第436話 ジュンシーとディープウッズ家②

「ほう……これが転移部屋ですか……素晴らしい……流石我が愛しき姫であるララ様です。まさに神の偉業とも言えるべき魔法部屋でしょう……」


 ジュンシーは転移部屋がとても気に入った様で、各部屋を舐め回す様に見ていた。そして転移用のペンダントを渡すと、またそれにも興味を持った様でブツブツと「ララ様は素晴らしい」などなど、私を褒める言葉をずっと口にしながらペンダントを調べる様に見ていた。まあ倒れる事が無かったので良しとしよう。


 研究所に転移して、先ずは所長であるビルの所へと向かった、ビルとカイには前もって闇ギルド長であるジュンシーを連れて行くかもと話してあったので、快くと出迎えてくれた。席に通されお茶をカイが入れてくれたが、ジュンシーが無言で見つめている先はビルとカイの肩に居るスライムだった。ビルは水色のスライムを、そしてカイは紫色のスライムを肩に乗せ、スライムが人の仕事をどれぐらい覚えるか実験をしている様だ。今の所はククゥとかキュキュウと言って肩の上で鳴くぐらいで何もしないようだけれど、傍に居るだけで癒されるので仕事がはかどるらしい、苦労が多いビルとカイには丁度いい癒しとなったようだ、良かった。


「この可愛らしいスライムもララ様がお作りに?」

「いえいえ、これはスター商会の研究員が作りだしたスライムです。今おもちゃ屋さんで販売しようかと実験している所なんです。悪い事に使われてしまう様では困りますからねー」

「ほほう! おもちゃ屋さんですか! スター商会のおもちゃ! それはそれはとても楽しみですね。是非私も開店時にはお邪魔させて頂きたいです」

「え、ええ、勿論大丈夫ですけど……ジュンシーさん仕事は大丈夫なんですか?」

「フフフ……ララ様は恋人候補の私の仕事の事までご心配してくださるのですねー、さすが聖女と呼ばれるだけあって心お優しい方だ……仕事は大丈夫ですよ、どんなことよりもララ様の方が大事ですからねー」

「あ、有難うございます……」


 ジュンシーのキラキラスマイルに何故か鳥肌が立った。恍惚とした時の気持ち悪い表情に似ているからだろうか? 闇ギルドのオークションの際に壇上に立っていた時はカッコいいと思ったのに、同じ人物の笑顔でも何故か今はそうは思えない。不思議だ、ジュンシーの笑顔はとても素敵なのにね。何だか笑顔を向けられると蛇の舌でなめられて居る様な気持ち悪さを感じた。セオなら喜びそうだけど……


「あ、もしかして闇ギルド長も……いえ、ジュンシーさんもスライムが欲しいですか?」


 ビルがそう声掛けると、私に向けていた笑顔がビルの方に向かった。キラキラスマイルを向けられてもビルはマルコ達の扱いになれているからか余り気にしていない様だった。流石猛獣使い……いえ、この研究室の所長だ。変態になれていると言った方が良いだろう。


「実は黄色と緑のスライム作りが成功して、今ならスライム達が沢山実験室に居るんですよ」

「沢山?!」

「えっ……ビルそれは……」

「ああ、ララ様大丈夫です。この前ほどの数ではありません、各色十匹ずつとの約束で、それもきちんとチコとルベル立会いの下の実験でしたから」

「それは良かったです……」

「ですのでジュンシーさんもスライムに興味がある様でしたら、観察にお手伝い頂けると助かります。もしよろしければスライムをお持ちになられま――」

「はい! 是非協力させてください! スライム大好きです!」

(ジュ スキ)

(私もジュ様好きです)


 スライムが可愛いからか、それとも珍しいスライムだからか、ジュンシーはスライムの観察に大張り切りでお手伝いしてくれる様だった。世間から恐れられるはずの闇ギルドが、テゾーロとビジューがいるだけで随分ファンシーな状態になるのに、ここでまた可愛いスライムをお持ち帰りしてしまうと、闇ギルドがファンシーショップの様になってしまうけれど大丈夫なのだろうか? 

 まあジュンシーの事だお気に入りである宝を他のものに簡単に見せる様な事はしないと思うけれど、冷酷非情と言われているジュンシーのイメージがこれでまた崩れそうだ。うん? それは良いのかな? 温和な人ってイメージが付いた方が周りとしては嬉しいのかも知れない。うん、そうだね、良しとしよう。


 ビルとカイの執務室を出て早速スライムゲットの為にジュンシーたちと実験室へと向かった。

 テゾーロとビジューは歩くたびにまたあのジュンシーの歌を可愛く歌って居る。セオと仲良くなったからか、セオと手を繋ぎ楽しそうだ。ジュンシーもそんな二人の様子に目じりを下げていた。こればかりは私も気持ちは良く分かる。


 実験室に着くと、マルコ、オクタヴィアン、そしてヨナタンが何やら相談している所だった。きっと新しいおもちゃ屋さん用の魔道具を作っているのだろう。マルコは自分の仕事を素早く終わらせると、毎日二人の居る実験室に来ている様だ。それだけの時間を作れるマルコが優秀なのは良く分かるけれど、他の研究員達は大丈夫なのだろうか? まあ、その辺りはノエミが上手く回してくれているとは思うけれど、そうでなければすでにビル達に注意されそうだものね。


