第486話 魔法試験③

 校長先生と教頭先生に連れてこられた魔法試験の特別受験室は、学校の一階の奥にあり、部屋の全てが頑丈そうなレンガ作りになっていて、上の方に小さな窓しかなく、灯りが無ければ真っ暗になってしまう様な部屋だった。そしてそこはまるで地下室の様に冷んやりとしていて、入った瞬間の空気まで冷たく感じた。


 ここは魔法で守られている部屋なんだ……


 余りにも他の教室や、外との空気の違いに、自然と魔法が重ねがけされている事を感じた。その上でアダルヘルムが校長先生に渡したスター商会の結界魔道具が使われている。これなら大掛かりな魔法を使っても大丈夫だと安心できる部屋だった。


 そしてノアが思いっきり魔法が使えて気持ち良かったと言った気持ちが良く分かった。この部屋ならば私も手加減しなくて済むようだ。


 そしてその部屋には美しい女性の先生が待っていた。どうやら魔法学の先生らしい、私が来たことに気がつくと、美しい顔に素敵な笑顔が浮かんだ。


「お待ちしておりました。貴女様がディープウッズの姫様ですね」


 私は先生の言葉に頷き受験票を差し出した。先生は確認すると笑顔で頷き、私にぼろぼろの受験票を戻してくれた。そして私を連れて来た校長先生と教頭先生に振り返った。


「校長、教頭も姫様の試験をご覧になるのですか?」


 たぶん私の試験など校長先生も教頭先生も別に興味など無かったはずだ。けれどアダルヘルムが怖くてあちらに戻りたくないからか「見ます!」と力強く答えると、女の先生に指示され、部屋の端にあるベンチにちょこんと座っていた。


 まあ、別に見られても良いんだけど……


 それより試験中に校長と教頭がこんな所で油売ってて良いのかしら?


 私の疑問など小さな物だったのだろう。女の先生はニコニコ顔で私の肩に手を置くと、試験を行う場所へと誘導した。


「さて、それでは魔法試験を始めましょうか、姫様、私はこの学園の魔法学の教師ライリーと申します。姫様は全属性と聞いております。では先ずは火属性の魔法からお願い致しますね」


 先生の言葉に頷く。私は的に向かい深呼吸をした。

 ここでは思いっきり魔法を使っていい、そう思うと楽しくてウズウズした。


 全力魔法ってどれぐらいぶり?


 もしかして初めてかしら?


 ワクワクしながら手の中に魔力を溜めていく。私の中に魔力がまるで周りからも引き寄せられるかの様にゴーっと風が動く様な音がしてきた。


 ライリー先生は「エクセレント!」と大きな声を出しながら、魔法を使う前だというのに既に興奮していて、校長先生と教頭先生は「ひぃっ」と怯える様な声を出していた。そんな皆の様子に大丈夫ですよと頷きながら、私は的に向かって思いっきり炎の魔法を打ち込んだ。


(行けー!!)


 私から発射された炎はゴウゴウと大きな音を出し、まるでドラゴンが火を吹いたかの様な勢いで的に向かって行った。的の中心に私の魔法がぶち当たると、ジュワワワと音を立てて私の魔法を吸収した。それを見て先程までの教室とは違い、ここが特別室だと言われた理由が良く分かった。あの的にも魔法が掛けられている。その事が分かった。


「素晴らしい! 大変素晴らしいですね! 姫様、流石でございます!」


 ライリー先生はパチパチパチパチと高速で手を叩きとても喜んでくれている。きっと午前中にノアの魔法を見ているせいだろう、興奮してはいても、私の魔法を見てもそれ程驚く事は無かった。


 ただし校長先生と教頭先生は違う。

 私が二人へと振り返れば、顎が外れているのではないか? と思うほど口を開け動かなくなっていた。ライリー先生はそんな二人の事など見向きもせず、私に声を掛けて来た。


「ではでは、姫様、次は水魔法をお願いします!」


 ライリー先生の頭の中はきっと魔法の事だらけなのだろう。早く次の魔法が見たいとそれだけが考えを占めている様だった。

 私はライリー先生に頷くと、水の攻撃を仕掛ける。私から発射された水の渦は勢いよく的に向かって行く。だけど的はまたしても私の魔法を受け、ジュワジュワと音を立てると私の魔法を吸いとっていった。


(うーん、なんだかムカつくね。あの的壊したくなって来たかも……)


 次の土魔法では、壁のレンガから球を作り出し的に向かって打ち込んでみた。けれどそれも的に吸い取られる。そしてその次の風魔法で竜巻を起こしても、的はびくともしない。それが段々と悔しくなって来た。


「では姫様、最後に一番得意な魔法を見せて頂けますか?」


 遂に最後の魔法となり、ライリー先生に一番得意な魔法と言われた。

 私の得意……それは癒し爆弾だろう。


 ライリー先生に頷くと、私はたっぷり魔力の詰まった癒し爆弾を準備する。太陽の様な明るく輝く球が私の頭上に膨れ上がる。

 ライリー先生は「まああ!」と声を上げ大喜びだ。そして校長先生と教頭先生は何故か抱き合って居る。そして私はその膨れ上がった癒し爆弾を的目掛けて投げ付けた。


(それ行けーーー!!)


