第434話 来ちゃった。

 遂にこの日がやって来た。


 そう、闇ギルドのギルド長であるジュンシー・ドンクレハイツがディープウッズ家に遊びに来る日だ。


 前回、スター商会に遊びに来たジュンシーは物凄い興奮だった。倒れてランちゃんに抱っこされて運ばれたり、日帰りの予定だったのに泊まる事にもなった。


 絶対今日も同じ様な状態になる事は予測出来た為、アダルヘルムに相談の上、前もってお泊まりでジュンシーを誘うことにした。その連絡を入れた時のジュンシーはやはり大興奮だった。


 この前の闇ギルドのオークションの時に、連絡が取りやすい様にと通信魔道具を渡していたのだが、そこから聞こえて来たジュンシーの「あああー!」と絶叫する叫び声に鼓膜が破れるかと思った程だった。きっとまた神に祈ったのだろう、想像がついた。


 その為なのかなんなのか、アリナやオルガ、そしてノアや子供達も、面白い闇ギルドのギルド長が我が家に来るとあって楽しみにしてくれている。

 アリナとオルガは客間の準備などに忙しく、子供達はジュンシーにプレゼントしたぬいぐるみのテゾーロや、ウサギ型の賢獣のビジューが来る事を心待ちにしている。

 アリスやリタも同じ魔石を埋め込んだぬいぐるみを持っているのだけれど、ちょこまかと動くだけで、テゾーロの様に喋ったり、戦ったりする事はないので早く会いたくて仕方がないようだ。

 それにウサギ型の賢獣のビジューの事も、可愛いと私が伝えてあるので、早く会ってみたくてしょうがない様だ。女の子はやっぱり可愛い物が大好きなのだろう。


「で、その闇ギルドのギルド長って人が、ララの恋人候補とかって言ってるんだっけ?」


 前回スター商会に来た時にノアも子供達も軽くはジュンシーと顔を合わせている。歓迎会と言う名の飲み会があったからだ。

 挨拶もして紹介もしてあるのに、妹思いのノアはジュンシーが私の恋人候補とか言っている事が気に入らない様で、笑顔がアダルヘルムの様になっている。

 やきもち焼きのノアを見るのは久しぶりでとっても可愛い。ジュンシーの恋人候補だなんて冗談を間に受けてしまう幼さもまた胸にキュンとくる。ノアは優しい良いお兄ちゃんだ。


 でも誰がノアに恋人候補の話を伝えたのだろう? 不思議だ。


「ノア、ジュンシーさんの言っている事は冗談だから気にしなくて大丈夫だよ」

「ふーん……ララは冗談だと思ってるんだ……」

「だってジュンシーさんはリアムより年上だよ。大人だもの本気で私を相手にする筈ないでしょ、気にしすぎだよ」


 ジュンシーは大人だし、私の事も好きとかそう言う事ではなく、色々出来る珍しい商品ぐらいに考えている気がする。ジュンシーが愛しているのはどう考えてもテゾーロとビジューの事だろう。何もノアが焼きもちを焼く必要なんか無いのだけれど、唇を尖らして焼きもちを焼くノアはとっても可愛いくってちょっと嬉しい。


 ノアはハーとため息を吐くとチラッとクルトの方へと視線を送っていた。クルトがそれに答える様に首を振ると、またため息をついた。一体何の合図だろうか?


「今日は僕もララと一緒にいるからね」

「えっ? でも……」


 そう、ノアは私の魔力の強さに、そして私の蘭子時代の記憶の濃さに引っ張られそうだと最近距離を置いていたのだ。だからジュンシーを迎える為に一日中私のそばに居る事に不安が走った。

 ノアはそんな危険を冒してまで闇ギルドの話を聞きたいのだろうか? もしかしたらオークションも本当は一緒に行きたかったのかも知れない。なんてたって色々な宝物が見れたからね。

 

