第429話 ブルージェ領領主邸での相談会②

 天井裏を調べるため梯子が準備された。

 領主邸の騎士の一人が梯子を伝って天井裏に向かおうとしたが、ここでアダルヘルムがセオに指示をだした。もし呪いの魔道具だったりした場合、一番危険がないのはここに居る人間の中でセオだろう。それでも母親代わりとしては少し心配だったが、爆弾魔事件の時に危険物を包むために作った結界魔道具があるので、天井裏に行ったら何か危険物が有った場合それですぐに包み込んでくるようだ。そう聞くと安心できる。まあ、何があるかは分からないけれど……


 セオだけならば梯子は要らなかったのだが、やはり成人したての子が一人では心配だと、騎士達が入口までは一緒に付いてくると言い張って、セオの他に三人の騎士が付いて行った。セオはひと飛びで天井裏へ入る入口の取っ手を掴むと、サッとその扉を開けて忍者のようにくるっと体を回転させて中へと入っていった。


 余りのセオの身体能力の高さに三人の騎士たちはポカンと口を開けて居た。きっとまだ新人の騎士に見えるセオが心配で一緒に行くと三人とも名乗りを上げてくれたのだろう。その優しさはとても有難いけれど……きっとセオは一人の方が身軽だったと思う。勿論そんな事は口には出さなかったけれど。


 三人目の騎士が何とか梯子を登りきると、セオが何かを見つけたからと言ってピョンっと天井にある入口から飛び降りてきた。折角登ったばかりの騎士たちは唖然としているが、他の部屋も見回る可能性が必要となる為、そのままで待機してもらった。


 セオが持って降りてきたものは、丸くて黒い、男の人の手のひらサイズぐらいの物だった。特に呪いの品だとは感じなかった様で、セオはそのまま持ち帰ってきてアダルヘルムに渡していた。

 アダルヘルムはそれを見ると一瞬で何か理解し「盗聴魔道具ですね……」と呟いた。

 アダルヘルムの手の中にある盗聴魔道具は既に使えない状態になっているが、もし他の部屋にもあるとしたら、それは使える可能性があるかもしれない。アダルヘルムは探査の得意なセオに頼み、領主邸内の屋根裏を全て見て回ってもらう事にした。


「アダルヘルム様、セオ様、申し訳ございません。宜しくお願いいたします」


 タルコットが頭を下げる姿を見ると、屋根裏入口に待機して居た三人の騎士にも気合が入ったようで、自分たちも見て参りますと言って、セオがまた天井裏に戻る前に行ってしまった。アダルヘルムが危険な物だったら触らないようにと見えなくなった三人に声を掛けると、「はいっ!」と元気な声が返って来た。領主様の為頑張る気満々なようだ。タルコットが皆に好かれている事が良く分かった。


「じゃあ、俺ももう一度行ってきます」


 セオは軽く手を上げるとサッとジャンプして屋根裏に行ってしまった。

 その様子を見ながらワクワクした私はアダルヘルムに微笑んでお願いをした。


「アダルヘルム、他の階の宝さがし……じゃなくて、危険物探しを私もやっても良いですか?」


 思わず本音が出てしまったが、何とか誤魔化した。そうセオを見ているとまるで宝さがしのようで面白そうだったのだ。メイナードに付いているトマスだって屋根裏に行きたそうな様子なのが分かる、護衛の仕事中でなければセオと一緒に飛び出していただろう。だけど何があるか分からない今メイナードの側を離れるわけには行かない、つまり私が宝さがしに行くべきだという事だろう。


 この部屋の場所は三階なので、私は二階か一階を調べたいと思うと伝えると、アダルヘルムは大きなため息をついて、仕方が無いですねと認めてくれた。


 そして重要な部屋が一番少ないとされる一階を私が探査することになった。二階はセオが戻ったら引き続きセオに行って貰うようだ。身軽なセオならすぐに終わることだろう。


 アダルヘルムは他にも騎士の宿舎など、領主邸の別館にあたるような建物も調べるようにとタルコットに指示を出した。タルコットは頷くとピエトロとイタロと共に部屋を出て行き、三階はメイナードに任せていた。


 私はクルトとリアム達と共に案内人の騎士について一階へ向かった。

 セオの真似をしてジャンプして屋根裏に入ると、ワクワク感が抑えられなくなってきた。リアムのドレスなのに……と呟く声が聞こえたが、知らぬふりをしておいた。子供の下着なんて見ても誰も何も感じないだろう。

 魔法鞄からランプを取出し、屋根裏を調べて回る。本物の宝探しのようで楽しくって仕方がない。クルトがくれぐれも暴れないようにと何故かそんな事を声掛けしてきた。暴れる気など全くないのだけどねー。


 探査を掛けながら一階の屋根裏部屋を調べて回る、私の後からは数名の騎士達が来て居る様だったが、身軽さが無いからか、柱の上をゆっくりゆっくりと怖がりながら進んで居る様だった。

 私はすぐに魔道具を感知してそこまで走っていった。天井板を外してその部屋を覗き、どこの場所に魔道具が置かれていたのかを確認する。どうやら会議室か何かの様だ。それも部屋の中の作りが簡素なので使用人達が使うような部屋のように見える。天井板を元通りに閉め、まだ入り口付近でうろうろしている騎士たちの方に近付いて行った。


「あの、魔道具見つけました、それでたぶん一階にはこれ一つだと思うのですけど、これが置いてあった部屋がどこなのかを教えて頂きたくって」


 騎士たちに部屋の場所を指さして教えると使用人達が朝礼などを行う部屋だと教えてくれた。それならば領主邸の情報を集めるには丁度いい場所だろう。けれどこの魔道具も既に使われてはいない状態になっていた。これを置いたと考えられるのはタルコットの叔父であるブライアン・ブルージェかメイナードの家庭教師であったガブリエラの可能性が大きいという事だろう。

