第435話 ジュンシーとディープウッズ家

 ジュンシーがいつもの様に挨拶がてら私の手を取り、そこに口づけを落とそうとしたところで、ノアがジュンシーの手を掴んだ。私の身長に合わせ途中まで屈んでいたジュンシーは、ハッとするとノアの方に視線を送った。ノアは笑顔だけど目が笑って居ない、怒っているのが良く分かるし、それを隠す気も無い様だった。


「闇ギルド長殿、気安く妹に触れるのはやめて頂けますか?」


 ノアはジュンシーの手を掴む自分の手にぎゅっと力を入れている、ノアは私の魔力で出来ているので私並みに身体強化が出来る、その力で手を掴まれたのだ、とても痛いはずだと思うのだけど、ジュンシーはノアを見て目をパチクリした後、嬉しそうな顔になった。

 どう見てもノアの事も気に入った事が分かる。ノアはお母様似のイケメン男子に育ちつつあるし、アダルヘルム並みの迫力のある笑顔を浮かべることが出来る。闇ギルドのギルド長であるジュンシーの興味をひくことは当然の事だった。


「これは、これはララ様の兄上様、申し訳ございません。恋人候補として愛しいお相手に対する挨拶だったのですが、お気に触りましたでしょうか?」

「闇ギルドのギルド長殿、僕の事を ”兄上” と呼ぶのもやめて頂けますか? 僕は貴方の兄でもありませんし、ララとの恋人候補宣言も認めて居ませんから」


 ノアとジュンシーの様子を見ていると、音声さえなければとても友好的な間柄に見える。

 ノアはずっと笑顔でジュンシーの手を握っているし、ジュンシーはそれを頬を染めながら喜んで握り返しているし、とても仲良しの様だ。だけど話の内容が聞こえている私はハラハラしてしょうがない、メルケとトレブも私と同じ気持ちなのだろう来た早々真っ青な顔になっている。なのに他の皆はにやけ顔だ、二人の様子が面白くて仕方がないらしい、特にルイは吹き出しそうな様子だった。


「これはこれは失礼いたしました。では今後はノア様と呼ばせて頂きます。しかしながらララ様の恋人候補はアダルヘルム様にも認めて頂いたことですのでご了承くださいませ」

「アダルヘルムが?!」


 えっ? アダルヘルムが恋人候補を認めたことになってるの?

 友人としてのお付き合いを認めたんじゃないのかな? まあ、どちらも同じ様な物なので別に私は構わないけれど、ジュンシーの言葉を聞いてノアの浮かべる笑顔が引きつった物に変わった。

 セオとリアムももう楽しそうな笑顔は浮かんでない……ピリピリしててちょっと怖いんですが、どうしましょう……


「あ、あの! ここでは何ですし、取りあえず、応接室に一度移動しませんか?」


 私がこの雰囲気に耐えられず声を掛ければ、やっとノアとジュンシーは手を離した。

 ノアの握った力が強かったのかジュンシーの手は赤くなっていた。それを自分で摩りながら恍惚とした表情を浮かべて居るジュンシーが少し怖くって、すぐに癒しを掛けた。

 ジュンシーは癒しの光が自分に降り注ぐと嬉しそうな顔になったが、私にお礼を言った後、自分の手を見て少し寂しそうな顔をして居たのでやっぱり変態気質なんだなと改めて思った。

 痛くてもなんでも気に入った人から受けた事はどんなことでも嬉しい様だ。ノアはその様子に顔を引きつらせながら引いていたのでもう強く手を握ることは無いだろう。ある意味良かったのかもしれない。


(ジュ ジュ ジュー スキ スキ スキー)

(ジュ様はー 素晴らーしいー あーるじー 好き好き大好っきー)


 私の右手にはテゾーロ、そして左手にはビジューがいて、手を握りながら不思議な歌を歌ってスキップしている。その姿はとっても可愛いのだけど、歌詞がとても気になる。

 別にジュンシーがこの歌を教えたわけではないそうなのだが、いつからか二人はジュンシーへの愛の歌を歌いだした様だ。初めて二人が仲良く歌を歌った日はジュンシーは嬉し過ぎて鼻血を出し、気を失いそうになったらしい、そこは二人の可愛い姿を見逃さないために根性で耐えたらしいが……想像しただけでゾッとした私だった。まあテゾーロとビジューが可愛いという気持ちだけは良く分かるけれどね。





 私とセオとクルトと、ノアとルイとそしてジュンシーたち闇ギルド御一行様と一緒に、私の執務室へとなんとか移動した。リアム達はまだ仕事があるので一旦自分の執務室へと名残惜しそうな表情で戻っていった。今夜のディープウッズ家でのディナーに間に合わせるため、仕事を引き続き追い込むそうだ。無理だけはしないで貰いたい、健康第一だからね。


「ジュンシーさん、後でスター商会の研究所に行ってみませんか?」

「ええ、嬉しいですね。以前お話を聞いてから行ってみたいと思っておりましたので」

「それは良かったです」

「闇ギルド長さんは研究に興味があるわけ? ないなら別に行かなくってもいいんじゃないの?」


 ノアが焼きもちなのかフンッと言いながらそんな事を言ってきた。でもジュンシーはそんな姿のノアも可愛く見えるのかニコニコと笑って居る。それがノアには子供扱いされているようで尚更腹立たしい様だ。普段ノアにからかわれてばかりのルイは後ろで笑いをこらえて嬉しそうだ。ノアのこんな姿は始めてみるので面白くて仕方がないのだろう。

