第425話 初めての情報

「ララ様、本日スター商会へ向かわれる際は、私とキランとセリカもお供させて頂きますので宜しくお願い致します」


 大豚ちゃんたちのお世話が終わり、朝食を摂っていると、アダルヘルムがそんな事を言ってきた。


 勿論私は鉄壁レディスマイルで(なんかやったっけ?)と不安な気持ちを覆い隠しながら、アダルヘルムに頷き許可をした。その後すぐにセオとクルトの方へと視線を送れば、私と同じ様に似非スマイルで頷いていた。二人のあの顔をみて(ララ様何かやったっけ?) と私と同じようなことを考えて居ることはすぐに分かった。

 最近の私は凄く大人しい良い子なのに、二人共何故こうも不安になるのだろうか? そこは私に付いている者として自信満々でいて欲しい物だ。まあ、アダルヘルムに話しかけられると緊張するのは仕方がない事なのかも知れない。あんなに美しいのに迫力満点なのだから……


 朝食の後はお母様の部屋に行き朝の挨拶をした。

 この季節はお母様の体に丁度良い様で、少しだけ窓を開け風を楽しんで居る様だった。

 クックとトートが傍に居て片時も離れずにお母様のお世話をしてくれている。二人はお母様から直接指導を受けたドワーフ人形なので、薬草の知識もあり、癒しの魔法も使える。安心して任せられる頼もしい存在だ。アダルヘルムも私と同じ気持ちだと思う。


「お母様……お体はどうですか?」

「ええ、ララ、とても調子が良いのよ、今なら出かけることも出来そうだわ」

「フフフ……、では今度ココに乗って森へ出かけましょう。きっとキキもココも喜びます。勿論私も……」

「……ええ、そうね……楽しみだわ……」


 そっと私の頬に触れたお母様の手は、また痩せた様な気がした。

 それでも不安を隠し、私とお母様は笑顔で会話をする。残された時間がどれ程あるかは分からないけれど、最後の最後まで笑顔でいたいと私達親子は思っていた。


 お母様との朝の顔合わせが終わり、自室へ戻ると、アダルヘルムがキランとセリカと共に既に待っていた。私の部屋の中でぴょんぴょんと飛び跳ねているスライムたちに目を向けながら、三人とも真剣な顔をして居る。


 アダルヘルムとスライムが余りにも似合わなくてちょっとだけ笑いそうになったが、勿論そんな事は顔には出さない、自分の命は自分で守らなければならないだろう。ここで下手こけば私の寿命は恐怖から縮まる可能性大だからね。


「ララ様、このスライムたちを少し私にも分けて頂けますか?」

「ええ、勿論です……何かに使えそうですか?」

「ええ……ちょっと指導できるかやってみようと思います……フフッ、まあ、スライムなのでどれぐらい賢くなるかは分かりませんがね……」


 ああ……スライムたちごめんよ……私には君たちを守り抜くほどの力量は持ち合わせて居なかった様だ……どうか立派にアダルヘルムの修行に耐えてくれたまえ……


 アダルヘルムの指導が入れば、もしかしたら飛び跳ねてククゥとかキュキュウと鳴くだけしか出来ないこの子達も成長出来るかもしれない、心配しながらもアダルヘルムに預けることを少しだけワクワクした。キランとセリカもスライムに興味がある様だったので一匹づつ預けることにしてみた。この子達も二人の手によってどう成長するのか、マルコじゃ無いけれど実験のようで楽しみだった。


 皆でリアムの執務室へと向かうと、いつも通り皆今日もとっても忙しそうに働いていた。

 部屋には珍しいことにリアムの兄であるティボールドもいて、私たちの到着を仕事を手伝いながら待っていたようだった。リアムは「よう」といつものように手を上げて挨拶をすると、サッと立ち上がり、応接室に続く扉を開けて皆で移動した。


 アダルヘルムからの話という事で、重要な事だと理解したのだろう、全員で話を聞く様だ。

 ガレスがお茶を入れてくれて、まだ早い時間だというのにおやつも出してくれた。きっとリアムからお願いされていたのだろう、でも流石に朝からケーキが出てくるとは思わなかった。勿論リアムは早速手を出していたけれど、他の皆はお茶だけだった。


「それでマスター、俺達に話しってのは何でしょうか?」


 アダルヘルムは小さく頷くと、真剣な表情で話し始めた。

 どうやらキランとセリカが掴んできた情報の様だ。皆も普段以上の真面目な顔でアダルヘルムの事を見ていた。


「実は、リアム様とティボールド様のご実家の話なのですが……」

「ウエルス商会の? もしかしてヴァロンタンを追いだしたから本店が傾きだしたとかですか?」


 ハハッと笑うリアムの言葉に確かにそれはあり得あると、ランスもヴァロンタンもそしてチコまでもが頷いていた。新しく店長補佐になる人が優秀ならば何とかウエルス商会も大丈夫かも知れないが、補佐が付かずロイドだけが店長となるとウエルス商会は潰れても可笑しくは無いのだろう。

 一度しかロイドと会って居ない私でもリアムが言う事は納得が出来た。それにランスが以前ヴァロンタンの他に補佐を任せられるような人はウエルス商会にはいないだろうと言って居た。そう考えると店が傾くのも時間の問題のような気もしする。まあ、ロイドが心を入れ替えて居れば……うん、それだけはなさそうだけどね。


