第426話 フォウリージ国

「話はまだ他にもありまして……フォウリージ国の事なのです」

「フォウリージ国?」


 フォウリージ国と言えば、この国、レチェンテ国のお姫様であるシャーロットの婚約者であった王子様の国だ。王子様とはずっと婚約関係であったのだけど、病気か何かで亡くなったそうだとシャーロットからは聞いていた。


 それとフォウリージ国はアダルヘルム達エルフの森がある国でもある。以前はアグアニエベ国、レチェンテ国、フォウリージ国のちょうど真ん中あたりにエルフの国があったようなのだが、国は潰れ、今はそれぞれの森の中でひっそりと暮らしている様だ。


 その中でもフォウリージ国には大きめのエルフの村があるらしく、アダルヘルム達の故郷なのだ。

 そんな国の話とは一体何だろうと皆が興味を持っていた。


「フォウリージ国では今病気が流行って居るそうなのです」

「病気……ってまさか……」

「ええ、以前レチェンテ国に持ち込まれそうになった流行り病……”薬効不病”では無いかと私は見ております、そうでなければ普通の癒し人の癒しが効くはずですので……」



 そう以前マルコの叔父であるブロバニク領の商人ファウスト・ビアンキや、ワイアット商会の会頭であるジョセフ・ワイアットがかかった病気でもある流行り病。その名も”薬効不病”だ。


 薬効不病はその名の通り、今まで特効薬が無かった、けれどお母様の研究のお陰で薬は出来上がり、今ではレチェンテ国でその病気になる者は少ない。それに重症化されても点滴がある為ほぼ完治できる。ただし、薬はスター薬局にしか取り扱いが無いため、それほど浸透していない。他国などは薬効不病の薬があることさえも気が付いていないのではないだろうか。

 もしそんな病気が流行ってしまって居たら……そしてそれがウイルバート・チュトラリーの仕業だとしたら……

 背筋にゾクリと汗が流れた。


 フォウリージ国とレチェンテ国は婚姻をしようとして居たぐらいだ、きっと友好国なのだろう。だけどその婚姻自体が消えた今、ウイルバート・チュトラリーが何か仕掛けて手を出し、レチェンテ国からの援助などを断ったのならば……フォウリージ国はどうなってしまうだろうか……


「ウイルバート・チュトラリーの居る国はアグアニエベ国です。もしフォウリージ国がウイルバート・チュトラリーの手先となった場合、この国、レチェンテ国は両国から挟み撃ちになるでしょう……あの者たちはララ様だけでなくこのレチェンテ国も狙って居ることは確実かと思われます……」


 皆がアダルヘルムの言葉を聞いてゾッとしている事が分かった。

 リアムもティボールドも苦い顔をしているし、セオやクルトだって同じ様な表情だ。


 アグアニエベ国とフォウリージ国両方から攻められてしまったら、幾らアダルヘルム達が要るとはいえレチェンテ国がどうなるかは分からないだろう。それ程の脅威となることは間違いがなかった。


「じゃあ、明日にでもフォウリージ国に行きましょうか?」


 私がそう言うと、アダルヘルムの眉間に皺が寄った。

 周りを見れば同じ様な表情をして居る人達ばかりだ。ここにマトヴィルがいれば大笑いしてくれそうなのに、今はいない……ウイルバート・チュトラリーとは別の脅威をとても感じた私だった。


(皆の顔が怖いよー)


「ゴホンッ、ララ様、フォウリージ国のことはまだ確定ではございませんので……」

「はい、だから行って自分の目で見て来ようかと……」


 何故か横からリアムのデコピンが飛んできた。久しぶりのうえに不意打ちだったのでちょっと痛かった。私が身体強化を掛けて居たらリアムの指は骨折していただろう。危険な事をして居ることに気付いてほしい。


「ララ、お前は馬鹿かっ! 狙われてるのはお前なんだぞ!」


 リアムはギロリと私を睨んできた。だからこそ見に行こうかと思ったのだけど、それはいけない事だった様だ。


「ララ様、先ずはキランにフォウリージ国の様子を見て行ってもらいますので……」

「でも……キランになにかあったら……」


 そんな危険な場所に大切な家族であるキランを送り込むなんて心配だと私がキランの方へと視線を送ると、キランは照れくさそうにクスリと笑った。初めて見るキランのはにかんだ様な笑顔は破壊力満点で、私の心を打ちぬいた。


(可愛い! キランの笑顔可愛すぎるよ!)


