第469話 お礼参り

「リアム、今日はお礼参りに行ってくるね」


 王都店のおもちゃ屋さんも開店してから一週間がたった。

 相変わらず客足は順調で、店長のガレオとケレンゾウは忙しいながらも人気があるのが嬉しいようで、張り切って働いてくれている。


 疲れてしまわないか心配だったけれど、スター商会は休憩もあるし、定休日もある。それにポーションもいつでも飲めるし、その上効能が高い。それと私にお願いすれば癒しも気軽に受けられると有って、殆ど疲れも感じないのだと言ってくれた。


 それに王都のおもちゃ屋さん担当のチコが、良く気を利かせてくれている様だ。

 お客様の対応でガレオとケレンゾウが手を離せない時は、チコがアルバイトやパートに指示を出してくれているらしい。


 それに貴族相手でもチコは落ち着いて対応してくれているため、若くても王都のおもちゃ屋さんの責任者として立派に務めを果たしてくれているらしい。そこはリアムも認めている事で、チコの良いところは周りの様子に気配りができるところのようだ。


 一緒にウエルス商会から来たチコの上司でもあったヴァロンタンは、チコが褒められると少し自慢げな表情だった。やっぱり自分の弟子のような存在のチコが皆に認められて嬉しい様だ。その気持ちは私も良く分かった。クルトやセオが褒められてら私だってとっても嬉しいもの、親心だよね。


 そして王都のおもちゃ屋さんの繁盛の原動力になってくれた商業ギルドと闇ギルド。それにブルージェ領側の商業ギルドにも感謝の気持ちを込めてお礼の挨拶をしに行こうと思ったのだけど、リアムは私の言葉を聞くと怖い顔で固まってしまった。


 ランス達、リアムの傍に居る面々迄私をまるで危険人物でも見るかのような目で見てきた。

 お礼を言いに行くのが遅すぎたのかな? それとももう既にリアム達が行ってくれたのかな? と首を傾げていると、リアムにガシッと肩を掴まれた。その上さっきよりも怖い顔をしている……もしかしたらリアムも一緒に行きたいのかもしれない……とそう思う程だった。