 癒し爆弾は的にぶち当たると、光があちこちへと弾け飛んで行った。何処へ行くのか分からないが砕け散った光たちは壁を抜け外へ向かって飛んでいく。

 ライリー先生や校長先生、それと教頭先生の元にも、勿論癒しは降り注ぎ、三人はキラキラした綺麗な光に包まれると、ライリー先生は目を瞑りそれを体で味わうかの様な様子になり、校長先生と教頭先生は抱き合いながらキラキラと輝いていた。


 そして私の宿敵になった的はと言うと……


 ノアの、そして私の魔力を吸い過ぎ過ぎてもう堪え切れなくなったのだろう、プスプスと音を出し、そして黒い煙まで出初めていた。そして頑丈な魔道具で守られているこの部屋も、地震でも来たかの様にガタガタと揺れだした。


(えっ? これってまさか……爆破する?)


 煙を上げ始めた的と揺れる部屋に不安が湧き、私はすっごく嫌な予感がした。ライリー先生に急いで近づき引っ張ると、そのまま抱き合っている校長先生と教頭先生の下へ近づいた。そして大急ぎで四人を包みこむように結界を張った。


 案の定的はパチパチと火花を上げだした。そして部屋は遂にゴゴゴゴーと音が立つほど揺れ出した。


 そして、ドガガガー!! と大きな音がすると、部屋は崩れだし、バーン! と言う弾ける音とともに的は弾け散った。流石のライリー先生も部屋が爆破したのは驚いた様で、結界の中で「ひゃあー」と私に抱き付きながら笑顔で声を上げていた。そして校長先生と教頭先生は「ギャーーー!!」と結界内で大きく響いて五月蝿い程の悲鳴を上げていた。


 あーあー、爆発しちゃったよー。

 でもコレって私悪くないよね? 思いっきりやっていいって言ったの先生たちだもんね。


 それにアダルヘルムも思いっきりやって良いって言ってたよねと、自分で自分を納得させていると、部屋の崩れが落ちついた所で、砂埃の中からアダルヘルム達の姿が見えて来た。


 どうやらアダルヘルム達は大きな音を聞いて駆けつけて来てくれた様だ。私たちが結界を張って、その中にいる姿を見つけると、ホッとした様な表情を浮かべていた。

 でも周りを見れば酷い有り様になっていて、私の張った結界の周りは瓦礫の山だった。


 この特別室が試験会場と離れていてホッとした。他の受験生に怪我でもあったら大変だものね。でもまあアダルヘルムやマトヴィルが居れば大丈夫だよね。もし何かあったとしても皆を守ってくれたことでしょう。




 部屋の崩れが落ち着いた事もあって、私は結界を解いた。校長先生と教頭先生は腰を抜かしてしまったのかその場でプルプル震え、立ち上がる事は出来ない様だった。

 そしてライリー先生は抱き付いていた私を離すと、ガシッと痛い程の力で私の手を握ってきた。


「姫様! 素晴らしいです! 素晴らしい魔力と魔法ですわー!!」


 ライリー先生は部屋が壊れた事よりも、私の魔法が見れた事に喜んでいる様だった。私は苦笑いでお褒めの言葉に頷きお礼を言った。


 でも取り敢えず魔法の試験は全部見せる事が出来たって事で大丈夫だよね? 部屋を壊した責任は問われたりはしないよね?


 そんな心配をしていると、セオが私に抱きついてきた。


「ララ! 心配したよ! 一体何が合ったの? まさかワザと試験会場を壊した訳じゃないよね?」


 私はブンブンと首を横に振る。

 まさかワザと学校を壊すだなんて、お父様ならまだしもこんな可愛らしい少女の私がやる訳がない。


 だけどアダルヘルムは目頭を指で押さえているし、マトヴィルはニヤニヤ笑いが治らない様だった。そしてクルトは何故かリアムがよく魅せる無我の境地、そう無表情になっていた。


 ううう……私は悪くない……はずだよー。


「ララ様……何が有ったか説明をお願い致します」


 多少頭痛が治ったであろうアダルヘルムの言葉に頷き、魔法試験を普通に行って居た事を話す。そして的が私の魔力を吸い続けた結果か、遂に煙を上げて壊れてしまった事を話した。アダルヘルムは「ノア様の魔力も同じ的が受けて居たのですね?」とライリー先生に確認をしていた。


 アダルヘルムの困った顔を前にして、あれ程嬉しそうな表情を浮かべられるライリー先生を強いハートの持ち主だと尊敬した。ライリー先生はどうやら魔法以外は目に入らないようだ。羨ましー。


「はー……こればかりは仕方ないですね。それでライリー先生、ララ様の試験は無事に終わって居るんですね?」


 アダルヘルムの言葉にライリー先生と私が頷く。

 それを見たアダルヘルムは何かを諦めたかの様に、またため息をついていた。


「ではこの部屋を綺麗にしてから帰りましょう……ララ様はまだ魔力は大丈夫ですか?」

「はい、まだ全然大丈夫です。なんならもう一度試験受け直しても良いですよ」

「「ひぃぃぃっ!」」


 変な声がして振り向けば、腰が抜けた校長先生と教頭先生が抱き合いながらまだ震えていて、その上首が壊れそうな程横に振っていた。

 まるで私がこれから学校を壊すとでも思って怯えているようなその態度に、少しだけイラッとした私だった。


 だって私は悪くないんだもーんだ。


 その後はディープウッズ家の皆で特別試験会場をすぐさま直した。ライリー先生も手伝いたがっていたのでお願いしたが、魔法がどうこうより、何か私がなにかやる度に手を叩いて「おー!」とか「まあまあ!」とか騒ぐので、気が散ってとっても邪魔だった。


 試験の先生で無ければここから追い出したかも知れない。でも受験はまだ続くし、先生の心証は良くしなくちゃだものねー。


 それにしても、学科の試験に引き続き、魔法の試験までこんなにバタバタするとは……この後の選択試験も少しだけ不安になった私だった。


 あー、明日が休みで本当に良かったー!

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