第437話 ジュンシーとディープウッズ家③

「お待ちしておりました、闇ギルド長殿」


 ディープウッズ家の屋敷に着くと、アダルヘルムとオルガとアリナが転移部屋の前で待っていてくれた。きっとクルトがビルにでもディープウッズ家への連絡を頼んでくれたのだろう。流石良く気が利く二人だ。


 アダルヘルムの案内で食堂へと向かう。ジュンシーは少し興奮気味なのか、キョロキョロとあちらこちらに視線を送っていた。アダルヘルム達の手前これでも大人しくしているのだろう、私達だけだったら床を転がりまわって居そうだ。それ位足取りもふわふわした様子だった。


 食堂に着くと、直ぐ料理が運ばれてきた。

 今日はマトヴィルお得意の牛型魔獣ヴィリマークのビーフシチューだ。きっとジュンシーの口にも合う事だろう。補佐のメルケとトレブにも席について貰い皆で食事を摂った。その間食事が必要ないテゾーロとビジューは席に座りこちらの様子を大人しく見ていた。二人の肩には研究所から連れてきたスライムが乗っている、そして時折アリナがそんなテゾーロとビジューの相手をしてくれていた。美少女のアリナが可愛いぬいぐるみたちと戯れる姿はとても素晴らしくって、このまま時が止めればいいのにと思う程だった。婚約者のオクタヴィアンが今ここに居ないのが可哀想になる程だ。まあここは家族の特権という事で許して貰おう。


「いやはや、スター商会の食事といい、ディープウッズ家食事といい、本当にララ様の傍に居ると素晴らしい物に出会えますねー。これがお昼ご飯だとは……シェフはきっと素晴らしい方なのでしょうねー」


 ジュンシーの言葉を聞いて、マトヴィルが料理を作っているという事を知らない事に気が付いた。そう、アダルヘルムもマトヴィルも剣士や武道家としてはこの世界で有名だけど、本来のディープウッズ家での仕事は何をしているか皆知らないのだ。アダルヘルムは家令だし、マトヴィルは料理長だ。この話を聞いてジュンシーがどうなるかが楽しみだった。喜ぶかな?


「ジュンシーさんディープウッズ家の料理長はマトヴィルなんですよ。マトヴィルは凄く料理が上手で何時も美味しい物を沢山作ってくれるんです。凄いでしょう?」

「……」


 あれ? ジュンシーさん何も言わないけど? あまり驚かなかった?


 てっきり驚くだろうと期待して居たのだけど、何も言わないジュンシーに残念だなと首を傾げていると、ジュンシーはフォークとナイフを手に持ったまま突然テーブルにどんと力強く手を置いた。そのうえ体までプルプルと震えている、他の人ならば突然発作でも起こしたのかと心配になるが、ここは変態気質のジュンシーだ。きっと何かが琴線に触れてしまったのだろう。ただそれが何かは分からなかった……


「こ、こ、こ、この食事をマトヴィル様がお作りになられたと……?」

「ええ……そうです……お口に合いませんでしたか?」

「はああっ! 私はなんと勿体ない事をしてしまったのでしょうかっ!」

「えっ? ええっ? 勿体ない? ジュンシーさん残さず食べていますよね?」


 勿体ないってお残しを心配しているみたいだけど、ジュンシーもメルケとトレブも料理が口に合ったのだろう、何も残さず全て食べきってくれているし、パンも各種類を美味しそうに食べてくれた。一体何が勿体なかったのだろうか?