「大丈夫。ララが魔力を抑える事が上手になったから、そばに居ても前より随分楽なんだー」

「そうなの?」

「うん、目覚めた頃のララは凄かったからね、垂れ流しって言えば分かる? 近くにいると肌がチクチクするぐらい痛かったよ」

「えっ……何だかその言い方だと私酷い危険人物みたいじゃない?」


 私の言葉に皆笑顔を浮かべるだけで、誰も否定の返事をしてくれなかった。どうやら本当に危険人物だった様だ。トホホホ。


「ララ様ー、闇ギルド長の護衛も一緒に来るんだろう? 手合わせ出来るかな?」


 ノアの護衛として付き添っているルイがそんな事を問いかけて来た。メルケとトレブはきっと今日もジュンシーと一緒にやって来る事だろう。あの三人はセットだと思った方が良い、それに頬を赤く染める程大好きなアダルヘルムに会えるチャンスだ、来ないはずが無かった。


「ルイ、護衛の二人も一緒に来ると思うよ。でも闇ギルドで一番強いのはジュンシーさんにプレゼントしたぬいぐるみのテゾーロみたいなの、だからどうせならテゾーロと手合わせすると良いかも」

「うお、マジで! へへへっ、それは楽しみだな、俺のティモとも戦わせてみたいな」

 

 ルイはワクワクした様子でそんな事を話していた。

 ルイの賢獣のティモは大鷲型魔獣のアギャーラを真似た物だ。本来のアギャーラは黒や濃い茶色の色合いだけれど、ルイのティモは真っ赤な色をして居る。


 それをジュンシーが目にしたら……


 大騒ぎになることは簡単に予想できた。ティモもルイの成長と共に随分と大きくなっていて、テゾーロの事なら背中に乗せることが出来るだろう。勿論ビジューの事もだ。


 そんな様子をジュンシーが見たら……


 どちらにしても興奮することだけは間違い無かった。とにかく今日一日が無事に終わる様に頑張ろうと決意した。





 準備が整い皆でスター商会王都店の方へと向かった。先ずはリアムの執務室へと向かう。


 ノア達は一旦裁縫室に顔を出してくる様だ。けれどジュンシーを出迎える時間には必ず行くからねと念押しされてしまった。

 シスコンの兄というのも中々可愛くって良い物だ。前世では兄弟がいなかった私としては、今セオもノアもそれにリアムだって私の兄弟のようで凄く幸せだ。

 父親のような存在としてはクルトやアダルヘルム、それにマトヴィルもいる。まあ、リアムは弟の様に感じることが殆どだけどね。


 この世界ではとても恵まれて居て幸せなのが分かる。だからこそウイルバート・チュトラリーには絶対にこの幸せを壊されたくない。自分の子供の様に思っている皆の事も守りたいと思っている。だからこそ闇ギルドのギルド長の立場なのに味方になってくれたジュンシーにはとても感謝している。たまに気持ち悪い……ううん、ちょっと可笑しくなることがあるけれど、そこにさえ目を瞑ればとてもジュンシーは良い人だ。今日のディープウッズ家訪問で出来ればこれ迄の待遇への感謝の気持ちを表せたらいいと思う。まあ、単純に友人の喜ぶ顔が見たいって事があるんだけどね。


 リアムの執務室に着くと、いつものように「よう」と手を上げて出迎えてくれた。だけど少しお疲れの様だ。連日の忙しさのせいもあるだろう。それに今日はジュンシー達が来るので、夕食をディープウッズ家で共にする予定になって居る。今日の仕事も早めに終わらせようと必死なのだろう。新しい人材が入っても何故かリアムの仕事は増える一方なので不思議だ。大変だけど頑張って欲しい。



「はー……ついにこの日が来ちまったな……あいつ……ジュンシーはディープウッズ家に行って心臓が止まったりはしないだろうなー……?」


 応接室に移動すると、リアムはいつものようにお菓子に手を付けることも無く、大きなため息をついて心配げな顔でそんな事を言いだした。確かに前回のスター商会訪問時のジュンシーの姿を見て居れば、リアムのその心配が大げさでない事は良く分かる。ランス達も苦笑いを浮かべて居るところを見ればリアムの言葉に納得しているのだろう。これは気を引き締めてジュンシーの様子を見て居なければ危険という事だ。とにかくポーションを点滴できる準備までしておこう、何があっても大丈夫なようにね。


