第428話 ブルージェ領領主邸での相談会
新しい朝が来た。希望の朝だ。
ってなことで、そんなメロディーが脳内に流れるぐらい私はちょっと興奮気味だったりする。
何故なら今日は学校作りとおもちゃ屋さんの件でブルージェ領の領主邸にお邪魔するからだ。つまりタルコットファミリーのお家だ。なので朝から、いや、行くことが決まってから楽しみで仕方がなかった。
だってあの事件以来の領主邸訪問なのだ。まだ領主邸を堪能出来ていない私としては、今日の話し合いの後メイナードの部屋に行ったり、タルコットの第二夫人のベアトリーチェや、護衛のピエトロと結婚したハンナの子供を見たりしたりと、やりたい事が沢山あった。
もう朝の大豚ちゃんのお世話の時点でセオに気持ちが(魔力)溢れていると注意される程だったので、念の為朝から癒し爆弾を空に打ち上げておいた。これで暫くは興奮を抑えられるだろう。
「ララ様よー、大豚ちゃんと大豚さんが妊娠したかもしれねーんだわ、まだ初期だと思うんだけどよー、ちょっと見てやってくれねーか?」
元傭兵隊モンキー・ブランディの皆が、私が癒し爆弾を打ち上げて居るとそんな事を言ってきた。彼らは毎日お世話しているだけあって大豚ちゃんたちのちょっとした様子の違いが分かる様だ。確かに女の子たち二人はここの所少し食欲が落ちているような気がして居た。
私は頷きすぐに大豚ちゃんに鑑定を掛けて見ることにした。
「みんな凄いです、良く気が付きましてね。二人共妊娠してるみたいです。どうしよう、凄く嬉しいです!」
私の言葉を聞いて元傭兵隊モンキー・ブランディの皆は「ワー!」と歓声を上げたが、一瞬で押し黙った。流石に妊婦さんである大豚ちゃんたちのそばで大声を上げるのはまずいと思ったのだろう、誰もかれもが自分の口を押さえ息を止めていた。本当に皆優しくて面白い人達だ。大豚ちゃん達が懐くのが良く分かる。
感動して居るモンキー・ブランディの皆を残して、私とセオは出かける準備の為に部屋へ戻った。
私も嬉しくって思わず廊下をスキップしてしまったが、セオも同じ気持ちだったのだろう何も注意はされなかった。というか、私の手を握り嬉しそうに微笑んでいる。成人したとはいえ魔獣の事を考えて居るときのセオはとーっても可愛い。この笑顔を独り占めしていてリアムには申し訳ないぐらいだ。まあ、母親の特権という所だろう、許して貰おう。
「ララ様、余り浮かれていると領主邸に行くのを取りやめますよ」
クルトが突然背後に現れてそんな事を言ってきた。セオは前以ってクルトの存在に気が付いていたのだろうクスクスと笑って居る。セオと二人きりだと思って油断していたけれど、流石私の世話係のクルトだ、気が緩んでいると突然現れる……普段なら私の部屋で待っているはずなのにね……。
「クルト……何故廊下に?」
「ララ様……癒し爆弾が飛んだり、庭で大声が上がれば誰だって何事かと気になりますよ」
うっ、確かに……。
とクルトの言葉に素直に納得した。
と言う事はアダルヘルムやオルガやアリナも私の行動に気が付いているのだろう。今日はこの後出来るだけ大人しくしておこう。目指せお小言回避だ!
