第396話 闇ギルド③
「それでは武道場へと参りましょうか」
闇ギルドに来た時の雰囲気とは違い、すっかり素で笑顔になっているジュンシー・ドンクレハイツの後に付いて、私達は闇ギルドの地下にある武道場へと向かった。
案内された場所は壁に防御の魔法が付与されているらしい武道場で、壁はレンガ造りで、地面は土になっていて、普段から護衛たちの訓練の場所となっている様だ。
そして壁の入口側には木刀や、刃の部分までもが木で出来ている練習用の槍などが掛けられていた。少し湿度もあってじめじめしているようにも感じて、掃除をしたいなと思ってしまう場所だった。まあ地下だからしょうがないのかもしれない。あとで湿気取りの魔道具でもプレゼントしておこう。
「えーと、姫様は……ドレスのままで戦われるのですか?」
着替えたいと一言も言ってこない私を、ジュンシーは不思議そうに見てきた。
この地下武道場には更衣室とかもある様で、良かったらそちらで着替えますかとも聞かれたが、私はそれを丁寧にお断りした。それはドレスのままで襲われた時の対処の練習をしたかったからだ。
今日も体には暗器を付けているし、髪やドレスには自慢の武器リボンがある、それでどれだけ戦えるのかを見たかったのだ。どう考えても私が襲われる時は練習着の時ではなくドレス姿の時だろう。折角なので練習相手にさせてもらう事にした。
その後、ジュンシーは本当に大丈夫ですか? とアダルヘルムとクルトに視線を送り、二人が頷くのを見ると、それならと諦めてくれたようだった。
私はチェーニ一族の二人の戦いがどんなものかとても気になっていた。
二人の資料には諜報員としての優秀さが書いてあり、武術、剣術に特化しているわけでは無いとも書かれていた。身を守る最低限の実力がなければ情報を探るのも難しいのだろう。それと今回の事でチェーニ一族といっても色んなタイプが有る事が分かった。
ウイルバート・チュトラリーについているコナーは、転移も出来て攻撃も出来る武道タイプの人物だったのだろう。だとするとあの時ウイルバート・チュトラリーが自慢していたリードという占い師は情報収集が得意な人材なのかもしれない。
そう言った事が分かっただけでも闇ギルドに来たかいがあったと私は思っていた。
(ジュンシーさんと二人のお陰で色んな情報が掴めたよねー。感謝感謝)
「ララ様……模範試合と言っても魔力の扱いには十分に気を付けて下さいね」
「はい、マスター、有難うございます」
「それから特に倒したと思った時には油断しない様にして下さい、彼等は逃げるための訓練をしているはずです、彼等の隙は攻撃の前触れだと思ってください、セオも良いですね」
「「はい」」
そう言ってアダルヘルムは諦めた様な溜息をつき、クルトと共に壁際へと離れて行った。
そして私達が向かい合うと、ジュンシーの合図によって試合は始まった。
チェーニ一族の二人は案の定自分たちから戦いを仕掛けようとする意志は無い様だった。
私とセオと間隔を取り相手の出方を見守っているようにも見えた。手には小さめのナイフをもってはいるが、それは本来の彼等の武器では無いのだろう。あの薄着の中にも武器を隠している事は想像が出来た、ヴェリテの監獄にいたチェーニ一族のアザレアは髪に挿してあった櫛が武器になった。この二人も髪が長いため、何処から武器が出てくるかは分からないだろう、セオと視線で合図をすると私達は二人に攻撃を仕掛けた。
セオは男性を担当し、剣では無く如意棒を使って攻撃を仕掛けた。練習では何度も使っている如意棒だが、ここで自分がどれ程使いこなせているかを測りたかったのだろう。急に棒が延びて来たことに一瞬男性はひるんだが、バク転をしてそれを避けていた。ただし大きな動きをすればそこに隙は出来る物で、セオは男性の着地を狙いそこを足で払うと、男性を倒し首元へ如意棒を向け動きを抑え込んだ。
そして私は女性へ向けて突進していった。身体強化を掛けて思いっ切りぶつかってみようと思っての事だったのだが、闘牛の様に走り込んできた私を女性は華麗に避けた。私はその瞬間をついてドレスのリボンで攻撃を仕掛け、女性の体をリボンで巻き込んだ。
私の巨大な魔力で縛られた女性は動けなくなって倒れ込んだ。私が近づいて行くと、女性は足を上げてつま先で攻撃を仕掛けようとして来た。靴の先には隠し武器の刃が仕込んであった様で、私は髪のリボンを使ってそれを回避し、今度は女性の足をリボンで巻き付けた。女性は体も足も動かせなくなると、負けを認め、動かなくなった。
セオの相手の男性もベルト一部から鋭い峨眉刺の様なものを取出し、セオに向けようとしたのだが、セオも足元に隠してある短剣でそれを払いのけた。最後の最後まで彼等は攻撃をして逃げる事を考えて居る様だった。
闇ギルドのギルド長であるジュンシーの 「止め!」の合図が聞こえて、初めて二人の体から力が抜けるのが分かった。
私のリボンで縛られた女性も、本当の戦いで縛られていたのなら、きっと解放された途端に逃げようとするのだろう、彼等の仕事は戦う事では無く情報収集なのだ。情報を雇い主に持っていく事こそが重要なのだから、例え戦いで負けを認めても、どんな手段を使っても逃げを優先することは確実だった。
その様子も分かり、彼等の戦いぶりにはアダルヘルムも満足そうな表情だった。