「おう! ララ! ララ様では無いか! 今日はどうした? ん、んんっ?! なんだそのぬいぐるみは! 新しい魔道具か?!」

「ララ様、闇ギルド長殿いらっしゃいませ。もしやその子達はララ様が闇ギルド長殿にプレゼントされたと言って居た子供たちですか?」

「会頭流石だ―! 滅茶苦茶スゲーぞっ! スゲー魔道具だ! 俺も作りてー」


 マルコとオクタヴィアンとヨナタンはジュンシーの歌を歌いながら入って来たテゾーロとビジューに一瞬で虜になった。大柄のオクタヴィアンとヨナタンがテゾーロとビジューに近づくと、迫力があって怖がられると思ったが、二人は変態主のジュンシーで慣れているからかまったく平気そうだった。

 ただマルコにべたべた触られるのは嫌だったのか、セオの後ろにサッと隠れていたけれど、やっぱりベアーズたちと同じで、マルコには実験されそうで恐怖を感じる様だ。

 マルコ……魔道具に嫌われるってある意味凄い才能だよね。


「えーと、ジュンシーさんがスライムの観察を手伝ってくれるということになって、新しい色のスライムを貰いに来たのだけど、スライム達はどこに居ますか?」


 部屋の中を見渡してもスライム達が一匹もいなかったのでオクタヴィアン達に声を掛ければ、なんと庭で日向ぼっこをして居るのだと教えてくれた。スライム達は庭で遊んだり、水浴びをしたりと普段この研究所で自由に生活している様だ。

 そうするとスライム液を浴びなくても生きて居られるらしい。その話を聞いておもちゃ屋さんで販売したらいずれ野良スライムとかが現れそうで怖くなった。やっぱりこの子達はおもちゃではなく生き物なのだろう、ちょっと販売するのが嫌になってしまった。



 庭に行くとスライム達は日向ぼっこをしている子、ブランコで遊んでいる子、草の中に潜っている子等々、各自自由に過ごして居る様だった。でもオクタヴィアンとヨナタンの姿が見えるとわらわらと近づいてきてぴょんぴょんと跳ねだした。きっとお世話してくれている二人の事を親だと思っているのだろう。マルコに近付いて行った子は残念ながら一人も居なかったけどね。


「キュキュッ」

「ククゥ」

「そうか、そうか、会頭が来たから嬉しいのか」

「みんな、お客様だ挨拶をしなさい、闇ギルドのギルド長殿だよ」

「キュー」

「クー」


 オクタヴィアンとヨナタンはスライム達と会話が出来ている様だ。これは凄い事だし、やっぱりスライムは商品には出来ない気がする。ジュンシーは可愛いスライムたちに挨拶をされると、庭だというのに崩れ落ちて膝をついてしまった。服が汚れるが立っていられない程の衝撃だった様だ。

 それもそうだろう、テゾーロとビジューがスライムたちと仲良くしているのだから、もう可愛くって仕方がない気持ちは私もセオも良く分かる。ただ崩れ落ちはしなかったけどね。


「闇ギルド長殿、この新しい黄色のスライムと緑のスライム一匹ずつの観察を闇ギルドでお願いしても宜しいですか?」


 オクタヴィアンが二匹のスライムを大きな手で差しだせば、ジュンシーはやっと息ができたようで、立ち上がりスライムを受け取った。涙目になって居るが大丈夫だろうか。顔も赤いし心配だ。まだお昼も食べて居ないのに……この調子で夜まで持つだろうか……。


「この子達の事は私の命に変えましても大切にお預かりさせて頂きます。どうか私にお任せ下さい!」

「有難うございます。この子達もそれ程愛情を持っていただければ喜びます。お前達新しいお父さんだぞ、言う事をきちんと聞くようにな」

「キュキュッ」

「ククゥ」

「グハッ!」


 ジュンシーはスライムに頬をスリスリされて嬉し過ぎて血を吐きそうになっていた。オクタヴィアンのお父さん呼びも心をうち抜いたのかも知れない。ここに長く居るとジュンシーの命が危険だ、研究所は早めに去った方が良いだろう。




 研究所内に戻ろうとしてある一匹のスライムが目に入った。その子だけ以上に体が大きいのだ。

 そう普通のスライムが手のひらサイズだとしたら、その子だけはテゾーロと変わらない位の大きさがある。驚いてオクタヴィアンの方へと視線を送れば苦笑いを浮かべていた。


 なんでもマルコが毎日大量にスライム液を上げてしまった子らしい、このスライム本人も食いしん坊なのか、他の子が満足してスライム液から離れて行ってもこの子だけはずっと最後までスライム液の中に残っているらしい。マルコもそれが楽しくって沢山スライム液を上げ続けてしまったらしい、今も水の側でジッとして離れない……まるで常に栄養を摂っているかの様だ。


「オクタヴィアン……これは……もうスライム達はおもちゃ屋さんでの販売は無理でしょう……」

「……やはりララ様もそう思われますか……」


 もうスライム達に意思がある時点でおもちゃでは無くなっている。この子達を販売することは危険だろう。だったら違う方向で育てるしか無いと思う。


「スライム達に荷物運びとか商品の陳列とか覚えさせられますか? 従業員としておもちゃ屋さんで働けないかしら? そうすれば子供たちも喜ぶと思うのだけど」

「なる程、簡単な仕事ならスライムたちも覚えるかも知れません、私たちの言葉もここ最近は随分と分かって来ているようなので」

「じゃあ三人で少し挑戦してみて下さい。無理だったらまた考えましょう」

「はい頑張ります」


 こうしてスライムの教育をオクタヴィアンに頼み、その事をビルとカイに伝え、私達はディープウッズ家に転移した。ジュンシーは両肩に貰ったばかりのスライムを乗せご満悦だった。午前中だけでかなり興奮させてしまったので、早めにお昼休憩を取った方が良いだろう。そう思い私はディープウッズ家の屋敷に転移すると最初に食堂へと向かう事にしたのだった。

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