第448話 クルト先生の乙女心レッスン
「それではこれから授業を始めます」
「はーい」
「おう、いいぞ、俺は勉強は得意だからな! ガハハハッ!」
今私とマルコは、ディープウッズ家の私の部屋でクルトから授業を受けることになって居る。
その授業とは、”クルト先生の乙女心レッスン” と私が勝手に名付けた物だが、そもそもいい年頃の親父ともいえるクルトに、乙女心を習う時点で疑問を感じるが、オルガやアリナは自分たちでは到底無理だと思うと匙を投げられ、アダルヘルムとマトヴィルにはそもそもそんな機微は無いという事で、クルトが大抜擢されたのだが、本当にそれで良いのだろうか? と疑問しかない。
クルト以外にもスター商会には沢山の女性陣が要るにもかかわらず、四十過ぎの男性であるクルトが乙女心を本物の乙女である私に指導する……どう考えてもおかしいような気がしてならなかった。
けれどスター商会で一番乙女なニカノールでさえ、自分には荷が重いと言って居たらしく、こうしてクルトの指導が決まったのだった。
そしてマルコも恋人のメグの為、乙女心の理解に向けて一緒に授業を受けることになったのだが、マルコと同レベルだと言われているようで少し私の乙女心は傷ついていた。
それにセオは邪魔になるからと自主練をすると言って逃げるように席を外しているし、リアムからは今日はスター商会に来なくてもいいと言われている。私の乙女心はそんなに皆に心配かけるぐらい酷いのだろうか? シャーロットやジュリエット、それに他の人達の恋心だって気付けたのに何故? と思うと納得ができなかった。
どうやらクルト曰く、タッドに卒業パーティーに誘われて親心と言って居る時点でダメだったようだ。クルトにそうじゃないでしょうとタッドが部屋から出て行った後注意されてしまった。そこはきっと会頭としてと答えるべきだったのかもしれない。でもそれは乙女心と全く関係がない気がするのだけど……謎は深まるばかりだ。
それにセオの事もだ。クルトにセオの話を聞いて上げて欲しいとお願いした時に、「セオは親の愛情に飢えていると思うの……」と言えば頭を抱えられてしまった。年頃であるセオの心の内をはっきりと口に出してはいけなかったのかもしれない。
私に足りないのは乙女心ではなく、おせっかい過ぎるところが多すぎてしまう部分だと思うのだけど、クルトはアダルヘルムと相談の上で、すぐさまこの授業を開くことを決めてきた。学校入学までの一年の間にしっかり学んでくれという事らしい。きっと同じ年頃の友人作りの為なのだろう。クルトの私に対する親心なのかもしれない。
「では、お二人共、まず何か聞きたいことはありますか?」
授業が始まってすぐ、クルトは私たちに疑問を問いかけてきた。どうやらそれに答えながら授業をしていくようだ。私達が何が分からないのか知らなければ、クルトも教えられないといったところだろう。「はい」と元気よく私とマルコの手が上がった。
「はい、では先ずはララ様どうぞ」
「はい、先生。ずっと疑問だったんですけど、身体強化を掛けて夫婦が夜の営みをするとどうなるんですか? もしかしてすっごく激しくなるのでしょうか?」
「おう、ララ、いや、ララ様、それは良い質問だな! 俺もずっと疑問に思って居たことだ。なにしろ実験しようにも実験できない事だからな」
「でしょう?! 流石マルコ良く分かっているねー」
「ガハハハッ! そうだろう、そうだろう、因みに俺の質問は欲求についてだ。年代別、性別、それに魔力量の多さなどを考え、どう違うのかを検証したい、クルトならば何かいい方法が分かるのではないかと思った。これは結婚するには大切な事だからなっ! ガハハハッ!」
「なる程、前もってどれ程欲求があるのか分かって居れば子供を作るにも計画が立てられますよね、流石マルコ良い質問ですねー」
私とマルコは良い質問だとお互いを褒め合いクルトの方にドヤ顔を向けた。するとクルトは何故か頭を抱えしゃがみ込んでいた。どうやら質問がダメだったらしい。クルトは困った顔で大きなため息をつくと立ち上がり、気合を入れ直したような表情になった。
クルト先生は気長に頑張ってくれるようだ。いい先生だと思う。
「ゴホンッ、えーと、二人共今日の勉強内容は理解していますか?」
「はい、乙女心についてです」
「おう、人間の心とやらの教育だろう? ビルにキッチリと教えられたぞ」
「では、今の質問がこの授業に関係ない事は分かりますよね?」
「えっ? でもクルトが気になることって……」
「夫婦になるなら研究するべきことだろう……」
クルトはアダルヘルムの迫力に負けないぐらいの表情で私たちに笑顔を向けると、また「今の質問がこの授業に関係ない事は分かりますね?」と同じ事を繰り返し、私達は恐怖から素直に頷いた。
そう、今日は心の機微についての勉強だ。人体で行うような実験の話しはしてはいけなかった……らしい。クルトは「前途多難だ……」と呟くと、今度は私たちに質問をしてきた。
「では、私の方から質問します。異性に食事に誘われました。それにはどういった意味があると思いますか?」
「普通にお腹が空いていたから?」
「いや、ララ様! それでは余りにも普通過ぎる。もっと考えねば、これは誘いと思った方が良い」
「誘い?」
「そうだ! 食事に毒を盛り、どれだけ耐えられるかを試すのだろう? そうでなければ問題にならないからな!」