「ララ……お前まさか……王都の裏ギルドを襲撃するつもりじゃないよな?」


 リアムの言葉にランス達まで頷きながら私を見てきた。

 セオとクルトは口元が緩むのを我慢して居るか、今にも吹き出しそうな表情だ。


 何故急に裏ギルドの話が出てきたかも、私が襲撃する話になっているのかも分からなかったけれど、リアムには私が何をしに出かけるか伝わっていない事だけは分かった。


「えーと、リアム? 何で裏ギルドの話がでたの? おもちゃ屋さんの開店でお世話になった人達に挨拶に行くだけなんだけど?」

「はあ? だってお前お礼参りって……」

「うん。有難うってお礼を言ってくる」


 リアムは頭を抱え何かをブツブツと呟いていた。

 それはお礼参りとは言わねーだろうって言っていた気がしたが、まあ良いだろうと思い。リアムに手を振り出かける事にした。


 扉を閉めるときに「暴れるなよ」と言っていたが、私がどれだけじゃじゃ馬だとリアムは思っているのだろう。流石に理由も無く暴れたりなんか私はしない。


 これまでの事件はハッキリ言って正当防衛だ。リアムもいい加減そこを分かって欲しい。お転婆娘はもうとっくに卒業したんだからね。私は立派なレディなんだから。




 先ずは歩いて一番近い王都の商業ギルドへと向かった。


 王都の商業ギルドはスター商会から目と鼻の先にあるのだけれど、このちょっとしたお散歩時間が私は好きだ。

 セオとクルトと近所のお店を覗きながら歩く。そんな楽しみをして居ると商業ギルドにはすぐに着いてしまった。

 近過ぎるのもちょっとつまらないが、だからこそルイスがスター商会にしょっちゅうこれると言う理由もある。


 これだけ近いのだ、もし仕事で遅くなった場合、ルイスは商業ギルドへ泊まるよりはスター商会へ顔を出すだろ。

 何てったってスター商会の料理やお酒がルイスは大好きだ。それにそれ以上に大好きなリアムがいる。初恋の相手であるリアムに会えるだけで、仕事の疲れも吹っ飛ぶだろう。

 その上今は親友のガレオまでもいる。


 リアムの前ではカッコつけていたくても、友人のガレオが居れば仕事の愚痴も溢せるのだろう。ルイスがスター商会へ入り浸る理由が良く分かった気がした。

 下手したらその内住み着きそうだよね。まあ部屋は十分あるので私は構わないけど、リアムが許可しない様な気がする……だって夜中に襲われそうだものね。




 商業ギルドの中に入り、先ずは受付の青年フレディの所へ向かった。ルイスに名前を聞いたのでフレディと呼ばせて貰おうと思う。


 受付に近づいて行くと、フレディがすぐに私達に気が付き立ち上がった。私はフレディに向かって手を振る。それに気が付くとニコニコと笑って嬉しそうにしてくれた。年上だけど子犬のようで可愛い。それにとってもいい子だ。


 ただしいつも私達に怯える上司の男性は、私達が見えると直ぐに席を立った。きっとルイスを呼びに行ったのだろう。私達を怖がっている訳では無くてルイスをただ呼びに行っただけの行動だと信じたい。そうでなければ本当にリアムの言っていた通り、皆を怖がらせる暴れん坊姫様に私がなってしまう。まあ、悪い奴をやっつけるという事に関してだけは正しいのかも知れないけどね。




「フレディさん、こんにちは」

「ララ様、ようこそお越しくださいました。私の名をご存知だったのですか?」

「はい、この前ルイスに教えて貰ったんです。フレディさん、フレディさんにはおもちゃ屋さん開店の際には宣伝して頂いた様で、本当に有難うございます。とても助かりました」

「いえ、私がおもちゃ屋さんの開店が楽しみで勝手にやった事ですから」


 優しいフレディの言葉に心がホッコリと暖かくなる。

 そんなお礼を言われて照れているフレディに、先ずはお礼を兼ねてスター・ベアー・ベーカリー自慢の焼き菓子の詰め合わせを渡した。商業ギルドの皆さんでどうぞと伝えれば、周りの皆までペコリと頭を下げてくれた。皆ニコニコしている所を見るとスター商会のお菓子を気に入ってくれている事が分かる。喜んで貰えて会頭として私も嬉しい。


「フレディさんはお酒は飲めますか?」

「はい、好きです。スター商会様のお酒は特に美味しいので、私は大好きですよ」

「なら良かったです」


 ホッとしながらフレディに野菜のお酒を渡す。

 トマスにかぼちゃにピーマン、フレディが気にいる物が有れば良いなと思いながら、他にもブロッコリーやレタスなども出してみた。フレディは並んだお酒たちを見て目をパチクリさせていた。可愛い青年だ。


「これは私が作った試作品のお酒です。良かったら飲んでみて感想を頂けると嬉しいです。それから今度スター商会へ遊びに来て下さい。私が食事を準備しますので」

「そ、そ、そんな……ララ様にご馳走頂くなど……」

「私、お料理好きなので食べて頂けると嬉しいのです。あ、勿論強制じゃないので嫌なら断って下さいね」

「そ、そんな嫌だなんて……」

「おいおい、ララ様何やってんだー?」


 声がする方へと振り向けば、商業ギルドのギルド長のルイスが呆れた表情を浮かべ、私とフレディのやり取りを見ていた。ルイスの後ろにはナシオと慌てて出て行ったフレディの上司さんがいた。ナシオは私に笑顔を向けてくれていたが、上司さんは青い顔でぜーはーと言って息を切らせている。きっとルイスの部屋まで走ってくれたのだろう。それ程距離は無いのだけどね。


 受付のカウンターの上には私が魔法鞄から出した、フレディへのプレゼントの数種類のお酒が並べられていた。

 そのせいか気が付けば受付周りには私たちを囲むように人が集まり、その並べられたお酒を興味深げに見ていた。よく考えたらスター商会のお酒は王都でも大人気だ。その店の新作を人が集まる場所で堂々と見せびらかしていたのだ、皆が気になるのは当たり前の事だった。

