第449話 セリカの危機
私の部屋に転移して戻って来たセリカは少し混乱しているのか、何度も何度も私に謝って来た。
私はセリカを抱きしめ、大丈夫だよと励まし続けた。そんな事をして居るとアダルヘルムとクルトがやって来た。セオは今度はマトヴィル達を呼びに行ってくれて居るのだろう。一緒には戻っては来なかった。
「ララ様、セリカをすぐに部屋に連れて行きましょう。診察をして休ませた方が良いでしょう」
アダルヘルムの言葉に頷くと、クルトがセリカをお姫様抱っこした。軽々とセリカを抱えるクルトは、カッコ良くって流石私の世話係だとほれぼれした。
クルトはセリカの事が心配なのか、普段見せない程の思い詰めた様な顔をしていた。キランとセリカがディープウッズ家に来た当初、クルトは二人についてお世話をして上げていたので、その分セリカに愛情があるのだろう。
気が付けばクルトは心配からか顔色が悪くなっていた。気持ちは私にも痛いぐらい良く分かった。
「誰かから受けた傷は癒しで治っていますが、セリカに付いているこの香は、痺れ薬のような毒を浴びたようですね。セリカがチェーニ一族のものでなければ死んでいたかもしれません」
セオやキラン、それからセリカの生まれた里であるチェーニ一族は、暗殺や諜報が得意な一族で、子供の頃から毒になれさせられている様だった。
セオは元々毒の耐性を持っているのだが、そうでないキランとセリカは、小さな頃からかなりの種類の毒薬を、体に慣れさせるために飲むように強要されていたようだ。
そのおかげとは思いたくは無いけれど、キランの命が助かって良かったと思う。まさかチェーニ一族に感謝する日が来るとは思わなかった。
「ララ様……申し訳……ありません……」
「セリカ、ララ様への話は治ってからです。今は大人しくして居なさい」
アダルヘルムの注意を受けると、セリカは小さく頷いて目を閉じた。
アダルヘルムはそっとセリカの頭を撫でた後、脈をとったり、衣類の魔法の痕跡を調べたりを始めた。
そんな様子を見ながらセリカの破れた服を早く着替えさせて上げたいなと思って居ると、オルガとアリナが部屋へとやって来た。
二人は様子を見て理解してくれたのか、アダルヘルムの処置が終わるとセリカを着替えさせますと請け負ってくれた。
セリカは随分と良くなって居る様だったけれど、アダルヘルムから自分達への報告は明日で良いので、今日は休むように言われていた。
キランもセリカも自分の体の事よりも、仕事を優先してしまうタイプなので無理をしそうで心配だ。クルトも同じ様に思ったのだろう、先程までと同じ様に心配そうな顔をして居た。
セリカの部屋を出て廊下に出ると、マトヴィルとセオがやって来た。
二人はスター商会や商業ギルド、それに闇ギルド、それから王城のアー君や、ブルージェ領の領主邸にいるタルコットに連絡を入れてくれたりと、対応をしてくれていたようだ。
ベアリン達は話を聞くと、魔石バイクでディープウッズの森の見回りに行ってくれた様だ。皆の対応が早くてとても助かった。
「ララ様、既に就寝のお時間を過ぎておりますが、少しだけお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
アダルヘルムの問いに頷き、私、セオ、クルト、マトヴィル、そしてアダルヘルムで私の部屋へと向かった。
部屋にはウインが人形の姿でテーブルに置いたままだったので、明日にでも直して上げようと、そっと私の魔法鞄にしまった。
きっとこの子がいたからセリカは無事にディープウッズ家に戻ってこれたのだろうと思うと、ウインには感謝しかなかった。
絶対にウインを直して上げなきゃね……
クルトが皆に滋養茶を入れてくれた。
セリカの事が有ってざわざわした心が落ち着いた気がした。ホッと一息つくとアダルヘルムが話しだした。
「ララ様、セリカはウエルス商会とテネブラエ家を見張っていた事があちら側に気付かれたのだと思います。セリカの服の裂け方を見れば、かなりの手練れに襲われたことは確実です」
