第378話 王都の商業ギルドへ再び

「ルイスさん、良かったらこちらをどうぞ、ナシオさんも」


 私は疲れ切っているルイスとナシオに魔法鞄からポーションを取り出して渡した。

 勿論「スター商会のポーションです」との宣伝も忘れない。


 ポーションは苦笑い物だと認識している二人は、少し頬を引き攣らせながら受け取ると、恐る恐る口を付けた。そして一口飲んだルイスとナシオは目を見開き顔を見合わせると、そのままゴクゴクと飲み切った。瓶から滴れる一雫までキッチリと。


「「美味い!」」


 二人は本当にこれはポーションなのか?! と驚きながらも、みるみるうちに体の疲れが取れて行くのを感じて益々驚いたようだった。薬師ギルドのポーションとは全然違うと動揺している二人の顔を見て、そう思ってもらえればスター商会としてはこれまたいい宣伝になったとニンマリしてしまった。何てったってルイスは王都の商業ギルドのギルド長だ。新米ギルド長といえどかなりの影響力がある。うってつけの広告塔だろう。


 (ルイスってスター商会の男性向けの化粧品の良い宣伝広告塔になってくれるんじゃないかなー。女性にもモテそうだし……人と会う機会が多いもんねー。下手したら王様のアレッサンドロよりいい広告塔かも! フフフ、これは絶対にゲットするべきだね!)


 ぐっしっしっ……と心の中で笑って居ると、クルトが何かを察知したのか私の肩をいつものようにポンポンと叩いてきた。興奮はしていないはずなのだが、顔が緩んでいたようだ。そっと自分の頬に触れ緩んだ口元を押さえて治し、そしてルイスに提案をした。


「ルイスさん、私にルイスさん専用の香水や化粧品を作らせて頂けませんか?」

「「はっ?」」


 意味が分からなかったのか、ルイスとナシオの二人が同時に間の抜けた返事をした。ルイスはともかくとして、真面目な顔のナシオが変な声を出すのはとっても面白かった。そう似合わなすぎて。


「ルイスさんには、うーん、少し甘い……それでいて爽やかな香りが良いですかね? 好みとかはありますか?」


 ルイスの今の香りを嗅ごうと手でルイス臭を手繰り寄せてみると、青葉の様な爽やかな香りの香水を付けている事が分かった。やっぱり爽やか系が好きな様だ。うん、見た目通りだね。中身は面白い人だけど。


「あ、あのさー、ちょっ、ちょっと確認なんだけどー、ララ様って商品を作るのか?」


 おっと! そこからかっ! 

  

 そう言えばスター商会の商品とは言っていたけれど、私が色々な商品を作っているとは話していなかった事を思い出した。リアムも気が付いたのか、それともワザと話していなかったのか、またニヤニヤしながらルイスに話しかけた。


「ルイス、スター商会の会頭がララなのは、ディープウッズの姫様だからじゃねーぞ」

「はっ?」

「スター商会の商品を作ったのはララだ。今お前が飲んだポーションにしろ、この前お前が食べた菓子にしろ、それから魔法袋にしても全てララの作品だ、だから若くても会頭なんだ。ディープウッズの名は関係ない。実力だ。見た目で騙されるな、ララは規格外だ、化け物だ。普通の子供だと考え無い方が良い。お前もこれから接点を持つんだ、振り回される事は覚悟しておけよ」


 ルイスはリアムの言葉を聞いて椅子からずり落ちそうになっていた。額に手を置きながら目を見開いたまま私を見ていた。ナシオも無表情のまま驚いているのか、ルイスの後ろにいた筈なのにいつのまにかソファに座っていた。立っていられなくなったのかも知れない。


 それに二人は何に驚けば良いのか困惑しているように見えた、子供が様々な商品を作ったことに驚くべきか、自分の商品を作りたいと言った事に驚くべきか、それとも振り回されるぞとリアムに脅されたことに驚くべきか……ルイスは口をパクパクさせて、何から言えばいいのか口が迷って居る様だった。


「……あのさっ、もう既に、かなーりスター商会の問い合わせがウチのギルドにきてんだけどっ」

「まだまだ序の口だな、開店したらもっと来るぞ」

「……リアム、俺とナシオを殺す気か?」

「ハッ、お前はこんな事で潰れるタマじゃないだろう? 最年少優秀ギルド長さんよっ」

「……うっわあー、なんかリアムが意地悪になってるよー」


 と言いながらもルイスは嬉しそうだ。

 楽し気な様子にリアムの事を好きなんだなという事が伝わってくる、男同士の友情も良い物だ。


 ルイスは「はー……」と天を見上げながら大きなため息をつくと、何時もの笑顔を浮かべ私を見てきた。


「それでは、ララ様、私で宜しければ新商品の開発を宜しくお願い致します」

「はい! こちらこそ宜しくお願い致します!」

「ハハッ、普通は金を積んで自分の商品を作って貰うもんなのに、ララ様は太っ腹だなー」

「普通は分かりませんが、スター商会側としては広告塔になって頂くのでお金を頂く気などありません、それに王都の若くて優秀なギルド長が使う化粧品ですよ、皆が興味を持つことは間違いないですからねー」