 これは良い宣伝効果になったなーと、ニヤリとしているとルイスが大きなため息をついた。


「ララ様はフレディを襲わせたいのかよ……」

「えっ……?」


 ルイスはカウンターに並ぶお酒を自分の魔法袋にササっとしまい込むと、フレディに近づき「仕事終わりに取りに来い」と小さく声を掛けた。

 そして私には顎でクイッと部屋に行くぞと指示を出し、受付から離れる事になった。フレディにありがとうの意味を込めて手を振れば、頬を赤く染めながら振り返してくれた。

 もしかしてフレディはまだ十代なのだろうか、素朴な感じがとても可愛い。そんな事を思って居たらルイスが「これ以上被害者を出すなよ……」と意味の分からない事を言いながら私のつむじを突いてきた。お腹を壊したらどうするんだ……止めて欲しい。




 ルイスの部屋に着くと、ナシオがお茶の準備をしてくれた。

 私は折角なので夏のデザート商品にと試作した、レモンのシャーベットとレモンのゼリーを魔法鞄から取り出した。まだ午前中の早い時間だけどルイスなら喜んでくれるだろうと期待して居たら、直ぐにシャーベットに飛びついていた。

 俺コレさっぱりとしていて好きだなとのコメントを頂いたので、商品化に向けても良いだろう。なんてたってルイスは商業ギルドのギルド長だからね。


「ララ様さー、あんま目立つことすんなよなー。それにフレディ。あいつに高価なもんあんな大勢の前で渡したら帰宅時に変な奴に襲われちまうだろうー、皆ララ様みたいに変人じゃねーんだからさー」

「えっ?」

「スター商会の酒はー闇ギルドで高額取引されてんのー、試作品なんてもってこいだろうー? やばいってもんなんだよー」


 いやいやいや、私が聞きたいのは変人って言われたところなんだけど……と私の気持ちなど気にせずルイスは話を続けた。その様子にセオとクルトはまた笑いをこらえている。こんなにもか弱く可憐に見える私を変人だなんて……まるでジュンシーの事みたいじゃないか……とも思ったけれど、今日の目的はお礼なので突っ込むのはやめた。


 そんなご機嫌なルイスにもお礼を兼ねて試作品のお酒や、お菓子を渡す。スター商会へ遊びに来ればいつでも飲めるものだけど、自分への贈り物となると気分が違うようだ。とっても感謝された上に喜んでもらえた。


 そしてそんなルイスにとっておきのプレゼントを渡す。

 魔法鞄から可愛くラッピングしてある物を取り出した。ルイスにそれを差し出すと、何だ? という風に首を傾げた。今度は私が顎でクイッと開けて見てと合図をする。

 きっとオルガが居たら注意される行動だろう。けれど今は皆ルイスへのプレゼントに釘付けで私のそんな淑女らしからぬ行動など気に掛ける者など居ない。

 ルイスは何故か恐る恐るラッピングを外し、中のプレゼントを見た途端目を見張った。


「こ……これは……」


 ルイスは写真立てサイズの額を見ながらプルプルと震えている。

 頬は赤くなり、目はウルウルとしている。それに言葉も上手く出無い様で、「ああ……」とか「おお……」としか声が出ない。


 余りのルイスの可笑しな様子にナシオがそっと後ろからプレゼントを覗き込んだ。ナシオはそれを見て何か思ったのかフフッと笑いだした。


「ララ様っ! スゲー! スゲーよっ! 学生時代のリアムそのまんまじゃねーかっ! これ、この絵、ララ様が描いてくれたのかー?!」

「フッフッフ、ルイス君、よくぞ聞いてくれました。そうですよ、学生時代のリアムの肖像画です。ガレオにリアムの学生時代の様子を聞いて私が描き上げました。フフフッ、どうです? 気に入りましたか?」

「滅茶苦茶気に入ったよっ! もうこれが有れば俺なんでも頑張れるよっ! ああっ……ララ様有難うなっ!」


 泣き出しそうなほどルイスに喜んでもらえたので、これで王都の商業ギルドへのお礼は無事に完了した。ルイスとナシオ、それにフレディにもう一度挨拶をして商業ギルドを後にする。


 次は闇ギルドに向かう。ビジューとテゾーロに久しぶりに会うのがとても楽しみだ。

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