 キランは私の下に来て目の前に跪くと、手を取り話しかけて来た。まるで本物の王子様みたいでカッコイイ。小さく微笑む姿がとっても素敵だった。


「ララ様、私は潜入捜査はなれておりますので、何の問題もございません」

「でも……病気が……」

「スター商会自慢の薬効不病の薬も、ポーションも私は持っておりますし、それに沢山の魔道具もございます。何の心配もいらないですよ」


 確かに逃げるための魔道具も沢山キランには渡してあるし、勿論特製の武器だって渡してある、それに薬もキランが言ったものだけではなく、他のものも持たせてあるけれど……それでも息子の様に思っているキランが、少しでも危険がある場所へ向かうのは心配で仕方がなかった。それ位ならば私が行った方が良い気がして、思わず不安な表情のままアダルヘルムの方へと視線を送ってしまった。アダルヘルムは頷き言葉を掛けてくれた。


「ララ様、キランにはウインを付けたいと思っているのですが、宜しいでしょうか?」

「ウインって、あのドワーフ人形のウインですか? 勿論大丈夫ですけど……あの子が居ると何か違いますか?」

「ええ、ウインはララ様とセオの魔法を覚えています」

「えっ? 魔法ですか?」


 アダルヘルムの話では私たちと一緒に過ごすことの多いスノーとウインは、魔力は少ないながらも癒しや闇魔法が使える様だ。不思議なことに人形であってもあの子達は、私とセオの魔法を見て覚えて成長しているようで、何だか自分の息子のような気がして嬉しくなった。それもキランの役に立てるのならば尚更だった。


「それからウエルス商会とテネブラエ家の方は引き続きセリカに探って貰います」

「でもセリカがチェーニ一族だと気付かれたら……」

「ララ様、大丈夫ですよ、私はこれでも変装は得意ですし、これ迄長く諜報員をやって参りましたから、相手との距離感もそれなりに分かっております。ですから安心して下さい」


 そう言ってセリカは美しい微笑みを見せてくれた。

 キランに続いてセリカ迄私に笑顔を見せてくれた。嬉しくって胸が締め付けられそうだ。

 子供が初めて見せる笑顔と言うのは、これ程の破壊力があるとは思わなかった。二人が人間らしくなってくれたことがとても嬉しかった。


 話合いでキランとセリカは希望通り、情報を集めに出かけることになった。

 くれぐれも危険なことの無い様にとお願いをすると、それに笑顔で頷き二人は部屋を出て行った。


 そしてティボールドもロイドとお父さんに手紙を書くために部屋を出て行った。連絡が取れ次第また皆で集まる予定だ。ティボールドはすぐに連絡が付くだろうと言って居た。ただし、その婚約者という方が見張っていなければだけど……


「アダルヘルム、早めにアダルヘルム達のふるさと……セレーネの森に行った方が良いのでは無いですか?」

「……ええ、そうですね……まずは手紙で連絡をしてみましょう……向かうとしたらそれからになるりますね……」

「その時は私も一緒に行きますね」


 アダルヘルムはジッと私を見てため息をついた。

 以前長い眠りから目が覚めたばかりの時に、セレーネの森に一緒に行く事は約束をしてある。だけど、アダルヘルムは何か困っているような気がする、どうしたのだろうか?


「ララ様、来年は学校に入学です……今年は受験勉強が必要なことはお分かりですか?」


 ああ、そう言えば今年は受験があるのだとアダルヘルムに言われて思いだした。何だかとっくの昔に学校を卒業したような気持ちになっていたけれど、私はこれから入学するんだったね。

 えへへと笑って誤魔化せばアダルヘルムはまた大きなため息ついていた。クルトもだ。


「ララ様は学業の方は問題無いと思うのですが……それ以外を少し勉強しなければなりませんね……」


 学業に問題が無ければいいのではないかなと首を傾げて居ると、リアムがクックックと笑いだした。


「ララ、お前に足りないのは常識だぞ」

「えっ? そんな事は……」


 と部屋にいる皆を見回してみれば何故か皆うんうんと頷いていた。セオまでもだ。

 二年眠って目覚めてからはかなりの常識人になったと思っていたのだけど、ここ迄皆に常識がない人間だと言われてしまうと何だかがっかりだ。一体どこが可笑しいのか教えて欲しい。


「まずはクルトと少し勉強をしなければなりませんね……ララ様は年ごろの子供たちとこれから一緒に過ごすことになるのですから、少しは年頃の女性の気持ちを学んだ方が良いでしょう……」


 アダルヘルムの言う事は最もなのだけど……

 年頃の乙女の気持ちをクルトから学ぶのってなんか変じゃないかな? クルトは若く見えているけれど、良いおじさんだよ。つまり私にはクルトよりも乙女心が少ないという事なのだろう。


 アダルヘルムは自分もこの分野は苦手だと言って居たけれど、アダルヘルムには乙女心は必要ないからね、それは構わないと思う。まあ、王子様を全て愚かな輩と言ってしまう所は乙女心云々ではなく、人として怖い部分だけどね……


「あっ! 学校で思いだしました! 私ブルージェ領に学校を作ろうと思って居たんです!」


 私がそう宣言すると、皆がそろって「はっ?」と間抜けな声を出した。以前からこの話をしていたと思うのだけど、どうやら上手く伝わって居なかった様だ。

 スター商会の今後の事を考えると学校作りはとても大切だと思う。それにブルージェ領はこの事で益々発展することは間違いないだろう。

 タルコットの、そしてメイナードの友人として、ブルージェ領にはどんどん繁栄して貰いたいと思う。


 それにウイルバート・チュトラリーもブルージェ領が強くなれば手出し出来なくなるだろ。

 学校が出来ての相乗効果は良い事づくめなのは間違い無いと思う。ドヤ顔で皆を見れば何故かまたため息をつかれた。不思議な物である。

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