第491話 選択科目試験④

「じゃあ行って来るな」

「うん! ディック頑張ってね!」


 試験はディックの順番になり、少し緊張気味の様子でディックはグラウンド中央の試合場へと向かった。自分の剣を外し、木刀を持つ。構えたディックの姿を見て武術より剣術が得意なのだろうと分かった。

 そしてディックの相手の子は、背も横幅もあるとても同級生には見えない大きな男の子だった。その子は体に合わせたのだろう、木刀の中で一番長い物を選んでいた。戦いの中でリーチがあるのはとても有利になる。ディックは速さがあるからエリー先生はこの二人を対戦させようと思ったのかも知れない。流石よく見ている先生だなと、益々エリー先生の事が好きになった。


(エリー先生は素晴らしい先生だね! 生徒を良く見てるよ。うんうん)


 そしてエリー先生のお腹に響く様な「始め!」の低い声と共に、二人の打ち合いは始まった。ディックは自分の得意な速さを使い、合図と同時に相手に攻め込む。相手の大きな男の子は、リーチは長いが、素早いディックに懐まで攻められると後手後手になっていた。けれどすぐに決着は付かない。相手はパワーもある。ディックが速さで何本も打ち込むと、相手の子の重い一本が返ってくる。やっぱりこの二人の打ち合いもどこまで行っても決着は付かない様だった。


「そこまで!」


 エリー先生の地響きのような終了の声が掛かると、ディックも相手の子も肩で息をする程疲れている様だった。自分の実力を思う存分出せる相手。これはエリー先生の人選の素晴らしさだろう。試験としても素晴らしいとエリー先生を尊敬した。


「ディックお疲れ様。お水飲む?」

「ああ、ララ有難う。貰って良いか……」


 ディックはやり切った感が良く出ていて、息が弾んだまま笑顔で私の所へと戻って来た。


「いやー、アイツ、スッゲーパワーがあったぜー」


 私が渡した冷たい水をディックは飲み切ると笑顔でそう言った。相手の子は私を除けばこの受験生の中で多分一番パワーがあるのではないだろうか。その子の相手が出来ると言う事は、ディックもそれだけ実力があると言う事だ。友人の才能に嬉しくなった私だった。


 そして打ち合いは進み残っている子はあと僅かとなった。残念ながら私はまだ呼ばれていない。一体いつ呼ばれるのかとワクワクしているのだけど、何となくだが最後になりそうな気がしていた。

 私は残っている受験生達を見つめる。あの子が相手かな? それともあの子? 私も実力が発揮出来る良い試合にしたいなぁーと思っていると、ズンズン試験は進み、残された受験生は私一人になってしまった。


(ええっ?! 私の試験は? もしかしてエリー先生に忘れられてる?!)


 もしかして存在が薄いのかな? と私が不安になっていると、ディックが安心させようとしてくれたのだろう。肩をポンポンと優しく叩いて来た。

 そしてエリー先生は、今打ち合いを終わった子達の成績を持っていたボードに書き込むと、男らしい顔なのにニッコリと可愛く笑った。


「はーい、じゃあ最後、5056番さーん」


 番号を呼ばれたのは私だけだった。取り敢えず返事をし、剣を置いて木刀を選ぶ。すると何故か試験官であるエリー先生も木刀を選び私と向かい合う様に立った。


「フフフ、貴女の相手はこの、わ・た・し、どう? 驚いたー?」


 目の前に立ったエリー先生はそう言ってウインクを私に向けて来た。

 エリー先生とはいつか手合わせをしてみたいとは思っていたけれど、まさか入学前に叶うとは思わなかった。それにエリー先生は受験生の中には私の相手になる者が居ないと分かっていた様だ。受験生の実力がはっきり分かっているという事だろう。私の事も見抜いていたという事だ。

 そんなエリー先生は満足気に私を見ていた。私の人選は間違いないでしょう? とその顔は言っている様だった。


 私の試験の相手がエリー先生だと知った受験生達は、ザワザワと騒ぎ出した。ディックもまさか試験官の先生が相手をすると思って居なかったのだろう。ポカンとしてこちらを見ていた。