「マトヴィル様のお手製の料理など、この世界の宝と言って良いのでは無いでしょうか……ここは何も口を付けずに持ち帰るのが闇ギルドのギルド長として正しい選択でした……ああ、私はなんと勿体ない事をしてしまったのでしょう。腹を裂けるならば割いて元通りにしたいくらいでございます!」


 頭を抱え「あああ……」と泣きだしてしまったジュンシーに皆がドン引きだ。いやジュンシーの息子同然のテゾーロとビジューだけは心配そうで(ジュ ジュ)(ジュ様 ジュ様)と声を掛けて居る。そこは可愛い。

 でもまさかマトヴィルの作った料理だと知らずに食べてここ迄ジュンシーがショックを受けるとは……先に教えておかなかった私が悪い気がして申し訳ない気持ちになって来た。


 私があわあわしていると、そこは優しいオルガがジュンシーに声掛けをしてくれた。


「闇ギルド長様、マトヴィルの料理が気に入って下さったのでしたら、帰りにお土産としてお嬢様が初めて作られた魔法袋にお入れして、お嬢様がお作りになったお菓子や料理と共に、マトヴィルのこれ迄の料理も沢山いれてお渡しいたしますわ。さあ、お嬢様がお作りになられたハンカチで涙を拭いて下さいませ、こちらもプレゼントさせて頂きますわ」

「……お嬢様とは……」

「ええ、勿論ララ様の事でございますわ、さあ、ハンカチをどうぞ」


 ジュンシーはキラキラした表情を浮かべると、そっとオルガからハンカチを受け取り、胸ポケットへ大事そうにしまった。そして涙は自分のハンカチを取り出して拭き、オルガにお礼を述べていた。泣き落としで商品をゲットしたように思えるけれど、ジュンシーはプレゼントされた物を闇ギルドの商品にするつもりは無いだろう。きっと自分のコレクションにするはずだ。マトヴィルの料理が何度も魔法袋から出され腐ら無いかが心配だけど、まあジュンシーの事だお宝の取り扱いはきっと大丈夫だろう。貰った料理は食べることは一生無い気がするしね……


 食事の後はアダルヘルムの執務室へ行って、お母様の絵画を見ることになった。

 これにはジュンシーはあからさまに興奮している様子が見て取れて、アダルヘルムが絵の準備をしている間、ソファーに座りながらテゾーロとビジューの歌に合わせて鼻歌を歌って居た。


「準備ができました。さあ、こちらへどうぞ」


 アダルヘルムの執務室に続く応接室へと入っていくと、お母様のこれ迄の絵画が所狭しと並んでいた。お父様やお母様の肖像画もあるが、一番多いのは風景画だった。ディープウッズ家の森の中だけでなく、色んな場所の景色が描かれていて、急に旅行にでも来て居るかのような気持ちになった。ジュンシーはいつの間にか手袋をはめて居て、真剣な表情で絵画を見つめていた。

 一つ一つ丁寧に時間を掛けてお母様の絵を見ている。アダルヘルムは私の側に来て絵の説明をしてくれた。


「ここにある多くの作品がアラスター様とエレノア様が一緒に出かけた先の景色です。ララ様にはエレノア様が気に入っている作品を残してありますが、ここにある物は構図に満足できなかったものですね。勿論手を抜いた作品な訳ではありませんが、それ以上の物はきちんと残してございますのでご安心して下さい」

「そうなのですか? つまり同じ様な構図の物を描いて気に入った方を残してくれてあるという事ですか?」

「そうですね、ただしララ様や他の家族の方の絵は全て残してございますが」

「家族ってアダルヘルムとか? ですか?」

「フフッ、ええそうですね。それからルイ達養い子の絵もございます。皆が大人になった時に渡しましょう」


 アダルヘルムとそんな話をして居ると、ジュンシーが鑑定を終えたのか、こちらに近付いてきた。その顔は凄く怖い。何か問題でもあったのだろうか。


「アダムヘルム様……こちらのすべての絵画をオークションに出すという事で宜しいのでしょうか?」

「いえ、出来ればエレノア様の絵を大切にして頂ける方に購入していただきたいのです」

「……大切にですね」

「ええ、金額は低くても構いません、大切にして頂けるのなら無料で差し上げても良いのです。エレノア様の絵と知らなくても大切にしてくれてくれる様な方ならどなたでも構いません、それを闇ギルド長殿に人選していただきたいのです」

