第490話 選択科目試験③

 武術の試験が無事に? 終わり、お昼の時間となった。

 剣術の選択科目を受けない者はここで帰宅となる。けれど殆どの者が武術も剣術も選択しているようで、帰る受験生は余りいなかった。

 私はと言うと、試験が終わってから何故か同じ受験生たちに遠巻きに見られていた。視線を感じそちらへと振り向けばサッと目を逸らされる。そして目が普通に会った子へニッコリと微笑みかければ、「うっ」と言われ逃げられてしまった。

 一体何が悪いのか……やっぱり試験中に魔道具を壊してしまった事だろうか? と一人悩んでいると、ディックに声を掛けられた。


「ララ、食堂に飯食いに行かねーか?」


 ディックの喋り方はもう貴族の子息のそれではなく、私を友人と認め、気軽に話しかけてくれるそれだった。その事がとても嬉しい。一人でも友人が出来た。それはこの試験中に友人作りが出来なかった私としては、とても嬉しい事だった。


「ディック、私お弁当持ってるの、良かったら一緒に食べない?」

「えっ? 良いのか?」

「うん。沢山あるし、それにね……」

「それに?」


 私はキョロキョロとして周りを見渡す。誰も近くに居ない事を確認してから、小さな声でディックに伝えた。


「実はね……ここの食堂の食事凄く不味いらしいの……」

「不味い? そうか? うーん、俺、学科の試験中も食堂で食べたけど普通だったぜ……」


 この世界の普通……

 それは初めてリアムと街へ出掛けた時のあの味と言う事だろう。もうディープウッズ家の食事やスター商会の食事に慣れている私には、物足りない味付けと言う事だ。


 私とディックは試験でずっと外に居た為、体を休めるためにも室内に入り、食堂でお弁当を食べることにした。私もディックも手を綺麗に洗い、食堂の一つのテーブルに一緒に着く。そしてついでなのでサッと自分とディックに洗浄魔法を掛けて埃が付いた体を綺麗にする。


 ディックは私が魔法を使うと「スゲー」と素直に喜んでくれた。私を特別扱いすることなく、友人として接してくれるディックには嬉しさしかない。だって今だって遠回しに私をチラチラと見ている子達が沢山いる。

 怖がっている様な、危険人物でも見る様な、奇妙な物でも見るかの様な、そんな視線を私は沢山感じていた。

 たぶん皆私の魔法に怯えているのだろう。もしかしたらあの魔道具爆発の事件も、私が犯人だと思っているのかもしれない。気になるけど関わりたく無い。他の受験生からはそんな物を感じた。


「ララ、どうした?」

「ううん、何でもないの、今お弁当出すからね」


 私は腰に付けている魔法鞄からマトヴィル特製のお弁当を取り出した。三段になっているお弁当をテーブルに広げると、ディックは「おー!」と歓声を上げた。


「スゲー豪華な弁当だなー」


 ディックは「いただきます」をすると、早速サンドウィッチを両手に持って食べ出した。私はお茶を準備し、ディックに差し出す。今日は冷たいお茶にしたので、試験後で喉が渇いていたディックはコップ半分を一気に飲んでしまった。私は直ぐにお茶を足す。

 私達が仲良く美味しそうなお弁当を食べているからか、さっきより断然視線が多くなった。食べたいなら声を掛けてくれれば良いのだけど、チラ見するだけで誰も声は掛けて来ない。その気持ち悪い視線に私は何だかどんよりとした気持ちになった。


「ララ、ほっとけ、ほっとけ」

「えっ?」


 ディックは虫でも追い払う様に右手をひらひらと振り、左手ではチキンナゲットを掴んで口に運んでいた。そしてモグモグゴックンとすると、お茶を一口飲み、続きを話出した。


「周りの奴ら羨ましいだけなんだよ」

「羨ましい?」

「そう、あいつらララ見たいな可愛い子と、二人きりで昼飯食ってる俺が羨ましいんだよ」

「ええ? そうなの?」


 ニヤリと笑って頷くディックを見て、思わず笑みが溢れた。ディックは優しい、励ましてくれているのだ。奇妙な視線は気にするなと言ってくれている。その温かい気持ちが凄く嬉しかった。


