第379話 ギルド長スター商会への旅

「フンフンフーン、フンフンフンフンフンフーン」


 今馬車の中で鼻歌を歌って居るのは私では無く、王都の商業ギルドのギルド長であるルイス・デニックだ。

 かぼちゃの馬車の中、ルイスは窓際に陣取り、足を組んで手も組んで、指は鼻歌に合わせてリズムを取っている、見るからにご機嫌で、それを隠す気も無い様だ。

 王都の商業ギルドから王都のスター商会までは馬車であっと言う間なので、ルイスの大好きな馬車の時間もすぐに終わってしまったけれど、結界を通って新しく出来た王都のスター商会の中へと入っていくと、ルイスのご機嫌は超ご機嫌に変わった。


「ウッヒョー、スッゲー! コレを一日で建てたのかよー、ハハハッ、こんな恐ろしい商会を敵に回そうとする奴らは本当っ、馬鹿だよなー」


 かぼちゃの馬車から降りたルイスは、スター商会の三階建ての建物を見上げキラキラした目で見ていた。早く中に入っていろんな場所を見てみたいとでも考えて居るかのようだった。

 すると急に何を思ったのかルイスはハッとすると地面に這いつくばってしまった。それをみたナシオは何をやっているんだか……という困った表情をした後、同じ様にハッとして地面に這いつくばった……商業ギルドでの流行りの儀式か何かだろうか? 良い年の男性が地面に顔が付きそうなほど顔を近付けているさまは、ちょっと怖い……リアムも苦笑いだ。


「おおおお、おいっ! この地面なんか光って無いか?」

「ええ、地面の中に何か光る物が入れられているようですね……まさかコレは……」


 どうやら何かの儀式では無く、私がロータリーやアプローチに埋め込んだ余り物の宝石達に気が付いたようだ。今日はお天気がいいので特にキラキラと太陽を反射して綺麗に光っている。天の川の様に見えていて美しい、それは作った私でも自慢したくなる程の輝きだった。


「フフフ、ルイスさん、ナシオさん流石ですねー、それは儀式用の剣づくりの時に出た余り宝石をセメントに入れて星を表現してみたんです。私の力作なんですよー、素敵でしょう?」

「……ララ様よー、素敵っていうかさぁ……色々と突っ込みたいところ万歳なんだけど……」

「……小さな宝石とはいえ……これ程の数を地面に……」


 立ち上がって貧血の様に立ち眩みを起こしかけたルイスとナシオは、ブツブツと何かを呟き始めた、そんな二人の肩にリアムが手を置いた。やっぱりニヤニヤ顔だ。セオに見せていいのだろうか……


「ルイス、ナシオ、こんな物で驚いてちゃースター商会には連れてけないなー、どうする? ここで引き返しても良いんだぜっ」

「リアム! 何言ってんだよっ! 行くに決まってんだろう!」

「そうです、リアム様、これ程興味が沸く商会を見逃す馬鹿は商業ギルドにはおりません!」


 いやいやそんなに気合を入れなくっても……とも思ったが、取りあえずまだ玄関にも入っていないので、突っ込むことなく先に進むことにした。出来立ての王都店の店の中も見て回りたい様な二人だったが、今日の目的はルイスの商品開発だ。先ずはブルージェ領へ行く事を優先した方がいいだろう。それに王都店の見学はルイスたちも開店当日に招待客として呼ぶ予定なのでその時が良いだろう。という事で渋る二人を引っ張って転移部屋へと向かう事にした。


 転移部屋に着き、取りあえず研究所へ転移しようという話になった。ルイスとナシオは今度は青い顔のまま黙って話を聞いていた。先程までの陽気な様子はどこへやら……とにかく大人しく従おうとでも思っているかのようだった。もしかしたら転移が怖いのかも知れない。


「ルイスさん、ナシオさんこれを」

「「……コレは……?」」

「転移に必用なペンダントです。私の魔力がたっぷり入っていますから何も心配もいらないですよ、それを持っていたらきちんと転移出来ますからね」

「「あ……はい……有難うございます……」」


 大人しくなってしまったルイスとナシオとは、転移を怖がっているのだと思って手を繋いであげることにした。右手にルイス左手にナシオ、二人は心細そうな表情をしていたので、ぎゅっと力を入れて手を握ってあげた。まるで前世で言う所の絶叫マシンに乗るのが怖い子供のようだ。可愛い二人を見て私の方が背が高ければよしよしと頭を撫でてあげたいぐらいだった。


 実はルイスとナシオは別に転移部屋が怖かったわけでは無く、転移部屋など王家でも持っていない物が、当たり前の様にスター商会に有る事に絶句していただけだった。スター商会の人間がブルージェ領からこれ程早く王都に顔を出せたのも、この事で納得できた二人なのだった。


(スター商会……恐るべし……)


「さあ、着きましたよー」

「はっ? もう?」

「一瞬でしたね……」


 驚いているルイスとナシオと手を繋いだまま、皆で研究所の所長であるビルの部屋へと向かった。ビルは私達に気が付くと仕事の手を止めソファへと来てくれた。そこでギルド長のルイスの新商品を作りたいと話すと「それは良い宣伝になる」と喜んでくれた。やっぱりスター商会の皆は同じ考えのようだ。素晴らしい商人魂だと思う。


 ビルが呼んでくれたマルコとノエミによって、ルイスはアンケートを取られることになった。これは本人の好きな香りを調べるためだ。何種類かの試作をすぐに作り始めるそうで、後でその中から気に居る物が有れば選んでもらい、無ければ再度作り直すそうだ。

