第466話 おもちゃ屋さん開店です。②

 ブルージェ領のおもちゃ屋さんが開店して数日が経った。


 それでもまだ行列は衰えず、連日大繁盛を続けている。


 近隣の領からも訪れる家族連れは多く、もはやテーマパーク化していると言ってもいいぐらいだ。子供向けの玩具なのに大人が大量買いしたり、長時間居座り店内で遊ぶものが居たりして、中々客を入れ替えることが出来ないため、時間制限や数量制限まで出る状態になって居る。


 その為アダルヘルムのスライムたちは今もなお、おもちゃ屋さんでその能力を発揮し仕事を頑張ってくれている。レジ打ちは様になって居て、パートやアルバイト、それにレジが得意な副店長のサスケリオに負けないぐらいの素早さだ。


 どうやっているのかは分からないが、体全体を使ってレジのボタンを打っている。その速さはレジ検定が有ったら一級が取れるレベルで、見ているだけでも楽しめる。ただしスライム語が分からないため、値段を「クッククー」と伝えてもお客様には伝わらない。なので必ず人間と二人で組んでレジを担当している。


 客が購入した商品の袋詰めも必要なので二人でレジを担当することは問題無いのだが、スライム可愛さに何度もレジ並びをする人がいるため、常にレジは混んでいた。

 リアムとイライジャがもう数台レジを置くべきかと相談し合っていた。今後の店の込み具合によって決める様だ。


 そしてビックスライムことビックは、おもちゃ屋さんの庭にあるブランコの上で子供たちの相手をするのが日課になっていた。


 お客様の中には小さな子が多くいるので、ブランコに一人で乗るのが大変なほど小さな子を乗せてあげたり、落ちそうになっていた子を支えてあげたりと頑張ってくれている様だ。


 ユーゴに脅され……いえいえ、仕事をきちんとするように注意されてからと言うもの、ビッグは真面目に働いている。アダルヘルムと顔を会わせて、アダルヘルムスライムを見たことも彼を? 刺激したようだ。


 アダルヘルムスライムたちは「凄い」「カッコイイ」「天才」等々と皆に褒められていたため、プライドが高い? ビックはライバル意識を持ったようだ。

 マルコもこの事にはとても喜んでいて、自分の育て方が良かったからだと胸を張っていた。ある意味ビックには個性があるので間違いでは無いが、誰もマルコの言葉に頷いてはいなかった。皆アダルヘルムスライムの凄さに圧倒されていたようだった。


「ララ様、スッゲー充実してます。俺仕事が楽しいです」


 ユーゴがそんな声掛けをしてくれた。

 ユーゴは今まで実家の手伝いをしていてその仕事に不満はなかった様だが、それでもやっぱりいつかは自分の店を持ちたいと思っていたようだ。それが叶った今、このおもちゃ屋さんに対する思い入れは強いようで、とても店の事を大切にして居てくれる事が分かるし、それがとても嬉しい。

 ユーゴが店長になってくれて良かったと思う。やっぱりリアムやイライジャの人を見る目は確かなようだ。





 そんな感じでブルージェ領側のおもちゃ屋さんが大盛況を迎えている中。

 燃えているのが王都店のおもちゃ屋さんの店長のガレオ……ではなく、何故か商業ギルドのギルド長のルイスだった。


 ルイスは開店前の準備期間の間、毎日の様にスター商会に顔を出し、おもちゃ屋さんの様子を確認しに来ている。

 一日おきにスター商会へ寝泊りするぐらいだ。

 友人であるガレオの事が心配なのかな? とルイスの優しさにちょっぴり感動して居たのだけど、どうやらそれは少し違うようだった。


「ブルージェ領のおもちゃ屋さんよりも絶ー対に客を集めるからなー!」


 これが最近のルイスの口癖だ。


 ルイスは何故かブルージェ領の商業ギルドのギルド長であるナサニエル・タイラーに凄くライバル心を持っている。きっと年も近く、ギルド長に就任した時期も近く、その上二人共イケメンだからだろう。

 ルイスより年上のナサニエルの方はなんとも思ってい無い様だけれど、ルイスはナサニエルがスター商会へ遊びに来た話とかを聞くと、自分も必ずリアムに会いに来たがるし、新商品が出来る物ならば王都店から先に販売して欲しいと言うぐらいだ。


 きっとリアムとナサニエルの仲が良いことも焼きもちの原因なのだろう。ブルージェ領ではお祭りや育成所や団地、それに領主邸との交友などがあり、どうしてもナサニエルやベルティ達とリアムが会う機会は多くなる。

 今回も先にブルージェ領のおもちゃ屋さんが開店したので、尚更燃えている様だ。有難いような……少し暑苦しくって迷惑なような……自分の仕事は大丈夫なのかと心配になる様な……

 補佐のナシオも一緒に来ているので大丈夫だと思うのだが、ナシオが浮かべるその表情はあきれ顔だ。きっと言っても言う事を聞かないのだろう。何となく想像がついた。


「ちょっとルイス―、ここの店長は僕なんだけど、口挟まないでくれる?」

「ガレオ、俺に任せてくれればブルージェ領のおもちゃ屋さんなーんかより繁盛させてやるからなー!」

「だから話聞いてる? 僕はブルージェ領と競うつもりはないのっ! あっちとは客層が違うに決まってんだからね。こっちは王都だよ。他国の人だって来るし、貴族だって来る、ブルージェ領と比べたってしょうがないじゃんかー」