「なる程……私が売る相手を見定めて良いと……」

「はい、世界中に人脈をお持ちの闇ギルド長殿ならば良い方をご存じだと思いまして」


 ジュンシーは先程までの怖いような表情が消え興奮しているような、それでいていたずらをする前の子供のような表情になった。嬉しくって仕方が無いと行ったところだろうか? 年上だけど可愛いと思ってしまうような表情だ。変態なところを知らなければカッコイイとも思ったかもしれない、今度こそ初恋になったかもしれないのにとても残念だ。


「フフフ……良かったです。この作品をもしオークションに出すことになっていたら、世界中のエレノア様のファンがこの国に押し掛けて来て危険な争いが起きて居たかも知れませんからね……」


 そうか、あの怖いような表情はそう言う意味があったのか……

 お母様のファンは世界中に居る様だ。それは誰もかれもが絵が欲しいと言いだしても仕方がないかもしれない。お母様は何て言っても魅力的だし、それにここにある全ての絵画が素晴らしい物ね。それこそ一国の王もオークションに押し掛けてきそうだ。そうなった場合、会場に入れる人を人選する段階から争いが起こっても可笑しくないし、もし欲しかった絵が手に入らなかったならば本当に奪い合いが起きそうだ。アダルヘルムの言うようにジュンシーに買い手を選んでもらう方が良いだろう。


「それに私の人を見る目を認めて頂けた……という事ですからね。闇ギルド長としてこれ以上嬉しい事はございません」


 ジュンシーはそう言ってニッコリと微笑んだ。本当に嬉しそうだ。確かに完璧なアダルヘルムに認められるという事は特別な事だろう。私だってたまにアダルヘルムに褒められると嬉しいもの。まあ普段は殆どお小言ばかりだけどね。そこは仕方がない、私はまだ子供だものね。


「ジュンシーさん、良かったらこれを受け取て下さい。私が描いたものです」

「こ、これは……」

「はい、テゾーロとビジューの絵です。二人の可愛いところを描いてみました。気に入って頂けると嬉しいのですけど」


 ジュンシーが以前私も絵を描くのかと気にしていたので、色鉛筆を使って可愛いテゾーロとビジューの絵を描いてみた。普段ジュンシーにはとてもお世話になって居る。今日だってウチに遊びに来てもらってはいるが、お母様の絵画を見ることは仕事だ。結局はまた私が甘える形になってしまっている。少しでもお礼が出来たらとそう思ったのだけど……ジュンシーは無言で涙を流しだした。


「ララ様……ジュンシー・ドンクレハイツ……どうか今日から貴方の下僕とお呼び下さい……」

「えっ? いえいえ、ジュンシーさん……色鉛筆で描いた絵を渡しただけですよ……」

「ああ……貴女はなんと慈悲深いお方だ……私の大切な方……どうぞこれからは遠慮なくジュとお呼び下さいませ」

(ジュ スキ ジュ スキ)

(ジュ様スキです。ビジューもジュ様スキです)


 テゾーロとビジューまでジュンシーを真似て大好きとか言いだしたが、こちらは可愛い。アダルヘルムとクルトが呆れた様子でこちらを見ているが傍観していないで助けて欲しい。何でジュンシーが突然下僕と言いだしたのかは分からないけれど、それくらい私の絵を気に入ってくれたという事だろう。嬉しいけど……怖い。


「ジュンシーさん、今迄通りにして下さったらまたテゾーロとビジューの絵を描きますから、下僕とかは無しでお願いします!」

「な、な、なんと……ララ様はどうしてそこまで無欲の方なのでしょう……もう私は貴女の恋の奴隷だというのに……」

 

 この後暫くジュンシーによる私への敬意を払うような気持ち悪い言葉が並ぶことになるが、アダルヘルムとクルトは絵の片づけを始め、セオは面白そうにジュンシーを見つめるだけで誰もジュンシーの話を止めてくれる人は居なかった……酷い物である。

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