作業着からドレスに着替え、セオとクルトと共に転移部屋へと向かう。部屋の前では一緒に領主邸へ向かうアダルヘルムが待っていた。その顔を見て私はホッとした。
(良かった氷の微笑は浮かべていない、朝の事は見逃して貰えたみたいだ)
「ララ様、今朝は興奮気味なのですか?」
ああ……残念、やっぱり見逃しては貰えないようだ。
とりあえず、興奮のわけを聞いて貰おうと、大豚ちゃんと大豚さんに赤ちゃんが出来た話をアダルヘルムに伝えた。
「ハー、まあ、それならば興奮してしまうのは仕方有りませんが、今はあの王子の件もございますので出来るだけ気をつけて下さい……」
私はアダルヘルムの心配げな声掛けに「はーい」と素直に返事を返した。なのにアダルヘルムとクルトは溜息をついていた。どうしてだろうか、不思議だ。
ブルージェ領のスター商会に着くとリアムの執務室へ行った。
そこでは既に準備ができたリアム、ランス、ジュリアン、それにチコとルベルが待っていた。ローガンは昨日のうちに領主邸に行っていて泊っているそうだ。ベルティとフェルスも同じで既に数日間領主邸に宿泊して居る様だ。
今年の夏祭りは規模がかなり大きなものになる為、準備もとても大変なのだろう。以前リアムの執務室に居た日のローガンを思いだしてみると、書類と向きあい必死で仕事をこなしていた。今のローガンはイベント担当の仕事に熱意と誇りを持っている、ロイドのスパイだった頃とは別人のように生き生きとしている姿がとても嬉しい。あの時リアムを選んでくれて良かったと今のロイドを見ているとそう思える。きっと母親のロージーも私と同じ気持ちだろう。ローガンに夢中になれるものが見つかって良かった。
かぼちゃの馬車で領主邸へと向かう、ブルージェ領内は人通りが多く、かぼちゃの馬車本来のスピードは出せないが、ゆっくりと街中を見ながら走るのはとても楽しい。春祭りが終わったばかりなので、花々はとても綺麗に咲いているし、タルコットのお陰で街の中は整備されていてとても綺麗だ。
元スラムがあった場所は以前は酷い臭いで耐えられない程だったけれど、今はそれがどこに行ってもない。ブルージェ領は綺麗で住みやすい街だ。
あれから団地も何棟か増えて、そこに住まう人は増えている。
スターベアー・ベーカリー二号店は来客が増えたため、ラウラ以外のパートも雇っているぐらいだ。パオロも幼いながらも頑張ってくれているから本当に助かっている。看板坊やとして団地内で有名になるぐらいだからね。
領主邸の門をくぐり、ロータリーを進んでいくと、領主邸の入口前でタルコットやメイナード達が待っていてくれているのが分かった。馬車の窓から小さく手を振ると、メイナードも手を振り返してくれた。私と同じ年のメイナードはもう先に11歳になっている。すっかり男の子らしくなっていてあの泣いていたころのメイナードが懐かしく思えるぐらいに成長している。
最近は次期領主としてタルコットや母親のロゼッタの仕事の手伝いもしているようで、スター商会に来ることも少なくなっている。それでも私との文通は続けてくれていて、今でも毎日のいろんな出来事を手紙で教えてくれている。通信魔道具があるけれど、きっとメイナードとの文通は一生続くと思う。それ程大切な友人だ。
馬車を降りてすぐに私はメイナードに抱き着いた。
小さかった体は私よりもほんの少し背が高くなっていて成長を感じた。
日にも焼けていて、本当に男の子らしいし、なんでも護衛のトマスと一緒に魔石バイク隊の街中の見回りに参加することもあるのだそうだ。本当に次期領主らしくなったと思う。
「メイナード、久し振り、私よりも背が高くなってるね」
「うん、ララ、久し振り、まだ少しだけだけどね、でもこれからもっと大きくなるから見ててね」
ニッコリと微笑んだメイナードはやっぱりまだ可愛らしさも残っていてキュンとなる。どうしてこの世界の子供たちはこんなにも可愛い子ばかりなのだろう。キュン死しそうだ。
メイナードの後ろにはトマスが控えていてしっかりと護衛の任務を遂行している様だ。
