第414話 王妃様のご来店③

(ジュリエットがティボールドを好き?!)


 憧れの人を見ているような物だと思っていたジュリエットの瞳は、気が付けば恋する乙女の物に変わっていた。

 この国の王女様であるジュリエットは、以前から小説家であるティボールドに憧れがあったのは知っていた。それがいつの間に恋に変わったのだろうか? 私の知らないところで一体何があったのか? 流石にさっきエステの事を褒められたことがきっかけでは無いとは思う。

 シャーロットもジュリエットもこの国のお姫様のなので政略結婚は覚悟して居ると以前言っていたし、恋心も自分の中で制御出来ているような様子だった。

 けれど今見るジュリエットはティボールドに確実に恋をして居るように見える。私が気が付いているぐらいだ、きっと王妃様たちも気が付いているのだろう。優し気な様子でジュリエットとティボールドのやり取りを見ていた。娘の初恋を見守っているのだろうか……


 ジュリエットは今年成人だ。ティボールドとは年齢が十歳ぐらい差がある。

 でも以前話をした時にそれ位の年齢差なら貴族では問題無いと言って居た。


 だけど……ティボールドは大店の店の息子とはいえ庶民だ……私だったら気にしないところだけれど、レチェンテ国のお姫様が嫁ぐとなるとどうなのだろうか? ディープウッズ家の家臣って事になれば問題がないのかしら? 


 私がうーん……と一人頭の中で考えて居ると、ジュリエットは自分の魔法鞄から書いた小説の束らしき紙を出してティボールドに渡していた。頬を染め恥ずかしそうに渡すその姿は、バレンタインデーに本命の相手にチョコを渡して告白するかのようだった。ジュリエットが可愛くって眩し過ぎる……


「ジュリエット様、お読みしたら感想を手紙でお送りしても宜しいですか?」

「は、はい、是非お願い致します」

「それと、我がスター商会の会頭にお見せしても宜しいでしょうか?」

「えっ……会頭って……」


 ジュリエットは会頭はララ姫様ですよね? と確かめるように私を見てきた。

 ティボールドに小説を書くように勧めたのは私なので、ティボールド的にはジュリエットの小説も私に見せて、スター商会の会頭としてどう判断するかを確認したいところなのだろう。ジュリエット的には商業化させるほど自信がないのか少し心配げな表情だった。けれどティボールドがそこで励ましの言葉を掛けた。


「ジュリエット様、初めから素晴らしい作品が出来ることは稀です。ですが小説を良く知っているララ様に見て頂くことは小説家として成長するきっかけになりますよ」

「……成長ですか?」

「ええ、私も初めて書いた小説は、ララ様に何度か手直しをして頂いて出来上がりました。ジュリエット様にもいい経験になると思います」


 ジュリエットはティボールドの言葉を聞くと、真剣な顔で頷き「お願い致しますと」頭を下げてきた。

 確かに人に読んでもらって修正してもらう事は大事だ。

 でも私が一番驚いたのはティボールドがきちんとジュリエットの書いたものを商品化まで考えて居ることだった。所詮お姫様の暇つぶしの道楽などとはティボールドは思っていない。きちんと一人の人間としてジュリエットの事を見ている。

 年齢とか性別とかお姫様だとかそんな物はティボールドは気にしていないのだ。

 これではジュリエットが本気で好きになってしまう事がよく分かった。私の前では「ララちゃーん」なんて甘えてくるティボールドだけど、この場では完璧な紳士だ。庶民とか関係なくティボールドはお姫様の結婚相手として十分に相応しい人だとそう思った。

 勿論本人の意思は聞かなければ分からないけれど……





 楽しいお喋りの中食事を終えると、今度は王妃様たちの買い物の時間となった。

 皆でぞろぞろと一階のブティック兼化粧品店に降りて行き、王妃様たちには自由に店内を見て貰う、普段王城で暮らしている王妃様達は殆ど自分で店に出向いて買い物をする事がないそうで、今日の事を楽しみにしていた。


 普段の買い物は商人を王城に呼び、そして商人が一つ一つ商品を見せていく中で、気に入った物があれば買い入れるのだそうだ。ドレスなども同じで、店に行って品を見て、好みを店員と話しながら決めて行く事など無いのだそうだ。

