第413話 王妃様のご来店②
マティルドゥの兄で有り、今日スター・ブティック・ペコラ王都店に王妃様方の護衛として付いてきたデッドリック・シモンの手を引いて、壁際に連れて行行った。セオとクルトもニヤニヤするのを堪えながら私たちの後を付いてきている。デッドリックが幼い私に連行されているのが面白い様だ。
壁際にデッドリックを立たせると、私は壁ドンをした。
だけど背が高いデッドリック相手では、まだ子供サイズの私では胸辺りにしか視線が行かない、仕方がないのでそのまま見上げれば、デッドリックはまだ赤い顔のままだった。きっとここまで連れてこられた理由が分かっているのだろう。乙女のような恥じらいが可愛かった。
「デッドリックさん……今好きな人がいるのですね?」
ひっそりと声を掛ければ、デッドリックはギクリと顔に正直な動揺が出て居た。
護衛なのにこんなに心の機微が分かってしまって大丈夫なのかな? と心配になったが、デッドリックは恋が苦手なだけだと思い出した。
デドリックは今まで女性に迫られ続けたことで、自分の恋バナが苦手なのだろう。年齢的には二十歳すぎぐらいだと思うけれど、もしかしたら初恋なのかもしれない。そんな気がした。
デッドリックは見た目は女性の様な美しさを持っている、そうマティルドゥの男性版といった感じだ。男兄弟であるオクタヴィアンとはあまり似ていない。
だからこそ女性には人気がありすぎて怖くなってしまったのだろう。もしこの恋を逃がしたら……デッドリックは一生結婚できないかもしれない……出来れば叶えてあげたいと思うのは、アリナの義理の兄になるからと言う思いもあった。アリナには家族ともども幸せになって貰いたいからね。
デッドリックは私の質問を聞くと、チラッと父親であるバルドリックの今の状態を目で確認していた。バルドリックはティボールドに質問しながら奥様へのプレゼントを思案中だった。今ならバルドリックに恋バナを聞かれる可能性は無いだろう。デッドリックはふーっと息を吐くと、真面目な顔で私を見てきた。もう先程までの動揺は見せて居なかった。
「姫様……確かに私には思う方がおります……ですがその方は高貴なお方……私が簡単に思いを打ち明けて良い方では無いのです……」
デッドリックから見て高貴なお方……それでいて近くにいて接触がある人と言ったら簡単に絞られる。デッドリックも私が誰を連想しているかは分かったようだった。少し申し訳なさそうな表情だ。
「……つまりデッドリックはシャーロット様かジュリエット様がお好きなのですね?」
「……」
デッドリックは何も答えなかった、それが答えでもある。
シャーロットにもジュリエットにも婚約者候補がいる中で、伯爵家の跡取り息子であるデッドリックが思いを告げるのは難しいのだろう。
貴族としてそれはしょうがない事だと思う、だけど……シャーロット的にはデッドリックの事を好きなように見える、もしデッドリックの好きな人がシャーロットならば二人は両想いと言う事になる。
王女として政略結婚は仕方が無いと思っているシャーロットだけど、気持ちを確かめてみてもいいのではないかなとちょっと思った。二人が本当に両想いならばアー君の要相談だ。なので最後にもう一度だけデドリックに質問をした。
「デッドリックの好きな人はシャーロット様ですね?」
「……」
デッドリックは何も答えなかったけれど、赤い顔が答えだった。
中身40歳過ぎのおせっかいおばさんとしては、若人の恋を応援してあげたいと思った。要らぬお世話かも知れないけれど、シャーロットがウイルバート・チュトラリーの関係者かも知れないテネブラエ家やアグアニエベ国に嫁ぐよりは、デドリックと結婚する方がずっと幸せになれる気がする。
友人としては危険な場所に嫁として送り出すなんて出来ないからね。いざとなったらアダルヘルムに相談だ。
お買い物組がある程度落ち着いたところで、二階に戻り、ハンドエステを受けていた人たちと交代をしてもらった。ティボールドはここでもエステが終わったメイドさん達を上手に褒め、そして使用人の男性陣にはお土産にスター商会の商品で人気の物を教えて上げたり、自分用に商品を購入する人達にお薦めの物を上手に説明していた。
こういう姿を見るとティボールドはやっぱりリアムと兄弟で、商人の息子だと言う事が良く分かる。
三人兄弟の中で何故ロイドだけがああも我儘になってしまったのかが不思議だけど、長男の傍若無人ぶりを見ていたからこその下二人なのだろう。
ロイドが居たからこそリアムもティボールドも成長したのかも知れない、そう思うと感謝しかなかった。ロイド君傲慢でありがとうね。
お買い物もエステも終わった人達には、少し早いがお昼を摂って貰う。
王妃様達がこの場に戻ってきたら、皆護衛や、給仕の仕事に戻らねばならないだろう。その為今のうちに落ち着いて食べてもらう事にした。
「スター・リュミエール・リストランテの人気メニューの牛型魔獣ヴィリマークのビーフシチューです。サラダも同じく一番人気のポテトサラダ、そしてパンはスターベアー・ベーカリーで作られて居る物を、いくつか選べるようにして見ました。皆さまお好きなパンをお選び下さい」
人形魔道具のペコラ君達がパンの籠を抱え、食事を楽しむ皆の席を周り、好きなパンを好きなだけ取って貰う。メイドさん達はキャッキャッと楽しそうで、使用人や護衛の男性陣は、お腹にそんなに入るのかな? と心配になる程パンを自分の皿に取っていた。
