第493話 選択科目試験⑥

「それではコレから実技の試験を始めます。今日は傷薬を皆様に作って頂きます。材料は今からこちらに並べますが、傷薬に必要無い材料も有りますので、良く確認をして選ぶ様にして下さい」


 先生はそう言うと、先生の机の上に薬草などの材料をたっぷりと並べていった。確かにどう考えても傷薬には必要ない毒草まで置いてある。アレを使って傷薬を作れば、体がヒリヒリしてしまい酷いことになるだろう。まあその刺激が好きと言う人も中にはいるかもしれないけどね。それは流石にごく一部だろうと思った。


 それにしてもだ。

 傷薬……

 これまた難しい課題が出たなと思った。


 傷薬自体作るのはそれ程難しくは無いと思う。混ぜる薬草の量や繋ぎや聖水の量さえ間違え無ければ何も問題ない。

 ただし……

 擦り傷、切り傷、打身、打撲、捻挫……などなど、どこまでの範囲を先生は言っているのだろうか?

 切り傷用の傷薬でも、小さな傷と大きな傷では使う薬草のレベルも量も変わってくる。まあアダルヘルムとお母様に鍛えられた私ならば、時間内にほぼ全ての種類の傷薬は作れるだろう。だけど他の受験生は大丈夫だろうか? 皆そんなに早く薬が作れる? とちょっとだけ親心のような物が出て他の受験生の事が心配になった。だけどこれは試験、私が手伝う訳には行かない。ここは心を鬼にするしかないだろう。


 そして先生の「始めて下さい」の声がかかり、皆先生の机へと材料を取りに集まって来た。私も同じように材料を取りに行く。でも薬草を見て少しガッカリする。だって全てしおしおのカサカサなのだ。如何にも二、三日前に仕入れました。教室に適当において置きましたー感丸見えの薬草だ。


 コレを使って傷薬を作る? この干からびた薬草を使って?

 普段ディープウッズの森の新鮮な薬草を使っている私としては、全てが粗悪品に見えてしまう。だけど条件は皆同じ、それに沢山の種類の傷薬を作らなければならない私には悩んでいる時間など無い。そう時間内に沢山の種類の傷薬を作るには急がねばならなかった。


(アダルヘルムには思いっきりやって来いって言われてるし、魔法も使って良いよねー)


 私はまずは薬草に癒しを掛ける。

 しなしなだった薬草は、私の魔力を受けて何とか使えるだけの新鮮さを取り戻してくれた。そして聖水にも魔法を掛ける。魔力が強い聖水の威力は強い為、先生が用意した聖水では少し物足りなかった。なので私の魔力で強力な聖水にし、薬作りに適した物に変えた。


 よし、よし、順調だね!


 私は薬草を手早く洗い、サッサと下処理していく、勿論身体強化を使い、早送りの様な速さで処理していく。次は魔法を使い薬草をすりおろし、混ぜて行く。

 そして切り傷用の傷薬を先ずは種類別に細かく最終処理していく。その間に擦り傷用の傷薬の準備を魔法でサッサカ行って行く。

 ここまで約五分だろう。先生の説明の時間や、道具の準備、教材の準備の時間に10分ぐらい掛かっているので、残るは45分。この調子ならそれだけあれば順調だとほくそ笑む。

 私の机の上にはどんどんと薬が積み上がって行く。調子に乗った私は湿布や、絆創膏なども作っていった。

 そして先生が終了の合図をだした時には、自分が思い付くだけの傷薬は作り上げる事が出来たのだった。

 

 ふーと息を吐き、先生に笑顔を向ける。すると薬草学の先生は、先生の席で口を開けて固まっていた。そして周りの生徒達も何故か私の事をポカンとした表情で見ていた。


「あ、あの、先生……傷薬が出来たので片付けに入って宜しいですか?」

「へっ? あ、えっ、ええ……使った道具は各自洗って机の上に並べて置いて下さい」

「あ、先生、私がまとめて洗浄します」

「え?」

「薬作りには清潔が欠かせないですからね、任せてください」


 私は薬学の先生にキチンと許可を頂いて(ここ大事!)薬作りに使った道具を洗浄する。今日は魔力がふんだんに残っているので、ついでに作業部屋にも魔法を掛ける。こびり付いた汚れも、窓や黒板の汚れも、私の魔法で完璧に綺麗になった。これなら今日こそ! 先生や受験生達に良い印象を持って貰えただろう。ディックの様な友人を沢山作る! そんな入学後の目標の為には、出来るだけ好印象を持って欲しかった。いつまでも破壊神などと言われたくはないからねー。


「先生、如何でしょうか? 何なら隣の試験部屋もお掃除しますけど?」

「あ……いえ、あの……そう、充分です。充分に綺麗にして頂きました。有難うございます」

「いえー、いつでもおっしゃって下さいね。お手伝いしますので」

「え、ええ……あ、有難うございます」


 先生は遠慮している様だったけど、頼まれれば学校全体に洗浄魔法を掛けても良いぐらいだ。試験をやり切った感で私は今とても気分が良かった。難しかった難問も無事に解く事が出来たし、傷薬だって全て作り切った。これは絶対合格でしょう! 今日の私にはそれだけの自信があった。


「えー、では、これで試験は終了ですので、皆さん気をつけて帰って下さいね」


 先生が声を裏返しながらそう皆に声を掛けると、受験生達は何故か逃げるかの様に部屋から出て行った。「お疲れ様ー」とか「どうだった?」とか「試験ちょっと難しかったよねー」なーんて同じ受験生たちと話をしようと思っていた私は拍子抜けだ。


