまった。
でも、試験の結果が出て成績に関係ない時期に二人を家に呼ぼう。きっと楽しい食事となるだろう。エリー先生とはまた手合わせもしたいものね。あ、ディックも呼んでも良いかもしれない。きっとセオも……うん……分かってくれるだろう。
それにしても、アダルヘルムが抱える沢山の弟子って、スター商会の護衛達と……やっぱりスライム達だよね? アダルヘルムに育てられたスライム達は他の子と違うものね。エリー先生もスライムを見たら喜びそうだ。また楽しみが出来た私だった。
そしてアダルヘルム達と別れた私は、二人の先生に連れられて薬草学の試験教室へと向かう。薬草学は難しい為、一年生から選択する子はとても少ない。なので廊下を進む間も受験生とは全く合わなかった。
教室へ着いてみれば、受験生は10人ぐらいしか居なかった。コレじゃあポーションが高くなる訳だと、薬師ギルドの薬品の高値の理由が何となく納得出来た。だってこの中で何人が合格出来るかさえも分からないものねー。薬師へは狭き門。それが良く理解できた。
二人の先生に案内のお礼を言い、私は指定の席へと着いた。皆真面目な顔で前を向いている。いや緊張していると言った方が良いだろう。そして暫くすると、オルガぐらいの年齢に見える女性の先生がやって来た。そして答案用紙、問題用紙の順に配って行く。
アダルヘルムとお母様に鍛えられて来た私は、どんな問題が出ても正確に答えられる自信があった。それにスター商会の会頭として、恥ずかしい答えは書けない。この教科は手を抜けない! いやいや今までも手を抜いてなんていないけどね。そう、それ以上に頑張らなければ行けない、そんな気合いが入っていた。
「えー……それでは始めましょうか」
先生のぼんやりとした掛け声とともに試験はスタートした。私は一問目に目を通す。絵が描いてあり、この薬草は何か? と言う三択問題だった。描かれている絵はあまり上手だと思えなかったため、隣に正しい絵を描き加え、答えを選択する。
そして二問目、三問目と順調に進んで行くと、遂に最後の問題になった。だが、しかし! その問題が難問だった。
『ポーションとは?』
はっ?
えっ?
何この問題……
えっ? 哲学?
人間とは? みたいな感じ?
今までにない程の難しい問題に直面し、私は固まる。まさか答えが傷を癒す薬とかそんな簡単な物ではないだろう。それに答えを書く欄はどの問題よりも幅が取られている。これはポーションについて詳しく書けと言う事だろう。
ここまで時間的にも余裕のあった私だけど、ポーション問題にぶつかり、その余裕がなくなる。先ずはポーションの薬草についてだ。出来るだけ新鮮で魔素の濃い物が良い。そう、それはディープウッズの森の物が一番適している。けれどいつもそんな良い薬草が手に入るとは限らない。だから薬草として価値の低い物でも作れるポーションの作り方も書いて行く。それに普段の私の作り方や、ランク別のポーションの作り方。答えをどこまで書いても終わりが見えない様な気がしたが、裏面の白紙部分まで使い切ると、なんとか答えを全て書き切る事が出来た。
これではまるで大学に出すレポートみたいだなぁと思ったけれど、薬草学は一番難しいと聞いていたのでそれも納得出来る問題だった。
それにしてもだ……
基礎学科の試験があんなにも簡単だったのに、まさかここまでの難問が出てくるとは……選択科目半端ないなーと、改めて気合いを入れ直した私だった。
これは他の選択科目も気合いを入れなければ合格出来ないだろう。薬草学の試験を受けてそう感じた。
そして見直しを丁度終えたところで、試験時間終了のチャイムが鳴った。私はホッとして息を吐く。
先生が各生徒の答案を集めていく。だけど私の場所に来た瞬間、先生はピタリと止まってしまった。私の答案を上から下、表裏と何度も何度も見直している。
もしかして名前書き忘れた?
と不安になったが、誰かが「先生?」と声を掛けると、試験官の先生はハッとして動きだした。でも私は見た。先生が私の答案用紙を一番上に持っていたところを……きっと私は何かをやらかしたのだろう。受験番号書き忘れた? それとも答えを書く欄を間違えた?
そんな考えが浮かんでいると、今度は薬草学の実技の試験の準備をする事になった。皆筆記用具をしまい隣の作業室へ向かう事になった。不安だが仕方がない。試験はやり切ったはず。問題は名前書き忘れ……いやいや、絶対書いた! 自分を信じよう! 私はそう思い、実技試験へと移動した。
だけど人数が少ないので移動は一瞬で終わった。気合を入れたのに拍子抜けするほどだ。
作業台はかなりの数があったため、それぞれ一つの台に受験生一人が座る事になった。私は何故か皆が選ぼうとしない一番前の席に着いた。
教材や先生の話を聞くのも一番前が良いと思うのだけれど、どうやら皆私と考えが違う様だった。一番前の席はもう二席あったのだが、誰も座る事は無かった。何だかやる気満々の生徒の様に思われそうだったけど、まあ人が目に入らないから丁度良いかも知れない。ただ先生とはバッチリ目が合ったけどねー。
「では、皆様机の上にコレから黒板に書くものを準備して下さい。道具は教室の一番後ろにあります。学校の備品ですので大切に扱って下さいね」
生徒達は返事をし、黒板に書かれた道具を取りに行った。
これから実技が始まると、ワクワクした私だった。
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