 ノエミとマルコは新しいおもちゃでも見つけたかのように嬉しそうにルイスの事を調べていた。好きな食べ物から何故か好きな女性のタイプまで……マルコとノエミ相手にたじたじになっているルイスを見るのは中々に面白かった。


「ララ様、こちらの方の香水は作らなくても宜しいのですか?」


 ノエミがナシオの方を見て可愛くそんな事を言った。スター商会の研究所に勤め出してノエミの男性嫌いは随分と改善されている、きっとニカノールに出会った事で色々と男性に対する考え方や見方が変わったのだろう。それにマルコとの出会いも良かったのだと思う、今のノエミは研究者としてとても輝いて見えていた。


「ナシオさんの香水も作りましょうか」

「いえ、そんな私は――」

「クールな……スッキリとしたミント系が良いですかね?」

「そうですわね、香水を入れる瓶はイメージ的に角っとした固い感じが良いかもしれませんわね」

「あ、あの、私は――」


 私とノエミはナシオを見ながらクンクンと匂いを嗅いだ。

 ナシオは恥ずかしいのか顔が赤くなっていた。もしかしたら女性に免疫が無いのかもしれない。


 (ノエミはお姫様にも負けてないナイスバディだからね、近づかれたらドギマギしちゃうよね)


 結局ルイスとナシオ、二人の試作品を作ってもらう事をお願いして、私達は研究所を後にした。次はブルージェ領のスター商会に向かう。二人が楽しみにしていた場所だろう。


 こちらも転移部屋であっと言う間に転移した。二回目ともなるとルイスもナシオも怖がる様子はなかったので、手を繋ぐことはしなかった。転移して店に着き先ずはリアムの応接室へと向かった。


「スゲーな……王都の大店の店よりよっぽど立派な店だぜ」

「はい、使っている家具も良い物ですし、廊下に飾られていた調度品も素晴らしかったです、これでまだ開店してから数年とは……いやはやスター商会様は素晴らしいですね……」


 ルイスとナシオは二人で何か話して居る様だった。


 リアムは少しだけ執務室に顔を出してくると、続き部屋になっている隣の部屋へと向かった。


 ルイスとナシオは応接室のソファへと大人しく座ってはいるが、視線はきょろきょろと動いている。リアムが居ない間にガレスがお茶を入れてくれたので、皆でそれを飲みながら一息つくと、ルイスとナシオが目を丸くした。


「うまい……」

「……これはまた素晴らしいお茶ですね……」

「有難うございます、スター商会自慢のお茶なんですよ、スターベアー・ベーカリーではお客様に自由に飲んで頂けるようになっているんです」


 ルイスとナシオはカップを持ったまま、ブリキの人形の様になってしまった。

 かくかくとしながらカップを受け皿に戻すと、ギギギッという音が合いそうな感じで私の方を見てきた。


 (怖い、怖いよ! ルイス、ナシオ、呪いの人形みたいだよ!)


「ララ様さんよー……まさか……このお茶を無料で客に飲ませてんのか?」


 私の呼び方が可笑しくなり始めたルイスに頷く。スターベアー・ベーカリーでは水とラディア茶が自由に飲めて、買ったパンを食べられるイートインスペースがあるのだと教えてあげた。それから各種商品の味見も用意してあるので、パンを食べてから買いたい商品を選べるのだと話すと、二人は目をパチパチ? いや、カチカチさせていた。


 (だから怖いって!)


「こんな高級なお茶を無料でかよ……」

「有り得ないですね……」

「あ、高級なんかじゃ無いですよ。私が作った物なので」

「「はっ? はあ?!」」


 二人は大きな声をさせながら私に顔を近づけて来た。

 

 (目が怖いって! 血走ってるからっ!)


 ソファからお尻を浮かせて興奮気味に私に近づく二人を見かねたセオが、笑顔を向けて落ち着かせると(力づくで?)座らせた。ちょっとセオの笑顔が怖い。クルトも顔が引き攣っている。二人の動きが変だからかも知れない。私も怖いし……


「姫さん、あんた何でも作るんだな……この店には他にも驚く物があるんだろ?」


 驚く物? と言われ腕を組み首を傾げた。

 もう大体話終わったのでは無いだろか? 思い付かない。二人にはそう伝えたのに納得していない様だった。


 その後、ルイスとナシオは出したお菓子にも感動していた。それはお煎餅だ。初めて食べる食感なのと、菓子なのにしょっぱいと言うのが面白かった様だ。


 気を良くした私はリアムの好きなキャラメルやゼリー、プリンなども並べてみた。ルイスとナシオはどれも気になる様で、お腹いっぱいじゃないのかな? とこちらが心配になる程、全てのお菓子を食べ尽くしていた。気に入って貰えた様で良かった。


 リアムが執務室にいるメンバーに挨拶を済ませると、応接室へと戻って来た。王都店を作るにあたりもうリアムが席を外していても、ブルージェ領のスター商会はまわる状態になっている。イライジャとジョンが良く頑張ってくれている様だ。


 リアムはまたニヤニヤしながら部屋に入って来るとルイスとナシオの前で止まった。そして――


「さて、店の中を案内しようか?」


 と、そう言ったリアムの顔は何故かドヤ顔だった。


 何だかルイスにスター商会の事を自慢したいみたいだ……


 ルイスとナシオだけでなく、リアムのその姿も見て、困った大人達だなぁと苦笑いになった私なのだった。ギルド長のスター商会見学はまだまだ続く。



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