「フフフ、ディックは優しいね。有難う」

「まぁな、結構良い男だろ?」

「フフフ、うん、そうだね」


 ディックは自分で良い男だと言ったのに、肯定するとテレてしまったのか頬を染めていた。ディックは凄く優しくて良い子だ。ディックが笑わせてくれたおかげで、もう他の受験生達にチラチラと見られても気にならなくなった。


 それにしても……アダルヘルムやマトヴィルはこう言った視線に良く慣れているものだ。私も視線を集める事は今までも有ったけれど、今日のものは少し違った。強い力は人を怯えさせるのだと、今日それが良く分かった気がした。これは学校に入学した後も、友人作りには苦労しそうだなと思った。だってこれ迄の一連の出来事はすぐに噂で広がるだろう。あの子学校を壊した子ね……なーんて嘘の噂が立ちそうだ。

 でもきっとディックのように仲良くなれる子もきっといる。そうだ。少しづつ友人を作っていこう。だって学園生活は三年もあるのだから……


「「ご馳走さまでした」」


 デザートまでしっかりとお代わりしたディックのお腹は、ぽんぽこに膨らんでいた。午後の剣術の試験は大丈夫かと心配になったが、ディックはこれで午後も頑張れると元気一杯だった。



 そして午後の剣術の時間になった。

 私はディックと話をしながらグラウンドへと向かう。もう誰の視線も気にはならない。見たければ見れば良い。ディックのお陰でそう思える様になった。


 グラウンドへ着くと朝の武術の試験の時の様に、皆並んで待っていた。私とディックも同じ様に列へと並ぶ。剣術の試験がどんな物かは分からないが、ディックという友達が出来た事でワクワクしか無かった。きっと午後も楽しい試験になると素直にそう思えた。




 そして試験10分前になると、先生が来て受付が始まった。剣術の先生は若い男の先生で、宝石の入った剣を腰に携えていた。アレで戦えるの? と、どう見ても戦いに向かない様な、儀礼用にしか見えない剣に首を傾げたくなったが、良く考えればここは魔法学校。魔法を使う剣ならばキラキラピカピカしていても自分と相性が合えば問題がない。そうアダルヘルムぐらいならば棒切れだって十分に戦える。ただしただの木ではダメだ。魔木でなければアダルヘルムの魔法には耐えられないだろう。そんなことを考えていると、私の受付の番になった。


「はーい、受験票みせてねー」

「はい」

「はーい、5056番さんねー」

「はい」


 先生は私のボロボロの受験票を見て番号を確認した。男の人なんだけど、何というか少し喋り方が女性っぽさのある先生だった。けれど髪型はこの世界では非常に珍しい、坊主に近いスポーツ刈りだし、短い顎髭もある。それに武術の先生よりもムキムキ感が良く分かる。なので尚更優しい喋り方に、違和感を感じたのかも知れなかった。


「はーい、みんなー、受付ー終わったかなー?」


 剣術の先生は幼稚園児にでも話しかけるかの様に、手を上げ皆に声を掛けた。受付が皆済んでいる様で受験生達は皆頷く。でも先生に違和感を感じたのは私だけでは無い様だった。受験生たちの顔には困惑の表情が浮かんでいた……勿論ディックにも。


「はーい、みんなー、こっちにちゅうもーく、私は剣術の先生でロバートといいまーす。私の事は気軽にエリー先生って呼んでねー」


 先生の言葉を聞いて受験生皆の頭の上に「?」が浮かんだ。

 ロバートが何故エリーになるの? 皆そこを突っ込みたくてしょうがない様だった。エリー先生はそんなポカンとした受験生の顔を見て、皆の考えが分かったのか、口元を可愛らしくグーで隠しクスクスと笑い出した。