マルコがどうだ! と言ってガハハハッ! と笑いだせば、クルトは片手で顔を覆い、またまたため息をついていた。顔色が悪いし頭が痛い様だ。流石にマルコの毒を盛るはいきすぎだった様だ。
「ゴホンッ、えー、では、もっと簡単な問題を出します! 良いですか! 異性に好きと言われました! 貴女はどう感じますか?」
「えっ? 有難う? 私も好き?」
「ふむ……好きか? それは心拍数向上の実験をしているのではないか? 学友がそんな事をして居た気がした。体の、特に心臓の事を調べるのが好きな奴がいてな、良く走っては心拍数を調べていた。それはそれは面白い奴だったぞ」
変人のマルコの友人はやはり変人の様だ。
いやそれは失礼だよね。心臓を調べるなんてすごい事だと思う。病気の事やこの世界の魔法の事を考えると、人体の臓器の研究はとても大切だと思う。ただし魔法や魔法薬で病気を治すこの世界ではその研究が周りに理解されるかは分からないけれど。
クルトは自分の額をペチペチと叩きながら部屋の中をうろうろとすると、おもむろに自分の魔法鞄から本を二冊取出し、私とマルコの前に置いた。
「お二人共この本を読んで感想を教えて下さい。それを宿題にして今日の授業は終わりにします」
本を見てみると、絵本作家としても有名なエマ・コリンズの『小さな恋の物語』と『私の王子様』というタイトルの恋愛小説だった。私はこういった小説は余り好きでは無いが宿題と言われては仕方がない、マルコも「エレノア様の論文が良いのに……」とブツブツ言いながらも渋々手に取っていた。私も同じ意見だったけれど、クルトの笑顔を見ればそんな事は言いだせなかった。
「良いですか、本を読んだら必ず感想文を書いてください、そして私に提出する事、その後、次の授業を行います。適当は許しませんからね!」
「「はい……クルト先生……」」
こうして第一回目のクルト先生による乙女心の授業は無事に? 終わることになった。
初回から乙女の気持ちが理解できるとは思って居なかったが、やはりクルトの質問には的確な答えが出せなかった様だ。
これは自主勉、そう予習そして今日の復習も必要だろう。マルコもやっぱり勉強好きなだけあって私と同じ考えだったのだろう、メラメラと瞳に炎を宿して居る様だった。これは次回はクルトから合格点を貰えるように頑張らなければならない。マルコには負けたくないと、私も心に火がついたのだった。
「それじゃあ、クルトとの授業はイマイチだったの?」
夜になり自室でセオと本を読みながら、今日の授業の話をして居た。
セオは口元を押さえながら笑うのを我慢しているように見える。私が口を尖らし頬を膨らませると、遂に「ぷっ」と抑えきれなかったのか笑いだしてしまった。
拗ねる私の頭をセオはごめんごめんと言いながら慰めるように撫で始めた。最初から上手く行かないのは当たり前なので気落ちしなくていいと慰めてくれたし、それに今日の授業で出た宿題の本を、早速読んでいて偉いとも褒めてくれた。そう言われると笑われても許すしかなかった。
「で? その本はどうなの? 面白い?」
「……全く意味が分からない……だって話もした事がない二人がどうして急に恋人になれるの? それも好きだって直接言って居ないんだよ。君の為に戦う……それが告白って可笑しくない? 勝手に商品扱いされたらいい迷惑だよね?」
「あー……うん……そうだね。うん……俺はララを手に入れるための決闘はしないようにするよ……」
「いやいや、セオに決闘させるぐらいなら私が自分で戦うでしょう? それに相手の気持ちを考えないで男同士が勝手に決闘するって可笑しくない? 勝った方が女性の嫌いな相手だったらどうするの?」
「いやー……うん、そこは小説の中だからね……」
これならばティボールドの官能小説の方がよっぽど恋愛小説のような気がする。無理矢理結婚させられたけれど、本当は好きな相手が居てその人と再び会って逢瀬を重ねていく。そんな気持ちならば私でも良く分かる。まあこの世界では相手の顔も知らないうちに婚約とかあるので、少し私の感覚が可笑しいのだろう。クルトの宿題の作文には小説の問題点を書いてみようと思った。
セオとそんな話をしながらそろそろ眠ろうかと準備を始めたところ、突然私の室内の一部分が光り出した。セオは剣を構え、私も戦える準備をする。すると転移の光だったのだろう、その中からはぐったりしたセリカが現れた。手には人形の状態になったスノウがいて、スノウの魔石には亀裂が入っているように見えた。
それに二人と一緒に居たはずのスライムの姿が無かった。魔法鞄にしまっている可能性もあるが、違う気がする。何故ならセリカの服にはスライム液のような物が付いていたからだ。それに服の一部分は破け、血の跡もある。そこはまるで癒しを受けたかのようで、うっすらと傷痕が残っている状態だった。誰かに攻撃をされたことはすぐに分かった。
「セリカ!!」
倒れ込むセリカを身体強化を掛けて支えた。セオはすぐに理解してアダルヘルムを呼びに行ってくれた。セリカは血が足りないのか真っ青な顔をして居る。私はセリカに癒しを掛け増血剤を与えることにした。
「ララ様……申し訳ございません……」
意識を取り戻したセリカが最初に言った言葉は謝罪だった。一体何があったのだろうかと胸騒ぎを覚える夜となった。
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