 まるで娘時代に戻ったようだと、王妃様二人は嬉しそうに色々な物を手に取ってみていた。大人女子でもやっぱり買い物中は少女時代に戻る様だ。今の二人の姿を見たらレチェンテ王はきっと惚れ直すだろう。二人共滅茶苦茶可愛いのだから。


「レオノール様にはこの濃い赤がお似合いでは?」

「マリアンヌ様にはこの明るめのピンク色がいいわ、フフフ、良くお似合いよ」


 店内にあるブラウスを手に取りながら姉妹の様にはしゃぐ王妃達は、シャーロットとジュリエット姉妹の様だった。レチェンテ王ことアー君が、二人の王妃様を分け隔てなく愛しているからこそ、同じ男性を愛している女性同士でもこれ程仲が良いのだろう。

 それにレオノールとマリアンヌが妃としての器が大きいこともあるのだと思う。王妃、第二妃が生んだ子供たちはどちらも関係なく、兄弟皆仲が良いそうだ。アー君の株が私の中で一気の上昇した瞬間だった。王として出来る男の様だ。うんうん、尊敬するよ。




 王妃様達が十分に買い物を楽しみ、そして午後のお茶を味わい終わると、遂に帰る時間がやって来てしまった。

 マティルドゥとアデルは今日は護衛として来ているので、残念ながら全く話す時間はなかったが、店を出る前に小さく私とセオに手を振ってくれた。そして魔石バイクにまたがり出発前に店回りを一周回って安全確認を始めた。その間に私達は王妃様たちご一行と別れの挨拶をする。

 ティボールドとニカノールも揃い、皆で頭を下げた。


「レオノール様、マリアンヌ様、本日はスター商会をお楽しみいただけたでしょうか?」

「ララ姫様、とても楽しい一日になりました。私達が王城から出るという事は、大事になってしまうので本当ならば来店はこの一度きりが限度かも知れませんが、夫に願い出てまたお邪魔させて頂きたいと思っておりますわ」

「ええ、是非いらしてください。今度はスター・リュミエール・リストランテの方にも席を取っておきますので、そちらでもお好きなメニューをお選びください」

「まあ、それは楽しみが増えますわね、その時は夫も仕方がないので連れて来ましょうか……」

「フフフ、そうですね、それでついでにドレスでも買ってもらいましょう」

「まあ、それは妙案ですわねー」


 二人の王妃様はフフフ……と嬉しそうに微笑むと、別れの挨拶をして馬車に乗りこんだ。

 その後で姫であるシャーロットとジュリエットが乗り込む、シャーロットは恥ずかしそうにデッドリックにエスコートされていて、ジュリエットは名残惜しそうにティボールドの事を見ていた。


 店から離れていく馬車を見送りながら、二人のお姫様も王妃様達の様に幸せになれれば良いなと思った。


 皆とお疲れ様の挨拶をした後、ニカノール達はブルージェ領側のスター・ブティック・ペコラに向かって行った。あちらの店はまだ開店中なので、手伝いながら今日の王妃様訪問の話をする様だ。

 同じ様にティボールドもブルージェ領に向かうのかな? と思ったら、ティボールドは自室に行ってジュリエットが書き上げた小説を読むのだと言って離れていった。

 きっとジュリエットは早く感想を聞きたいだろうから、ティボールとしてはすぐに読んであげたいのだそうだ。ティボールドは優しいと思う。




 そして私とセオとクルトは今日の報告も兼ねてリアムの執務室へと向かった。

 何となく二人のお姫様の恋を誰かに相談したい気分だったからだ。勿論名前は出したりしないけれど、恋に疎い私よりも万年片思い中のリアムの方が気持ちが分かるだろう。それに私の恋の先生であるクルトも居る。残念ながら魔獣好きのセオにはこの手の話は無理だろうし、勿論リアム命のランスも……だ。




 私達がリアムの執務室に着くと、リアムは「おー」と言って手を上げて挨拶をしてくれた。

 そして王妃様たちの話を聞こうと思ったのか、すぐに応接室に行こうと促してきた。チラッとガレスの方を居るとリアムのおやつ用魔法袋に手を入れていてので、リアムの行動はおやつが半分目的だったのかもしれない、これだけ忙しい毎日なのできっとどうしても甘い物が欲しくなってしまうのだろう。しっかりとシュガーレスお菓子は作り続けなければとリアムの下っ腹を見ながら決意した私だった。




