第465話 おもちゃ屋さん開店です。

 今日は遂にブルージェ領側のおもちゃ屋さんの開店日。


 朝からワクワクが抑えきれない私は思いっ切り癒し爆弾を空へと打ち上げた。


 これで今日はおもちゃ屋さんの開店のお手伝いをしても興奮して魔力を爆発させる事は無いだろう。最近は随分魔力の扱いにも慣れてきたけれど、普段と違う嬉しい事がある日にはやっぱり気を付けなければならない。


 なんてたって王都にはコナーがまだ居るかもしれないし、それにガリーナ・テネブラエがウエルス商会に居ることは確実だ。私が魔力を爆発させたら何があるか分からない。自分から危険を誘い込むような事はしたくないので気を付けたいところだ。


 身支度を整えブルージェ領側のおもちゃ屋さんへと向かう。


 今日はアダルヘルムもスライムを連れて後から手伝いに来てくれる。


 アダルヘルムのスライムたちは統率が取れていて動きに無駄がない。きっと良い働きをしてくれるだろうし、研究所のスライムたちの見本となってくれるだろう。頼もしい物だ。


「ララ様おはようございます」

「ユーゴおはようございます。準備は大丈夫ですか?」

「ええ、勿論です。オクタヴィアンやヨナタンも手伝いに来てくれてますし、スライムたちも随分と仕事を覚えました。それにサスケリオがしっかりしているので心強いです」

「それは良かったです。開店しても安心ですね」

「はい!」

「ってさー、ユーゴ、そこは俺も頑張ってるって言ってくれっないとっすよー」

「アハハ、そうそう、ルベルもいてくれて頼もしいぞ」

「なんかオマケみたいすっねー」


 ユーゴはルベルをからかう程落ち着いているようで安心だ。


 副店長のサスケリオは相変わらず黙々と作業をしている。それでもユーゴとの仲は良いようで、常に一緒に居ては店のこれからの事を話し合っている様だ。


 ルベルも間に入って三人で楽しそうにしているのを良く寮の食堂で見かけている。良い関係のようで微笑ましくなる。彼等ならきっとおもちゃ屋さんを有名にしてくれるだろう。


「うおーい、準備はどうだ―? ってララ、こっちに先に来てたのか?」


 リアム達も店の準備の状況を見にやって来た。イライジャも一緒だ。

 開店は十時の予定だが、既に店の前には行列ができている。今回も開店時間を予定より早くするつもりなのだろう。前もってそういう話になっていたので誰も慌てて居ない、これ迄の経験があるからだ。


「一時間開店を早めても大丈夫そうだな」


 リアムの言葉にユーゴとサスケリオそれにルベルとイライジャも頷いていた。

 ここで働くアルバイトたちももう間もなくやってくる。そうしたらきっと店を開店させるのだろう。私も楽しみでワクワクした。


「ララ、開店する前にお前は自分の執務室へ戻っとけよー」

「ええー、お手伝いするよー」

「いやいや、ブルージェ領ではお前の事を知ってる奴はかなりいるんだぞ、手伝いどころか大騒ぎになるだろう……」

「ええー、折角の開店を見れないのー……」


 ブルージェ領では聖女様と悪目立ちをしている私が店に居れば大騒ぎになってしまうという事で、リアムから店に居る許可はどうしても下りなかった。その事を当日話すなんて酷いと思ったけれど、前もって話しておくと、どうにかして店に残ろうとしそうだったから話さなかったのだと言われてしまった。


 もうすっかりレディらしくなってお転婆は卒業した筈なのに相変わらず信用が私は薄いらしい。特にブルージェ領では色々とこれ迄やらかしてきたからかもしれない、そう思うと仕方がないのかもしれないけれど残念だ。


 まあでもどこからかこっそりと覗こうとは思って居る。それに開店のお客様としてメイナードが来る予定だ。その時は私が案内するべきだろう。しめしめとにやけていると、リアムからのデコピンが飛んできた。