「ハハハッ、なる程なっ、やる前から勝負が付いてるって事だなー、ガレオ良い事いうなー。へへへんっ、ナサの悔しがる顔が楽しみだぜ」

「ナサが悔しがるはずないでしょー、ルイスなんか相手にもされないと思うよー」


 ガレオの言葉を聞いてもルイスは聞く耳持たずで、如何にブルージェ領に勝つかを考えて居る様だった。

 ガレオは可愛い物好きというだけあって、店内の陳列にとても力を入れている。ブルージェ領側が綺麗さっぱりに陳列しているとしたら、こちらはポップを付けたりとケーキのデコレーションをしているようで面白い。

 ガレオのセンスもとても良くって、女の子の好きそうな玩具の辺りはビルとカイにお願いして壁紙迄キュートな物に変更して貰って居た。それにお菓子の陳列も色とりどりで綺麗にしてある。見た目だけで人を取り込む気だ。流石としか言いようが無かった。


「ララ様よー、こっちにはスライムはいつから手伝いに来るんだー?」


 おもちゃを並べるのを手伝いながらルイスがそんな事を聞いてきた。ガレオが目の前に居るのにすっかり店長気取りだ。まあルイスもナシオまでも手伝ってくれているのでこちらとしては有難いけれど、いつかガレオの堪忍袋の緒が切れそうで怖い。

 ガレオは見た目は可愛らしい男性だけど怒ったら怖そうなので心配でならない。まあ学生時代からの友人だから大丈夫でしょう……多分。


「えーと、スライムは――」

「ルイス、ここでは僕が店長なんだけど……」


 急にガレオの声のトーンが低くなった。

 それに何だか店の気温が一気に下がったような感じになって、極寒の地に降り立ったみたいに冷たい風が体を刺すような空気を感じた。ピリピリと肌がして鳥肌が立っている気がした。

 ふとガレオとルイスを見てみると、ガレオはとっても可愛らしい笑顔を浮かべて居るのに、それを見ているルイスは真っ青で、冷凍庫の中に数時間閉じ込められていたような表情をしている。これは一体どうしたのだろうか。


「えーと……ガレオ……?」

「いいじゃんかよー、俺だっておもちゃ屋さんの開店楽しみにしてたんだぜー」


 ルイスの言葉をきくとガレオの笑顔は益々可愛らしくなった。

 とてもリアムやルイスと同い年の男性とは思えない。二人の様子が面白いのかセオとクルトは少し離れたところでニヤニヤして見ている。ケレンゾウとチコはガレスのこんな様子を始めてみたから、怯えているようで顔色が悪い。浮かべているのはとっても素敵な笑顔なのに、そこにはアダルヘルムと違った迫力があった。


「楽しみにしてくれているのは有難いけどねー、僕はブルージェ領と競うつもりも無いし、店長として僕が責任をもって進めて行きたいの、その事、ルイスなら分かってくれるよね?」

「いやー、でもさー、どうせやるなら――」

「分かってくれるよね? ね、ルイス?」

「ひっ……おおーう、そうだなー、ガレオの言う通りだよなー。まあ、なーんだ、俺は何でも手伝うからよー、いつでも相談してくれよなー」

「フフッ、うん、ルイスありがと、頼りにしてるからね」


 これは二人の力関係が良く分かった瞬間だった。

 ここにリアムが居たらどうなっていただろうか、きっとリアムも怒った時のガレオには頭が上がらない気がする。普段ニコニコしている人が怒るとかなりの迫力がある様だ。私もガレオを怒らせないように気を付けたいと思った。




 ルイスが疑問に感じたスライムたちは、王都店のおもちゃ屋さん開店の前日からこちらの手伝いに参加する予定になって居る。それまではパートさんもアルバイトもレジの練習がてら来ているので、彼らに仕事を手伝って貰う予定だが、準備時間がブルージェ領よりも多くあった王都店は、殆ど出来上がっていると言って良い。

 なので後は開店を待つだけなのだが、それでもブルージェ領の様子を見ると大混雑が予想されるので、ルイスには不安がある様だった。


 それにもう一つの不安がウエルス商会だ。

 今の所あれからコナーからは何もしかけられていない、セリカがスター商会の、そしてディープウッズ家の一員だとは知らないので攻撃しようが無いのかもしれないが、それでも普通なら何か対処をしそうなものだ。

 それが無いため、今回のおもちゃ屋さん開店時に何か有るのではないかと少しだけ緊張していた。勿論何もないのが一番良いのだけれど。




 考え事をしながら作業をしていると、こつんこつんと何かを叩くような小さな音が聞こえた。

 セオもそれに気が付いた様で、音がする窓の方に視線を送ったが何も見えなかった。夕暮れ時だし、風でも強くなって何かが当たったのかな? と思って居ると可愛らしい小さな声が聞こえてきた。


「クゥ~……」


 スライムだと気が付いた私とセオはすぐに窓際に行って窓を開けた。

 するとそこには大人の親指ほど小さくなったスライムが、窓を開けてくれるのを待っていた。

 どう見てもこのスライムはここで一番小さな体になる。それだけ弱っているという事だ。

 私が手を差し出すとぴょんっと手のひらに飛び乗ってスリスリして甘えてきた。すぐに魔力を流すと今度は嬉しそうに「クック―」と言って手の中でくるくると回った。

 この子がどうして外に居たのかはすぐに分かった。そう、このスライムはセリカのスライムだ。魔石バイク隊のレオナルドに巡回の時に探して欲しいとお願いして居たのだけど、どうにかして自分で戻ってこれたようだ。

 嬉しくて私の目からはポロポロと涙が沢山出た。


「スライム、良く戻ってきてくれましたね、有難う」


 私がお礼を言うとスライムは「クッククー」と鳴いて返事をしてくれた。

 その姿が少し自慢げだったので思わず笑ってしまった。きっと主であるセリカを守れたので嬉しかったのだろう。この子が無事で本当に良かったとそう思えた。


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