セリカはチェーニ一族の中ではそれ程能力が高い訳ではないらしいが、それでもその辺の護衛や隠密に一方的にやられてしまう程弱い訳ではない。
魔力量や使える魔法の種類がセオに比べればそれ程多い訳では無いが、これ迄の経験や隠密が得意な事、それにディープウッズ家に来てからのアダルヘルムやマトヴィルとの訓練を考えても、相手が強い事は想像が出来た。アダルヘルムの言葉に皆が納得して頷くと話は続いた。
「ロイド・ウエルスの補佐がコナーという名だと、セリカから連絡を受けたばかりだったのですが……」
「コナー?! コナーってあの?」
「ええ、本人かは分かりませんが、今回のセリカの状態を見るとララ様が襲われた際に、ウイルバート・チュトラリーと一緒に居たあのコナーだと思われます。それにリアム様達も先日ウエルス邸に行かれた際に、ロイド殿から新しい補佐はコナーと言う名だと言われたそうです。ただ本当に同一人物かは、明日セリカの様子次第での確認となりますが……」
コナーの名を聞いてゾクリと背筋に悪寒が走った。
コナーはウイルバート・チュトラリーが、処分するように声を掛けると、表情を変えることなくブライアンやガブリエラを消していた。
その事を思い出すと、セオがコナーに刺された時の記憶もよみがえり、自分の体が震えるのが分かった。
セオはそんな私に気が付いたのか、隣に座り肩を抱いてくれた。今元気な姿のセオの温もりにホッとする。セリカがコナーから逃れられて本当に良かった。
「ウエルス商会とテネブラエ家への警戒は引き続き必要ですが、コナーが居るとなると下手に手を出すと危険です。暫くは様子見が必要かと……」
「はい、そうですね……でもこんな近くに居るだなんて……」
「ええ、コナー自身、姿を現す予定も、セリカを逃がす予定もきっと無かったのだと思いますよ」
「えっ? それは……?」
「フッフッフ……奴の……そうウイルバート・チュトラリーの作戦は失敗に終わる可能性は大きいですね……こちらに身元がバレたのです。いつまでもコナーはウエルス商会にはいられないでしょう……フフッ、悔しがって歪む顔が目に浮かびます……」
ヒィー! アダルヘルムが怖い!
笑顔だけど、笑顔じゃないよ! 弟子として可愛がっているセリカが危険な目になあったんだから怒るのは当然なんだけど……なんでいつもお怒りの時は笑顔なんだろう?
チラッとセオを見ればアダルヘルムの顔は見て居なくって、私の事を心配そうに見ていた。クルトは下を向き何だか苦しそうな表情だ。きっと妹の様に可愛がっているセリカがコナーに襲われた可能性があると聞いて、居た堪れなくなったのだろう。
仕方なくマトヴィルに視線を向ければ何故かとっても嬉しそうだった。なんで?
取り敢えずアダルヘルムの話しは終わり、私は子供なので寝るように促された。
ベットに入っても暫くは目がさえて眠れなかったが、セオが抱きしめながら頭を撫でてくれると、ホッとしていつの間にか眠りについて居た。
私が寝た後も、アダルヘルム達は色々とリアム達やタルコット達、それにアー君やナサニエルやルイス、それにジュンシーとも連絡を取ってくれていたようだ。
アダルヘルムに任せておけばレチェンテ国は鉄壁な気がする。まあだからこそこれ迄お父様が居なくなっても、ディープウッズ家は無事だったんだろうけどね。
次の日の午後になり、セリカに会う許可がアダルヘルムから降りた。
セリカは寝間着姿にガウンを羽織っている状態だったので、男性陣にこの可愛い姿を見せても良いのかなと不安になったが、アダルヘルムやマトヴィルは問題外だし、セオも恋愛関係には興味ない様だし、一番問題があるとすればクルトだなと思ってクルトを見れば、案の定少し赤い顔をして視線をセリカから外していた。
私のパンツ姿を見てもクルトは眉一つ、いや、そんな恰好をして居れば眉根に皺が寄るのは確実なのに、美人のセリカの寝間着姿はやはりかなりの衝撃が有る事は分かった。他の皆も見習ってほしい物だ。
「ララ様……昨日は申し訳ございませんでした……」
セリカは私の顔を見るとまた謝って来た。
受けた毒は消えているのか体調はいい様で、昨日よりもずっと顔色が良い。そんなセリカにホッとするが謝るのは私の方だと思った。