「ララ、お前なんか企んでるだろう?」

「えっ? 全然。メイナードが早く来ないかなーって思ってただけだよ」

「メイナードはもう俺の執務室に来て居るぞ、開店の少し前に店の中を見せる予定だ。俺が案内するからお前は大人しくしてろよ」

「えっ? なんで? メイナードは私のお友達だよー」

「領主の息子と聖女様が揃ってたらもっと大騒ぎになるだろう、おもちゃ屋なんてどこにも無いんだ、客は興奮してる、何か有ってからじゃ困るんだぞ、大人しくしてろよ」


 リアムの言葉にショックを受けていると、セオがそっと手を繋いでくれた。

 忙しそうな店内の中で会頭として我儘を言う訳にはいかない、すごすごとリアムの執務室にでも言ってメイナードに癒され様と思って居たところで、アダルヘルムとスライムたちがやって来た。


 店内に続く扉からやって来たアダルヘルムを見て初体面のユーゴやサスケリオは呆然としていた。伝説の騎士であるアダルヘルムはもはや歴史上の人物と言っても可笑しくはない。スター商会にたまに顔を出すからと聞いていても、本当に顔を合わせたらそれは緊張するだろう。こればかりは仕方がない事だ。


 そしてその他の皆が驚いているのはアダルヘルムの後ろにいるスライムたちにだった。

 アダルヘルムのスライムたちはアダルヘルムの後ろに背の順で綺麗に二列に並んでいる。歩く……ではなく飛んでいる姿も皆揃っていて店のスライムたちとは明らかに違う。ヨナタンとオクタヴィアンまでもスライムたちの様子に驚いて居る様だった。


「ララ様、遅くなりました。きっと開店が早まるだろうと思ってきたのですが、間に合いましたでしょうか?」

「はい、アダルヘルム有難うございます。まだ開店前なので大丈夫です。スライムたちも良く来てくれました。今日は宜しくお願いしますね」

「「「キュキュー」」」「「「クックー」」」

「では、番号1から5までは店長の指示に従い6から10は副店長へ」

「キュキュー」「クックー」

「11から15まではヨナタンとオクタヴィアンの指示に、残りはレジ応援に向かえ、解散」

「キュキュー」「クックー」


 アダルヘルムからの指示を受けるとスライムたちは一斉に動き出した。


 その素早さは研究所から連れてきていた店の中に居るスライムたちとは明らかに違う。まるでウサギと亀だ。いや大人と子供といった方が良いのかもしれない。アダルヘルムスライムは各親分からの指示を受けるとサクサクと仕事をこなしていく、キャットウォークならぬスライムウォークを使い、店の中を縦横無尽に動きまわる。とても今日初めて店に来たスライムとは思えない様子だった。


「……スゲー……」

「流石アダルヘルム様です……」


 ヨナタンとオクタヴィアンは頬を染めキラキラした目でアダルヘルムの事を見ていた。


 後でアダルヘルムからスライムの指導法を聞きだそうと二人で何やら話し盛り上がっていた。店長のユーゴはレジを早打ち練習するアダルヘルムスライムを見て「もうこれアルバイトも俺も要らないんじゃ?」なんてことを呟いていた。

 残念ながらアダルヘルムのスライムたちは今後護衛職の皆やベアリン達と行動を共にする予定なので、おもちゃ屋さんのお手伝いは店が落ち着くまでの間だ。研究所スライムの成長を祈るしか無いだろう。




 スライムたちのお陰でアルバイトの子達が来た時点で、手伝ってもらう事は何もなくなってしまった。なので開店をもっと早めることとなり、クルトが大急ぎでメイナードを呼びにリアムの執務室へと向かってくれた。何だかアダルヘルムスライムが手伝った事で返って慌ただしくなってしまったようだ。でもお客様にとっては開店が早い方が良いので良しとしよう。