「では、始めましょうか? ウフフ、私も久しぶりにワクワクしているわー」


 エリー先生が私との打ち合いを楽しみにしていると聞いて、私は尚更嬉しくなる。エリー先生と打ち合える。それは試験中のご褒美の様な気がした。



 エリー先生と向かい合ったまま礼をする。

 そしてお互い剣を構えると「始め!」とエリー先生の迫力ある声が響く。私たちの周りを囲む受験生達は、今全員がこちらをジッと見つめている。誰も無駄口を開く者はいない。グラウンドには静寂が訪れていた。


 始めは様子を見ていたエリー先生だけど、ニヤッと笑うと大柄な体格とは思えないフットワークの軽さで、私目掛けて飛び込んで来た。

 エリー先生が力強い一振りを私に打ち込んでくる。だけどメルキオールの攻撃よりは軽い。だから私は簡単にいなす。アダルヘルムの剣と比べてはいけないが、エリー先生の剣は私にはやっぱり物足りない。でもスピードもパワーもきっとエリー先生はまだまだ伸び代があると思う。アダルヘルムに会わせて見たい。エリー先生の剣はそう感じる物だった。


「では先生私からも行きますね!」


 エリー先生の攻撃を全て受け切った後は、今度は私から攻撃を仕掛けて行く、エリー先生に比べると小柄な私の素早い攻撃に、エリー先生は苦しそうな顔になる。右、左、上、下、エリー先生は後退りしながらも何とか私の攻撃を凌いでいた。そう、この戦い中でエリー先生は成長している様だった。


「エリー先生、素晴らしい反射神経ですね!」


 エリー先生は私の問いかけに答える余裕はない様だった。汗をかき、苦しそうな顔のままだ。防戦一方になったエリー先生は、私の剣を受けるのがキツそうだ。でもまだ終了の合図は入らない為、私は攻撃を続ける。


 だが横から一振りを入れた瞬間、それを受けようとしたエリー先生と私の木刀はぶつかり、粉々に砕け散ってしまった。残念ながら打ち合いはここで終了の様だ。試験が終わった瞬間、エリー先生は膝をつき、座り込んでしまった。


「エリー先生、大丈夫ですか?」


 私が声を掛ければエリー先生は「はーはー」と荒い息遣いのまま手を上げて応えた。私は魔法袋からポーションを取り出し、エリー先生に渡す。エリー先生はポーションを一気に飲むと「美味しい……」と呟いていた。私は今度は水を出しエリー先生に渡す。エリー先生は水も一気飲みしてこちらも「美味しいわ」と呟いていた。ただのディープウッズ家のお水ですけどね。


「アハハッ、もう少しは貴女のお相手出来るかと思ったけどダメねー。まったく歯が立たなかったわー」


 エリー先生はニコニコしながらそんな事を言ってきた。


 どうやら始めから私と戦う気満々だった様だ。


「エリー先生、楽しかったです。今度宜しければ私の師匠に会いませんか? エリー先生はまだまだ強くなると思うのです」

「えっ! 貴女の師匠って……もしかして……」


 私はニッコリと頷き小さな声で答えた。


「はい、アダルヘルムです……」


 エリー先生はその見た目のどこから出るのか分からない「キャー!」という黄色声を上げた。やっぱりエリー先生もアダルヘルムのファンの様だ。アダルヘルムは騎士にとってのアイドルの様な存在なのだろう。


 エリー先生と話しを終えて周りを見れば、受験生達は固まったまま私とエリー先生を見ていた。静かだなと思ったら皆口が開いたままだ。

 それにエリー先生と私の戦いは思ったよりも激しかったのか、運動場には剣の傷痕が沢山出来ていた。これは後で綺麗にしなければならないだろうと苦笑いになった。


 エリー先生と握手を交わし、ディックの下へ戻る。ディックは私が近づいてくると開いていた口を閉じ、拍手で出迎えてくれた。そして私をギュッとハグすると、キラキラした笑顔を向けてくれた。


「ララ! お前凄いなー! 俺、惚れちまったぜー!」


 私を自分から離しそう褒めてくれたあと、ディックはまた私をギュッと抱きしめて来た。その友情が嬉しくってしょうがない。力を出しても温かく受け入れてくれる。ディックとは親友になれたとそう思えた。