 まあこればかりは仕方がない。

 だって皆ライバルだからねー。特に薬草学は難しいから受かる子は少ない。仲良くなって合否が分かれたら、気不味なる可能性もある。皆それを避けたいのだろう。




 そして午後からは音楽学の試験がある為、私は食堂へ行ってお弁当を食べる事にした。だけど午前も午後も試験を受けるのはどうやら私一人だった様で、残念ながらボッチ弁当をする事になってしまった。

 普段スター商会やディープウッズの家族とご飯を当たり前に食べている私は、なんだか蘭子時代に戻った様な気がして、少しだけ寂しさを感じた。


「私今凄く幸せなんだなぁー……」


 改めてこの世界での幸せを感じてポロリと言葉が漏れた。この世界に来て良かったと、そう思えた。


「ララ様」


 不意にそう声を掛けて来たのはエリー先生とモルドン先生だった。どうやら一日中試験になる私を探してくれていたみたいだ。二人とも私を見てホッとした笑みを浮かべていた。寂しかった私も二人に会えてホッとした。仲間が居る幸せを、この一瞬の時間で感じる事が出来た。皆とこの世界で幸せになろうと、改めてそう思った。


「エリー先生、モルドン先生、良かったらお昼ご一緒にいかがですか? マトヴィルの作ったお弁当ですよー」


 その途端二人の目の色が変わる。憧れのマトヴィル様のお弁当! 食べないなんてあり得ない! 二人は「はい!」と良い返事をすると、すぐさま私の目の前に並んで座った。


「アダルヘルムが入れてくれたお茶もあるんですよ、今出しますねー」


 私の魔法袋には色々な物が入っている。それは勿論アダルヘルムの入れた美味しいお茶も例外無く入っている。ポットとカップを出し、目をキラキラさせている二人の前にお茶を置く、二人は目を瞑り、一口一口を味わう様に飲んでいた。

 どうやら相当美味しかったらしい。アダルヘルムのお茶もマトヴィルのお弁当も、喜んで貰えて私も嬉しい。だって自慢の家族だもんね。


 


 お昼が終わった後は、モルドン先生とエリー先生が音楽学の試験の部屋へと案内してくれた。音楽学の受験生は多い様で、試験は午前中から始まっていた様だ。私は薬草学があった為、午後にしてもらったが、勿論午後から受ける子達も多くいた。私も先生二人と別れると、受付を済ませ順番待ちの席へと着いた。

 まだ午後の試験の時間前だったけれど、既に10人以上が椅子に座り待っている状態だった。私は魔法鞄にバイオリンとフルートは入れてあるけど、オルガンを選択した子は、学校の物を借りれる事になっている。はてさて何を選択しようかなーと考えていると、試験が始まった様で、一番最初の子が呼ばれ教室へと入って行った。

 

(おっ、最初の子はバイオリンみたいだねぇー)


 音楽室らしき場所からは少しだけ音が漏れ、外へと受験生の奏でる音楽が聴こえて来た。音楽学を目指すだけあって最初の子はとても上手だ。知っている曲だけに思わず口ずさみそうになったが、そこはグッと堪える。

 並んで椅子に座る子達は、私とは違い青い顔で緊張している。流石にそこで陽気に鼻歌など私は歌ったりしない。まあちょっとだけ歌いそうになったけどね。そこは内緒だ。


 試験は一人五分ぐらいで、ズンズンと進んでいった。

 四番目の子は緊張で失敗してしまったのだろう。試験教室から出て来るとポロポロと涙を溢してしまった。慰め様と思ったが席から離れる訳にもいかないし、その子は廊下を駆け出して行ってしまった。仕方がないので後ろからそっと癒しの魔法を掛けておいた。出来れば元気になってまた来年受けて欲しいとそう思った。


 そして遂に私の番がやって来た。

 試験会場になっている音楽室へと入ると、私はその瞬間ある物に目を奪われた。


 ああ! ピアノがある!!


 そうこれまでこの世界に来てから私はオルガンにしか触れてこなかった。けれど今目の前に、ずっと恋焦がれていたピアノを見つけたのだ。私がマックスハイテンションになっても仕方がない事だと思う。ピアノが弾きたい。それは私の願いでもあった。


「えーと……5056番さん? 得意な楽器は何かしら?」


 ウキウキガールララちゃんはハキハキした声で先生の質問に答える。

 ピアノ、ピアノ、ピアノ、ピアノ……私の脳は今100パーセントピアノだけが占めていた。この感動は一生忘れることは無いだろう。ユルデンブルク魔法学校、私はこの学校に感謝します! とそう叫びたいほどだった。


「はい! 先生、私はバイオリン、フルート、オルガン、ギター、【三味線】【琴】それからピアノが得意です!」


 途中までうんうんと頷きながら聞いていた試験官の先生が途中で固まる。その表情には「?」が浮かんでいた。


「えーと……5056番さん……しゃ、しゃみんせん? こっこっと? それからぴあーの? という楽器はどういうものかしら?」


 どうやら先生は私が名を出した楽器が分からなかった様だ。今日はバイオリンとフルートしか持ってきていないので、身振り手振りプラス口頭で説明をすると、先生は三味線と琴は分かってくれたようだった。


 そして私は部屋にあるピアノを指さす。


「先生、ピアノとはそこに置いてある楽器です。ずっと会いたかった夢の楽器なんです。まさか今日この場所で会えるだなんて、思ってもいませんでした!」


 けれど私のこの言葉を聞き、先生は首を傾げたのだった。

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