 クルトがメイナードを呼びに行っている間に、リアムが護衛たちに指示を出すため少しだけ店の入口を開けると、そこには既に大勢の客がいるのが見えた。入口に立って居るブルージェ領側の護衛リーダーのトミーに声を掛け、メイナードの見学が終わり次第おもちゃ屋さんを開店をすることを伝えた。


 それを聞いたトミーは通信魔道具を使い、護衛の皆に連絡を回していた。こう行った時にオクタヴィアンの通信魔道具はとても役に立ってくれている。王都の魔石バイク隊も同じだけれど、すぐに連絡を取り合えることはとても重宝している様だ。スター商会の従業員を褒められると嬉しくなる。オクタヴィアンの才能を皆に分かって貰いたいからね。


 そうこうしているとメイナードが慌てた様子でやって来た。部屋で対応をしていてくれたジョンも一緒だ。メイナードはおもちゃ屋さんの店内に入るのは初めてだったので、入った瞬間「わあー」と喜びの声を上げていた。良い笑顔が見れてとっても嬉しい。


「ララ、おはよう。おもちゃ屋さん、すごいねー! スライムたちも今日は沢山いるねー」


 キラキラした目で店内を見て回るメイナードはとっても可愛かった。

 気になる商品を手に取っては妹のバイオレットに買って帰ろうかなと言って居るのを聞くと、私が何でも買ってあげるよと言いたくなった。

 そんな目じりを下げている私にリアムの痛くないデコピンが飛んできた。


「ララ、お前はそろそろ自分の部屋に戻れ、メイナードは俺が対応するからよー」

「……ちぇっ、忘れてなかったか……」

「なんか言ったか?」

「いいえ、何でもございませんわ。オホホホホー」


 思わず漏れた呟きを笑って誤魔化し、部屋へ戻ろうとする私にリアムはアダルヘルムを押し付けてきた。私の監視役と言っていたけれど、アダルヘルムが居ると店内が大変な事になるから私と一緒に追い出したことは確実だった。


 だって扉を閉めるときニヤニヤしていたからね。まあ、アダルヘルムが居れば私が勝手をしないと面白がっているのだろうけど……。酷い物だ。


 仕方がないので、スター商会内の窓でおもちゃ屋さんが見える場所に移動した。

 そっと窓を開けるとユーゴの良く通る、元気がある声で店長挨拶をしているのが聞こえてきた。

 お客様を出迎えるのにリアムとイライジャ、それにメイナードも領主代行として一緒に立っている様だ。出来ればあの場に私もいたかったけれど、こればかりは仕方が無いだろう。


 そこで良いことを閃いた。

 折角の開店日、出来ればお客様を喜ばせたい。一人ほくそ笑みながらその瞬間を待った。


「おもちゃ屋さん、開店いたします!」


 ユーゴの声に合わせ癒し爆弾を空へと打ち上げた。


 キラキラ輝く光が空から店前に居る客たちに降り注ぎ「きれー」とか「スゲー」と言って居る声が聞こえた。皆が空を見上げる中、窓にこっそりと隠れている私に気が付いたリアムが、お客様に笑顔を振りまきながら私を睨むという特技を披露していた。


 ちょっぴり怖かったので小さく手を振り大人しく部屋に戻ろうと後ろへ振り向いたところで、アダルヘルムの氷の微笑が待っていた。


「ララ様……リアム様に大人しくしているように言われましたよね……」

「うっ……すみません……お店に来てくれたお客様に何かお礼をしたくって……」

「お気持ちは分かりますが外から見える場所で大掛かりな魔法を使ってはいけません。今はただでさえ危険なのですから……」


 ブルージェ領では今更な気もしたが、言い返すのが怖かったので大人しく頷き、アダルヘルムのお小言を聞きながら部屋へと戻った。ブルージェ領のおもちゃ屋さんはこうして無事に開店を迎えた。


 残念ながら私は無事では無かったけどね……。


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