「フフフー、驚いたー? 私の名前はロバート・エリドットでーす。だ、か、ら、エリー。可愛いでしょう。気軽にエリー先生って呼んでくれて良いからねー」


 どうやらエリー先生は生徒達の緊張を解そうと、面白く話してくれた様だ。ただ、生徒達の多くが苦笑いになっていた。私の隣にいるディックもだ。だけど私はこの幼稚園の先生の様に、可愛いらしいエリー先生がとっても気に入った。底抜けに明るい、太陽の様な先生だなとそう思った。


「はーい、じゃあ、みんなー、先ずは軽く走るよー」


 先生が先頭に立ち、並んだまま走り始めた。ここも武術の先生とは違う。武術の先生は生徒が走る時近くで見ているだけだった。でもエリー先生は「魔法を使って走るよー」と受験生に声を掛けると、身体強化を使い走りだした。


 エリー先生のスピードは受験生にはハードだった様で、そのスピードに付いて来れず遅れる子もいた。先生は走りながらでもそんな子達の受験番号をチェックしている様だった。そして身体強化のままグラウンドを十周走ると、今度はグラウンドに広がってストレッチに入った。


 受験生の多くが「ぜーはー」言いながら何とか走り終えていた。身体強化を使ってのランニングは、子供にはかなり疲れる物らしい。体力が有りそうなディックも額に汗をかいていた。

 残念ながら私は身体強化にも、ランニングにも慣れている為、これぐらいでは何も問題は無い。なのでそのまま普通通りストレッチに入った。


「フフフフ〜」


 エリー先生はニコニコしながらも持っているボードに何やら書き込んでいる。きっと皆の様子を逐一チェックしているのだろう。エリー先生は笑顔だけど眼光鋭い。受験生達のどんな様子も見逃さないと、試験官らしく目を光らせている様だった。


「はーい、みんなー、ストレッチは済んだかなぁ?」


 エリー先生は手を耳に当て、皆からの返事を待つ。「はい」とか「オッス」とか受験生からの返事が聞こえると、エリー先生はうんうんと大きく頷いた。どうやらエリー先生はかなりボディーランゲージが激しいらしい。まあ私的には面白くって好きだから良いけれど、中にはやっぱり苦笑いの子も多くいた。エリー先生の厳つい見た目と、少女の様な可愛い仕草の違和感が拭えない様だ。私的には可愛くって良いと思うのだけどねー。


「はーい、じゃあ次はー、打ち合いをやって貰いまーす。私が受験番号を呼ぶからー、呼ばれた子は前に出てきてね。剣はこの木刀を使いまーす。勝ち負けは試験に関係無いから、怪我に気をつけて頑張りましょうねー」


 受験生はエリー先生の言葉に返事をする。皆腰に剣を携えているが、打ち合いの時は外し、エリー先生が準備してくれた剣置き場に置いて試験を受ける。

 そしてエリー先生は手に持つボードを見ながら受験番号を呼んだ。


「うーん、じゃあまずわー、1183番と1096番の子、前に出てー」


 最初に呼ばれた試験生の一人は、私と武術の試験で組手を行った男の子だった。一番最初の受験者と言う事で緊張しているのが分かる。私に向けていたニヤニヤ顔とは別人の様だ。呼ばれた二人は自分の剣を置き、木刀を選んだ。


 そしてエリー先生が引いた線の前に並び、向き合い礼をする。エリー先生が「始め!」とここで急に野太い声を出せば、受験生二人は一瞬驚きながらも打ち合いを始めた。

 そしてそのまま暫く打ち合いが進んだが、一向に決着は付かない。エリー先生のこれまた野太い声の「止め!」の合図を掛かれば、長く続いた打ち合いで二人はヘトヘトになっている様だった。


(エリー先生……同じぐらいの力の子を選んで戦わせているんだ……)


 うんうんと満足気に頷くエリー先生を見て、凄いと思った。ほんのちょっと走って、軽くストレッチしただけで、エリー先生は生徒達の実力を見極めてしまった。まあもしかしたら武術の先生に話を聞いたのか、武術の試験自体をどこかで見ていたかも知れないけれど、それでも魔法剣士の凄さを実感することが出来た。


 エリー先生カッコイイ!  


 尊敬出来る先生が出来て、入学が楽しみになった私だった。

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