「セリカ、危険な目に合わせてしまってごめんなさいね」
そう言ってセリカの手を握れば、泣き出しそうな顔になってしまった。何かに耐えているのが分かる。やっぱりコナーに襲われて怖かったのだろうか、そう思うと胸が痛んだ。
セリカの話では、ウエルス商会の従業員とテネブラエ家の使用人を自分の子飼いとして使い、これまで情報を仕入れていたようだ。
セリカ自身もたまに商人として、ウエルス商会とテネブラエ家に顔を出し、従業員から直接情報を掴んでいたようだったが、そんな時ロイドの補佐という男性が、商談の事で話があるから会いたいと声を掛けてきたらしい。
その補佐こそがコナーだったそうで、私が描いた絵でコナーの顔を知っていたセリカは、すぐに危険を察知したそうだ。
借りていた部屋も戻りしだい引き払い、子飼い達にも警戒をする様に連絡をした。そして夜に紛れてディープウッズ家に戻ろうとしたところで、コナーに追い詰められたらしい。
「あのコナーという人物は、チェーニ一族の中でも飛びぬけて優秀なものだと思います。私の事も店を出た時から消す為に見張っていたのでしょう。そんな中で子飼い達に連絡してしまった私がうかつでした。彼らは私のせいで消されてしまいましたから……」
コナーに見つかり、ディープウッズ家に転移シートで逃げるのは危険だと察知し、どこかへ身を隠そうとしたところで、容赦なくコナーの攻撃がきた様だ。
風魔法で一般人の致死量に値するぐらいの毒を送られ、体が痺れだしたところで、脇腹に剣が刺さった。
セリカが死を覚悟したところで、主の危険を察知したスライムがコナーの顔目掛けて飛び掛かり、その隙にウインがセリカの手を掴み転移をした。
けれどウインの転移はそれ程長距離は出来ないため、何度かの転移でやっとディープウッズ家に着くと、力尽きたウインはあの状態になってしまったようだ。
スライムはあの後コナーに消されてしまったのではないかと、セリカは申し訳なさそうに語ってくれた。ウインが壊れたことも、そしてスライムを手放してしまった事もセリカはとても気にしている様で、セリカの優しくて良い子な所を感じると、尚更胸が痛くなった。
「セリカ、ウインは治るから大丈夫ですよ。それにスライムは、主のセリカを守りたかったんだと思います。コナーがスライムをどうしたかは分からないけれど、意外と無傷でどこかに隠れているかもしれませんよ」
「えっ……?」
「スライムたちもその子によって性格があるみたいです……それにセリカを守ろうとしたぐらい優秀なスライムです。隠蔽が得意な気がします」
セリカは少しホッとしたような表情を見せると頷いた。それを見ると私も安心できた。
でも暫くはセリカにはゆっくりしてもらいたい。体は治っても心の傷は大きかったと思うから。
「セリカは暫く休養を取りましょうね、次の仕事はもっと安全な物を考えましょう」
「えっ……? 失敗した私に次が貰えるのですか?」
私が意味が分からずこてんと首を傾げると、アダルヘルムが側に来てセリカに優しい笑顔を向けた。アダルヘルムにはセリカの言いたい事が分かっているよ言うだ。
「セリカ、君は仕事を失敗したから、この家から追い出されるとでも思って居たのですか?」
えっ? そんな事を思って居たの? と驚いていると、セリカが小さく頷いた。
セリカはこれ迄主を転々としてきた過去がある。今回仕事を失敗したことで、また闇ギルドにでも売られると思った様だ。そう思わせたのは主である私の責任だ。私はベットに飛び乗りセリカにぎゅっと抱き着いた。
「セリカはウチの子です! 絶対に手放したりしませんからね!」
セリカは嬉しかったのか、それともホッとしたからか、一粒の涙を流すと笑顔で「はい……」と呟いた。その表情を見てキュン死しなかった自分を褒めて上げたい。セリカはとっても綺麗だったから。
セリカを傷つけたコナー達を絶対に許さないと改めて誓った日となった。
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