第397話 契約

「ジュンシーさん、申し訳ないですが、私はこの二人に血の契約なんてさせる気は有りません」


 私が闇ギルドのギルド長であるジュンシー・ドンクレハイツにそう伝えると、初めて会った時の様な張り付いた笑顔に戻った。さっきまでは私がテーブルに出した面白い品に目を輝かせていたが、今は明らかに私に対する評価を下げた様な冷めた視線を送ってきている。


 その表情はまるでやはり子供だったかとでも思い直して居る様だった。


 けれど私はウイルバート・チュトラリーとは違う、それにチェーニ一族とも違う。血の契約なんてそんな悍ましい物はする必要が無かった。甘い考えかもしれないが彼等とは家族になりたいのだから。


「姫様……血の契約をしなければ彼等を雇い入れる事はできませんよ、彼等は自由になってしまいますから」


 ジュンシーはそう言って鼻で笑うような態度を見せた。

 もう私には自分の行動を隠すことはしていない、ジュンシーに買取りてとして信用して貰えたからかもしれない、だからこそ諜報員として血の契約を施して買い入れる事に割り切れない私に失望して居る様だった。


「ジュンシーさん、私はそれで構いません」

「……姫様……意味が解りません……彼等が自由になるという事は、逃げ出すという事なのですよ」

「はい、それで良いんです」


 ジュンシーは頭を押さえアダルヘルム病を発症したようだった。

 心の中できっとこいつ何言ってんだ……とでも思っているのだろう。

 チェーニ一族の二人は私達のやり取りをポカンとして見ていた。また新しい二人の表情が見れて、私は凄く嬉しかった。人間らしくなって来たと感じたからだ。


(二人共段々と心を開いてくれてるみたい、良い傾向だよね)


「……姫様……いいですか、契約にはお金がかかっているんですよ……貴女は自分で稼いだ金じゃ無いから偽善者ぶれるんじゃないんですかね?」

「いえ、私はもう働いています。ですので全て私のお金ですよ」


 たぶんジュンシーは私が誰なのか分かっていてあえてこんな事を言ってきているのだと思う、血の契約を行わないという事は今まで闇ギルドでは無かった事なのかもしれない、ジュンシーは私の事を確認し試して居るのだと思った。多分本当にこの二人を渡して良い人物なのかどうかを……


 闇ギルドのギルド長のジュンシーにとってチェーニ一族の二人は商品だ。商品が価値あるものとして扱われるか販売元としては気になるのだろう。ジュンシーからは二人の才能を使いこなせないなら購入して欲しくはない事が感じられた。


「……姫様……お名前をお聞きしても宜しいですか……?」


 アダルヘルムがわざと姫呼びしていた事を知っている私は、アダルヘルムの方へと視線を送った。アダルヘルムもジュンシーは私が誰か既に把握していると分かったのか頷いて見せた。ただし、人払いし、この部屋に結界を張っていたけれど……出来るだけ私の情報は伏せて居たいようだ。ウイルバート・チュトラリーが闇ギルドに来ても可笑しくないと思っているのかもしれない。彼ならあり得るだろうと私もそう思った。


「私はララ・ディープウッズ、アラスター・ディープウッズとエレノア・ディープウッズの娘です。そしてスター商会の会頭でもあります」


 正直にそう名乗ると、補佐のメルケとトレブは目を見開いて驚き、チェーニ一族の二人はビクッと肩を揺らしていた。皆ディープウッズ家の名に驚いたようだ。チェーニ一族の彼等でもその名は知って居る様で、少し顔色が悪い様にも感じた。


 ジュンシーは口元を緩めると、先程までの冷めた様な視線が消え、私の方へと笑顔を向けてきた。本物の笑顔だ。


「ハハハ……やはり噂の聖女様でしたか……」

「ジュンシーさん、私の事分かってらっしゃいましたよねー」

「おや、これは、これは、あからさまでしたでしょうか?」

「はい、私をまた怒らせようとしてましたよね? 何が目的ですか?」


 ジュンシーはクスクスと口元を押さえ笑い出した。

 武道場で私達の戦いを見終わった後ぐらいの嬉しそうな表情だ。


 ジュンシーは笑い終わると、真面目な顔で私の方へと顔を向けた。


「姫様、出来ましたら一度是非スター商会へお邪魔させて頂けないでしょうか?」

「えっ……まさか……それだけの理由ですか?」

「ハハハッ、本当に貴女は魅力的なお方だ、ええ、まさにそれだけの理由ですよ、私は貴女の事をもっと良く知りたいのです」


 クスクスと笑うジュンシーと目が合ってなんだか背筋がゾクゾクとした。また私が幾らで売れるのか調べられているような気持ち悪さだ。スター商会へ来るのは別に構わないけれど、ちょっとだけ怖さを感じる、当日はリアムにずっとそばに居てもらおう……


 スター商会への訪問を許可するとジュンシーは嬉しそうな笑顔を浮かべた。新しいおもちゃを目の前に置かれた子供の様だ。お菓子や、パン、それにお酒も味わいたいというので、勿論許可を出し準備しておくと約束もした。そこで閃いたのが私の作ったお酒だ。初代のウイスキーやワインが幾らになるのかが気になり、ジュンシーの前に置くと、ココの毛を出した時と同じぐらいの驚きを見せたのだった。


「聖女様が熟成させた酒……これはかなりの額になりそうですね……お預かりした魔獣商品も含め全てオークションに出させて頂きます。お支払いはオークション後になりますが宜しいですか?」