 騎士たちと念の為天井裏から降りて、普通に廊下からその部屋を見せてもらった。やはりその場所は使用人用の会議室で間違いなかった様だ。


 結局盗聴魔道具は私が見つけた使用人用の会議室、先程の応接室、それからタルコットの執務室、そして寝室、メイナードの部屋の上から見つかった。長い時間放置されていたのか、使用者の魔力が無くなり全てもう魔道具としては機能していないようだったが、魔力を流せばまた使えそうだった。ウイルバート・チュトラリーの補佐であるコナーはこの通信魔道具の存在を知らなかったのだろうか? 知っているのならば今だってブルージェ領を見張るのに使えそうなものなのだけれど……


「時間が掛かってしまいましたが、イベント担当者たちも応接室で待機していますので、先ずはそこに向かいましょうか、それから皆でこの事についてもお話しましょう」


 タルコットの言葉を聞き皆でローガンやベルティ達が待っている応接室へと向かった。

 とにかくウイルバート・チュトラリーからブルージェ領を守りたいと皆が思っているような表情だった。本格的な戦いはこれからなんだと思う、気を引き締めて掛からなければならないだろう。




 イベント組の皆が待っている応接室へ行くと、ベルティが私を見た瞬間優しい笑みを浮かべ抱きしめてきた。勿論私もベルティを抱きしめ返す。スター商会の香水の良い香りがする。ベルティは今日もお洒落で素敵だ。


「なんかあったのかい?」


 アダルヘルムやタルコット、それからリアムの険しい顔を見てベルティは何かを察したようだった。私の手を引き隣の席へ座らせるとすぐに話をしようと言いだした。新しい顔ぶれも数名いるので本当は先に自己紹介がしたかったが、今は盗聴魔道具の話の方が先決だろう。


 アダルヘルム達もそれぞれ席に着くと、早速ここ迄来るまでの話を始めた。

 タルコットが私たちを迎えに出てから時間が掛かっていたので、ベルティ達は何かあったんだろうとは思っていたらしいが、まさかこれ程の事とは思ってはいなかった様だ。話を聞いたベルティ達も渋い顔になった。


「この魔道具は一般的な盗聴魔道具で、ララ様がお作りになったような、メレオン君みたいな物とは違います。せめて盗聴したい部屋の扉の前にでもいなければ本体の親機で聞き取れない事を考えると、大して役には立っていなかったのではないかと思います。ただし、以前のタルコット様の行動ぐらいは読めていたでしょうね」


 確かに出会った最初の頃は、私たちが領主邸に来るのがブライアンには分かっていたようだったし、メイナードの事を外に連れ出すにしても、使用人たちの行動が読めなければ出来なかっただろう。そう考えると、これはブライアンとガブリエラが使って居たと考えるのが正しと思う。もしかしたらコナーやウイルバート・チュトラリーは知らなかった、いや手柄が欲しくてあえて知らせて居なかった可能性もある。

 まあ、広範囲で使える物ではないそうなので、知っていたとしても領主邸に忍び込まない限りは会話を盗み聞きすることは出来ないと思うけれど。


「あのー、じゃあ、この魔道具私が貰っても良いですか?」


(えっ……? なんかみんなが一斉に私を見たけれど……何か変な事言ったかな?)


 アダルヘルムはふーっと溜息をつくと、眉間の皺に指を置いた。頭が痛い様だ。別に変なことに使う訳ではないのだけど、それに折角の魔道具だし再利用しないと勿体ないよね。


「ララ様……これを何かに使われるおつもりですか?」

「はい、勿体いないので【リサイクル】……あー……再利用しようかなって思って……それかオクタヴィアンとヨナタンの実験用にしても良いですしね。高価な魔道具ですし無駄にはしたくないですからねー」

「アハハ! 流石ララだね。敵の魔道具を手に入れて、勿体ないなんて言うのはあんたぐらいだよ」


 ベルティは嬉しそうに笑って居る。喜んでもらえて嬉しいけれど、そんなに変なことを言ったのだろうか? だって今使われていないだけで壊れてはいないんだよね、親機はここには無い様だけどそれは作り直そうと思えば出来るだろうし、折角なので何かに役立てたいと思ったけれど、勿体ないって感覚がこの世界では可笑しいのかしら? 不思議だ。


「分かりました……ではララ様、私がもう少し調べて問題が無い様でしたらララ様にお渡しします……ですがくれぐれも変なこと……いえ、危険な事には使わないようにお願いしますね……」

「はい、分かりました。アダルヘルム、有難うございます!」


 フフフ……実験できる魔道具が五つも増えた。きっとオクタヴィアンとヨナタンが喜ぶ事だろう。

 出来ればこれを使って何かおもちゃ屋さんで使えるよな物が作れないだろうか? それとももっと進化した盗聴魔道具にしてロイドにでも送った方が良いだろうか? いやいや変にウイルバート・チュトラリーの手下が居そうな所に魔道具を送らない方が良いだろう。あちらにも魔道具に詳しい人がいたら調べられる可能性もある、無理して送るより自分たちで使える物に変えた方が良い気がする。どんなものを使って通信魔道具にしたかは分からないけれど、オクタヴィアンならば詳しそうだ。発想の天才のヨナタンもいるし、フフフ、なにか面白い物にならないかなー。


 ムフフと笑って居ると、クルトに肩をポンポンと叩かれてしまった。いけない、いけない、ここで魔力を爆発させては強制送還させられてしまう。私はレディスマイルを取り戻し、皆に笑顔を向けた。なのに何故か大きなため息をつかれてしまったのはどうしてだろうか……本当に不思議だ……。



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