「ねえ、リアム、お姫様と大店の息子って結婚できるの?」


 私が問いかけるとリアムが盛大にお茶を吹き出した。

 ガレスが慌てて掃除を始める。本当にはた迷惑なリアムの悪癖だ。お茶を飲んで居るときは話しかけるのをやめた方が良いのかもしれない……


 リアムはゲホゲホとしながら涙目になると、その潤んだ瞳でセオの方をチラッと見ていた。

 セオはディープウッズ家の養い子なので一応王子様? になるのかな? リアムはきっと私の質問を自分に置き換えたのだろう。セオを見つめる目には熱がある様に見えた。


「ラ、ララ、ゴホッ、きゅ、急になんでそんな質問してくるんだ?」


 リアムは今度はクルトの方に目が泳いでいた。クルトが困った表情を浮かべると何かを察したのか真剣な表情で私を見てきた。もしかしたらティボールドに関する質問だと分かったのかもしれない。


「うーん……何となく? 庶民とお姫様って結婚はまず無理でしょ? でも大店の息子なら違うのかなーて思って」

「ま、まあ、普通に考えればまず無理だろうな……ただし例外もあるぞ」

「例外?」

「英雄とか、勇者とか……それにまあ聖女とか、何かこの国に貢献すれば話は別だな、そうすれば平民だとしても王家の方からすり寄ってくるだろう」

「なる程……貢献か……」

 

 今のティボールドはどうなのだろうか?

 ディープウッズ家の姫と一緒に働いているという事は国にとって貢献になる?

 作家として世界的に有名になればどうだろうか? 可能性はゼロじゃないって事だね。うんうん、希望が持てたよ。後はティボールド本人の気持ち次第かな。


「な、なあ……ララ……その、大店の息子と姫て言うのはもしかして俺とおま――」

「ねえ、リアム、じゃあ騎士と姫は?」

「へっ? 騎士と姫?!」

「そう、良く物語の中にあるでしょう? 騎士とお姫様の恋はどう?」


 リアムの視線がチラッとまたセオの方に動いた。もしかしてセオがジュリエットかシャーロットに恋をして居ると勘違いさせてしまったかもしれない。リアムの誤解を解きたいけれど二人のお姫様の話を出すわけには行かないので、この事が上手く行ったらセオの事では無いと誤解を解こう。リアムの片思いが変にこじれたら可哀想だものね。


「まあ……相手の爵位にもよるが……最低伯爵以上の位があれば、まあ駆け落ちはしなくても大丈夫じゃないか……」

「そうなんだっ!」


 確かシモン家は伯爵位になったのだと聞いた気がする、という事は最低限のレベルはクリアして居るという事か、うんうん、これは後は二人の気持ち次第かも知れないね。


「まあ、騎士の場合は功績が良ければ問題無いだろう……」


 おう! 功績! 尚更いいかも!

 確かシモン家は功績が認められて爵位が上がったんだよね。うんうん、リアム、良い情報を有難う!


「その、騎士と姫ってのは……セオとラ――」

「リアム! 有難う! 俄然やる気が湧いてきちゃった!」


 リアムの手を握りお礼を言うとリアムは困ったような表情になっていた。まあ詳細を話していないので仕方が無いだろう。クルトが何故かため息をつきながらアダルヘルム病を発症していた……私は何かしたのだろうか?


 作戦を練らなければと、リアムと分かれて部屋を出ようとしたところで、もう一つ質問があったことを思い出した。リアムの側まで行き、頭を抱えているクルトに聞かれないようにそっと耳打ちすることにした。セオには聞かれてしまう事は仕方が無いだろう。なんてたって地獄耳だからね。


「ねぇ、リアムは二人の女性を同じ様に愛せる?」


 この質問の後、リアムは赤い顔で口を開けたまま動かなくなってしまい、セオは我慢しきれなかったのか大きく吹き出していた。

 ただ単に二人も奥さんがいるアー君の気持ちを知りたかっただけなのだが、一般男性には通用しない事だったことを思いだした。

 中々恋心を知るのは私にはまだ難しい様だ。

 残念ながらこの後、恋の先生であるクルトにまた言い方を気を付けましょうと注意を受けることになるのだが、一体私の何が悪かったのかは結局分からずじまいだった。

 これはクルト先生に早めに恋の授業を開始してもらわないといけないだろう。それにリアムも一緒に授業を受けた方が良いかもしれないと、リアムの呆けた状態を見て気の毒になった私なのだった。

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