「はい、勿論です」

「かなりの金額になると思いますが、オークションの際は姫様もいらっしゃいますか?」

「えっ! 来たいです! 成人して無くても良いんですか?!」


 私が喜んでいると、隣に座るアダルヘルムの空気が一変した。痛いぐらい冷たい空気に皆が息を呑んだ……そしてアダルヘルムが浮かべている表情は氷の微笑だ。

 あれだけ飄々としていたジュンシーも流石に青い顔だ。クルトとセオはアダルヘルムを見ないようにしている。チェーニ一族の二人は目を見開き、ジュンシーの補佐の二人は……赤く頬を染めて居る……まだ先程刺さった矢は抜けていない様だ。可愛そうに惚れてしまったのかも知れない。


「ギルド長……我が姫はまだ幼くオークションに参加するなど考えられぬ事ですが……」

「アダルヘルム様、姫さまは出品者となりますので、例え未成年でも参加は問題が無いと……ただ保護者は必要になりますが……」

「……危険は無いと言いきれますか?」

「姫様には特別ルームからオークションに参加していただく形にいたしましょう。そこでしたら誰にも会う事は無いと思います。会場入りも早めに来ていただいて商品を愉しんで頂いても構いません」


 アダルヘルムの迫力ある笑顔に青くなりながらも、ジュンシーはきちんと説明をしてくれた。流石闇ギルドのギルド長といったところだろうか……アダルヘルムは少し考えた後、私の方を向いてから小さなため息をついた。私が期待した目で見つめて居るのが分かったからだろう。目に力を込めて「参加したい!」をアピールしてみたため、どうやら無事に伝わったようだ。


「……分かりました……参加いたしましょう……その特別ルームに入れる人数に制限はありますか?」

「そうですね、10名ぐらいまでは余裕で入れます。使用人を連れて来る方が殆どですので」

「……分かりました……また参加者に付いては連絡いたしましょう」

「はい、宜しくお願い致します」


 アダルヘルムはジュンシーに頷いて見せると、隣に座る私の方へと向きを変えた。


「ララ様、オークションでは大人しくして居て下さいね、くれぐれも別行動はしない様に、それが参加の条件です」

「分かりました! アダルヘルム有難うございます!」


 私がアダルヘルムに抱き着くと、頭上で大きなため息をつく音が聞こえた。

 クルトやセオは苦笑いを浮かべて私とアダルヘルムの事を見ていた。何だかんだと私に甘いアダルヘルムに呆れているのか、それともまあこうなるよねーとそっちに呆れて居るのかは分からかったけれども、オークションには皆興味がある様だった。心なしかワクワク感が伝わって来た。気持ちは私も一緒だ。


 そして無駄話はここで終えて、本題のチェーニ一族の二人との契約を終わらせる。

 血の契約をしない事で主の指示を全て聞かなくなる事、そして逃げ出そうと思えば逃げられてしまうが、本当にそれで良いのかと再度確認をされた。

 私はジュンシーに頷きチェーニ一族の二人の事を見つめた。彼等は無表情に見えるけれど、小さな感情の動きが見て取れる、ウイルバート・チュトラリーについているコナーの様な殺人ロボットとは違う、彼等は表情の出し方が分からないだけで人間らしさを無くしていないとそう思えた。


「では彼等に名前を付けて頂けますか? それを契約書に記入すれば取引は終了となります」


 私は頷くと先ずはチェーニ一族の男性の方の手を取った、瞳をジッと見つめ彼の事をどんな人かなと考える、これから私の家族となって幸せになって貰えたら……そう思うと笑顔を彼に向けていた。


「貴方の名前はキラン、どうですか? 気に入って貰えますか?」

「……はい……私の名前はキラン……有難うございます」


 キランの初めて聞いた声は涼やかな印象で、名前を貰って戸惑っているのが可愛く感じた。少しづつ仲良くなろうねの意味を込めてぎゅっと握手をした。キランは少し迷うような様子を見せながらも握手を返してくれた。


 私は今度は女性の方へと近付き手を握り目を見つめた。彼女の瞳はセオよりもずっと濃い紺色だ。一番遅い時間の夜空のようでとても澄んでいて綺麗だった。彼女にも幸せになって貰いたい。


「貴女の名前はセリカ……どうでしょうか? 好きになって貰えそうかしら?」

「はい……私の名はセリカ……畏まりました」


 セリカは落ち着いた声色だった。イメージ通りだ。瞳がキラキラと輝いていて、もしかしたら泣きそうなのかな? とも思ったけれど、それ以上は感情を出すことは無かった。


 何時かキランとセリカ二人がニッコリと笑う姿を見てみたい。その時はディープウッズ家の家族皆が二人のそばに居るときだと良いなとそう思った。


 私が二人につけた名を聞くと、ジュンシーは「希望をもてそうな名ですね……」と小さく呟いていた。二人に契約書に名前を書かせると、無事キランとセリカは我が家の一員となることが決まった。


 アダルヘルムやクルト、それにセオも二人に握手を求めると、二人は戸惑いながらもそれを受けていた。ジュンシーは生温かい目でそれを見つめ、クスクスと楽しそうに笑って居た。彼の事はまだつかめないけれど、これから長い付き合いになりそうなきがする。スター商会に来たいと言っていたしね。


 当日はスター商会の会頭としてジュンシーが十分に満足できるぐらいの接待をしてあげようと決めた。


 ふっふっふ……ジュンシーお楽しみにねー。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る