そして闇ギルドのギルド長であるジュンシーはもう興奮を隠すことはしない様で、またまた素の状態で拍手をして私達に近付いてきた。
「凄い、素晴らしい! 見事です! 姫様! 貴女は最高です!」
ジュンシーは幻の品でも見つけたかのように私の事をキラキラした目で見てきた。
頭の中で私を売りに出したら幾らで売れるのかを考えて居るのかのように感じて、ちょっとだけその笑顔が怖かった。私とセオはチェーニ一族の二人を起こし、二人と握手をした。二人共無表情の中にも少しだが驚きの感情が見て取れた。隠し武器に驚いたのか、それとも私達の攻撃に驚いたのかは分からなかったけれど、表情が段々と緩んできたことは私にはとても嬉しい事だった。
アダルヘルムに視線を送り彼等を買い入れたい意思を伝えた。アダルヘルムも彼等が合格点だったのか頷き返してくれると、ニッコリと微笑んだ。この場に街の女性が居たらこの笑顔を見て卒倒していただろう……ジュンシーの補佐の二人は流れ矢を受けて胸を押さえていた。アダルヘルムの笑顔を直視してしまった様だ……お気の毒である……
「姫様、そのリボンは何処で購入された物でしょうか? それに護衛の方の不思議な棒も……いやはや、闇ギルドのギルド長であるこの私が知らない武器があるとは……恐れ入りました」
「あー……ジュンシーさん、これは売り物では無くって私が作った物なんです、ですから――」
「作った?! 姫様が?! これをお作りになられたのですか?!」
「は、はい……」
ジュンシーは私がまたドレスと髪に付けようとしたリボンをひったくって……いえ、手元にとって触ったり匂いを嗅いだり、振り回したりして見入っていた。そして納得するように頷くと、今度はセオの如意棒に手を出し、魔力を流しては伸ばしたり縮めたりして遊んで……いえ、確かめて居るかの様だった。
その姿は子供のようで可愛い物だったが、きっと頭の中では幾らになるのか考えて居るんだろうなと想像できる物だった。闇ギルドのギルド長もやっぱり商人気質の様だ。
そして応接室へと戻り、彼等の契約をする事になった。
チェーニ一族の二人は試合で負けたのに自分たちを買うのか? と困惑して居る様だったが、アダルヘルムが十分な実力が君たちにはあると伝えると、少し頬を赤く染めて居た。きっと喜んでいるのだろう、だけど笑顔は出せないようだった。ディープウッズ家に来て少しづつ喜びを感じられるようになれば良いなとそう思った。
反対に私達が来たときよりも隠すことなく表情を出しているのがジュンシーだった。
アダルヘルムと契約をしながらも、先程の武器は売れないのかと聞いて来たり、他にも何か面白い物は無いかとも聞いてきた。
私にとても興味を持ってくれたようで、ニッコニコの笑顔を向けてくるのだが、やっぱりその笑顔がちょっと怖かった……
「あ、そうだジュンシーさん、魔獣の毛皮とかも売れますか?」
「ええ、勿論コレクターは沢山おりますので、売れますが……ただ、その辺の魔獣では闇ギルドではお受けできませんが……」
「うーん……じゃあ陽炎熊は?」
「そうですね、状態にもよりますが、こちらでも売ることは出来ますねぇ」
つまり普通の店に卸しているのと変わらないという事だろう、まあ陽炎熊はスター・ブティック・ペコラでも毛皮のコートとして販売するので、売らなくても問題はない。私は折角なので他のものも聞いてみる事にした。
「じゃあ、大豚の毛皮は?」
「……大豚……ええ、それは勿論幻の魔獣ですから手に入れば高値で売れる代物ですね……」
「そうなんですね! じゃあ、お願いします。牙も良いですか?」
私は魔法鞄から以前捕まえた大豚の毛皮や牙を出してテーブルに置いた。ジュンシーの笑顔が固まっているが気にしない、どうせなら高く売って貰おう。
「あ、ジュンシーさん、モデストの鱗は売れますか?」
「モ、モデスト……?」
「はい、前に偶々見かけて捕まえたので、その時の鱗が沢山あるんですよねー」
売れます! と大きく頷くジュンシーを見て、私はモデストの鱗をテーブルに出していった。体が大きなモデストだった為、全部は出しきれないのでテーブルに並べられるだけ出していく、隣で書類に目を通しているアダルヘルムは口元が緩んでいた。きっとジュンシーの間の抜けた顔が面白かったのだろう。
「そうだ、ジュンシーさん、銀蜘蛛の抜けた毛とかはどうですか?」
「……ぎ……銀蜘蛛……?」
「小さな頃からココの抜け毛を楽しくって集めてたんですけど、流石に一杯になっちゃって、売れるなら貰ってください」
ココの毛は沢山ありすぎるので、魔法袋事ジュンシーに渡した。
ジュンシーは額を押さえ、アダルヘルム病を発症して居るかの様だった。この病気になるとずっと患う事はクルトを見て居て立証済みだ。頑張って治して貰いたいものである。
「ギルド長、書類は書き終わりました、彼ら二人の手続きを頼みます」
アダルヘルムに声を掛けられたジュンシーはハッとすると、現実に戻って来たようだった。
アダルヘルムが書き終えた書類に目を通し、不備がないところを確認すると頷き、トレブに指示を出した。
「トレブ、血の契約の準備を始めてくれ」
その言葉を聞いた私は「ちょーっと待ったー!」と大きな声で叫んでいた。
ウチの子になる二人とそんな契約をしたくは無かった。絶対に……
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