 セオはテゾーロとビジューの相手を嬉しそうにしてくれている、普段どんなことをして居るのかをセオが二人に聞いている様だ。その内容は殆どジュンシーの話ばかりだったけれどね。テゾーロとビジューのジュンシー愛もかなり重度の様だ。似た物親子なのだろう。


「ノア様、私はスター商会、並びにララ様にとても興味がございます。研究所はそんなララ様が考え出した商品を生み出す場所、私が興味を持たないはずがございません」

「ふーん……闇ギルド長って子供のララに興味があるんだ、変態だねー」

「これはこれはお褒め頂き有難うございます、変態……まさに私を表す言葉でしょう、他人と同じでは価値がございませんからね」

「ぷっ!」


 嫌味を言っても通用しないジュンシーに、やりこまれてしまった様なノアの様子に遂にルイが吹き出してしまった。それをノアがギロッと睨むがルイは何食わぬ顔だ。唇を尖らして怒るノアは可愛い。可愛すぎる。焼きもちやきも私を思っての事だ、本当に私のノアは可愛いくって妹思いの良い子だと思う。


 そんなこちらのピリピリした様子を気にすることも無く、セオは右ももにテゾーロを乗せ、左ももにビジュー乗せ、ご満悦状態で自分が作った短剣を二人に見せていた。どうやらテゾーロとビジューの体に合う短剣をプレゼントしたい様だ。セオはすっかり二人の虜になってしまったのだろう、リアムには見せられない姿だと思う。


「ああ、そうでした!」


 ジュンシーは突然何かを思いだしたかのような表情を見せると、トレブに指示を出して、魔法鞄から何かを取り出した。そして一つは私に、もう一つはノアの前に置いた。


「ジュンシーさん、これは魔石ですか?」

「ええ、変種の陽炎熊の魔石です。真っ白で綺麗でしょう? ララ様へのプレゼントでございます」

「ええっ! この真白な魔石が陽炎熊の魔石なんですか? 凄く綺麗!」


 普通の陽炎熊の魔石は黒のような濃い紺色のような魔石だ。こんな真白な魔石は始めてみた。とても貴重な物だと思うのだけれど、私にプレゼントしてくれるらしい。

 前から思っていたけどジュンシーさんってすっごく気前がいいよね。

 キランとセリカの時だってオマケと言うか割引を凄くしてくれたし、それに闇ギルド長だけあって珍しい物を良く知っている、やっぱり凄い人なんだと思う。


「有難うございます! この魔石で何か作ったらジュンシーさんにもお見せしますね!」

「フフフ……ええ、楽しみにしております。それにしても魔石を渡してここ迄喜んで下さる姫様は初めてです。渡したかいがあるという物です」


 ジュンシーはそう言ってニコニコ顔を浮かべると、今度はノアの方へと顔を向けた。ノアはジュンシーに差し出されたプレゼントを手にして目を大きく開けて見入っている。何を渡されたのだろうか?


「裁縫好きとお聞きしたノア様には羊型魔獣のペコラから取れた糸でございます。こちらも変異種の物で金色の糸をしております。中々に珍しい物かと思いますよ」


 ノアはジュンシーの言葉に頷きながら、糸を伸ばして掲げてみた。キラキラと金色に輝く糸はとても綺麗だし、丈夫そうだった。ノアが気に入った事はその顔を見ればすぐに分かった。ジュンシーは相手の好みが良く分かる人なのだろう。私に魔石を渡したのも実験が好きだと知っているからだし、ノアに糸を渡したのだってノアの裁縫という趣味を把握していたからだと思う。

 きっとディープウッズ家に遊びにくるからこうやって私達が喜ぶようなお土産を用意してくれたのだろう、とても気が利く人なのが改めて良く分かった。そうでなければ多くの客を相手にする闇ギルド長など務まらないのだろう。やはりジュンシーさんは凄い人なのだと思う。


「はー……分かった。君が……ジュンシーがララと友人になるのは認めるよ。でも恋人候補は認めてないからね」

「フフフ……有難うございます。恋人候補の方は追々認めて頂けるように努力してまいりますのでご安心ください」

「言っとくけどララにはライバルが多いよ、今のうちに止めといたほうが良いんじゃないの?」

「フフフ……ご忠告有難うございます。ですが大丈夫でございます。私はララ様のお傍に居られれば友人でも下僕でも奴隷でも恋人でもなんでも構いませんので……」

「ふーん……ならいっか、まあ、今日は楽しんでー」

「はい。有難うございます」


 いやいやいや、今ジュンシーさん、サラッと怖い事言ったよね。

 傍に居られればなんでもいいって……ノアもならいっかって軽すぎない?!


 うん……取りあえずはピリピリした様子は無くなったので良しとしよう。それに友人でも良いって言っているんだからジュンシーとはずっと友人でいられるように努力しよう。そこはアダルヘルムも認めてくれた事だしね。

 

「あー……それじゃあ、そろそろ研究所に向かいますか?」


 ノアとジュンシーが仲良く? なったところで研究所に移動してみることにした。

 ノアはすぐに糸が使いたくなったのか、ジュンシーに有難うと言うと部屋を出て裁縫室に向かって行った。勿論ルイも渋々一緒だ。ルイはジュンシーが面白い人だと分かったからか一緒に研究所に行きたい様子だった、私が変わってあげたいぐらいだったけどそこはしょうがないだろう。


 満足そうなジュンシーを連れ私達は転移部屋へと向かう事にした。

 研究所ではジュンシーがどうなるか少し怖いけど、きっと大丈夫だと思いたい。もしもの時はアダルヘルムにすぐに助けを求めよう。そう決意すると少しだけ気持ちが楽になった気がした。



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