「リアム、大丈夫だよ……今日はディープウッズ家だからアダルヘルムもいるし、何か有ってもすぐに対応してくれると思う」

「ああ……まあ、そうだな、マスターが居れば大丈夫だよな……ただあいつ急に興奮するからなー……」

「そうだよね……それもディープウッズ家だとジュンシーが興奮する物ばかりだものね……」


 皆が無言で頷いている。

 ディープウッズ家にはジュンシーが大好きそうな物が沢山ある。今日はお母様の絵画も見て貰う予定だし、賢獣たちもいる。それにドワーフ人形達やキキやココ、大豚ちゃんだっている。ジュンシーの事だ全ての事に興奮することは間違いないだろう。リアムが心臓の心配をしていたけれど、私としては血管が切れてしまわないかが心配だ。とにかく出来るだけ興奮させないように気を付けたいと思う。


 何故かこの部屋にいる皆が大きなため息をついていた。勿論私も……


 時間になり玄関へと降りて行くと、ノアとルイも丁度良くやって来た。ノアは笑顔を浮かべているけど目が笑って居なくってちょっと怖い。恋人候補云々の話が合ったからか、すっかりジュンシーに敵対心? ライバル心を持ってしまったみたいだ。まあそんなところも可愛いんだけどねー。


 玄関に着いて待っていると、以前来たときと同じように、街でよく見かける一般的な馬車が門を抜けスター商会に入って来た。今回は途中で止まることなく私達の方へ進んできてくれて居ることにホッとする。前回はアプローチに入れ込んだ宝石が気になったジュンシーが入った瞬間に立ち止まってしまって……ううん、地べたに這いつくばってしまって、玄関まで来るのにずいぶん時間がかかってしまった。けれど今日は普通に馬車は進み私たちの所へと到着した。リアム達もホッとして居る様だ。気持ちは同じだ。


 馬車のドアが開くと、先ずはメルケとトレブが降りてきた。私達に二人が一礼すると、次にテゾーロとビジューがまさに馬車からぴょんっと飛び出してきた。お揃いのセーラー服を着た二人は今日もとても可愛い。私だけでなく皆の目じりが下がるのが分かった。


(カミサマ)

(神様、またお会いできて嬉しいです)


 可愛いテゾーロとビジューはそう言って私に抱き着いてきた。ふわふわした二人に抱き着かれると心が和む。ジュンシーが二人の誘拐を危惧する気持ちが良く分かる。これだけ可愛い子が闇ギルドに居たら、商品じゃないと言っても無理矢理連れて行かれそうだ。オークションの時に二人を隠していたジュンシーの気持ちが良く分かった。


 そして最後に馬車からジュンシーが優雅に降りてきた。

 テゾーロとビジューが私に抱き着いている様子を見ながらニンマリとしていてちょっと怖い。ジュンシーの笑顔を見ると何故かいつも値踏みされているような気持ちになってしまうから不思議だ。本人はそんな気持ちは無いはずなのに……と思いたい。


「テゾーロ、ビジュー、さあ、皆さまにきちんとご挨拶を致しましょう」

(ジュ、ワカッタ)

(ジュ様、畏まりました)


 ジュンシーから声がかかるとテゾーロとビジューはジュンシーの横へとテクテクと歩いて行った。丸くって小さな尻尾の揺れ具合がまた可愛い。お尻のプリプリ感がたまらない。触りたくなってしまいそうだ。


「ララ様、皆さま、本日はお招きいただき有り難うございます。闇ギルドのギルド長、ジュンシー・ドンクレハイツ、本日楽しみにして参りました。どうかよろしくお願い致します」

(オネガイ)

(よろしくお願いします)


 丁寧にお辞儀をしてくれたジュンシーを真似てテゾーロとビジューが頭を下げると、可愛いけれど少しだけ複雑な気分になった。あまりジュンシーにそっくりにはなって欲しくないからだ。だけど主に似るのはしょうがない事なんだけどねー。


 こうして闇ギルド長ジュンシーのディープウッズ家訪問は始まったのだった。


 

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