トマスは以前よりも顔つきがシャープになり、男らしくなったように思う。年ごろの男の子の成長は早い物だ。トマスはセオと目が合うとニッコリと微笑んでいた。その笑顔は今まで通り可愛いかったけどね。
「ララ様、今日は良く来てくださいました、王都店の開店以来ですね」
「タルコット、急に来ることになってしまってすみません、皆元気ですか?」
「はい、お陰様でロゼッタもベアトリーチェも元気にしております……その……ララ様はここにいらして大丈夫でしたか?」
タルコットが心配してくれているのは私の心の事だろう。
以前ガブリエラに襲われたのはこの領主邸の中だ。あの時助けられなかった人が多くいてとても胸が痛んだ。特に目の前で殺されてしまったメイドは、どうにかして居れば助けられたのではないかと今でも思っている。あの時の私は自分の魔力を過信していて何とかなると油断して居たのだと思う、それが招いた結果だろう。
「タルコット、私は大丈夫ですよ。でも出来たら一番最初にあの時の部屋に行ってみたいです」
「あの時の応接室にですか? しかし……それは……」
タルコットは自分の息子と同い年の私の心の痛みを心配してくれているのだろう、チラリとアダルヘルムの方へと視線を送っていた。そしてアダルヘルムが頷くのを見ると「分かりました」と許可してくれた。
あの部屋は事件の後、今もまだ立ち入り禁止にされているようで、何にも使って居ないようだ。
多くの人が倒れていたのでその気持ちはよく分かる。だけど改装工事をする事もして居ないらしい。いつまでもあの日の出来事を忘れないようにとタルコットはしてくれているのだろう、皆を思う優しさが良く分かった。
「ここがあの時の部屋です」
タルコットに連れて来てもらった部屋の扉の前には、テーブルが置かれ花が飾られてあった。
私は先ずその前で手を合わせ心の中で謝罪をした。
(助けられなくてごめんなさい……)
多くの人が無関係なのに命を奪われてしまった。
ただ領主邸で働いていたというだけで、それも私を誘拐したいという理由でだ。
この領主邸の主であるタルコットやその家族であるメイナード達を守るためという事ならばまだ理解が出来る。だけど関係ない私の巻き添えになってしまった。申し訳なさで一杯だ。
私はこの部屋全体に浄化の魔法を掛けた。
以前ブルージェ領で店用の土地を購入するときに、お化け屋敷と言われていた建物を浄化した時を思い出す。あの時屋敷に居たイザベラ・クラークはこの魔法で天上に行く事ができた。この部屋で亡くなった人達の魂がイザベラと同じように天上へ行く事ができたらとても嬉しい。せめてそれ位はさせて欲しいとそう思った。
扉の前を含め、キラキラとした光が屋根の方へと沢山伸びて行くのが分かった。
リアムが小さな声で「ひっ……」と言って居る声が聞こえた。怖い様だ。他の人達はその光が向かう先を見ながら「おお……」と声を出していた。
彼らがどうか次の人生では幸せで有る様にと神様に祈った。今の私が出来ることはそれ位しかないのだから。
部屋の浄化が終わりその場を離れようとしたとき、セオに手を掴まれた。
「部屋の中に何かいる」
セオがそう呟いた瞬間、アダルヘルムが扉を勢い良く開けて、私はクルトに抱えられた。
アダルヘルムが部屋の中に入っていく後にセオが続いて行くと、そこにはあの時殺されてしまったメイドらしき女性の姿があった。勿論姿は薄っすらと透き通っていて亡くなっている存在なのが分かる。女性は天井を指さした後「ありがとう……」と小さな声で呟き、先程の光の様に空へと消えていった。
皆がその姿を呆然と眺める中、アダルヘルムが指示を出した。
「タルコット様、すぐに天井の確認を」
タルコットは我に返ったようにハッとすると、使用人たちに指示を出した。
一体彼女は最後の力を振り絞って何を教えてくれようとしたのか……
皆がジッと彼女が指さした場所を見つめていたのだった。
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