「へー、ララ様は良く分かってんだなー、可愛い顔してやっるねー、でっ、俺はどうすればいいんだ?」

「そうですねー、ルイスさんの商品は王都店の開店時の目玉商品にしたいので……出来るだけ早くスター商会に来ていただきたいですね」

「はっ? はあ?! 開店許可したのは一週間後だぞ? それに間に合わせるのか?」

「えっ? すぐに商品は出来ますよ? ウチの研究員は優秀ですから」


 ルイスはちょっと待てと言うように手を上げると、またリアムの方に視線を送った。何だかリアムばかりを見ているきがするが本当に初恋は終わったのだろうか? まだ好きな可能性もあるよね? と疑ってしまった。リアムは相変わらずのニヤニヤ顔で頷いて、ルイスの驚く顔を愉しんで居る様だった。


 ルイスはそれを受けて何かを決意したようにすくっと立ち上がると宣言をした。


「今すぐスター商会に行く!」と――


 勿論それはナシオが止めに入った。先ずはスター商会さんの開店許可の手続きを終わらせてしましょうと。そう言えば今日はその件で来たことを思いだし、ナシオが出してくれた書類に皆で目を通す。リアムは書類を見ながらまたニヤニヤ顔だ。ルイスと仕事が出来ることが楽しくてしょうがないのかもしれない。可愛い人だ。


「ルイス、許可取るの大変だったんじゃねーのか?」

「ハハッ、リッアーム、俺を誰だと思ってんだよ、最年少で王都の商業ギルド長になった男だぞ、こーんな許可取るのなんて朝飯まえさっ」

「はーん、その割には遅かったなぁ?」

「ぐっ、リアムが酷い、ララ様―、慰めてよー!」


 ルイスはそう言って向かい合って座っていた私の側まで抱き着こうと手を広げて来たけれど、セオがルイスの頭を片手で押さえそれを止めた。騎士として私を守ってくれるようだ。心強い。でもルイスに抱き着かれることは別に危険では無いんだけどね。リアムに夢中みたいだし。


「ねえ、セオ君だっけ? 俺全然動け無いんですけどー」

「身体強化で押さえてますから、抱き着きたいならナシオさんにして下さい」

「いえ、私も遠慮いたします」

「ひどっ! ナシオ、俺の補佐だろうー、ぎゅっと抱きしめてよー!」


 ウソ半泣きのルイスを笑いながらリアムが代表で書類にサインをして契約は無事に済んだ。

 これで一週間後からなら開店はいつでも良いので、ブルージェ領のスター商会の定休日に合わせて従業員総動員で開店を迎えたいと思う、その為には新商品の準備や開店時に訪れたお客様に配る試供品などの制作も本格的に必要になってくる。

 既に研究所ではこれ迄のスター商会の商品を試供品として配れるようにと、所長のビルが下準備を始めてくれている。私が何か指示出さなくても各店長は自分の考えで判断し仕事を進めてくれている、勿論リアムへの報告連絡相談はきちんとするが、皆頼りになる従業員のリーダーなのだ。頼もしい限りである。


 契約が無事終了し、ルイスはやっぱり今日一緒にスター商会へ来ることになった。ナシオはこの後の仕事が……と額を押さえていたけれど、きっとナシオもスター商会に興味があったのだろう。二人一緒にスター商会へ来ることが決まった。


 ルイスはちょっとだけ仕事終わらせてくるから! と叫ぶと応接室を出て自分の(扉の開閉の音が聞こえたので)隣の部屋にある執務室へと駆け込んでいった。その間私達は応接室でルイスをのんびりと待った。


 折角なので、私はギルド長の部屋にある調度品を見せてもらった。

 前ギルド長の趣味なのか? けばけばしい花瓶や、何に使うか分からない様な魔道具、それから儀式用らしい宝石が散りばめられた剣などが飾られてあった。

 その剣には刃の部分にまで宝石が入れられていて儀式用だとは分かって居ても、絶対に実用では使えない物だという事が理解できた。一緒に見ていたセオは「剣で在って剣じゃない」と呟いていた。確かにこれは剣の形をした飾り物だなぁと私も頷いた。それにお金を掛けてはいるがあまり美しい物とは思えなかった。残念だけど溶かして作り直したいぐらいの衝動に駆られるものだった。


 そんなこんなで時間をつぶしていると、きちっと身だしなみを整えたルイスとナシオが部屋へと戻って来た。先程ポーションを飲んだせいか、仕事を大急ぎで片付けてきたとは思えない程元気一杯の様子だった。いや、遠足前の子供の様だと言った方が合っているかもしれない。ルイスはワクワクが顔から溢れ出していたのだった。


(なんだかルイスさん……背中にリュックしょってる小学生に見えるよ。ナシオさんは引率の先生かなー)


「よーしっ、お・ま・た・せ、じゃあ、スター商会へ出発しようー!」


 おー! と手を上げて騒ぎそうなルイスを連れて、私達はスター商会へと向かう事にした。

 金馬ちゃんを出せばまたルイスが喜んで見せた。スター商会のかぼちゃの馬車がお気に入りのようだ。これ程喜ぶなんて王都の商業ギルドの馬車がそれほどひどい物なのかと、ちょっと見てみたくなった私なのだった。


 こうして私達は王都の優秀な最年少商業ギルド長のルイスと、その補佐のナシオを連れてスター商会へと向かったのだった。

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