 アダルヘルムはリアムの言葉に小さ首を振ると、また話を続けた。


「いえ、実は……ロイド・ウエルスに婚約者が出来たらしいのです……」

「「はっ?」」

「「はあっ?」」


 リアムは当然のこと、そして比較的ロイドと上手くやっているはずのティボールドでさえ驚きが隠せ無い様で、リアムとハモリながら大きな声を二回も出していた。ランスやヴァロンタン、そしてチコも初耳だったのだろう、こちらは驚いて声も出無い様だった。

 そう……あのロイドに嫁ごうとする相手……一体どれ程奇特な方なのかと皆が思って居るのだろう。


 ロイドは大店の後継ぎという事もあって、それなりに見合いの申し込みは今まで有ったのだそうだ。

 そして何度か見合いもしてみた様だが、ロイドの我儘さと、女性を見下したような態度から一度も上手く行った事がないそうだ。

 勿論ロイド側からも余りにも財産目当てのような女性はお断りして居たようで、これ迄きちんとした恋人などもいなかったらしい。

 まあそこはロイドだって大人の男性なので遊び相手はいた様だが、ここでは子供の私が居るため詳しいロイドの女性関係の話は伏せられていた。

 だからこそそんなロイドが急に婚約、それも少し前までウエルス商会で働いていたヴァロンタンとチコが知らない相手、そして兄弟であるリアムとティボールドに全く連絡が来ていないという事で、この場の皆が聞かされた情報を信じられない様だった。


 そんな皆の様子を察して、この情報を掴んできたセリカが話をしてくれた。


「ロイド・ウエルスの婚約者は、テネブラエ侯爵家の娘の様です」

「テネブラエ侯爵家?! だってあそこは男兄弟だけだろう?」

「はい、養女の様です……それもごく最近養女に迎えたそうなのです」

「……まるでロイドの嫁にする為に養女にしたかのようだな……」


 セリカの話では、そのテネブラエ侯爵家の養女であり、ロイドの婚約者と言われている女性は、時間があればウエルス商会に顔を出し、仕事を手伝い始めて居るそうだ。


 そのお陰かは分からないが、落ち掛けて居たウエルス商会の評判も戻り始めていて、以前の様に客が戻りつつあるそうだ。勿論ロイドの婚約者がテネブラエ侯爵家、という後ろ盾があるという事も大きいのだろう。

 侯爵家と繋がりのある店となれば、貴族が縁を作ろうと躍起になるのは間違いがないのだそうだ。それもテネブラエ侯爵家はこの国でもかなりの力を持ち、元をたどればアグアニエベ国出身の貴族だったそうなので、歴史のあるアグアニエベ国とも繋がりがあるという事は、貴族に取ってのリアムのキャラメルに近い物の様で、甘みがあって欲しくてしょうがないという事なのだろう。


「三男のゲロン・テネブラエ様はロイド様のご友人です、その繋がりから今回の婚約の話が出たのかもしれません……」


 ヴァロンタンの言葉にウエルス商会出身の皆が頷いていた。ゲロン・テネブラエとロイドの友人関係は皆が知っている事だった様だ。まあ、友人の妹と仲良くなるのは不思議ではない。だけど女性側からしてロイドのどこに魅力があったのだろうか? 勿論養女だから家からの命令に逆らえなかったのかも知れないけれどね……


「これじゃあ、ウエルス商会はテネブラエ家に乗っ取られる可能性があるな……」

「ええ、そうでしょうね……ウエルス商会は海外にも支店をお持ちですから、テネブラエ家としても旨味しか無いでしょう。だからこそそれを考えてゲロン・テネブラエ様がロイド様と友人になった可能性がありますし……」


 ウエルス商会が欲しくてロイドに近付いた……確かにそれは考えられる事だと思う。だけど学生時代からの友人のはずなのに、今までは何もアクションを起こしていなかったのは何故だろうか。

 そこでふとウイルバート・チュトラリーの事が頭に浮かんだ。

 今ウイルバート・チュトラリーはレチェンテ国と繋がりを作ろうとして居るように思える。レチェンテ国のお姫様であるシャーロットやジュリエットの婚約者に上がっているのもテネブラエ家とアグアニエベ国だ。どう考えても怪しいとしか思えなかった。


「ロイド様の婚約者の方の名はガリーナ・テネブラエ様……紺色の髪をした女性の様です……」

「……アダルヘルム……それってまさか……」

「ええ、本人を目にした訳ではないので正確にとは参りませんが……十中八九チェーニ一族の者でしょう……そしてウイルバート・チュトラリーの手の物かと思われます……」


 スター商会に勤めて居る物は、私が二年眠るきっかけとなったウイルバート・チュトラリーの事を知っているので、彼の名を聞いて皆が息をのむのが分かった。実家がウイルバート・チュトラリーに狙われている可能性があるリアムとティボールドは、渋い顔をして居る。幾ら既にスター商会の従業員として働いていると言っても、やはりそこはウエルス商会に愛情があるのだろう。いずれはスター商会が買い取ろうと思っていたが、ウイルバート・チュトラリーの手に落ちるとなると話が違ってくる。これは何とかしなければと皆が思っている事が良く分かった。


「僕が兄上に連絡を取ってみるよー、あと父上にもねー」


 ティボールドの話にリアムが頷く。きっと嫌われている弟であるリアムが連絡をしたところでロイドは何の話もしないだろう。ここはティボールドに任せた方が良さそうだ。

 ティボールドが立ち上ろうとすると、アダルヘルムから待ったの声がかかった。

 話はこれで終わりでは無いようだった。

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