「はーい、みなさーん、エリー先生のもとにしゅうごーう!」


 ポーションを飲んだ事ですっかり元気になったエリー先生の掛け声で、皆エリー先生の前へと駆けていく。私はディックと共に向かったが、皆の好奇の視線は相変わらずだった。それも仕方がないかなと思う。午前中は魔道具を壊し、今は試験官の先生と戦い勝ってしまった上に、運動場は酷い有様なのだ。あの子ちょっと可笑しくね? と思われても仕方がないと、ディックと友人になれたからこそ心に余裕があってそう思えた。これが一人ぼっちだったならば無理だっただろう。友人が心の支えになるとは本当の事だった。前世では味わえなかったことだと思った。


「はーい、ではー、これで、剣術の試験は終了でーす。皆さんよーく頑張りました。ウフフ、今年の子達はとっても優秀でしたよー」


 エリー先生は優しい笑顔で皆をねぎらってくれる。見た目は怖いエリー先生だけど、中身は面倒見のいいおばちゃ……ゴホンッお兄さんという感じだ。きっと子供が好きで教師になったのだろう。また一つユルデンブルク魔法学校に通う事が楽しみになった。


 生徒がズンズン帰っていく様子を眺め見送った後、私は運動場の整備に入る。ディックとエリー先生が手伝おうとしてくれたが、マトヴィルのお陰で私は土のならしは慣れている。魔法を使い、あっと言う間にグラウンドをならす。ついでに雑草なども綺麗さっぱり抜いておく。それにグラウンドの柵も、壊れている所は直しておいた。これでもスター商会の会頭だ。修繕魔法はお手の者だった。


「えー、なになにー! ララちゃんてすっごい魔法使いじゃなーい!」

「うおー! ララお前何もんだよー、スゲーなんてもんじゃないぜ!」


 二人に褒められた私はちょっこし調子に乗った。鼻が高くなった私はエリー先生にアスレチックでも作りましょうか? と提案してみる。エリー先生とディックはアスレチックに興味津々だったようで、見たい見たいと大騒ぎだ。大好きになった二人が興奮すれば、やっぱり私も嬉しい訳で、魔法鞄から次々木材を取出し、騎士や武術家に向きそうなアスレチックを作り上げていく。エリー先生とディックは私を調子に乗せるのが上手なようで、おー!と歓声を上げたり、拍手をしたりと、所々で私のやる気を盛り上げてくれた。


 そしてアスレチックが無事に出来上がり、エリー先生とディックと試しに遊んでいると、聞きなれたひんやりとした声が私の耳に響いた。


「ララ様……何をしてらっしゃるのですか……?」

「えっ? あ? ア、アダルヘルム?!」

「ララ様……試験はとっくに終わっていると思うのですが……まさかグラウンドで遊んでいたのですか……?」

「えっ? い、いえ……あの……」


 アダルヘルムがとっても良い笑顔を浮かべてグラウンド迄迎えに来てくれた。

 試験が終わっても私が出てこなかった為、きっと心配を掛けたのだろう。アダルヘルムの後ろには少し困り顔のクルトとセオがいた。だけど二人共大魔王のアダルヘルムを止める気は無い様だ。でもそこは生徒想いのエリー先生、救世主として頑張ってくれた。


「アダルヘルム様! ち、違うんです! ララちゃんは悪くないんです!」

「ほう……貴方は?」

「はい、私はこの学園の教師で、ロバート・エリドットと申します」


 エリー先生は男の人のような声で(男です)アダルヘルムに挨拶をした。憧れの人に会ったからか、視線がアダルヘルムの上辺りにいって居る。どうやら恥ずかしくって直視できないようだ。そしてディックもエリー先生の緊張が伝染したのか、アダルヘルムを前にして直立不動になっていた。アダルヘルム……恐るべし。


 エリー先生が試験のせいでグラウンドが荒れてしまったため、私が善意でグラウンドを直したことをアダルヘルムに説明してくれて、なんとかお小言は回避できた。

 そして何とか無事に帰る事が出来たのだが、馬車の中では試験の後に何故アスレチックを作ることになったのかを説明することになった。


 明日からの試験、アダルヘルムのお迎えじゃない方が良いなーと、ちょっとだけ思った事は密かな秘密だ。ディックには手紙を書く約束をしたので、今夜あたり早速書こう。新しい友人との交流が楽しみになった私なのだった。

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