シチューやサラダもお変わり自由とあって、女性陣でさえお代わりをして居た。男性陣は勿論だった……皆この後仕事なのに動けるのだろうかと心配に成程だった。
そしてデザートは先程王妃様達に出した苺のショートケーキだ。
先程王妃様達がケーキを食べて居るときに羨ましそうにして居たからか、お腹一杯なはずなのに皆喜んで食べていた。こちらもお代わりがある事を伝えると、二個目、三個目と手を伸ばしていた。一体皆何処にあれだけの食事が入るのか……細い人達ばかりなのに不思議で仕方なかった。
皆のお昼が終わる頃、エステを終えた王妃様達がエステルームから出てきた。
既に新たに化粧も施され、艶々のピカピカに磨き上げられていた。
私の脳裏にはまた艶のある毒ガエルであるエンカンタドルグレッグの事が浮かんだ。チラッとセオを見れば、目をキラキラさせているのでエンカンタドルグレッグの事を考えて居るのだろう。
クルトにくれぐれもセオがカエルの事を口出さないようにと視線で合図しておいた。まあ、クルトも中々に失礼な事を言う事もあるのだけど……たぶん大丈夫だろう。
「これは、流石王妃様方ですね、肌だけでなくスタイルも一段とお美しくなっておいでです、お二人の素顔を見ることが出来るレチェンテ王の事を国民の男性全てが羨むでしょう、社交の場に咲く大輪の花の名に相応しい美しさに磨きがかかりましたね。今の王妃様方を目にしたら花の女神までもが嫉妬してしまうでしょう、本当にお美しい……」
「まあ、ティボールド殿はお上手ですのね」
「いいえ、本心ですから」
「まあ……」
王妃様たちも褒められて満更でもないのか「オホホホ」と嬉しそうに笑って居る。だけど何故かジュリエットだけは無表情だ。王妃様たちだけ褒められたのが気に入らなかったのだろうか? でも今回のメインは王妃様お二人なので仕方が無いだろう。しかしそこは流石ティボールド、すぐにそんなジュリエットの様子に気が付いた。こう言う事はリアムより断然ティボールドの方が出来る男だと思う。
「シャーロット姫もジュリエット姫も普段の美しさに磨きがかかり、まるで森の妖精の様です。私までも心奪われそうですよ」
「ほ、本当ですか?! ルド先生の様な大人の方でも私を美しいと思いますか?」
「これ、ジュリエット、はしたないですよ」
母親である王妃様に注意されてジュリエットは顔を赤くして俯いてしまった。
ティボールドはそっとジュリエットの手を取ると、そこに口付けを落とした。ジュリエットは一瞬で体まで真っ赤になってしまった。そんな様子にクスリと微笑んだティボールドには色気があった。大人の男の人だ。
「私はもうジュリエット姫に夢中ですよ。私は商人という小さな男ですが、どうか貴女の心の片隅において頂けますでしょうか? 私はそれだけで一生幸せでいられますから」
ニッコリと微笑みそんな言葉をジュリエットに向けると、キャーと小さな悲鳴があちらこちらから上がった。
そんな事は気にせず、ティボールドは何でもないようにジュリエットの手を引くと、指定の席へと案内した。ティボールドにエスコートされたジュリエットは赤い顔のまま放心状態だ。
可哀想にティボールドの大人の色気に打ちの目されてしまったらしい。今年成人のジュリエットには男として、紳士として魅力があるティボールドは少し刺激が強すぎたのだろう。
シャーロットまでも少し頬を赤くしていて、デッドリックはそれが心配なのか青くなっていた……気持ちはよく分かる……
王妃様達は温かい目で娘たちの様子を見ていたけどね。流石に人妻だけの事はある、余裕がある様だ。
エステが終わった王妃様とお姫様たちも食事の時間となった。
私やティボールド、そしてニカノールも一緒に食事を摂る。
あれだけたらふく食べていたメイドさんや使用人たち、それに護衛の人達は、満腹なお腹を抱えながらも無事に仕事に戻れたらしい。
苦しそうな表情はまったく見せずサーブしていた。そこは流石プロだと思う。王城に勤めるぐらいなのだ皆一流なのだろう。
「このシチューはとても濃厚なのですねー」
「はい、当店自慢のシェフがじっくりと煮込んで作り上げました。スター・リュミエール・リストランテで一番人気のメニューですね」
「先日の開店パーティーの時も思いましたが、スターリュミエール・リストランテのシェフは腕が宜しいのですねー」
「はい、我が店自慢のシェフです」
「まあ、ララ姫様に褒めて頂けるなんて料理人冥利に尽きますわねー」
オホホと楽しそうに微笑む王妃様とは反対に、ジュリエットはまだ赤い顔のままで食事もあまり進んで居ない様だった。隣にはティボールドが座っているのでそれもしょうがないだろう。本好きのジュリエットはルド・エルスと言う名の小説家であるティボールドを尊敬しているのだから、そんな人に美しいとさっき褒められてしまったのだ。胸が苦しくなるのも仕方がないと思った。
「あ、あの……ルド先生……私も小説を書いてみましたの……それで……出来ましたら、後で読んで頂けないかと……」
何と何と、ジュリエットは自分で小説を書いてみたそうだ。
どこからそんな話になったのかは分からないが、ティボールドがニッコリと微笑んでいるのを見ると、この事を知っていた事が分かった。もしかしたらティボールドが書くように勧めたのかもしれない。ティボールドは少し怯えているようなジュリエットに笑顔を向け「光栄です」と読むことを承諾していた。ホッとしたジュリエットがティボールドに向けたその笑顔は、まさに恋する乙女そのものだった。
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